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魂のアリカ  作者: 白鴻 南
1:魔法少女と異世界人
6/88

01-05

 それは一瞬の出来事だった。

 上段に構えていた九重は一樹が瞬きした瞬間を狙って距離を詰める。

 通常であればどうとでも反応できる距離であったが九重には身体強化があった。

 一瞬で詰められた距離、振り下ろされる茶々、反応できない一樹。

 一樹に刀身が触れてそれで終わる、はずだった。

 九重が振り下ろした茶々は軌道を逸らして一樹の横を通り過ぎる。

 二人とも何が起こったのか理解できずにいた。

 構えたまま固まっている一樹と振り下ろした状態で固まっている九重。


「これは」


「えーっと」


 非常に気まずかった。

 九重は一撃で終わらせるつもりでドヤ顔を決めたというのに失敗。

 一樹は何が起こったのかも分からないから九重のドヤ顔の意味も分かっていない。


 二人の間に漂う微妙な空気。

 

 先に空気に耐えられなくなったのは九重。

 一瞬で離れる。

 九重が通過したところに風が吹き荒れる。


「何今の?」


 一樹は目の前で起こることが一切理解で来ていない。それは非常に初歩的なミスである。何せ思考加速をしていないというものだから。車に例えればエンジンをかけていない状態だ。しかし、そのことに一樹は気付いていない。

 九重は微妙な空気と先程のドヤ顔を払拭するために一樹の質問に答える。


「一樹君、実践訓練だってば。思考加速しないと知覚すら出来ないよ」


「マジでか」


 どうやら一樹は大分異能バトルを舐めていたようだ。

 今の九重の一撃はきっと思考加速をしていないことに気付いてわざと外してくれたと勝手に思い込む一樹。

 気を引き締めて身体強化と思考加速を発動させる。


――――


 気を取引き締めて身体強化と思考加速をかけた一樹をマジマジと観察する九重。

 実は先の一撃について九重は混乱していた。

 まず最初の一撃で身体強化と思考加速の大切さをその身をもって教えようと思っていた。それについては九重の思惑は成功したともいえる。

 しかし、九重が思い描いていたのは痛みによって身体に覚え込ませようという容赦のない方法だった。けれど実際はどういうわけか九重の振り下ろしは外れた。

 訳が分からなそうな顔をした一樹をドヤ顔で見下ろしてしまった。


 めっちゃ恥ずかしかった。


 しかし、そんなことはどうでもよく、今起こった現象について解明しないといけない。


 アレは一体どういうことだ?

 

 一樹は身体強化も思考加速もしていなかった。九重も棒立ちしている相手に攻撃を外すようなド素人ではない。にもかかわらず攻撃は外れた。

 九重だけでは分からないならもう一人の意見も聞けばいい。

 九重の魂は茶々と繋がっている。声に出さずとも意思疎通が取れる程に。思考を加速させれば例え戦闘中であっても相談や作戦を立てることが出来る。


『茶々、今のアレ、何か分かるかい?』


 今し方起こった現象の確認をすれば茶々はおそらくですがと前置きし、自身の見解を述べた。


『アレは竹千代の仕業かと。あの子が勝手に一樹様から魂を吸い取り、三倍速で動いている私たちの知覚速度よりも速い動きで振り下ろしを逸らしたんだと思います』


『え?竹千代ってそんなことできるの?』


『何を言っているんですか?竹千代の速度制御は全妖刀中二番目ですよ?ただ他の妖刀の型別能力と比べるとどうしても地味に見えますから印象に残らないんです。でも優秀なのは間違いありません。難しいことを簡単そうにしてしまう子ですから勘違いされやすいんですよ』


 衝撃の事実。まさか自身が造った妖刀に九重さえも知らない特技があろうとは。

 とはいえ妖刀はホイホイ生物型になって出歩くことは出来ない。茶々は九重を補佐するために九重の魂を定期的に補充しているが数百本にわたる妖刀全てにそんなことは出来ない。触れ合う機会がなければ知ることも出来ないのは当然だった。


『ちなみに茶々がさっきのを知覚できるまで速度上げるとどれくらい?』


『限界まで上げてようやく知覚できるかと』


 茶々のいう限界とは要するに身体強化が出来る上限ということだ。

 知覚とは、適切に動けてはじめて意味がある。動けなければ知覚できていないのと変わらない。となれば対応できるだけ身体を強化すればいいと思うが実際はそう出来ない。


 身体強化には限界があるからだ。


 出力の上限という意味ではなく、出力に対して肉体が耐えられる上限という意味で。

 それを無視して強化をしても肉体が耐えきれずに崩壊するだけ。

 それらを考慮すれば竹千代の速過ぎる形態変化は十二分に武器といえた。

 加速された思考の中、そう結論づけた九重は一樹を見る。

 可能な限り加速された世界の中、スローモーションに動き出した一樹の行動から目を離せなくなった。


 おかしいな、上から目線で指導してあげるつもりがガチの試合になってしまった。


――――


 一樹は九重の指摘通り、身体強化と思考加速を発動させる。

 身体と思考を完全に同調させないことで一樹の意識から遅れて身体が動くという奇妙な感覚に囚われていた。

 けれどこれに慣れる必要があるというのが一樹の考えだった。

 肉体よりも少し早く思考が走ることで不意打ちなどに対処しやすくなる。

 しかし、まだ慣れていないためにスペックの足らないPCでゲームをしているようだと思った。コマンドを入力してから少しの間をおいて動き出すキャラクター。一樹は今まさにそんな風に自身を感じていた。

 そんな感覚を有していながらも相対する九重の動きは十分に速かった。それが意味するところは九重が三倍近い速度を出せるだけ身体強化をしているということに他ならない。

 圧倒的な速度の前に不意打ちも糞もない。もし攻撃を当てようと思ったらその速度を活かせない状況を作るしかない。

 しかし、ここは運動場。縦横五百メートルはあるだだっ広い広場だ。障害物になるようなものはなく、一樹が持つのは竹千代ただ一振り。

 形態変化の練習で出来ることを把握した一樹は既に声に出さずとも竹千代との意思疎通を可能にしていた。


『竹千代さん竹千代さん。地面に突き刺して地中を進むことって出来ますかね?』


 一樹の作戦はこう。

 竹千代を地面に突き刺し可能な限り広範囲に枝分かれさせる。

 地中から枝分かれさせた枝刃で攻撃する。

 枝をそのまま残し障害物とすることで九重の速度を殺す。

 動きが制限された状態の九重に全方位からの波状攻撃。

 というもの。これなら勝てそう。

 しかし、竹千代の答えはノー


『それをやろうと思ったら一樹は死にますよ?まだ魂を扱うことに慣れていないし、魂自体も弱い。いずれは出来るようになるでしょうけど今は無理ですね』


 勝算のある作戦は一樹の未熟故に実行できない。となれば


『それじゃあ九重よりも速く動けるようにはなる?思考もセットで』


 シンプルな速さにはシンプルに速さで対抗する。

 一樹は慣れていないから二倍速までしか出さないが竹千代がしっかり制御してくれるならもっと出せるはずだ。

 竹千代もそれなら、と可能性を示す。


『死なないラインギリギリまで攻めれば可能ですが』


『ですがなんだよ』


『明日筋肉痛で死ぬほど痛いですよ?』


 身体強化は出力、強度ともに上げてくれるのでちょっとの無茶なら筋肉痛になったりはしない。けれど死なないラインとはかなりの無茶をするので通常通り筋繊維はブチ切れ筋肉痛を起こすという。

 普通の筋肉痛でも結構痛いのに肉離れ級の筋繊維ブチ切れが全身に訪れるとなれば死ぬほど痛いと言われても言い過ぎではないだろう。

 しかし、その先にあるのは超回復。より強靭な筋肉の誕生だ。

 一樹は竹千代の示すリスクを受け入れた。

 そうして動き出す世界は止まっていた。

 先程までの二倍速での肉体の動き、それ以上の速度を身体は出しているはずなのにスローモーションを通り越して止まって見えるのは何故か。


『それは思考の速度が音速を超えているからですよ。今の一樹の身体は音速に届く一歩手前ですね。一応安全マージンを取ってます。しかし、思考の加速の方は段違いな速度まで上げれるのでこうして世界が止まって見えるのです。身体は動きませんが意識だけなら何時間でも加速出来ます』


 思考が加速し過ぎて世界が止まってしまった錯覚に陥る一樹。体は動かせないし視界も変わらない、聴覚も働かない、世界を置き去りにした感想は退屈だった。


『これが思考加速のリスクです。私はちゃんと制御できますが制御に失敗するとこうなって戻れなくなりますので気を付けてくださいね』


 退屈という感想が竹千代に伝わったのか、ついでとばかりに思考加速のリスクの実体験をしてくれた。何せ一樹の意識感覚では既に十分近くこの状態が続いている。停止した世界は微妙に動いているのかもしれないが見る限り九重の身体はこの十分で一センチも動いていない。

 これは本当に制御できるようにならないといけないな。

 リスクの実体験を済まし、認識を改める。


『では徐々に速度を落としていきますのでもう少し待っててくださいね』


 いきなり速度を戻さないのは脳が動きを認識出来るように慣らすため。この停止した世界をいきなり戻せば脳が五感の情報を処理しきれずに大変なことになるとかなんとか。

 一樹の視界は徐々に動きが見えてくる。

 その時、不意に九重の動きが速くなった。

 手に持つ竹千代が勝手に形状を変化させ九重の突きをいなす。切っ先が一樹の肩をかすめ、すれ違い様に放たれる九重の拳を飛び退くように回避する。


『今のは?』


『九重が速度を更に上げたのです恐らく五倍速ぐらいかと』


 通常の五倍の速さ。思考加速なしだったらとんでもなく速く見えただろう。けれど一樹の思考速度はもっと速い。急に速度が変わったことに驚きはしてもそれだけだ。時間があれば冷静に対処ができる。

 これが身体強化と思考加速の力。異能バトルの必須能力か。

 一樹はもう少し体の動かし方を学んだ方がいいと感じた。



 結局その後はほんの数回打ち合って実戦練習は終わった。

 互いにまともな一撃を入れることは出来なかったが、思考速度を変えながらの戦闘というものを経験できたのは大きい。もし本番でいきなりやったとしても加速された思考で何をしなくてはならないかを考えるところから始めなければいけなかった。

 もっともそれでも十分にやり合える自信はあるが考えがまとまるころには戦闘のことが頭からすっ飛んでいそうだ。

 思考加速の欠点の一つ、体感時間が長過ぎて元の目的を忘れてしまうことと学んだ。

 九重からの総評は「いいんじゃない?」とのことだった。


「正直、初めてであれだけ動けるとは恐れ入った。普通は思考加速の制御に手間取り、そっちに気を取られて身体強化が疎かになるもんだけどちゃんと両立できてたね」


「竹千代が色々やってくれてるからな」


「そっか、竹千代は凄いなー。他の妖刀は制御とか全部使い手任せだからあんなに使いこなせないんだよね。茶々も一樹君をボコってやろうと思ったのにとても残念だってさ」


「いやいや、何で俺をボコるとかそういう話になったの!?」


「茶々がやっちゃいましょうって」


 茶々を見ればふいっと顔をそむけた。どうやらまだ機嫌が直っていないらしい。

 ひょっとして何発か殴られれば機嫌を直してたのか?でもあの速度で殴られたらひとたまりもないしな。


『大丈夫ですよ。茶々は頭が良いですから物理的に倒せないとわかった以上、きっと精神的に倒しに来ます』


『竹千代の茶々に対する評価が怖い。ってか茶々ってもしかして相当やんちゃだったりする?』


『やんちゃですよ?気に入らない奴は殴る。言うことを聞かない奴は殴る。むしゃくしゃしたら殴る。刀のくせして斬ることよりも殴る方が得意な変わり者です』


 それはどうなのだろう。


「まぁ、何にしてもこれからの課題は戦いにおける体の動かし方だな。竹千代の能力を使ってみて、基本的な戦闘は超高速な普通の剣術だと思ったし」

 現状の一樹では竹千代の型別能力を十全に使えない。もう少し鍛える必要があると分かった。こればかりは時間がかかることなのでそれまでに剣術による戦闘技能の向上を目指すことにした一樹。


「そこで九重、誰か剣術を教えてくれそうな人知らね?」


 そう悲しいかな一樹の知り合いに剣術、それも人を殺すための技術を教えてくれそうな人物に心当たりは一つもなかった。

 九重は少し考えて「あいつかな」と独り言ちに呟く。候補が複数いたのだろうか。


「剣術というよりも異能バトルを指導してくれそうな奴なら知ってるかな?どうする?今から行こうか?」


 九重の申し出に少し戸惑う。


「え?今から?時間は大丈夫か?」


 そう、時間だ。九重の空間に来てから既に三日ほど経っている。現実では三時間、もう夕方七時を回っているのだ。

 しかし、そんな心配は不要だと知る。


「大丈夫大丈夫。そいつも僕と似た様な空間に住んでいるから」


 あぁ、つまり一般人じゃないってことな。

 一樹は九重の案内で「異能バトルを指導してくれそうな奴」の下へと向かう。

 九重について歩いていくとその目的地は山の反対側にある洞窟の中だった。

 指導者は地底人かなんかですか?と思いつつもついていくと洞窟の中に似つかわしくない西洋風の門があった。

 ロダンの地獄の門のように重厚感あふれるそれを九重はその門を開く。

 あ、横開きなんだ。

 開かれた門の中も当然洞窟だった。しかし遠くに小さな明かりが見える。その小さな明かりのを目指して歩く。

 洞窟を抜けるとそこは桃色の空が広がる世界だった。

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