02-16:イベント前の憂鬱
一体誰が、何を考えて『召喚アプリ』なんてものをバラまいたのか、始めはただそれが知りたかっただけだった。しかし召喚アプリを知るにつれて虎雄の心は陰りを見せた。
かつてより異世界からの侵略者の話は上司である三日波かなみから聞いていた。召喚アプリも異世界人たちの侵略手段の一つ、計画の一端に過ぎないだろうことは聞き及んでいた。ついでだからと調査を依頼され、喜んでい引き受けた。そんな過去の自分を張り倒したくなる。
調査にあたり、親友と、幼馴染とでチームを組んで行った。召喚アプリを実際に検証するという親友を止めなかった当時の俺はどうかしていた。きっと初めての異世界案件で浮かれていたのだ。そしてそれは二人も同じだった。
召喚アプリを起動させ、親友が召喚したのは筆舌し難い程の美女だった。これでもかと言わんばかりのエロ水着を着た、羽と尻尾の生えた女悪魔、俗にいう『淫魔』というやつだろう。
この時から調査は難航した。否、始めから失敗していたというのだ正しい。
親友は淫魔の魅了されたが如く、召喚した悪魔と肉欲に塗れた日々を繰り返した。そして時折自身を鍛えるべくトレーニングをするようになった。
仕事をそっちのけで爛れた生活を送る親友を心配した幼馴染は俺の知らない間に失踪した。訳が分からなかった。
その間調べがついたことと言えば本当に僅かだった。『結界』という空間を創り出す機能があること、召喚獣は人を倒して強くなること、召喚士と召喚獣の主従関係の在り方。これだけだ。アプリの出所、プログラムの特徴、そういった根幹にかかわる部分は一切不明のまま時間だけが過ぎ去った。
最後の手段として俺自身も召喚アプリを使うことにした。その際上司は俺を失踪扱いにするといった。対異世界の戦闘集団が異世界から齎された侵略ツールを扱うには色々と体面があるようだった。
紆余曲折あり、俺は召喚士へとなった。
だが結局何も分からなかった。既に知っていることを再確認したに過ぎない。だが召喚獣というのは想像以上に有用だった。
召喚獣にはレベルがあり、レベルが上がれば上がるほど色々なことが出来るようになる。そしてそれは召喚士にも同じことが言えた。このレベルが主従を決定づける要因だ。召喚獣からレベルを離された時、主従が逆転する。
このアプリの悪質なところは召喚士のレベルに関することが何一つとして記されていないことだろう。どうすればレベルが上がるのか、どうするとレベルが下がるのかはおろか召喚士にレベルが存在することすら記されていない。
レベルアップに関して完全手探りでやらなければいけない。時間をかけ虎雄は召喚士のレベルが上下することを見つけ出した。
召喚士のレベルが下がる要因が二つ判明した。
召喚士主導の元、召喚獣が殺されること。
召喚士の心の持ちよう。ビビったり怖じ気づく、戦意を喪失するなど弱気になると召喚士のレベルが下がる。
前者は理解できる、ゲームで言うところのデスペナルティ的な要因だろう。しかし後者は実に曖昧だ。けれど実際に戦意を失った召喚士が召喚獣に反逆される瞬間を数度確認している。
推測になるが召喚獣には意思があり、普段は従順なフリをしているだけではないのか。本当はとっくに反逆できるのに、従い、都合が悪くなったら反逆して主導権を握る。
けれどどうしてそのような面倒な手順を踏むのかが解せない。上司に相談すると「何かしらの枷が存在するのだろう」と。異世界を跨いだ技術、この世界と異世界とでは条件が異なるというのは十二分に考えられるため、これ以上は追及するだけ無駄だろう。
虎雄は召喚アプリの仕様を探ると共に己の召喚獣を駆使して、情報を収集していた。一ヶ月に満たない短い時間だけで数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどの犯罪を見つけては上司へと報告すると共に理性的な召喚士には桜薙の情報を流して戦力バランスを整えた。
だが増え続ける召喚士と犯罪。やがて対処すべく桜薙が総動員されることになったことを知らされる。しかし、その頃には召喚士の人数は全国で一万を超えていることを虎雄は掴んでいた。桜薙とて一万を相手取ることは無理だろう。
そんな折、召喚アプリユーザーに運営からのメッセージが届いた。内容は強制参加イベントの告知。召喚士が召喚獣同士を戦わせ、日本一を決める最初のバトルロイヤル方式のイベントとのこと。
上司に報告すれば、そのイベントで潰し合わせて、生き残った強力だけど少数の召喚士を一網打尽にする計画が立てられた。
その中で虎雄に課された任務は二つ。召喚士の発見と、召喚獣以外の異能者の探索。前者は取り零し阻止のため、後者は未だ見ぬ未知の異世界関係者の手掛かりとするため。
召喚士以外の異能者は魔法少女と妖刀使いくらいしか見つけていないが、どちらも召喚士とは比べ物にならない戦闘力を有しており、召喚士など問題にするのも馬鹿らしくなったが。
何はともあれ、虎雄は早く召喚士問題を解決したかった。
「あと三日⋯⋯なげぇなぁ」
――――――――――――――
最近召喚士たちが無謀なレベリングに励むようになってきたと刀子さんが愚痴を零している。
強制参加イベントに向けて少しでも強くなっておきたいという召喚士たちの気持ちも分からなくはなかった。何せ召喚アプリは命を賭けたゲームだ。召喚士の人数が少なかった時は特権階級気分だったのかもしれないが、一万を超えれば共喰いをせざるを得ない状況にまで発展してしまったのだろう。召喚士が餌にした誰かが他の召喚士大切な人だったなど、簡単に起こり得るのだから。
やったらやり返される。文明社会の崩壊が始まったに違いない。
一体全国でどれくらいにまで召喚士は増えたのだろう。
それを駆除する桜薙はいよいよ一般人の被害など考えている余裕がなくなってきたのが刀子の様子で理解した一樹。ここ半年ほどで日本の人口は一割、二割減ったに違いない。
まあ、そんなどうでもいいことは置いとくとしてこれからのことを考えよう。
まず、強制参加イベント。桜薙はこのイベントである程度数を減らしてから殲滅を開始するらしい。数で劣るのだからそれくらいはしないとダメだろう。ただその場合、勝ち抜いた召喚獣と戦闘ということだからどれくらい強くなっているのかが分からないということが問題だろう。
桜薙は強い、けれどそれはあくまでも一般人と比較してであり、一樹の知る九重やキシ、魔法少女と比べると大分劣る。
もし、召喚獣があのレベルまで強くなったとしたらとてもじゃないが太刀打ちできないと一樹は考えている。
「まぁ、その場合日本が滅ぶんだけどな」
むしろよくこれまで日本が滅ばなかったなとしみじみと思う一樹。
どんなに弱い魔法少女でも人間核ミサイルだ。一発暴発しただけで街が滅ぶ。
今にして思えばマスコット達はよくやっていたんだなとそう思うことが出来る。魔法少女が多少おいたをしたところで社会が崩壊するということにはつながらなかった。彼らはそれだけ気を遣っていたのだ。
それに対して召喚アプリの方は全くの無配慮。無暗矢鱈に自分の勢力を広げるだけ。これではこの世界の勢力だけでなく他の異世界勢力も刺激する。
それともそれが狙いだとか。
まぁ、何にしても今考えるべきは明日に控えた強制参加イベントとやらだ。このイベントに関わるべきかどうか、それが問題だ。
そう、一樹には参戦する理由がなかった。仮に参戦したとしても、京都以外でも行われるこのイベント、京都一つをどうにかした程度で何かが変わる事はない。
そう考えていた所にやって来たのは妙な気配をした男だった。
ダボダボなパーカーにカーゴパンツ。一昔前にそういうダボダボなファッションが流行ったそれなんじゃないだろうか。ファッションはこの際置いておく。問題なのは気配の方だ。
違和感を覚えて魂を視る。するとどうだろう男の姿が消えてなくなった。魂を視るのを止めれば男は普通に映っていた。
「どうなってんだ?」
思わずつぶやくと男が一樹を見た。
まさか気付かれたか?そう思った次の瞬間に男は姿を消していた。二度も三度も姿を消す男。考えるまでも無く異常事態だ。
「何がどうなってんだ?」
「それは俺の台詞だろうさ、青少年」
突如かけられた背後から声に振り返ればそこには姿を消した男がいた。
心臓が跳ね上がり、すぐにでも逃げ出せる体勢を取ろうとするも
「そう怖がりなさんなって」
あっさりと肩を抑えられ強制的に座らされた。
「青少年はアレだ。御剣さん家に預けられた妖刀使いってお前さんだろう?」
ああ、この男、やはり異能に関わる人間だったか。
妙な気配を感じた時、確認何て悠長なことをせずにとっとと逃げ出せばよかったと後悔する。
しかし、一樹のこれまでの経験上、危険になり得る可能性を未確認のまま放置するという選択肢はなかった。それは単に一樹自身の戦闘能力の高さからくる油断だった。
どうするどうする。と思考しようとするが焦った状態でまともに働く思考はない。
一旦落ち着くためにも一樹は思考を加速させる。
『これでどうにか時間が——』
『おいおい、こりゃまたどえらい速度の思考加速だな。大丈夫か?こんなに加速して』
おいおい、何が起こってるんだ?
現象としては加速された一樹の思考に男が同調してきているということ。
しかし果たしてそんなことが可能なのだろうか?
そこまで考えてその思考は無意味だと放棄する。事異能に関して常識や物理法則など無いに等しい。考えるだけ無駄だ。事実を事実として考える思考の柔軟さが求められる。
『他人の思考に同調、意思疎通とか何考えているんですか?』
苦肉の策に一樹は可能な限り情報を得ようと強がってみせる。その内心では今にも胃袋の中身をぶちまけそうになっていようがお構いなしだ。
強がって見せる一樹に男の思考が流された。
『何言ってんだ?妖刀相手に同じことしてんのはお前さんだろうに。そっちの方が危険だって気付いてないのか?』
『妖刀が危険?』
『いやいや、疑問符なんか浮かべんなよ!妖刀だぞ?危険なんだぞ?』
『妖刀が危険なのは当たり前では?』
妖刀は凄まじい異能と共に相応の危険がある。それは一樹も承知している。例えば今使っている思考加速なんかも、制御を誤れば思考速度が元に戻らずそのままになる。他にも身体の制御を委ねれば自身が身に付けていない技能を扱うことも出来る。けれど揚羽の様に妖刀が暴走した際、肉体が乗っ取られることもある。
けれど妖刀の能力を鑑みれば当然の危険ともいえる。刃物は便利だが人を傷つける、それと同じだろう。
何を今更、そう思考した瞬間に男の呆れるような思考が割り込んだ。
『いや、そんな低次元の話じゃねーんだけど、もういいや。どうせ聞く耳もたないんだろ?それよりもお前さん、召喚アプリのイベントあんじゃん?アレに飛び入り参加して来いよ』
は?この男は一体何を言っているんだ?そんな思考も筒抜けなのか男の思考が流れてくる
『分かる、分かるぞ。参戦せする理由がないんだろう?メリットがないんだろう?分かるわーその気持ち。やっぱ命懸けで戦うわけだもんな、何かないとモチベーション保てないよなー』
『いや、別にそういう問題じゃ⋯⋯』
『じゃあどういう問題なんだよ?』
問われ、一樹は考えながらもそれらしいことを答えた。
『イベントは日本全国で一斉に行われる、京都だけ守っても日本は滅ぶだろ?なら京都だけ守ってもダメなんだ。かといって複数を守れるだけの戦力はない。詰んでるだろ。だったら滅んだあとのために準備する方がいいだろ』
と、理由を付けるも、結局のところ参戦にメリットがなく、デメリットだけがあるという事実を口にしたのだった。
それを聞いた男はうんうんと頷くような雰囲気を発しながら伝える。
『なるほど、青少年の言い分は分かった。何、大した問題じゃない。全て俺一人で解決可能な問題だ』
『は?』
『要はお前さんがいるところだけイベントを開始すりゃいいんだ。な、他の所は俺が中止にさせるから、それならお前さんも戦うんだろ?』
『いやいや何それ!?てか中止させられるなら全部やってくれよ!ってそうじゃない!そんなことが出来るのなんて召喚アプリの運営くらいじゃ⋯⋯』
まさか、と思うがその可能性を男が即座に否定する。
『いや、俺は違うけど?俺この世界出身のこの世界の人間だったけど?』
『おい!それじゃあさっき言ったのは嘘じゃんか!』
『いや別に運営じゃなくても中止に位させられるで。そもそもだ、お前さん達が異能と呼ぶ力、しかしこの力には当然、格がある。格上の異能相手に格下の異能は通じない。たったそれだけの話なんだよ』
異能には格がある?そんな話聞いたこともない。けれどそれは至極まっとうな話に聞こえた。
男が言うように今までの一樹は異能という一言で全て片付けてしまっていたが果たしてそれら全てが丸く収まるのだろうか。
召喚アプリの召喚獣よりも魔法少女の方が強かったし、魔法少女よりも妖刀の方が強い、例外はあれど基本は一緒。そして妖刀よりもキシという九重の知り合いにして一樹の師匠とハルカと呼ばれる同類のソレは明らかに異常だった。格が違う、次元が違う、そういう類の差だった。
思考に耽る一樹に男は簡潔に言う。
『つまり、召喚アプリ如きでは俺の異能を防げない。そう言ってんのさ。格が違うよ、格が』
男が言うように日本が滅びない可能性があるというのなら戦う理由は出来るし、戦わない理由は減る。けれど果たして男の口車に乗ってしまっていいのだろうか。
そんな一樹の不安を感じ取った男は言った。
『なら俺の力の一端を見せてやるよ』
そこで一樹は目にした異能を一樹は認識することが出来なかった。
ただし理解したことがある。
これは断れない奴だと。
結果だけ言えば一樹は参戦することにした。
しかしなぜ自身が参戦しようと考えたのか、一樹自身でも理解していなかった。