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魂のアリカ  作者: 白鴻 南
2:主人公不在の世界
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02-13:噛み合わない


 


 一樹が帰宅する炬燵に入ってテレビを見ている人物がいた。刀子(とうこ)だ。

 刀子は一樹に気が付くと「おかえり」と、迎え入れた。


「最近忙しそうにしてたのに今日は早いですね」


 一樹がそう言えば「まぁね」と一言。それ以上の説明をしようとはしない。この態度に一樹は異能探偵の助手が言っていたことが本当だったのだと確信する。近々行われる召喚士殲滅作戦にて、刀子は間違いなくその中核をなす人物だろう。その刀子に休息を与えるというのは殲滅作戦開始までにコンディションを作っておけということだと一樹は推察する。

 のんびりとしている刀子に今日の出来事を報告する前にいくつか訊ねておきたいことがあった。


「そうだ刀子さん。異能探偵って知ってますか?」


「異能探偵?」


「そうです。異能探偵・三日波かなみ」


 一樹が異能探偵について訊ねると刀子は訝しむ。まるで異能探偵という単語よりも三日波かなみという名前が出てきたことの方が意外だったかのように。


「おや?何故三日波のことを知っているんですか?」


「いえね、今日はその異能探偵の助手というのが接触してきまして」


 それから今日起こった出来事を報告した。

 召喚士勢力が五つあるらしいこと

 近々刀子たちが殲滅作戦を行うらしいこと

 弱小召喚士たちが徒党を組むために馬鹿みたいな大掛かりの演出で大勢を巻き込んだこと

 そして巻き込まれた者のほとんどが召喚士へとなったこと

 全てを聞き終える頃には刀子の表情は失われていた。


「それらの情報を持ってきたのが異能探偵の助手を名乗る少年でした」


「⋯⋯⋯そうですか。全く厄介なことになっていますね」


「殲滅作戦に影響が出ないといいですね」


 適当に話を合わせつつ進行させる一樹に刀子舌打ち、それから盛大に溜息を吐いた。


「まず問題の一つはそこですね。どうして作戦の情報が漏洩しているのでしょう?」


「知りませんよ。異能探偵の助手が持ってきたんですから異能探偵が調べてたんじゃないんですか?」


「異能探偵・三日波かなみは桜薙(さくらなぎ)の分家の一つ、波道(はどう)三日波(みかなみ)三日波(みかなみ)(りゅう)拳闘術(けんとうじゅつ)家元(いえもと)の三女です。これは抗議せねばなりませんね」


 そう言うと刀子はスマホを取り出し電話をかけた。


「三日波さんですか?お久しぶりです。御剣家の刀子です。はい、三日波かなみさんについて少々お話がありまして。ええ、異能探偵活動絡みです。異能探偵の助手を名乗る少年が我々の作戦の情報を漏洩して回っているようでして、それについて抗議させていただきたく⋯⋯⋯え?名前?(名前は?)」


修道院(しゅうどういん)影光正(かげみつまさ)虎雄(とらお)


「はい、修道院(しゅうどういん)影光正(かげみつまさ)虎雄(とらお)と名乗りました。え?現在行方不明?あの一体どういうことで?え?聞きたいのはこっち?逆ギレですか!?」


 その後も何やら言い合って刀子は「もう結構です!」といって通話を終えた。


「お話になりませんね!全く!」


 通話の様子から察していたが刀子は随分お冠のようだ。こういう時はそっと触れないのがいいのだが、そういうわけにもいかないだろうと「どうでした?」と、そう訊ねる。

 刀子は苛立ちを隠さすことなく表情に出し、いつもより速めのペースにて答えた。その速さが苛立ちのボルテージだと言わんばかりに。


「一樹に接触したという異能探偵の助手ですが、現在失踪しているようです。これがかなみの指示によるものかどうかでもこちらの対応が変わってきます」


「どういうことですか?」


 まず失踪中という返答に首を傾げ、その後のかなみの指示というところにも疑問符を浮かべる。


「探偵というのは任務の都合上、時に死んだことになったり、死んでいることにした方が都合が良かったりするものだから、話をはぐらかしたい時はよく失踪中という肩書を使ってい来るんです。だから本当に失踪しているのかは当てにできません。

 もし仮に失踪中の助手君が何かしらの任務でそうする必要があったとしたら、何故そうする必要があるのかを考える必要があります。私たち桜薙の分家は使命こそ同じですが、その方法論はまるで違います。なので時に現場でぶつかり合うこともしばしばあるのです」


「この場合は⋯⋯」


「最悪、私たち御剣家と事を構える可能性も考慮しなければいけないでしょう」


 刀子さんは苦虫を潰したような表情を見せる。


「ひょっとして桜薙の分家同士って仲が悪いんですか?」


 そうでもなければ事前に根回し成りして協力体制を敷きそうなもんだが。


「悪くはないです。ただ仕事の内容が内容ですからバッティングすることも多々あって」


「今回もその可能性が?」


「ええ、召喚士を排除するという目的は同じでもその手段が異なれば当然バッティングします。だから連絡を取り合えればいいのですが、その相手は現在失踪中だとあしらわれました。こうなると本人の残した情報から読み解くしかないですね。

 助手君は何か言っていましたか?」


「ええ、仲間になれと」


「そうですか。ではそこから情報を収集しましょう」


「これで情報収集の手間が省けました」とばかりに伸びをする刀子にそれは無理だと一樹は告げなければならない。


「いえ、無理ですね。断りましたから」


 そう言えば一瞬刀子の身体に緊張が走り、思考は停止しながらも今言われたことを処理しようと必死に働く。けれど情報量の多さからやや遅れて刀子は再起動を開始する。

 しかし「⋯⋯え?」というだけで精一杯だったようで一樹はもう一度言う。


「断りましたから」


 刀子は炬燵に入ったまま床に寝そべり遠い眼をして天井を眺めた。

 


――――――――――――


 あぁ、世の中いつだって上手くいかない。

 一生懸命考えた計画も漏洩し、身内に足を引っ張られ、頼みの綱の居候は予想の斜め下をリンボーダンスでもするかのようにスルリと通る。

 召喚士の存在が世間一般にも認知されかかっている、その原因である派手にやっている連中を一網打尽にしようと今日まで頑張ってきたと言うのに実行前に計画は露見しているという。

 だがしかし、と刀子は考える。そもそも以前から御剣家の動向はしっかりと抑えられていた。不思議なくらい完璧に。それを思うと今回の情報漏洩は当然だとも思える。

 当初、刀子は身内に情報を流している奴がいると考えていたが、調査の結果それはないと確信したのがつい最近。だからこそ殲滅作戦を計画したのだがそれも事前に知られていた。それはすなわち、こちらに接触することなく情報を集める手段があるということ。

 ほんと、こういうのって探偵が得意そうなことですよね。

 現在絶賛失踪中の異能探偵の助手が思い描く計画は刀子が知ることは出来ない。けれど推測は出来る。

 まず分かっていることと言えばこちらの動向を知ることが出来るということだろう。相手はまず間違いなく、こちらの動向を知った上で何かを狙っている、と思われる。

 襲撃計画を知った者が考えそうなことと言えば待ち伏せからの挟撃が一番有り得そうです。けれど、それだと一樹に協力を求めるのは不自然でしょう。一樹から情報が流れることくらい想像できます。

 逆に情報が流れることを期待した?こちらの作戦は筒抜けだと、そう思わせることで作戦の遅延ないし中断を画策?解らない。全然分からない。

 刀子は基本的に頭脳労働を担当していない。そもそも刀子たち桜薙は戦闘集団であり策謀とは無縁だ。敵がいる、切り捨てる、圧倒的な戦闘力を持つが故にそこまで考える必要がなかった。

 下手な考え休むに似たり、刀子は一旦思考を止めて、一樹からの情報収集へと戻る。


「その助手君からは何も聞いてないのですか?何も聞かずに断ったと?」


「ええ、その、何というか気に入らなかったので」


「気に入らなかった⋯⋯⋯」


 はて、一樹はこんなに短絡的で考えなしだったでしょうか?もっと思慮深かったと記憶しているのですが。

 初めて会った時から時折見せるおかしな言動は刀子も気付いていたがここ最近はそれがはっきりとしてきた。時折会話が噛み合わない。そんな違和感を覚えるようになってきたのだ。


「助手君の話を聞いてから答えるという考えはなかったのですか?」


 普通、断るにしても話くらいは聞くだろう。そんな先入観を持つ刀子に一樹は真っ向から否定する。


「ないですね。あいつ自身が気に入らないというのが一番ですが、刀子さん、話を聞いてから決めるなんてよくそんな危険を冒そうと考えますね」


「危険?」


「はい、危険です」と言って一樹はその危険だという根拠を上げる。


「事、異能に関して、とりあえず話を聞いて、何てことは絶対にありえません」


「それはどうして?」


「『精神汚染』があるからですよ」


『精神汚染』

 それは異能の一種で一樹の持つ『妖刀(ようとう)』にはデフォルトで備わっている能力の一つだという。


「精神を汚染されると、汚染源と似た様な思考へと変貌していきます。耐性がなければ汚染源の話を鵜呑みにし、唯々諾々と従わされることもあるそうです。戦闘能力を持たない異能使いを相手にする時は耳を傾けてはいけない。これが基本中の基本だそうです」


「一樹は助手君が戦闘能力を有さない、所謂搦手系(からめてけい)の異能の持ち主だと、そう考えているのですか」


「ええ、多分情報収集に特化した感じじゃないかと」


「情報収集に特化?」


「刀子さん、前言ってましたよね?御剣家の動向が知られてるっぽいって。それ、多分あの助手の仕業でしょう」


「どうしてそう思うのですか?」


「アイツは詳し過ぎます。まるで色んなところで見聞きしているかのように、内部に潜り込まないといけないような情報をポンポン持ってます。複数の勢力の情報を持ち過ぎなんですよ。おかしいでしょう」


「それが異能を用いた捜査だと?」


「刀子さんの話を聞いてそれが一番可能性があると、そう思いました」


「何故?」


「勘です」


 自信満々に勘だと言い切る一樹に呆れ、とりあえず「⋯⋯⋯⋯話を続けてください」と言葉を絞り出した。


「あの助手が何かを企んでいる、その計画には戦力がいる、それも召喚士以外の戦力が、ここまでは分かっています。となれば助手は召喚士と事を構える可能性が高い」


「助手君は召喚士以外の戦力を欲していたの?」


「ええ、だから俺に声を掛けてきたみたいです。召喚士になれない俺に」


 召喚士以外の戦力が必要、それでいて桜薙のことを知っていながらも御剣家には接触を図らない?それは何故?


「召喚士以外の戦力が欲しい、かつ桜薙の存在を知っているのなら桜薙に要請するのが妥当でしょう?それをせずに俺に直接声を掛けてきた。きっと碌な事じゃないですよ。何せ碌な事なら桜薙が応じてくれる。桜薙が応じてくれないと分かっているからこその行動だと考えました」


「桜薙が応じない⋯⋯⋯」


「例えば一般人たちを餌にして、新規に召喚士になった新人召喚士をレベリングし、邪魔になりそうな召喚士勢力の戦力バランスを図りつつ、共倒れを狙うとか」


「一般人たちを餌にしなくても共倒れは狙えると思うけど」


「所詮仮定の話です。例え話です。聞き流してください。難易度の問題とかじゃないんですか?」


 確かに、一般人を餌に、という考えは許容できない。そんなことを交渉しに来たのなら問答無用で切り伏せている自覚はある。


「どちらにしろ俺たちには召喚士たちの情報が圧倒的に不足しています。刀子さんが持っている召喚士の情報だとどのくらいの人数がいますか?」


「そうね、さっき話してた派手に暴れている連中だけでも三百人は居たと思う。それ以外もそれなりに調べがついてたと思う」


「だとすると三千人強の召喚士が、この近辺をうろついているってことでしょうかね」


「ひょっとしたらその倍はいるでしょうけどね」


 召喚士の把握とはそれ程に困難なのだ。何せ召喚士は場所的制約を一切無視できるからだ。移動には『結界』を使えば誰にも目撃されることなく移動が可能になるし、犯罪も『結界』内で行えば物証も目撃証言も絶対に上がらない。通常手段では絶対に見つけられない。

 そしてそれは召喚士が法的に絶対に逮捕されえないことを示しており、それに気付いた誰もが犯罪に手を染める。召喚士が現れて一ヶ月近く経過しているがその間に不可能犯罪が一万件以上起こっていると警察から泣きつかれた。

 もはや日本という国は国家という形態を維持するだけの抑止力を失っているといっても過言ではないだろう。

 犯罪を犯す召喚士たちは自身が法的には裁けないと理解しているからこそ、様々なところでボロを出す。ボロを出したところで法的には裁けないから大丈夫だと高を括ってのことだ。

 だがそんな召喚士は知らない。桜薙が本気を出せば法など軽く超越することを。法を超越した戦闘集団が召喚士を駆除の対象として決定しているということに。

 

「ひょっとして御剣が動くという情報を流すことで何かを誘き出そうとしている?」


「いやいや、流石にそれは深読みし過ぎだと思いますよ?ただ何かに利用できればな、くらいじゃないですかね」


「そう思う理由は?」


「だって召喚士も桜薙も暴力を振るうしか出来ないじゃないですか。殺す、壊す、脅すくらいしか役に立ちませんって」


 その言葉を聞いて刀子の意識は一瞬だけど確かに怒りに呑まれた。自身の全てを否定されたのだから無理もない。けれど一樹はそんな刀子の怒りを無視して炬燵に入り、テレビのチャンネルを回してドラマの再放送を見始めた。

 そしてそのままこの話を終わらせた。

 暫しの無言。狭い部屋に響くのはテレビから漏れる僅かな音声のみ。一樹が話を終わらせた以上刀子から何を言ってもそれ以上は話す気は無いだろう。

 刀子は炬燵から出て立ち去るその間際、ずっと黙ったままドラマを見ていた一樹が呟くように言った。


「きっと刀子さんが考えている以上に悲惨なことになると思いますよ」


 その呟きはまるで一万人以上の死者が出ている現状でもまだマシだとでも言っている、そんな気がした。



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