02-11:勧誘
これは一体どういうことか、一樹は状況を理解出来ずにいた。
一樹を襲ったストーカーは一樹を昇降口まで吹っ飛ばした後、止めを刺すわけでもなく周囲にいた生徒を襲いだした。
ストーカーは嫉妬に駆られ一樹を襲撃しに来たのではなかったのか?背景と目の前で起こる事象が繋がらないことに混乱する。
一樹は仮説を立てる。
ストーカーは一樹をぶっ殺したと思いハイテンションのまま突っ走っている可能性。
実は「あげはたん云々」は口から出まかせ、ただ暴れたかっただけという可能性。
それらを隠れ蓑に何かを企てている可能性。
けれど一樹は仮説は建てども結論は出さない。
何だって良いのだ。理由とか理屈とかそういうのはただの物差しでしかない。自分自身が納得するための言葉遊びだ。
重要なのは今、目の前で召喚士が一般人を襲っているという事実。それだけだ。
一樹は周囲を窺う。ストーカーが暴れているため一般人と召喚士だろう者たちのほとんどの注意がストーカーへと向いている。
しかし、ほんの数人ではあるが確かに感じる。未だにストーカーではなく一樹に注意を向けている者達の視線を。
案外召喚士たちは一樹の手の内を探るために強硬策に出た可能性も考えられる。
だとしたらここは大人しくしといた方がいいか。
一樹はもう少し様子見を決め込むと一樹に集まる視線を辿る。
しかし、一樹が探っているのを察したようで、サッと視線が外れていった。これはますます要警戒か。
とりあえずストーカーの動向を探るとハイテンションのまま校舎を逃げ回る一般生徒を襲っていた。中には反撃しようと試みる勇敢な者もいたが合成獣に手足を千切られ、高笑いするストーカーに踏み潰されて殺されていく。奇声を上げながら動かなくなった死体を蹴飛ばし合成獣に食わせている。
そして気付く。人間を食うたびに合成獣は強くなっている。注意深くストーカーを見やれば既に合成獣との力の差は歴然だった。
九重が言っていたのはこれか。
召喚アプリの召喚獣は召喚士よりも強くなるとその主従関係は逆転する。あの男はとっくに召喚獣の奴隷だったのだ。あのイカレっぷりも似た様な症状をつい最近見たばかり。おそらくは精神汚染の類似技能だ。
一樹は考える。どうにかして男と合成獣を九重の所に連れて行けないかと。あれは丁度いい実験体だ。
どう確保しようかと考えていると悲鳴が聞こえた。
合成獣に襲われ、転んだ女子生徒が腰を抜かして立てずにいた。それを目にしたストーカーは少女の胸倉を掴み持ち上げると、思いっきり振り回し、制服を剥ぎ取った。
「いいねぇ~、かわいいねぇ~、そそるねぇ~。ひょっとして誘ってんのかな~?」
ストーカーの様子が一樹を相手にしていた時とまるで別人のようになっていた。
制服を剥ぎ取られ下着姿で尻餅をついている少女は男と合成獣に凄まれて失禁。その様子をケラケラと嗤う男は厭らしい笑みを浮かべて少女の股間に顔を埋めて、下着ごと啜った。
恐怖と羞恥が限界に達したのか少女は気を失った。
「おいおい、まだ俺の息子がいきり勃ったままだろうがぁ!まあいい、寝てる間にってのも乙なもんだ。目を覚ました時どんな表情をするのかも楽しみだしなぁ~」
そう言って男はズボンを脱いだ。もはやストーカーではなく強姦魔だ。
気を失ったまま、少女は観衆の面前で犯されてしまうのか。一樹は少女を助けようか悩んだ。しかし悩まなかった者達がいた。
「いい加減にしろよ下衆野郎!俺たちが相手だ!」
いつの間にか躍り出ていた五人の男子生徒。ネクタイの色から二年生だと推測される。
五人の少年はスマホを取り出すと「召喚」と叫んだ。
スマホの画面から光が放たれそこから現れたモンスター。遠目からは犬、鳥、熊、蛸、カブトムシが現れ、それぞれ召喚士の隣に侍る。
「んだよ~、ヤンのかコラッ!」
合成獣が咆えた。衝撃波で砂埃が舞う。少し遅れて犬も咆えた。中間の空間で何かが破裂し、衝撃波は周囲へと拡散する。おそらく同種の技で相殺したのだろう。
熊が蛸を持って合成獣目掛けて投げた。それを合成獣は跳んで回避する。しかし跳んだ先には巨大なカブトムシが既に飛んでいた。
カブトムシの巨大な角が合成獣に襲い掛かる。
合成獣は器用に爪で角を迎え撃ちカブトムシが弾かれた。すかさず鳥が羽を飛ばして追撃に入る。合成獣は咆哮で迎撃。
その戦いを見て、微妙な表情を浮かべる一樹。
この戦いだけを見れば、一対五だというのに互角に戦う合成獣はかなり強い部類なのかもしれない。現実にポケモンがいたらきっとこんな感じなのだろうと思わなくもない。
けれど一樹の知る異能を用いた戦闘と見比べると一枚どころか二枚も三枚も落ちる低次元な戦闘だった。
魔法少女はもっと速かった、もっと強力だった、もっと巧みだった。
だからだろう。魔法少女と違って九重があまり騒がないのも理解できた。召喚獣は確かに強力だが魔法少女の様に軍隊を相手に出来る力ではない。いや、結界を上手く使って分断すれば軍隊も相手に出来るかもしれないが脅威というにはあまりにも戦力不足だ。
もっとも問題は戦力云々ではなく、この世界の住人の魂という資源を盗まれていることなのだが一樹はそこには触れない。何せ総量不明の資源がどれくらい盗まれたのかも不明なのだから言及しようがない。
とにもかくにも召喚士同士の戦闘はもうじき決着し、この騒動も集結するだろう。校舎に関しては結界内なので結界が解ければ綺麗に片付く。
問題は死亡した人間の方だ。この短い時間で一体何人死んだのやら。軽く見ても一桁ではないだろう。通り魔が二、三人斬り付けただけでも大騒ぎのこのご時世に、学校に化物が現れて十数人を食い散らかしたとなるとどれくらいの騒ぎになるか。野次馬の中には撮影している者もいるだろう。
この事件は隠蔽できない。それが魔法少女との決定的な違いだろう。
この後の展開について考えていると何処からともなく歓声が上がった。合成獣が討たれたようだ。召喚獣を討たれた召喚士は白目をむいて倒れている。
五人の召喚士たちは校舎に向かい叫んだ。
「もう大丈夫だ!今回の事件の首謀者は倒した!」
そう叫んだのは犬の召喚士。その宣言に無駄に湧き上がる歓声を手で制し、静かになったところで演説が始まった。
「今回の事件について、きっとみんなも知りたいことだろう。それを今説明しようと思う」
「そもそもの始まりはこの『召喚アプリ』だ。噂くらいは知っているかもしれない。もう分っただろう?今回の事件の真相はこの『召喚アプリ』を用いて召喚した召喚獣による暴行だ!現在、日本中で似たような事が行われている」
「そう!今日起きたことは何時、何処ででも起きうることだ!君たちの周りには居なかったか?ここ数ヶ月で行方不明になった人たちが!」
召喚士の問いかけに心当たりを探る観衆。そしてチラホラと上がる心当たりの声。
「そういえば」
「確かお隣さんが」
「ご近所さんが確か」
皆、行方不明者の心当たりを口にしている。それを聞いて心当たりのない者達の顔が曇る。もし、今聞いたことが本当なら自分たちはどうすればいいのか、と不安を隠せない。
「そして問題はここからだ!この召喚アプリを悪用する者達がいる。それも個人で、ではなく組織的に悪用している!俺たちには自衛のための力が必要だ!そうだろう!」
今回、たった一人の召喚士が暴れただけで十人以上が死んでいる。だというのに演説をする五人は、召喚アプリを悪用するような奴らが徒党を組んでいいるという。一体これからどうなってしまうのか、警察は召喚獣を制圧できるのか、一般人である彼らは何が安全かなんてわからない。ただ、警察の戦闘力が召喚獣よりも上だとは思っていないようだ。
警察は守ってくれない、では誰が自分を、家族を、大切な人を守るのか。しかし、その答えを用意できる者は何処にもいない。
代わりとでも言うように少年たちの演説は続く。
「そこでみんなにもこの召喚アプリをインストールしてもらいたい!」
「自分自身を守るために!家族や大切な人を守るために!どうか協力して欲しい!」
犬の召喚士がそう言うと、校舎に向かって頭を下げる。残りの四人も遅れて下げた。
状況が理解出来ずに戸惑う雰囲気がそこら中で漂っている。
そんな中、一人の少女がおずおずと問うた。
「そのアプリをインストールすれば⋯⋯もうこんな目に遭わずに済むの?」
そう言った少女は手や足から血を流している。痛々しい姿で足を引きずりながらやって来た彼女は召喚士を真っ直ぐに見つめた。
頭を下げていた犬の召喚士は少女と向き合い言った「それは分からない」と。その答えを聞いて少女が何かを言おうとするが、それよりも速く犬の召喚士が言葉を紡いだ。
「けれどさっきも言った通り、今日のことは何時、何処ででも起きうることなんだ。そんな時に今日みたいに無力のまま、されるがままに蹂躙されるか、それとも、自らの召喚獣で戦えるか、その程度の違いだろう。けれど召喚獣は戦って強くなっていく。ピンチに陥ってからインストールしたところで役には立たないとだけは言っておこう」
演説が終わると慌ただしい雰囲気にのまれた。みんな早速召喚アプリをダウンロードし始めたのだろう。
一樹は結界の中でも通信が出来るのだろうか、と一人的外れな疑問を浮かべる。
そんな時、背後から声を掛けられた。
「全く酷い話だ。あんたもそう思わないかい?」
振り返ればそこには何と表現すればいいのか難しい少年がいた。何せ、その少年は一言で言えば何処にでもいそうな、としか言えない。
特徴らしい特徴はなく、かといって地味というには花がある。でもイケメンというには躊躇われる。そんな微妙で形容しがたい少年だ。
何より驚くべきことがその気配にある。目は確かに少年を捉えているのだがまるで背景でも見ているような錯覚を覚える。気配が、存在感が周囲に溶け込んでいるのだ。存在感は確かにあるのに、そこにいてもまるで違和感がなく、むしろいることこそが自然だと勘違いしてしまいそうになる。
これは何かしらの異能か?
怪訝そうに睨む一樹の視線を気にすることなく少年はまるで独り言でも言うかのように話し掛けてくる。
「召喚アプリを使えば確かに今回みたいなトラブルに抗う程度は出来るだろうさ。でもあいつ等は召喚アプリの危険性について一切語らなかった。それでいながら勢いに任せて契約させようとしている。これがどれだけ危険な事かあんたなら解るだろう?」
この少年の言う通りだと一樹も思った。
あの召喚士たちは今この場の勢いに任せて召喚アプリをインストールさせ、そのまま自分たちの勢力に取り込もうとしている。状況も理解できていない無知な者達を追い込み、危機感を煽りながら、それでいて危険性の説明を一切省いて選択を迫る。
はっきり言って質が悪い。理解して敢えてそれをやっているのならまだいい。自覚出来ているのであれば、それは彼らが戦略として選択したということ。
だがもし、彼らがそんなそんなことすら理解できていなかったとしたら、その背後で何者かが糸を引いているのだろう。
もし仮に、そんな黒幕がいるのだとしたら、とっとと始末しないと面倒だな。
異能に触れて既に半年、一樹の思考は、倫理観は、完全に一般人のそれから逸脱していた。
ともあれ今はこの少年に話を合わせてもう少し情報を聞き出すべきだろう。
「確かに危険性について、全く触れなかったな」
召喚アプリの危険性。召喚獣の強さが召喚士を上回った時、主従の立場が逆転するという話は九重からも聞いている。
「ああ、召喚アプリは危険だ。契約したら最期、悪魔たちの奴隷に成り下がるというのに」
やはり少年が言う危険性とは九重の言っていたそれで合っているようだ。もう少し情報を聞き出すために話を続ける。
「悪魔、ね。それで?そんな話を俺にして、お前は何がしたいんだよ?」
「なーに簡単な話だ。あいつ等が言ったように召喚アプリを使ったグループは存在する。これからは集団戦が予想される。となれば俺にも仲間が必要ってわけだ」
一体何のことを言っているのか分からない一樹はこの少年の意図を探ることにする。
「仲間、ね。それに俺が選ばれた、と。理由を聞いても?」
と、極々普通の日常会話っぽい雰囲気で話を合わせた。もし本当に仲間が欲しいのであればある程度の情報は解禁するだろうと。
「ああ、構わないとも。理由はいくつかあるが、あんたは召喚士になれない。それが最大の理由だ」




