01-03
目を覚ますと知らない畳の部屋で布団に寝かされていた。
起き上がると背後から「おはようございます」と挨拶された。振り返れば茶々さんがいた。
「すぐに主を呼んできますので少々お待ちください」
そういうと茶々は部屋から出ていく。すぐに九重を連れて戻って来た。その手にはトレイと急須、湯飲みがのっていた。
九重は部屋に入ってくるなり部屋の隅に遭ったコタツテーブルと座布団を用意し、茶々がテーブルの上でお茶を淹れた。
「おはよう、一樹君。君はここに来るまでの記憶は大丈夫かな?」
「己、九重。一服盛るとはどういう了見だ」
「あれは薬だよ。それよりも僕の質問に答えておくれ。記憶の方は大丈夫かい?」
「記憶?」
「ほら竹林堂で聞いただろう?放課後から竹林堂にくるまでの間のこと」
言われ、そんな話もしていたな、と思い出す。しかし記憶では竹林堂の時は思い出せなかったはずの記憶まで一緒に思い出せることに気付いた。
「放課後、学校から帰る途中、空が光ったんだ。それを追いかけていくといつの間にか人っ子一人いなくなって。そこで見た、魔法少女と化物が戦っているのを。俺はそれに巻き込まれ、建築物の破材が腹に刺さって錐もみ飛行しながら地面に叩きつけられた。てっきり夢だと思っていたんだけど、あれって現実なのか?」
「よしよし、記憶もちゃんと戻っているね。これでようやく本題に進めるよ」
「本題?」
一体どういうわけだかこの男、九重刀仙は魔法少女と同じく非常識の世界の住人だと今の一樹ならすんなり理解できた。
「そう、本題。単刀直入に言って、一樹君、君には戦ってほしい」
「何と?」
「魔法少女、および異世界からの侵略者たちと」
一体この男は何を言っているんだろうか。
一樹の理解が追い付かないのを気にすることもなく九重は説明を開始した。
「君が見た魔法少女なんだけども、実は異世界からの侵略者に騙され利用されているんだ。奴らは自分たちのことをマスコットと呼び、契約と称して少女たちの魂に異世界因子と呼ばれる、魔法を使うための道具を埋め込まれる。そうすることで彼女たちは魔法が使えるようになるんだ」
いきなり魔法少女の説明をされても何も知らない一樹はどう反応すればいいのか分からず、ただ黙って話を聞いた。要約するとこうだ。
魔法少女は異世界からの侵略者であるマスコット達と契約し、魂に異世界因子と呼ばれる道具を埋め込まれ、己の魂を消費しながら魔法を使えるようになる。
この場合の魔法の定義は魂をエネルギーへと変換し、そのエネルギーを消費して事象に干渉する力というものらしい。
魂をエネルギーへ変換する際、マスコットどもはそのエネルギーを横取りし自分たちの生活の糧にしているらしい。言ってしまえばエネルギー資源泥棒である。
ここで問題になるのが魂という資源の性質についてだ。
死者の魂は輪廻転生を経て再び生命へと戻る。早い話がリサイクルされるということだ。しかし魔法少女が魔法として消費した魂は別のエネルギーへ変換されてしまったためにリサイクルされることはない。
このまま浪費されていくと、この世界から魂が失われていき、やがて世界が滅ぶとのこと。
「エネルギー資源を盗まれるのはよくないが、俺にやれっていうのも無理がないか?」
何せ相手は魔法とか言うのを使えるんだ。言っちゃ悪いが俺にそんなものを相手に出来るような能力はない。
「まあ、そうだけどもう少し聞いておくれ」
そう言って九重はマスコットについてもう少し詳しく教えてくれた。
今まで聞いた魔法少女とエネルギー泥棒は今から数年前からやっていたという。
少女を騙し、魂をエネルギーへと変えて自分たちの糧とする外道どもは、魔法で記憶を操作できることをいいことにやりたい放題しているらしい。
特にこの三年間は魔法に対する研究が進み効率よくエネルギーを回収する方法を見つけたとかで酷くなっているらしい。
何でも魔法少女の様に異世界因子とやらに適正のない人間に無理矢理異世界因子をねじ込むと魂が変質し、魂に引っ張られた肉体も変異してしまうのだとか。さながら化物の様に。
そこまで聞いて嫌な予感がした。
九重の目を見れば肯かれた。
「察しが良くて助かるよ。マスコットたちは適当な人間に無理矢理異世界因子を取り付け、変異した人間を魔法少女に狩らせることで効率よく回収するようになった。魔法少女の様に「魔法を使わせる」という手順をすっ飛ばしてね」
無理矢理奪い取れるなら、そもそも魔法少女なんていらないのでは?そう疑問に思ったがそれはそれで必要らしい。
「異世界因子というのは使えば使う程その魂に馴染んでいき変換効率が上がっていく。そして魂も使えば使う程、強く強力な魂となる。強い魂であるほど変換できるエネルギーの質、量ともに上がっていくのさ」
「高品質なエネルギーは魔法少女から、品質に左右されないような使い方のエネルギーはその辺の適当な人間から無理矢理回収すると」
「そういうことだ。一樹君。君は魔法少女と化物が戦っているのを目撃したと言ったね?あの化物は元は人間だったんだよ。ほんの半日前までは」
エネルギー資源泥棒をしているというだけで腹立たしいというのに調子に乗って強盗殺人にまで手を出したと。そりゃこの世界の人間なら怒っていいんじゃないかな。
「ただでさえ手を焼かされていたというのにここ二年程で異常に増えてね。知ってる?今の魔法少女人口、日本だけで千人以上いるんだよ。流石の僕も手に負えなくてね」
「千人!?」
そりゃ手に負えないわ。
あまりに非現実的な話であったが一樹は実際にこの目で見て、魔法を体感しているので割とすんなり受け入れた。
ただ、九重が一樹を騙そうとしている可能性もあるので注意は必要だが。
「九重の事情は分かった。何となく大変そうだというのも、協力者が欲しいという考えも、しかし何故俺なんだ?」
一樹は別段特別な能力や特技を有しているわけではない。運動も勉強も学校の中でも中の上といったところだ。部活動は一応剣道部だが幽霊部員だ。とてもではないが戦力としては望み薄。
それともあれか、俺に異能の力でも眠っているとでもいうのか。
そんなまさかと思いつつもそうだったらいいな、なんて思うお年頃な一樹。
しかし九重の答えは一樹の予想から、希望から、妄想から大分外れたものだった。
いやぁ、こう言っちゃうと気分を害するかも知れないんだけどね、と前置きして理由を話した。
「別に君の協力がどうしてもほしかったというわけじゃないんだよね。ただ単に今日、君は魔法少女という存在を知った。魔法を知った。説明が大分省けると思ったくらいなんだよ。ほら、なんたって魔法少女でしょ?直接見たりしない限り誰も信じないからね」
ちょっと、いや、かなりがっかりな理由であった。しかし、九重の言うことも分かる。
いきなりおっさんが魔法少女がどうしたとか言って、魔法少女と戦う仲間を募集してきたら、逃げるか、無視するか、警察を呼ぶかの三択だろう。間違っても仲間にはならない。そう考えれば切実だったとも取れる理由だ。
半ば納得の一樹に九重はそれにと付け足す
「あいつらが目撃者を野放しにするわけないだろう?今日だって記憶消去という処置を施したんだ。君は今後奴らの監視をそれとなく受けることになるだろう。そして折を見て異世界因子をねじ込まれ殺処分が下る。当然だろう?記憶消去が効かないんじゃ殺すしかないよね?」
「おい!ちょっと待て!」
「間違いないと思うよ?それが合理的だしね。さて笹瀬一樹君。君は僕に協力してくれるかな?もし協力を引き受けてくれるというのなら僕も君が魔法少女とだって戦えるだけの力、異能を与えることも出来るんだけどどうだろう?」
それは協力を求める者の言い草ではなかった。九重は口では協力して欲しいとお願いをしているけれど、一樹には断る選択肢は存在しなかった。何せ一樹はマスコットを自称する異世界からの侵略者たちに目を付けられてしまったことを示しているのだから。
九重の言っていることを妄想だと言い張ることは当然できる。
しかし、既に魔法の存在を知っている一樹にはそれを妄想だと一蹴することが出来なかった。
もし九重の言っていることが事実だった場合、それは十分起こり得るのだから。むしろ一樹がマスコットの立場だったら間違いなく九重の言った通り始末するだろう。
だから一樹は九重に聞くことにした
「俺は、戦えるようになるのか?」
そう、九重は協力するなら力を与えると言っているんだ。一樹が生き残るにはそれに縋るしかない。
「ああ、もちろん。何なら先に力を与えてもいい。ただどんな力になるかは選べないけどそれは勘弁してほしい」
「どういうことだ?」
「口で説明するより直接見た方が早いよ。ちょっとついてきて」
そう言って九重は部屋を出る。一樹と茶々もそれに続いた。
ついていった先は蔵だった。
日本のお屋敷の蔵、そういえばイメージが伝わるだろうか。
蔵に着くまでに見た屋敷も日本の屋敷そのもので完全に和風テイストなお屋敷に一樹はいたのだった。
「さて、一樹君。君にはこの中から一振りの刀をあげよう。これだ!と思う物があると思うからそれを取り給え」
「何だよそれ」
「いいからついてきたまえ」
蔵の中に入ると壁一杯にかけられていた物に目がいった。
刀だ。刀が壁を埋め尽くしていた、百や二百といった数ではない。
しかし、一樹には疑問だった。
刀で魔法少女と戦えるのか、と。
一樹が見た魔法少女は空を駆け、ビームを放ち町を吹き飛ばすような奴だった。刀は確かに武器ではあるがビームに対抗できるのかと云われれば、その答えはノーである。
一樹の懸念を感じ取ったのか九重が刀についての説明に入った。
「ここにある刀は異能の力だよ。俗にいう妖刀という分類だね。これは対異世界人用に作られた立派な武器さ」
そう言って簡単な説明をしてくれた。
まず妖刀という名の由来から。
妖刀は異世界因子に反応し、異世界因子を含んだ者が持つと拒絶反応を起こす。具体的には異世界因子保有者の身体を乗っ取り、感知できる範囲にいる異世界因子保有者を皆殺しにしてから自決するというものだそうだ。妖刀の名にふさわしい機能といえた。
続いて妖刀の持つ異能について、大きく分けて二つ。基礎能力と型別能力。
基礎能力とはどの妖刀にも搭載された能力で、『身体強化』と『思考加速』というらしい。
身体強化は文字通り肉体の出力、強度を強化する能力だ。身体強化をすれば音速以上の速度だって出せるらしい。ただし、ちゃんと制御できるかは別問題。
何せ実際に音速で移動しようものなら30メートルとか一瞬だ。ちゃんと曲がれるのかと言われれば出来るわけがない。自身が認識できないような速度で動く身体にどうやって道を曲がる命令を出せるというのか。
そこで使われるのが思考加速だ。
思考加速は文字通り思考の速度を加速させる能力だ。
肉体の速度と同調させることで例え音速であろうとも普段通りの意識で身体を動かせるらしい。
九重曰く、思考加速をすると世界が止まって見えるそうだ。
ただ思考加速にもリスクが存在した。
制御に失敗すると元の速度に戻せなくなり生活に支障をきたすことになるそうだ。一応妖刀の方で制御しているが、無茶をし過ぎれば何かしらの不具合が起こってもおかしくはないらしい。
はじめの内は身体強化なしで出せる二倍くらいからにするように言われた。それでも百メートル六秒ちょっとといったとんでもないものだが、最低でもそれぐらいないと魔法少女が使う魔法には対抗できそうにないと一樹は思った。
そして型別能力について。
型別能力とは妖刀それぞれにあるその妖刀だけの個性のような能力なんだとか。
一応系統があり、それぞれ妖刀の銘に因んだ能力を有する。
その大まかな分類は『大自然』『動物』『植物』『蟲』『星』の五つに加え、特殊分類として『季節』というものがあるらしい。
大自然型
大自然型の型別能力『大自然』は銘に因んだ属性を操れるというもの。
銘に炎があれば刀身から炎が噴き出したり、刀身そのものを炎にしたり、周囲から炎を出して操ったり、それこそゲームの魔法剣士の様に炎を飛ばしながら刀で戦うといったことが出来る。
大まかなに評価するならば、応用力が一番高い。それは言い換えれば使い手次第という上級者向けの妖刀といえる。
動物型
動物型の型別能力『獣化』は銘に因んだ動物の特徴を自身に追加することが出来る。
鳥の銘が入っていれば背中に羽を生やし空を飛んだり、猫の銘があれば暗く灯のない場所でもよく見えたり、魚の銘ならば水中でも呼吸が出来たりと、得意不得意がはっきり出る。
それに加えて他の型よりも基礎能力の身体強化がより強化されている出力特化型。
シンプルな強さは扱いやすく初心者向けの妖刀といえる。
植物型
植物型の型別能力『形態変化』は妖刀の形態を自由に変化させられるというもの。
形態変化では使用者のイメージによって完成度が異なるが質量などは無制限に変更が出来る。
戦闘中に刀身の長さを変えたり、刀身から枝分かれさせて伸ばしたりと、地味だが強力な能力といえる。
そしてそれは銘に因んだ植物に近い形態の変化の方がしやすいということ。植物によって形状が異なるが、木に因んだ銘の妖刀と、草に因んだ銘の妖刀とでは同じ形態変化でも変化しやすい形が違うということ。
植物にはほぼ特殊分類の『季節』が付く。
絡め手よりの万能型の妖刀といえる。
蟲型
蟲型の型別能力『分離操作』は刀身を銘に因んだ蟲に変え、操ることが出来る。その際五感も同調でき、蟲が見ているもの、聞いているものも知覚できる。
直接操る場合は本体である使用者の意識が蟲の方へと移るため身体が無防備となり、自動操作の場合、いつ、どこで、何が、何する、といった簡単な命令しか行えず、実行中は刀身が蟲を分離した数に応じて短くなるといったデメリットが存在する。
ちなみに意識を移している最中にその蟲を殺されても意識が本体へ戻るだけである。
使い方がかなり特殊になる変則的な妖刀といえる。
星型
星形の型別能力『等星』は個別に能力を発現する。
同じ妖刀でも使用者によって異なる能力が発現し、刀身が光るといったしょうもない能力から、全てを灰燼に帰すとか出鱈目なぶっ壊れ能力まで様々である。
九重曰、使用者の魂によってそれに見合った能力を見繕っているのかもしれないとのこと。
この型に限っては妖刀の良し悪しではなく使い手の魂の質が問われる非常に不安定な妖刀といえる。
季節
特殊分類である季節は結界を張る能力である。結界内に取り込む対象は自由に選べ、相手の数の利を失くしたり、自分に有利な地形を作って地形を利用するなどといった戦闘を有利に運ぶ強力な能力といえる。
妖刀の銘が季節と繋がりが深いものに付与されるため、植物型にはほぼ全てが季節を持っている。
季節には『春』『夏』『秋』『冬』の四つが存在し、その結界に合った妖刀の能力は上昇する。ただし結界にも強弱があり、『春 < 夏 < 秋 < 冬 < 春』といった具合に次の季節に弱いという弱点がある。春の固有結界を張ったとしても、相手が夏を持っていれば固有結界が上書きされ、乗っ取られるというリスクがある。
季節の能力は強力であるが弱点も一目でわかってしまうために使用の際には気を付けなければならない。
という説明を受けた。
問題は妖刀にも自我があり、妖刀自ら主を選ぶということ。
よって人間の方から選べない。だから九重は能力は選べないと言ったのだ。
では、何からも選ばれなければどうするのか、と訊けば、その時は残念ながら縁が無かったということで、などといわれた。そういった事情もあるから九重は協力を無理強いしなかったのだとか。
そりゃ協力を無理強いして、いざ武器を選ぶ段階で「貴方は妖刀に選ばれませんでした。今回は御縁が無かったということで」とか言われたらキレるわ。
どうか選ばれますように、と祈りながら蔵の中を歩いてみれば、そこに異常が見つかった。壁にかけてある妖刀の一つが光り輝いている。
そのことを九重に伝えると「よかったね」と一言。つまり俺はあの光輝く妖刀に選ばれたということのようだ。
「いやー、あってよかったね、お互いにさ」
そう言って九重は蔵から出て行った。