01-30
風音と亀マスコットの戦闘は形容しがたい程の大規模戦闘となった。
風音が引き金を引けば、結界内に閃光が駆け抜け、建築物は塵となる。片や亀人間は口から光線を吐き出してはあらゆるものを薙ぎ倒す。どちらも当たれば必殺の一撃。互いに互いの攻撃を避けては放つを繰り返す。その度に結界内の街並みは一新される。
全ての建築物を吹き飛ばした後はその瓦礫でさえも存在することを許さない。結界内に形を保ったものは風音と亀の二人だけになるのにそう時間はかからなかった。
「いい加減死ねや亀ッ!!!」
回避能力故に互いに直接攻撃を当てることを諦め、風音は魔法に魔法を当てた跳弾で、亀は光線を吐きながら回転し、点ではなく線での攻撃へとシフトしていた。
攻撃を放つたびに元建築物だった砂が、塵が、埃が舞い、二人の視界を奪うことも戦局が膠着する理由であった。視界を奪われるたび、互いに相手を見失い、先に見つけた方が奇襲をかける索敵と殲滅。図らずとも風音の得意分野での勝負である。
しかし、亀は意外にもしぶとく攻撃を回避する。ある時は飛び跳ね、ある時は甲羅を回転させ、ある時は光線を吐いた反動で、風音の奇襲を辛うじてではあるが躱しきる。
索敵は風音に軍配が上がるが、反射神経は亀の方が上だった。
決め手に欠ける風音は戦術を変える。発動速度重視の速攻魔法から遅効性の魔法陣へ。
片手で牽制しながらもう片方の銃でそこかしこに魔法陣を敷設していく。
風音の攻撃の手数が減ったことで亀も風音の戦術に気付く。亀は隙を見ては何もないはずの地面を光線で焼き払い、少しでも魔法陣を減らすべく行動し、風音の牽制を避けながらも器用に地面を焼いていく。風音が何をしようとも魔法陣の方を警戒しているのがよく分かる。
牽制があまり機能していないことを察した風音は牽制を止め、両手で魔法陣を敷設する数と速度での勝負に切り替える。
先程までとは二倍、いや三倍の速度で敷設されていく魔法陣を目の当たりにした亀は魔法陣を焼却することに全力を注ぐ。一応警戒とばかりにちらちらと風音の方にも視線を送る。
散々地面に魔法陣を敷設していたせいか、「魔法陣は地面に描くもの」という先入観が亀の内に生まれていた。亀の視線は地面に釘付けだ。
その瞬間を風音は待っていた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ」
あがる絶叫は亀のもの。
天空から突如として現れた光の柱が亀はおろか結界内を呑み込んだ。
それは当然、風音自身も呑み込んでいる。風音は自身でも避けることが不可能なほどの広範囲攻撃でもって亀を捕らえた。
その代償とばかりに風音も自身の魔法で身体を焼かれているが気にしない。風音は自身の身体を光へと変換し再構築を図る。
光の柱が消える頃、そこにいたのは風音ただ一人。
ただし風音の格好はパンツルックの水着ではなく、光り輝くドレス姿。その背中からはアゲハ蝶を連想させるような輝く羽を羽ばたかしては宙を浮き、その周囲を虹色の宝石をあしらった剣が舞う。
何もかもが消し飛び、黒く焦げた結界の中、光り振りまくドレス姿の風音が見つめる先に異変が起こる。
結界中から塵を集めるようにして渦巻く黒い風は次第に形を作り、取り戻していく。
黒い渦は亀のマスコットとなった。
亀マスコットは関節の調子を確かめるように体操をしながら風音へと話し掛ける。
「まさか、自爆覚悟で殺りにくるとは、いやはや恐れ入った。いや、まだまだ俺も詰めが甘いわ。でもな、そんな攻撃で殺れると思ったか?ん?」
再生を果たした亀は随分と余裕だ。風音としては自爆攻撃でようやく与えた一撃。風音の持つ魔法の中で火力は上位三位に入るもの。それを補助用の魔法陣で最大まで強化した。そういう一撃を受けても平然と再生を果たすマスコットに驚きはない。全て想定通り。風音の狙いは既に果たされた。
「まさか、あれはそう、ちょっと確認したいことがあったから確認しただけ」
「確認?」
風音の返答に表情を硬くして問い返す亀。
「そう、確認。マスコットと戦う上で解決しなければならない問題はいくつかある。その中で最初にあたるのがマスコットの再生力。全身を消し炭にしたところで今みたいに塵からでも再生するその再生力は脅威以外の何物でもない」
「だろうね。さっきの一撃はこの地球上にある技術力ではどんな方法を用いようとも防ぎきれない威力だった。もう少し出力を上げれば星さえ砕く一撃になり得るんじゃないか?だが、それでもまだ結界を破壊する威力には及ばない。その程度の攻撃力で俺たちマスコットを相手にしようとか片腹痛いわ」
予想通りというかマスコットはどれだけの過剰火力で以てしても再生不可能なレベルでの破壊は不可能だという確認が取れた。
「そうね。あの程度の火力じゃ再生力を上回れない。だからあたしが考えていたのはもう少し別のこと」
「別のこと?」
「マスコットの再生の絡繰り」
「再生の絡繰りって分かるわけねーじゃん。俺だって知らねーわ」
「そう?案外単純よ?答えはコレ」
そう言って風音が手をかざせば、そこにもう一人の風音が現れる。けれどその風音の瞳には今あるような輝きはなくどこか虚ろだ。
「それは⋯⋯」
「魔法はエネルギーだけではなく物質さえも精製できる。マスコットは担当の魔法少女から巻き上げたエネルギーで失った肉体を再構成しているに過ぎない。この技術もあたし発祥ね。ただこれは結界の様に一時的に構成するだけならそれほど魔力を食うことはないけれど、それを永続的に形成しようとするととんでもない量の魔力を必要とするから魔法少女程度じゃあっという間に魔力切れを起こす。でも、大勢の魔法少女から魔力を搾取しているマスコットであるならこの問題は解決できる⋯⋯
これは憶測なんだけど第五世代が弱っちいのってアンタたちマスコットがより多く搾取した結果なんじゃない?」
風音はマスコットの再生力の謎について自分なりの推測を述べた。後は答え合わせを、と言ったところで亀はそんな技術的なことなど知らないと言っているし、相応の知性も見当たらないことからもそれは嘘ではないだろう。
もっとも風音はそんな種明かしを望んで話をしたわけではない。本題はこれからだ。
「もしあたしのこれと同じことをしているとしたら、何処からかエネルギーを送っていることになる。あたしはそれが何処からなのかを探った」
風音は最後まで言わずに手の平を見せる。手の平には数センチの球体が乗っている。
コアだ。第五世代の誰かのコア。魔法少女を魔法少女たらしめるための装置。
それを見た亀はギョッと目を見開いた。
「気付いた?これはアンタの担当魔法少女のコア。マスコット側からエネルギーが送られてくるのだからこのコアを通じてこちらからそっち側に送ることも当然できる。じゃないと魔法少女から魔力をちょろまかせないもんね?」
「ははは、まさかとは思うけどコアに魔法でも撃ち込んで俺本隊へ飛ばせるとでも思ってるのか?そんなこと出来る訳ねーだろ!逆流防止の安全対策くらいしてねーわけがねー。そうでなければ魔法少女に魔法を撃たれた時点で大惨事だわブァァアカ!」
風音の推測をそんなはずはないと笑う。ハッタリではなくそう信じているのだろう。まあ、普通に考えれば亀の言う通り対策を練っていて当然だ。だが風音の勘がこれならいけると言っている。風音の流す魔力が此処ではない何処かへと流れて行っているのを感じている。だから風音は言う
「そんじゃ、やってみようか」
風音は手の平のコアに周囲を飛び回る宝剣を突き刺す。
すると宝剣はコアの中へと吸い込まれ、刀身は全てコアの中へと納まった。
「へ?」
この事態には流石に亀も驚き間抜けな声を漏らす。だがすぐに事態を理解して声を荒げた。
「そんな馬鹿な!?コアの中に物理的に侵入なんて出来るわけがない!」
「その通り。ただ一つお前は勘違いをしている」
「勘違い?」
「この剣は魔力の塊だ。このコアに入る様に少し調整をしたけどね。もっとも、もうアンタに説明してやる必要はなくなった」
「調整?説明?何のことだ!?」
風音の思わせぶりな台詞に混乱する亀に答えだけを伝える。
「これで不死身もお終いだってことだよ」
コアに突き刺さった宝剣が虹色に輝きコアからもその輝きが漏れている。
事態を理解できていない亀は首を傾げてその様子を見ている。
しかし次の瞬間叫び出す。
「はあああああああああああああああああああああ!?お、おおおおおお!?風音ええええええええええええええええええ!!!!何しやがったあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「これでもう復活は出来ない。そうでしょ?」
風音はコアから宝剣を引き抜き、輝きを失ったコアを抜き捨てる。
風音がやったことは単純にして明快。コアの出口から魔法を流しただけ、逆流させただけである。
しかし亀が言ったように通常流動系の何かを扱う際には必ず逆流防止の対策をするものだ。出来ていて当たり前。実際コアには逆流防止の対策はなされていた。
だから風音はまず、どういう理屈で逆流防止をしているのかを考えた。
そして構造的に単純なのから考えた結果、弁のような機構を組み込むことで流れを一方通行にしているのではないか、と当たりを付けた。
イメージとしては心臓だ。
心臓が送り出す血液が逆流しないように血管内に弁が付いている。あれと同じような機構を再現していると仮定した。
風音はコアが実際どのようになっているのかを見ることが出来ない。けれど感覚頼りで探った。
まずはコアに普通に魔力を流す。するとコアを通じて送られた魔力が魔法に変換され吐き出される。風音は意図的にこの状態を維持し、魔法を吐き出し続けているコアの出口から魔力の塊である宝剣を無理矢理差し込み、コアの繋がった先で適当に広範囲魔法を使った。
外から開かない扉を一旦内側から開き、開いたままの状態で固定し、外から流し込む。
そう言えば簡単だが目に見えず触れれもしないモノを魔力操作の感覚だけでやり遂げられたのは単に運が良かっただけだ。もし施された機構が違えばこの方法は通じなかったのだからほんとうに運が良かった。
もちろんそこにはコアの設計上想定されていない出鱈目な介入方法であったが故に出来たことである。
コアとは本来魔法少女の体内にあり、そして他人の魔力では魔力に干渉できない。この二つの条件がある限り魔法少女がどんなに他の魔法少女に魔法を撃っても逆流することは絶対にありえなかった。
しかし風音は他人のコアを取り出し、自分の魔力を他人のコアに通したことで逆流防止の対策の網を掻い潜ったのである。
コアの先がどうなったのかは分からないが、とりあえずこれで魔法少女から搾取してきた魔力の貯蔵庫との繋がりを失った亀は今の身体に内蔵されたエネルギーだけでの戦闘を余儀なくされ、何度やられても復活できるというアドバンテージを失ったはず。それは亀の狼狽え様から言っても間違いないだろう。
「ふふっ、随分といい表情をするようになったじゃない。復活できないのがそんなに怖い?」
「⋯⋯馬鹿を言うんじゃないよ小娘。お前の言った通り本隊との繋がりは途絶え、供給されていたエネルギーがなくなった。本体ではエネルギープラントが一つ破壊されたことで大騒ぎになっているだろう。全部お前のせいだ⋯⋯。お前のせいで本体にいる者達はエネルギーを受け取れなくなり、我がグループ傘下の魔法少女も魔法を失った」
まるで呪詛でも呟く可能ようなボソボソとした声だったが音源が風音と亀しかいない結界内では十分に聞こえた。
亀の様子で結構追い詰められたと確信した風音は更に相手に隙を出させるために挑発を繰り返す。
「知るかよ、今さら被害者面しようとはいい度胸だ。そいつらもまとめてぶっ殺してやれないのが残念だよ」
「風音、お前は自分が何をしたのか理解していてその発言なのか?」
まるで何もかも風音が悪いと言わんばかりの亀の台詞にイラっときた風音は頭で考えるよりも速く、口が勝手に動いた。
「そっくりそのまま返すよ、亀。お前たちマスコットが魔法少女にしたことに比べれば「ふざけるな!!!」」
亀は風音の言葉を怒りに任せて遮った。先程までのオラついた空気は既に消え去り、その目には怒りの炎が燃えている。風音は亀の、マスコットにとっての逆鱗に触れたのだと確信し、気を引き締めた。
「おま、お前が壊した物が何か教えてやる!アレは俺たちの生活に必要なエネルギー貯蔵庫の一つだ!!!お前が吹き飛ばしたことで貯蔵されていたエネルギーは霧散する!このままエネルギーの補給が出来なければ気体すらない次元の狭間に俺たちの本隊が閉じ込められることになるんだぞ!」
亀の憤りは次元の狭間とやらにいるお仲間を思いやってものか⋯⋯こいつはいよいよ一樹が言っていた通りになってきたわけだ。
マスコット達は異世界からの避難民であり、その本隊は未だこの世界には来られていない。マスコット達は失われたエネルギーを求めて異世界までわざわざやって来たと教えられたがまさか本当だったとは梅雨にも思わなかった風音は若干呆れ、そして苛立つ。
マスコット達は自身の仲間は思いやれるのに、逃げ込んだ世界の住人にはその気持ちの欠片も持ち合わせていないということに腹が立った。
こんな奴等を助けてやる必要も義理もない。
風音の心から戦意が消え失せる。そしてふつふつと湧いてくる殺意の炎に魂をくべて駆けだした。
「ガタガタ煩ーよ異世界人!てめぇを殺して残りも殺しに行くかんな!これは決定事項だクソッたれっ!!!」