01-29
亀のマスコットから逃げ出した風音は魔法少女の焼死体から手早くコアを回収し、次の戦いに備えていた。
相手は当然亀のマスコットだ。
マスコットは死なない。もうじき復活した亀が再び攻勢を仕掛けてくるのは目に見えている。風音はそれまでに対抗策を練らなければいけなかった。
しかし、相手は不死身のモンスター。殺す手段が思い浮かばない。
不死身のモンスターというと復活回数に上限があったり、特定の武器や手順でないと死なないとか、はたまたどこか別のところに核があり、それを破壊しないと倒せない、などが有名だ。
風音は最後の「核が別のところに存在する」というのが可能性として高いと踏んでいる。この場合だとまずは核を探すところから始めなくてはならない。ゲームでは平等にするために分かり易いところに配置するが、現実はゲームの様に条件を揃えてやる必要はない。可能であれば絶対に安全地帯に核を置くに決まっている。そうなればまず見つからないと考えるべきだ。
となれば他の可能性も考えて備えるべきだろう。可能性は低いが再生にも限界があるはずだ。限界を超えて破壊し続けることで攻略できるかもしれない。こちらに備えるべきだろうか。
備えとしてはとにかく魔力の温存と補充。これに尽きるだろう。長年の魔法少女活動で他人のコアから魔力を引き出せることを知っている風音はこれを用いることにする。いざという時のために奪ったコアに魔力を注いで貯め込んだ魔力をついに使う時が来た。
それに合わせて今回回収したコアを見分し、無事な物とダメな物を分ける。ダメな物は捨て置き、無事な物に風音は自身の魔力を流す。
はじめはバチバチと火花を散らし、拒絶反応を見せるが、続けていくうちにコアは風音の魔力に馴染み、次第に風音の魔力と同じ淡い水色の光を宿すようになる。こうなればコアは風音のコアと同調し、保有魔力が上がる。
これで少しでも魔力に余裕が持てれば、魔法弾もまだまだあるし、次は出し惜しみせずやるしかないか。
風音は亀との戦闘を脳内でシミュレーションしながら魔法弾の配置を考える。どんな魔法弾が有効かはっきりとしないため持ちうる全ての魔法弾をセットする。急な配置換えに混乱しないように装備の配置を再確認したところでそれはやってきた。
宙にふよふよと浮かぶ巨大な亀の姿をしたマスコット。
風音と目が合えばへらへらした雰囲気で笑う亀。
「よお、風音。こんな所にまだいるなんて随分余裕じゃないか。俺は海外逃亡まで考えていたんだぜ?」
亀の様子が先程までとは随分と違う。何と言うかオラついている。
風音が観察のために視線を動かせば亀はそれを合図に人間代までに更に巨大化した。
伸びた首をゆっくりと回しながら甲羅の腹をさすり、亀は風音を見下ろして言う。
「まぁだお前に搔き回された腹が痛むんだよぉ!分かるかぁおい、腹ん中を搔き回されて電気で焼かれるあの痛みはよぉ!?アァン!?」
少し見ない間に随分と立派なチンピラになった亀人間を見据えて一つ訊ねた。
「ねぇ亀、ついさっき思い至ったんだけど⋯⋯マスコット達ってひょっとして魔法に関する技術をほとんど持っていないんじゃない?」
風音はこれから行われる戦闘が最期のものだと覚悟している。なのでこれまでの出来事から推測される疑問を口にした。ただそれくらいの軽い気持ちでの問いかけ。しかし予想外に亀人間は声を荒げた。
「アァン!?何だってそんなこと聞きやがるんだぁ?」
オラついた亀人間の雰囲気が若干揺らいだのを風音は見逃さなかった。
亀人間の反応に思うところがあった風音はもう少し突っ込んで聞いてみることにした。
「第五世代の魔法少女が使う戦闘用の魔法が、あたしが創った魔法ばっかりだった。アレンジは幾らでも出来るはずなのにそれをしようとした様子がない。そのくせ日常生活ではよく分からないようなしょうもない魔法ばかりを使っている。第五世代の使う魔法はアンバランスだ。そこで思った。あたしはお前たちマスコットが魔法を使っているところを見たことがない」
「それで?」
「お前たちマスコットは、実は魔法に関して何のノウハウも持ち合わせていないんじゃない?」
「⋯⋯⋯ん~?風音、お前の言いたいことがよく分からねぇ。どうしたら俺たちが魔法に関するノウハウがないって結論になるんだぁ?」
亀人間は先程までのオラついた空気は完全に無くなり、代わりに風音に向ける視線に緊張感が増している。今の話の中に亀人間を緊張させる何かがあったと仮定した風音は話を進める。
「ことの始まりはあたしが魔法少女になる前だ。竜美という魔法少女に出会ったあたしは彼女から魔法の手解きを教わっていた。彼女はあたしに「これは私が編み出したオリジナルの魔法だ」と言って教えてくれた。それが魔法文字だった。
しかし、あたしが魔法少女なった時、マスコットが教えてくれた魔法はイメージを集中させるような使い方をする時間が掛かるものだった。まるでゲームの魔法使いの様に誰かに守ってもらうことが前提の魔法。こんなことがあるだろうか。
魔法少女は今でこそチームで活動しているけど、あたし達の時までは一人での活動だった。誰かに守ってもらってようやく使う準備が出来るような魔法ではろくに戦闘が出来ない。これはおかしなことなんだ」
「一体何処がおかしいって言うんだ?」
風音が疑問に思ったことを述べれば亀人間の表情は人間の様に歪んでいるとわかる。風音はさらに話を進めた。
「あらゆるものは必要に迫られその在り方を変える。これは生物であっても道具であっても、また技術であっても同じこと。だが魔法少女が扱う魔法に限っては必要に駆られているにもかかわらず、変化が見られなかった。
だというのにあたしが創った簡易式は別だった。速やかな移行がなされた。一体何故?簡易式は発動速度こそ早いがそこまで便利な体系じゃない。それに予め設定しておかなければいけないから自由度もがくんと落ちる。思考している時間がないような状況でただぶっ放すことしか出来ないような体系がデフォルトに挿げ替えられる。これはおかしなことじゃないの?」
風音が疑問をぶつければ亀人間はクツクツと笑っていた。
「あ~、なるほどなぁ。確かにそう言われちゃあ、ちょいとおかしいとは思うかもしれねぇ。が、マスコットを疑う程のことじゃあないよな?他にもあんだろう?言ってみろよ」
亀人間からわずかにあった動揺の気配が消えた。だが風音も今更探り合いを止める気は無かった。
「マスコット達があたしの知っている魔法の使い方を教えなかった。これは教えなかったんじゃなくて知らなかったんじゃないかと、今になってはそう思っている」
「なるほどなるほど。つまり俺たちが魔法を教えないのは教えられないからだと、そう言いたいわけか」
「ええ」
風音が答えれば亀人間は口角が亀とは思えない程、にぃ、と上げてその歯を見せて嗤う。
「正解だぜ、風音。俺たちゃ魔法技術に関するノウハウなんざ持ち合わせてはいない。そもそも魔法という体系自体元を正せば始まりの魔法少女と呼ばれる、この世界に来て初めて魔法少女になった少女が考案したんだ。俺たちは異世界から来た避難民でこの世界のことを何も知らなかったからな。下手なことして目を付けられないようにする必要があった」
「それが魔法少女?」
「ああ、俺たちの持っている技術で出来るのは魂を別のエネルギーに変換し操ることだ。魔法なんて代物じゃねぇ。エネルギー科学とかいう奴もいるがそれすら俺みたいな下っ端にゃ理解で来てねーわ。でもよ、別に問題ねーだろ?道具なんてものは使えればそれで」
「確かに」
亀の言うことはもっともだった。道具なんて使えればそれでいい。それにマスコットが使うのは魔法じゃなくて魔法少女だ。マスコットにとって魔法とは魔法少女に付いてる歯車程度の存在なのだろう。
「それじゃあ、おしゃべりはこの辺にして、いっちょ始めるか。ひぃひぃ言わせてやるよ」
亀人間の挑発に風音は挑発を重ねる。
「何だ、また腹ん中を搔き回されたいのかい亀野郎!」
「ぬかせ畜生がッ!!!」
風音の銃と亀の口からそれぞれ放たれる光線がぶつかることなく交差し、正確に互いを捕らえた。