01-02
目が覚めると俺こと笹瀬一樹は見知らぬ公園のベンチで黄昏ていた。
日は傾きかけ、何をとっても中途半端な町を茜色に染め上げていた。
「なんだ、夢か」
一樹は先程まで見ていた夢を思い出す。
魔法少女が空を駆け、街と化物を俺ごと吹き飛ばすという酷い内容のものだ。
腹に瓦礫をぶっ刺して錐もみ飛行する感覚は遊園地のジェットコースターなんぞとは比べ物にならない程の迫力で、落下の衝撃で意識が跳んだがその痛みがいやにリアルで今でも思い出せる程だった。
「見たところ怪我もないし、チャリもないし。寝ている間にパクられたか」
正直こんな公園に一樹は来た記憶はないのだが実際にいるので仕方ない。UFOにでもキャトルミューティレーションでもされたのかとも思えなくはないが確認が出来ない。
とりあえず今いる場所の特定から始めなければ一樹はどっちに向かって歩けばいいのかも分からない。スマフォのマップアプリを起動させ現在地を確認する。
ここはどうやら学校の更に北に向かった場所らしい。一樹の家は学校の南側なので逆方向もいいところだ。
どうしてこんなところにいるのやら。
そう思いながら一樹は仕方ない、仕方ないと人知れず呟いて歩き出すのであった。
しばらく歩けば低い柵で覆われた林が見えた。一樹の記憶では神社だったはずだ。
マップアプリを見たところ、やはりそこは神社の敷地で無駄に広く表示されていた。迂回するより突っ切る方が速いと判断した一樹は低い柵を飛び越え突っ切ることにした。
しばらくして一樹は異変に気付く。いくら神社の敷地内が広いと言っても直線的に歩けば十分もかからずに突っ切れるはずだ。林に入ってから既に三十分は歩き続けている。
しかし、一樹は未だに林の中にいた。
途中何度か引き返そうと思ったが、三十分近く突き進んだ道を引き返すよりもそのまま進んだ方が短いと考えて突き進む。
それから十分くらいしてようやく道らしい道に出た。
やっと抜けられる。そう思った一樹はすぐにその意見を否定した。明らかに様子がおかしかったからだ。
そこは石畳で舗装された竹林だった。
一樹の通う学校の近くにある神社は何度か来たことはあったが、竹林なんて存在しなかった。
引き返そう。そう決心して来た道を振り返ればそこは石畳で舗装された道と竹林しかなく、今さっきまで歩いていた木の林は何所にも見当たらなかった。
「おいおい、ジブリじゃねーんだからこういう演出はいらねーよ」
独り言も虚しく、一樹は石畳の道を歩き続けた。
それからしばらくして一樹は開けた空間に出る。
そこは一見の純和風テイストな店だった。
あばら屋?東屋だっけか?時代劇なんかに出てくるアパートみたいなやつ。
ぱっと見三軒分の建物だが扉は一番右の一軒にしかなく左側の一軒分だけ二階建てになっている。扉の上には『竹林堂・茶々』と看板が掲げられ、軒先には赤い布をかけたベンチに日傘が置かれている。
ここが何処なのか聞けると言いな。
淡い希望を胸に一樹は店のドアを開ける。ちりんちりんと鐘が鳴る。
入って目に付いたのは四人掛けのテーブルが右に二つ左に一つの配置で並び左奥にあるガラスのショーケースがレジとなっていた。ショーケースの中には様々な和菓子が並べられていた。
ファーストフード店型和菓子屋か?
和菓子屋に足を運んだことのない一樹にとって和菓子とは紙の包装で包まれた持ち帰りのお土産用というイメージが強い。間違っても買った店でそのまま食べるというイメージには結びつかない。
しかし、店内の内装からして、レジで買って席で食べるといった雰囲気だ。喫茶店の様に後払いの店は食い逃げ防止や店内の出入りを意識して出入り口にレジを構えるものだ。この店にはそれがない。
外観のわりに狭い店内。三軒分のスペースの内ここは一軒分しか使っていない。となると残り二件が厨房で二階部分が事務所かな?
一通り観察を済ませた一樹はレジの向こうのドアに向かって声を掛ける。
「すみませーん」
すると「はーい」と返事がきた。
奥のドアが開き出てきたのは和服にフリルエプロンを着た、黒髪の綺麗な女性だった。
エプロンの胸にネームプレートがあり『茶々』とある。
「いらっしゃいませ」
静かにそう挨拶をするとレジの前まで茶々がやってくる。
これはお客さんと勘違いをさせてしまったかな。
ちょっと申し訳ない気持ちで一樹は尋ねた。
「すみません。道に迷ってしまって。駅に行くにはどっちへ行ったらいいか分かりますか?」
一樹がそう尋ねると茶々さんは笑顔で答えをくれた。
「申し訳ございません。ただいま我が主がこちらに向かっております故、もう少々お待ちください。説明は全て主の方から申し上げますので。
お待ちの間、当店の菓子はいかがですか?御代は結構ですので」
想像と違う答えが返ってきた。どっちへ行けばいい、とかじゃなくて説明は主がするから待っていろと。
説明って何だろう。ここで待っていれば説明してもらえるって言われてもな、と思いつつも一応確認をする。
「えっと、ここで待てということですか?」
「はい」
即答だった。間髪入れずに物凄い笑顔で。まるで質問は受け付けないとでも言われているような錯覚を受ける。
美人に笑顔で拒絶されるというのがこんなにもモヤモヤするとは知らなかった。
美人耐性の無い一樹はショックを受けつつ言われた通り待つことにした。これ以上余計なことを話し掛けて笑顔から蔑みオーラが放たれるようになったりしたら、何か新しい扉を開いてしまうかもしれない。それは一樹にはまだ早い。そう思った。
「えっと、それじゃ待ちます。待っている間に何かおすすめの商品を一つと飲み物をください」
「はい、承りました。好きな席にて少々お待ちください」
茶々はそういうとレジの奥にある道具を取り出し作業を始める。一樹は席について茶々の作業を眺めた。何をしているのかと思えばお茶を淹れているようだ。
お茶を淹れ終わり、茶々はショーケースの中からお菓子を取り出しトレイに載せて一樹の席まで運んできた。
トレイに載せたお茶と羊羹を一樹の前へ置くと「それではお寛ぎください」と言って再び店の奥へと姿を消した。
茶々に出された羊羹は美味しかった。羊羹の中央に黄色い塊があり、一樹の乏しい知識ではこれは栗羊羹なのかもしれないと思い、栗目掛けて楊枝を差し込む。楊枝はは栗に刺さり、そのまま両断した。
あれ?と疑問符。一樹の中では楊枝は栗に刺さりそれを頂くという流れになるはずだった。ところが羊羹はあっさり両断されその断面には美しい黄金色が現れた。
まるで夜の月を表現したかのような栗。
果たして本当に栗なのだろうか。一樹が勝手に栗だと思っていただけではないのか。
それを確認するためには食べてしまえばいい。一樹は二つになった羊羹の片方を口へと運ぶ。
黄色い月の正体は一樹が思った通り栗だった。ただし
「裏漉ししてあるのか」
料理、こと和菓子について全くの造詣がない一樹には詳しいことは分からないがおそらくこし餡の様に潰し、舌触りを滑らかにした後丸めて水飴で形を整えたのだろう。
羊羹の少しくどい甘さが、口の中で溶けだした水飴と栗の甘さが混ざり合い、味に変化を与えることで飽きさせないよう工夫されている。次第に広がる栗の風味が満足感を何倍にも膨れさせる逸品だった。
しかし少し甘すぎる気がする。お茶が欲しくなるな。
一樹は羊羹と一緒に出されたお茶を飲む。
口の中に残された甘さが緑茶によって洗い流され口の中驚くほどにはさっぱりした。
なるほど、この羊羹はお茶との相性を考えて作られている、一樹はそう直感した。
お茶が冷めてしまう前に残りを頂くことにした。
一樹がお茶を飲み終わったころ、店の扉が開いた。チリンチリンと鐘が鳴る。
作務衣姿の男が入店してきた。
男は迷いなく一樹の正面の席へと座る。
「いやー、待たせて済まなかった」
そう謝る男に一樹は見覚えがない。唯一の心当たりが茶々が言っていた主とやらだ。この男が茶々の主なのだろうか。
「貴方が私に説明をしてくれる茶々さんの主さんですか?」
疑問を口にすれば男は「おお、話が早いね」と言って自己紹介を開始する。
「僕の名前は九重刀仙。芸術家だ。今はもっぱら刀鍛冶の真似事をしている」
「私の名前は笹瀬一樹。高校生です」
「ハイハイ。知ってます。申し訳ないけど時間もないんでどんどん話を進めていくよ」
「はい」
「さて、まず最初に今日あったことを覚えているかい?正確には放課後からここへ着くまでの間のこと」
九重が何に対して聞きたいのかすぐに察した。それは一樹の記憶についてだった。
九重の指定した時間は完全に一樹の記憶からすっぽ抜けていた。放課後、学校の門を潜ってから公園のベンチで目を覚ますまでの記憶が一樹には完全無い。
公園で居眠りをこくのは構わないがそもそも一樹は行ったことも行く用事もないような場所だ。あんな場所で居眠りをこいてる自分はどうかしている。何かがあった。けれど自分はそれを忘れているという考えはそれ程おかしなことではない、と思う。
一樹の表情から察したのか九重はハイハイと話を切り出した。
「覚えていない。そうだね?ではまずこれを飲んで欲しい」
九重がそう言うと横から湯飲みが差し出された。茶々さんがいつの間にか持ってきていたのだ。
湯飲みの中には七色に輝く謎の液体があった。
「あの、これは?」
「新商品です」
はい、素晴らしい笑顔頂きました。新商品だそうです。七色茶、とか言うんでしょうかね?どうなっているんでしょうね?液体のはずなのに七色が混ざりることなく一つの湯飲みの中に存在している不思議。
湯飲みと茶々の顔とを視線が行ったり来たりする中、とうとう茶々の笑顔に不穏な空気を感じ取った一樹は何も言わずに七色の不思議液体を一気に飲み干した。
馬鹿な!?この甘じょっぱさの中にある苦み。これはまるでリポ〇タンD!?
見た目と味のギャップに驚いていると、一樹の視界が急に歪んだ。
歪曲する視界と込み上げてくる吐気。何より酷い頭痛に一樹はテーブルに倒れ込む。
朦朧とする意識の中、最期に絞り出すように吐いた。
「お、おのれ一服盛りよったな」
そして一樹の意識は溶ける様にして失われていった。
残された九重はといえば
「いや、確かに盛ったけど別に毒ではないからね。とりあえず『屋敷』の方へ運ぼうか。それじゃ茶々、彼を運ぶのを手伝ってくれる?」
「畏まりました」
そういうと茶々は店の奥から担架を持ち出し、一樹を運ぶのであった。