01-23
一樹は拍子抜けしていた。
ちょいとビビらしてその隙に、そう思って過激なハッタリをかましたものの、まさかあそこまで魔法少女が動転するとは思っていなかったのだ。
変身が解け、顔面が潰れた少女を見せられた時。魔法少女達は自ずと想像してしまったのだ、「次は誰だ?」の次が何を指すのかを。
魔法少女の捕獲は全て竹千代に任せ、一樹はパフォーマンスに集中した。
喚き散らす少女を踏みつけ、髪を掴み上げ首を刎ねる作業を淡々とこなす。
ここで感情を見せてはいけない。単純作業に従事するように淡々とやるのがコツだ。日常からかけ離れた非日常をこれでもかと見せつけてやれば、混乱して思考が鈍る。
案の定目の前で起こっている光景を目の当たりにしてもなお身動ぎ一つしない者がいた。気が動転して思考がまとまらないのだ。そういった動かない者達は後に回して元気に動き回っている者から狩っていく。
魔法少女達もそれが分かったのだろう。明らかに動きに迷いが見えた。逃げ出したい。けれど動けば狙われる。だから誰かが動き、一樹が対応に動いたその隙を窺う。何とも残念な集団だ。彼女たちのチームワークとは仲間を犠牲にすることのようだ。
『案外簡単に終わりましたね』
竹千代から戦闘を始める前の緊張感は微塵も感じられない。
最後の方なんか身動き一つしなかった魔法少女を押し倒して首を刎ねているのに周りにいる魔法少女は誰一人動かなかったのには流石の一樹も困惑した。そこまでショッキングだったのだろうか。
何はともあれ二百人近い魔法少女を一度に倒せたのは行幸だった。これで一樹のアドバンテージは守られた。
しかし次は更に人数を増やしてくると思うと流石に厳しい。今回は魔法少女のメンタルが思いの外柔くて助かっただけだということを忘れてはいけない。
『とにかく、今は帰るか』
一樹は今後について考える。
一度ならず二度、三度と襲撃を受けたのだ。何かしらの対策が必要になってくる。
九重にも相談しないといけないか。
魔法少女の襲撃から五日が経った。
この五日間は何事も無く平穏そのものだった。
ただ、セキュリティに関して九重に相談したがこれと言った対処をすることはなかった。
九重の立場からすれば一樹が魔法少女と十二分に戦闘が出来るということが証明されたのだ。必要以上に構うべきではないと考えたのだろう。
それに一樹が襲われれば一樹も己を守るために九重の目的である魔法少女の討伐をせざるを得ない。そういう考えなのだろう。実に嫌な奴だ。
気になるのは同じく魔法少女の風間四音も学校に登校していない事だ。
けれど期末テストも終わっていたため教師もとやかくいうことはなかった。
いよいよ明日から夏休みだ。竹千代もそろそろ襲撃が来るだろうと注意を促していた。
夏休みになれば現役中学生である魔法少女が活動し易いというのは想像に難くない。この五日間で夏休みの襲撃スケジュールでも考えているかもしれないとうんざりする。
中学生なら中学生らしく頭の悪い男女交際でもしていればいいのだ。せっかくの魔法少女特典で美人になれたのだから。
終業式を終え、一樹は帰宅する。学校は半日、途中どこかで飯を食べてから帰ってもよかったが、やっぱりそういう考えの奴等はそれなりにおり、どこもかしこも学生で溢れかえっているので諦めた。
そして帰宅途中の道路にて一樹は結界に捕らえられた。
『来るとは思ってたが案外早かったな』
『そうですね。もう少し工夫してくるかと思っていましたが』
終業式はどこも大体同じ日のはず。
ここいらの魔法少女達はそれなりに減っている。
この二点を踏まえるとここにいる魔法少女達は今日、学校をサボった公算が高い。その推測に一樹は思いっきり溜息をつく。いくら学校が半日だからと言って、何もサボってまで一樹を討伐しに来なくてもいいだろうに。それとも夏休みは遊びたいからその前に一樹とのことに決着を着けたかったのかもしれない。
何はともあれ切り替えなければならないだろう。
結界に捕らえられた瞬間、竹千代が形態変化をし、すぐさま鎧武者へと変身した一樹は空を飛ぶ無数の魔法少女達を見上げる。
空を覆い尽くさんばかりの魔法少女の数は優に数百。
『流石に多くないか?』
とは言ったものの、一樹は既に百人単位の魔法少女とやり合えるだけの能力を有しているため、魔法少女達の行動はそれほどおかしなものではない。
『この間よりもはるかに多いですね。それに全員空を飛んでいる。これは面倒臭いですね』
前回、空飛ぶ魔法少女を脅威と見て優先的に叩き、空を飛ぶことの危険性をチラつかせながらその機動力を削いだ一樹であるが、あの時襲撃に来た魔法少女は全滅させてしまった。そのせいで空を飛ぶことの危険性は魔法少女には伝わっていないのだ。
これは思わぬ誤算。一人くらい逃がしても⋯⋯いや、その場合何故逃げられたのかが問題視されるか。
魔法少女は全員が空から一切地上に降りてこようとしない。それどころかさらに高度を上げて警戒している。空が安全だと理解しているからだ。
『これはやばいかもな』
前回同様にジャンプして魔法少女を引き摺り落とすという荒業は出来ない。空にいる数が多すぎる。仮に強行したとしても、落下して空にいることの優位性を見せてしまえば取り返しがつかない。
『初手からその思惑を潰すべく手を打たないといけないわけだが⋯⋯竹千代さん、何か良いアイディアはないですかね?』
思考を加速させ竹千代と作戦タイムを図る一樹。
しかし竹千代も『流石にこればかりは』と良い案はないらしい。強いて言えば力尽くで地上に落とすことが最良らしい。
実際前回はそれだったわけだしな。けどどうやって引き摺り下ろすかなー。
跳んで近付くのは失敗した時のリスクが高すぎる。竹千代を形態変化で伸ばし引き摺り下ろすには距離があるし、中途半端に危険性を知らせてはより高度を取るだろうことは容易に想像出来る。
考えどもあの人数を下ろす方法が思いつかない。実行したところで邪魔されてお終いだ。
なので一樹は発想を変える。
下ろすのではなく自ら降りてくるように。
その結果、一樹は逃走を開始した。
魔法少女達は空という絶対の安全圏を持つがそれ故に出来ることが限られてしまう。あの人数で包囲されようものなら逃走という選択は採れず、戦うしかない。けれど魔法少女達は安全圏から出たがらないため地上はガラ空き。この空いた地上から包囲網を突破するのは容易だろう。
地上には誰もいない。
速度は一樹が上。
一樹は全力で駆ける。
途中にある建築物には全て突っ込んでいく。強度は遥かに一樹が上、壁など障子を突き破るが如く突破。
突如として魔法少女に背を向け逃げ出す一樹を慌てて追いかける魔法少女。
魔法少女は追いかけながら魔法を撃ってくる。
しかし練度にはバラつきが存在する。所詮は急造の集団。烏合の衆。
それ見たことか。
振り向けば、まとまって飛行していたはずの魔法少女達が一樹を追いかけているうちに縦長の行列へと変化していた。
先頭から最後尾まで百メートル近くある。予想以上のバラつきに一樹は勝負を決めに上空へと飛び跳ねると形態変化で先頭を飛ぶ魔法少女を攻撃した。
突如として攻勢に出た一樹に追いかけることに夢中になっていた魔法少女達は対処しきれず、先頭で追いかけていた魔法少女は呆気なく竹千代に貫かれ変身が解かれた。
それを見た後続の魔法少女は足を止め遠距離攻撃に徹する。もはや彼女たちにとって捕らえられた魔法少女は人質としての価値はないようだ。
その対応に舌打ちをし、一樹は再び逃走する。
こうしてバラけたところを確実に潰すことで数の利を失くす。
けれど今度は追いかけてくることはなく、一樹は結界の外へと抜け出すこととなる。
「クソが!」
悪態をつく一樹は先程の魔法少女の対応に腹を立てていた。
一樹が転進して攻勢に出た時、後続の魔法少女は躊躇せずに攻撃をしてきた。仲間であるはずの魔法少女もろとも殺す勢いでだ。
捕まった仲間ごと葬り去りたいと思わせる程には一樹は魔法少女達を追い詰めていたのか、それともはなっから魔法少女にはそういった仲間意識がないのか、両方か。
けれどそんなことは些細なことだ。一樹が悪態をついたのは魔法少女が仲間を見捨てたことにではない。魔法少女が一樹を簡単に逃がしたことにある。
はじめは追いかけてきたというのに先頭の数人を始末した途端に追いかけるのを止めた。その対応が一樹を追い詰めている。
魔法少女は意外と冷静だった。一樹の狙いを的確に読んで追撃を止めた。
それはつまり追えば伸びた戦線を叩かれて確実に戦力を失うことを学習した。させてしまった。もうこの手は使えないということを示している。
魔法少女達は学習することを覚えたのだ。魔法という反則的な暴力をただ振るうだけの獣ではなくなった。それどころかまともに考える頭を持っていれば、今日の様な真正面からの馬鹿正直な戦いを挑もうとは思わないだろう。
一樹は今後は街中でいきなり魔法が飛んでくることさえ想定して生活しなければいけない。
恐れていたことがついに実現してしまうわけだ。
失敗した。魔法少女の戦力は想像以上に数が多かった。舐めていた。これまでは油断していただけだ。これで向こうは本気を出すだろう。
街中で魔法を使ったゲリラ戦か⋯⋯悪夢だな⋯⋯
「とりあえず今からこの街を出よう。考えるのはそれからだな」
――――――――
一樹が結界から抜けだした後。残された魔法少女達は代表を集めて話し合いをしていた。
内容は今後の鬼面の鎧武者、通称鬼武者への対応についてだ。
集団で威圧したというのに怯えた様子もなく冷静に逃げて行った。
これは追ってはいけない、私の勘がそう告げていた。
けれどそんな曖昧なもので集団を説得できるはずもなく、既に何人も鬼武者を追いかけて飛び出した後だった。
仕方なしに足の遅いメンバーを指揮しながら離れ過ぎないよう出来るだけまとまって追いかけた。そのせいで速度が出なかったが追い付くのは案外早かった。
追いかける速度にバラつきがあったせいでまとまらずに突っ込んでしまった足の速い魔法少女が倒されたことがその要因だ。
二番目に追いついた魔法少女達が交戦したが鬼武者は後続が追い付く前に再び逃走を図った。
それを追いかけようとした魔法少女達をどうにか引き留めて今に至る。
はじめの時と違い敵の目的が明確に示せたことで今度は引き留められた。
鬼武者の狙いは移動し続けてこちらの戦力が薄くなったところを叩くこと。最初に襲ってこなかったのは数が数だけに襲撃できなかったから。
そう、あの鬼武者にも数の力は有効なのだ。それをみすみす手放すようなことはしてはいけない。
「では、どうしろというの?」
「だから数を確保した上でのゲリラ戦を仕掛ける。それしかないわ」
「今やっちゃえばよかったじゃない」
「今の私たちじゃ碌な連携も取れずに犠牲を出すだけよ?そうやって唯一の対抗手段である数の力を失うというの?」
このやり取りも何度目か。
今後の対応を話し合っているというのに一部の馬鹿が戦えばいいと碌に考えず場を乱す。切って捨てたい気分だが、残念ながらそんな馬鹿が半数以上というお粗末な集団が私たちだ。彼女たちの頭が残念だからといって切って捨ててしまえば唯一の武器である数が足りなくなる。
そもそもどうして魔法少女がこうして徒党を組んでいるのかと言えば、あの鬼武者が強すぎるせいだ。百人単位の魔法少女を殺戮するような化物に私たちでは対処できない。そんな弱小魔法少女が徒党を組んだ。
なので魔法少女の中で実力のある者は一人もいない。彼女たちは実力があるから徒党を組む必要を感じないのだ。
何度も繰り返される無策での戦闘案を殴り飛ばして、作戦のある戦闘をしようと説得をする。
それもそろそろ限界を迎えそうだけど。
これまでどうにか抑えてきたけれど、あの強すぎる鬼武者が実際に逃げ出す姿を見ればどうしても浮足立ってしまう。それが計算された逃走だとしても、彼女たちの頭の中では都合よく改変され、自分たちに恐れをなして逃げたのだと思い込んでしまったようだ。
救えない。
数の力は有効だけれどこのままこいつらと一緒にいては共倒れではないだろうか。徒党を組むメリット、デメリットを考え直す最後のチャンスはここかもしれない。
それでも今はまだ徒党を組んだ義理を通してやることはやる。
今後、鬼武者を見かけた場合における決まり事を決めた。
発見次第を報告する。
百人以上集まらなかった場合は仕掛けない。
一当たりしてダメなら即撤退。
この三つを取り決め、この日は解散となった。
しかし私達以外の魔法少女はこの後も鬼武者を探索するらしい。彼女たちの頭では鬼武者は敗走したことになっているようだ。
もう、好きにすればいいと思う。私は友との義理を果たした。これ以上は知らん。
この集団からの離脱を決めた。私のチームも一緒にだ。
「これでよかったんですか?」
そう訊ねるのは同じチームの記録係。彼女は第五世代唯一の戦闘力ゼロの魔法少女。彼女の心配は自分の身を案じてのこと。なのでメリットよりデメリットが多くなれば一切問題がない。
「元々義理で手伝っただけだしね。あのこももう死んじゃったし、これ以上付き合ってもデメリットの方が大きいわ」
そう、私を魔法少女連合なる弱小集団に誘った私の友は既に鬼武者にやられてしまったと思われる。数日前から音信不通だ。彼女がいたから協力したのでいなくなった今、既に義理はない。そうなると損得で物事を考え多方がいい。
「確かに。口先ばっかで実力が伴わない連中ばかりが残っちゃったもんな。それが鬼武者にバレてたら案外攻めてきたかもしれないな」
この発言にはチームのみんなも頷いた。
確かにその可能性はあった。あの鬼武者は無茶苦茶な身体能力と攻撃手段でもって襲い掛かってくるが、それはそれなりの勝算をはじき出せるだけの計算能力があるからだ。今日逃げたのは魔法少女の数が多く、戦力差を見切るにはリスクが高いと踏んだのだろう。
もしあのまま戦闘に入りこちらの戦力が大したことが無いとバレたら撤退などせずに襲い掛かって来ていてもおかしくはなかった。私たちはかなり危ない橋を渡っていたことに一体何人気付けただろうか。
「やめてくださいよ。そういうフラグ建てるの」
「とにかく、我々『北斗七星』は魔法少女連合から離脱し、以後マスコットとの接触も断つ。異議のある者は?」
「「「「「「異議なし」」」」」」
魔法少女連合を脱退するだけでなくマスコット達からも距離を取るのは連合を操っているのがマスコットだと気付いているから。
マスコットは信用ならない。それがチームでの認識だったのでこの際姿を眩ますのもいいだろう。丁度明日から夏休みだ。
「よろしい。では東京へ帰ろう。『幸福の宝石』に事の顛末を教えて仕事も終了よ」
魔法少女チーム『北斗七星』は七人組の魔法少女チーム。主に情報収集を得意とし、戦闘技能は中の下。
これまで魔法少女失踪事件について有益な情報を手に入れていたのは『北斗七星』だけ、それほどまでに第五世代の魔法少女の情報収集力は低い。そもそもそういった情報を集める事態自体がないからである。
『北斗七星』が脱退したことによって魔法少女達の情報収集能力が著しく低下し、鬼武者との遭遇率はグッと下がることになる。
しかし残念ながら残った魔法少女達がその事実を知ることはない。情報を共有することもはもう二度とない。
『北斗七星』はいいタイミングで離脱した。退際を弁えていた。
残った魔法少女達は鬼武者を探すべく周辺の探索をし、そして遭遇してしまう。
第三世代の魔法少女、風音に。
第五世代の魔法少女は鬼武者撃退によって自分たちが何処にいるのかをすっかり失念していた。
今現在、鬼武者よりも怖ろしい存在と敵対中だということと、今現在いるのがそんな危険人物が活動領域としている土地だということを。
仕掛けたのは自分達ではないから大丈夫だと心のどこかでそう思っているのだ。自分たちは直接会っていないから大丈夫だと。そんな都合の良いように考えていた。
そんな理屈が通用しないのが魔法少女がいる非日常だというのに⋯⋯




