01-21
風音の魔法によって結界は消滅寸前だった。あらゆる景色が消し飛んで今はもう何もない。地面はドロドロと真っ赤に液状化しており時折ポコポコと空気かガスを排出している。
風音以外にも魔法少女がいたはずだが魔法の衝撃で飛行魔法を維持できずに落ちたか、危険を察知し結界から逃げたか。どちらにしてももうここには風音しかいない。
「今ので結構死んでくれてたらいいんだけど」
第五世代は千人以上。既に二百人は始末した。今日この場にも五十人は居たから上手くいけば五分の一は片付けた計算になる。
数が多いと面倒だから纏めて来てくれればいいんだけど、と数の暴力という科学文明の常識を否定する、圧倒的な質の暴力を携える魔法少女は独り言ちる。
これだけの魔法を使ったというのにそれ程の疲労を感じていない。魔力が尽きた気配もない。むしろ今からが本番、ウォーミングアップを終えた身体の様な身軽さがあった。
「これは⋯⋯不味いな」
魔法を使用したというのに疲労感ではなく湧き上がるような魔力を感じる。風音はその現象に心当たりがあった。
魔法少女としての寿命。臨界である。
強くなり過ぎた魔力が肉体に収まりきらなくなり、やがて肉体は崩壊する。この予兆として魔力が湧き上がり一時的に調子が良くなることがある。魔法少女一年目に何回か臨界の現場を目撃したことを思い出す。
皮膚はひび割れ、そこからボロボロと崩れ去り、全身が剥がれ落ちた後にメルトダウンを起こす。基本はこれだった。魔法少女によって多少の差異があるらしく、自分の場合はどんなものか予想できない。
「まぁ、そろそろではあるか」
風音ももう魔法少女として魔法を使い続けて四年目だ。通常であれば一年でコアを摘出し、魔法少女を引退しなければならないことを考えればかなりの長持ちだ。
しかしこのタイミングでくるとは。
魔法少女として活動し、自身を守るために手放さなかった力が今、自身の内側から溢れ出し、風音自身を破滅へと追いやろうとしている。
これから魔法少女との戦争があるというのに。
しかしなってしまったものはしょうがない。出来るだけ早く終わらせて自身からコアを摘出すればいいだけだ。
風音は新たな結界を結界の外へと作り出し、今ある結界を破壊した。罅割れた空は砕け散り、新たに現れた世界は何の変哲もない街並み。
そこに魔法少女が排出されないということは仕損じはいなかったということだろう。
確認作業を終えた風音は今度こそ結界を破棄し、現実へと戻っていった。
――――――――
風音が呼び出しに応じていた頃、別の場所では鬼面の鎧武者と魔法少女の軍勢が戦闘を繰り広げていた。
魔法少女の軍勢は二百人以上おり、六つの部隊に別れて鬼面の鎧武者を取り囲むようにして攻撃をしていた。
三角錐を描くように配置された部隊は近寄らせまいと魔法による集中砲火を浴びせ、残る二隊は逃がさないための遊撃を担っていた。
三角錐の陣形は魔法による流れ弾対策の結果だろうと鬼面の鎧武者・笹瀬一樹は僅かばかりの感心を覚えた。
他にも複雑な連携ではなく簡単で単純な連携をすることで練度の高い戦法とすること。色気を出さずに確実に仕留めるために数の有利を活かした策を実行したこと。
四音から聞いていた話よりもずっとまともな戦い方をしているおかげで一樹としてもやり易かった。
一撃の重さよりも速射性、連射性、手数の多さに重きを置いた魔法は直撃しても一樹の鎧を抜くどころかダメージ一つ負わせていない。精々ぶつかったと分かる衝撃が伝わるくらいだった。
けれどそれも秒間二百発以上が飛来するとなると身動きも取れなくなる。やられはしないが、こちらからも攻撃できない状態だ。
一樹は完全に封じられていた。
『聞いてた話よりもずっとまともな戦い方をしてきている訳なんだけど、これってやっぱり誰かがまとめてたりすんのかな?』
『聞いた話が本当ならそれ以外には考えられませんね。けれどこれでは時間稼ぎにしかなりませんよ?彼女たちは何を目論んでいるのでしょう?』
竹千代の言う通り、遠距離からの包囲集中攻撃は悪くはないが火力が足りない。
一樹の足を止めれてもそれだけだ。
一樹も本気を出せば簡単にこの方位を突破するだけなら容易い。
動かずやられているのは突破した後のことを考えているからだ。
突破したとしてそれからどうなる。
一つの部隊を壊滅させられるがそれ以外の部隊には逃げられてしまうだろう。そして今後さらに厳しい強化体制を敷いてくるに違いない。
やるならこの場にいる全員を隈なく一掃すべきだ。その考えの元、一樹はじっとし耐えることを選択した。
どうせ当たったところで痛くはないし、魔法少女に疲労を与えるにも丁度いい。思考を加速させながら何かいいアイディアはないかと考えつつ疲れるのを待っている。
しかし流石に人数が人数だ。ローテーションを組まれると相当な長期戦を覚悟しないといけない。時折混ざっている威力の高い魔法だけを避ける。
『やっぱあれかな。地面の下からグサッてやっちゃうのが手っ取り早いかな』
竹千代の形態変化は物理法則ガン無視で一樹の魂を注いだ分だけ増やせる。
ただ増やした分は全て繋がっているので一旦回収しなければいけないというデメリットが存在するのであまり出し過ぎると回収作業に手間を取る。
地面からの奇襲は有効だがその後の回収作業に支障が出ることを考えると現状はそぐわない。
『そうですね、ですがそれだと空にある三つの部隊に攻撃出来ませんよ?』
『そこだよ。問題は空飛ぶ奴等。攻撃するにしてもブンブン飛び回られると攻撃が当たらないんだよな』
空というのはやはり独特で距離感が掴み難い。理屈が分からないがかなり融通の利く魔法の様で動き出しも滑らか。下手すると地に足を就けている方が反応が遅れるくらいだ。
それに一樹が空中にいる相手に攻撃を当てようとするならこちらも跳ばなければいけない。跳んでしまえば後はその勢い任せで方向転換が出来ないのも問題だ。
つまり一樹相手には空から攻撃するというのが現状ベストな対策だった。
『今後の課題ですね』
『いや、今仕留めなければいけないだろう。もしここで空飛ぶ敵に打つ手がないとバレようものなら今後ずっとハエみたいにブンブン頭の上を飛び回りながら突っかかってくることになるぞ』
『それは面倒臭いですね』
『だからどうにかして空にいる連中をぶっ飛ばしたいんだが』
『厳しいですね。確実な方法がありません』
『不確実でもいいから脅威と思わせるような方法は?』
実行するかどうかは置いといて、とにかくアイディアを出させる。
『頭上の部隊に突っ込んで形態変化で一掃します。多少なりとも動揺が走るでしょうからそこを一気に叩きます』
『ああ、不良の喧嘩殺法な』
一撃ガツンとぶち込んで動揺が広がったところを一網打尽、もしくは逃走を図るあれ。もはや一樹の基本戦術となりつつあるそれを今回もやろうという竹千代の提案。
『にしても何で上空?』
『地上部隊を先に片付けたとしたら今後は逃げ帰った魔法少女たちが地上戦は厳しいという情報を残しすことでしょう。そうなれば』
『魔法少女は二度と地上で戦うことはしないでしょう』
そうなると対空攻撃を持たない一樹がどれだけ不利になるか考えるまでもなかった。だから竹千代は先に飛行部隊を叩くべきと進言したのだ。
『それしかないか』
諦めと共に腹をくくる。
『行くぞ』
強化された脚力で地面を踏みしめ、跳ぶ。
飛び跳ねた後は空中を飛行する魔法少女達を突っ切る。丁度良く静止なんかできない。
だからすれ違うその一瞬で全てを屠る。
やるべき事が決まれば後はなぞるだけ。
加速する思考は世界を止めた。交差する一瞬を逃さないために一秒にも満たない時間を加速させる。
視界は止まり肉体も動かない。
そんな状態でじっと待ち、意識を保ち続ける一樹の精神力は今、狂気の域に踏み入った。
すれ違うまで一樹の体感時間は一体どれくらい経ったことだろう。ようやくいい感じのポジションまで到達した。その間魔法少女から放たれる魔法を一身に浴びた一樹身体はきっと悲鳴を挙げている。
思考を減速させたときにその痛みが一樹を襲う。その痛みに身構える。
竹千代は既に形態変化を始めている。あとはこの部隊全員の位置を正確に調べ上げ、思考を減速するだけ。
痛みは堪える。
断末魔に驚くな。
一瞬の動揺を見逃すな。
やるべきことを自身に言い聞かせ、今、思考を減速させていく。
一瞬にして伸びた竹千代の刃が魔法少女を串刺しにする。その姿はまるでウニやハリネズミの様。違いがあるとすればそれは針が伸びて襲ってくるところだろう。
竹千代を通じて一樹は己が魂を流す。
これで変身は解け意識を失うはず。
しかし、悲鳴は上がらない。
見れば魔法少女の変身は解かれ、衣装は舞い散る花びらの様に崩れ空へと消えていく。けれどそこに驚きや戸惑いはあっても悲鳴はなかった。
その様子を眺め、一樹は舌打ちし、再び思考を加速させる。
『人数が増えた分、一人一人に掛かるダメージも分散されてしまいましたね。何人かは意識を失っていますが他はちゃんと意識があります』
竹千代の報告に耳を傾けつつ思い出すのは九重の言葉。
この技は一樹の魂、その性質任せの力技だと。
一対一の場合では勝っていても数十対一では負けるのは道理。
しかし、変身が解ける程度の出力は出ていた。
ならば
『このまま魔法少女を放すなよ。何なら返しをつけて引っ張れ』
『どうするつもりですか?』
『魔法少女を地面に叩き落とす』
それだけ言えば竹千代も察する。
『成程、変身が解けた状態で地面に叩き付けられれば間違いなく死にますね。それに一樹の周りに魔法少女がいることで他の魔法少女からの攻撃には盾に出来ますし、何より空を飛ぶことがリスキーであることを印象付けられる』
狙いは魔法少女の殲滅ではない。魔法少女に、一樹と戦う時、空を飛ぶと危険だと認識させること。それが叶えば魔法少女は空中から一方的な攻撃を選択できなくなる。
『だから絶対に放すな。ついでに地面にもう一本伸ばしてアンカー代わりに出来ないか?』
『分かりました。地面に突き刺して、そこから戻すんですね』
竹千代を形態変化で地面に突き刺し、地中で返しを造り、形態変化を戻すときに地面へと引っ張ることで滞空時間を短く、かつ落下速度を上げて串刺した魔法少女を叩き付ける。
この時魔法少女からの攻撃は避けれないためダメージ覚悟だが、一応少女を盾にすることでどうにか出来ないか、とは考えた。
出来たらラッキーくらいの気持ちで一樹は変身の解かれた少女達を盾にした。
かなり無茶だがやるしかない。
思考を減速させると竹千代はさっそく指示通り串刺した魔法少女を捕らえ、地面へアンカー代わりの刃を伸ばす。
周囲の反応を窺えばしっかり動揺している。
そうだろうな、まさか変身が解ける事態があるとは思わねーだろうさ。
地上から見れば一樹と地上の間に串刺しにされ、変身の解けた少女達が射線を塞いでおり、魔法を放つことに躊躇いが生じている。この動揺が人間を殺すことへの動揺なのか、はたまた変身が解けたことへの動揺なのかは分からないが、一樹の思惑通り、空を飛ぶことの危険性は理解したようだ。その証拠に遊撃に飛んでいた部隊が高度を下げた。
やる気があるなら高度を上げないとダメだろう。
きっと高度を上げたところで、今し方見せた竹千代の形態変化に捕らえられると思ったのだろう。勿論その通りだ。
アンカーは既に設置済み、あとは戻すだけ。
頭上に魔法少女がいなくなったことで注意は地上へと向いた。
竹千代が絶妙な距離感で少女と一樹の間を作る。
アンカーを引いて地面へ向かう。
地上と一樹の射線上には変身の解かれた少女。大半の魔法少女は魔法を撃つことに躊躇っている。
けれどそれでも撃つ奴は撃つ。
数発だが一樹へと魔法が飛来する。
一樹は形態変化で飛来する魔法を少女で受け止めた。
魔法が当たった少女の肉体は弾け飛び、竹千代の拘束から逃れた上半身は空へと置き去りにされる。
胸から下を失った少女は目を見開いて離れていく一樹をぱちくりと見つめる。上半身を失ったことで下半身も拘束から解き放たれた。
空気抵抗の差か下半身と上半身の距離は徐々に詰まり、少女は迫り来るそれが何なのかを理解し、ようやく絶叫をあげる。
しかしその絶叫は誰の耳にも届くことはなく、一樹の着地した莫大な足音で掻き消された。
落下の衝撃で砂埃が舞い、辺り一面の視界を奪う。
砂埃が晴れたころ。落下地点にはクレーターが出来ていた。
立ち上がるのは鬼面の鎧武者だけ。
そこに少女の姿はなく。
地面には骨肉の真っ赤な花が咲き乱れていた。