01-20
放課後になり四音は早々に下校した。
時間を置こうとか言っておきながら翌日に仕掛けるとは何か企んでいるの違いないのだ。時間を置くと言ったことでこちらの準備への手が緩むとかそんな打算があるに違いないと四音は穿ったものの見方をする。
そうなると今から行われる話し合い、向こうは既に仕込み済みなわけで、対抗策を考える時間も、準備する時間も与えられなかった四音はかなりご立腹だったりする。開口一番で引き金を引きかねない程度には怒っていると言っていい。
時間もそうだが場所の指定も向こうがしてきたことにも腹を立てているので近くまで行ったら遠くから魔法をぶち込んで吹っ飛ばしてやることにした。
魔法少女を舐めたらいけないが舐められるのはもっといけないのだ。その事を身体に直接叩き込んでやろう。
目的地までおよそ一キロといったところで四音は変身し、結界の中へと入る。
呼び出された私立大学までの道のりに話し合いをする魔法少女とは別に伏兵でもいるもんだと思っていたがそれらしい反応はない。
警戒し過ぎたか、と思うも過去にあえて杜撰な作戦を立てて失敗し、風音を油断させた曲者がいた。今回も似たような場合の可能性もある。
風音は周囲の魔力を放ち索敵を開始したがこれといって反応がないことを確認する。
「よし、撃つか」
魔法少女に限らず、場所と時間を指定して呼び出しをする時、そこには必ず罠がある。葬り去るための罠か、話し合いを有利に進めるための罠かといった違いはあれど、過去魔法少女からの呼び出しに置いては百パーセントなので馬鹿正直に向かってはいけない。
それに今回は相手が本当に話し合いを望んでいようともこちらに話すことはない。
魔法少女とは元来、力で相手をねじ伏せて説得するものなのだから妙な色気を出して話し合いだとか会議だとかそんなまどろっこしい事は敵を倒す際の作戦会議だけで十分だ。
風音は上空に跳び空の上から魔法を放つ。放物線を描いて放たれた魔法は指定された大学で盛大に爆発し周囲にあるもの全てを吹き飛ばした。
風に流れて多数の悲鳴が聞こえたがここは結界の中、一般人などいるはずがなく、仮にいたのなら集団失踪事件として地方紙の一面を飾るだけだ。
風音の容赦ない攻撃により瓦礫の山と化した私立大学のキャンパスがまるで誘爆を引き起こしたかのように爆発を開始。
真っ赤な光が瞬くとそれまでに舞っていた煙を薙ぎ払い、一瞬の空白を創り出し再び煙を舞い上げる。
風音は煙が晴れた一瞬に、爆炎の中から抜け出してくる者達を見た。
色取り取りな衣装を纏い、魔法を操る少女達。人はそれを魔法少女と呼ぶ。
魔法を撃った後に誘爆した大学のキャンパスは大混乱だった。
話し合いの会場にわらわらといる魔法少女。まさか彼女たち全員が過激派とやらの代表ということはないだろう。つまりは伏兵。
「はぁ、もう少し頭を使えと言いたいな」
風音は未だ混乱に陥っている魔法少女たち目掛けて追い打ちの魔法をぶち込む。
魔法で風を操り一キロ先の音を聞く。
被災地は怒号と悲鳴が入り混じり、混乱した魔法少女達は助けを求める仲間の声を優先して救助活動をしているようだった。
「救助活動は分かるんだけどもう少し頭を使おうか」
風音は更に魔法を撃ち込んだ。
五発目を撃ちこむころには流石に悲鳴は聞こえなくなったがそれは魔法による防御をして被害を減らしていたからだった。
「そうそう、攻撃を受けたんだから救助より先に攻撃が何処から飛んできたのかを確認する方が大事でしょう。一体何を教わって来たんだか」
風音は何所がいけないのかを攻撃という手段をもって直接教える。
まず瓦礫の近くにいつまでもいるのはダメでしょう。
風音は竜巻を起こす魔法を使い瓦礫ごと魔法少女を巻き上げた。
竜巻によって浮かされた少女達は飛行魔法を使うことで自由を得ようとするも失敗に終わる。
それは一緒に巻き上げられた瓦礫が魔法少女を襲うのだ。
飛行魔法は空を飛ぶため空気抵抗など、自身に掛かる負担を逸らす機能なんかが組み込まれている。
しかしそれはあくまでも飛行する際に必要な空気に対するものであり、風に乗って舞い上がっている瓦礫の様な質量体まで逸らせるほど強力ではない。
結果、竜巻の中立ち止まった魔法少女達には巻き上げられた瓦礫が次々と襲い掛かった。
「安定したい気持ちは分かるけど流れに逆らうのは危険なのよね」
瓦礫の犠牲になった者達を見て学習した少女達は流れには逆らわず、まず自身の守りを固めた。それから飛行魔法を風の流れに沿って使用し徐々に外側、もしくは上空へと流されていき、離脱する。
それを見て風音の中での第五世代の評価を上方へと修正した。
第三世代とは比べるのも阿保らしいほど弱々しい第五世代の魔法少女。それでも防御魔法の精度は目を見張るものがあった。弱いなりにしっかりと制御されており、使い勝手が良さそうだ。
もっとも、使い易いおかげで第五世代はろくに制御の仕方も知らないと見たが。
けれど思い返せば第三世代も同じだった。要は経験の差だ。
思えば第三世代は攻撃力に偏り過ぎていた気がする。攻撃力があり過ぎて先に一撃を当てた方が勝つというシンプルな戦闘になってしまった。そのため攻撃力と機動力、隠密性を重視した者達で溢れかえり、索敵と撃滅が基本戦術だったなと思い出を振り返る。
それに比べて第五世代は役割とかコンビネーションとか色々あってゲーム感覚なのが見て取れる。日々暗殺に怯えながら暮らすよりはいいと思うけれど、やはりどこか緊張感が足りていないと遺憾に思う。
これがジェネレーションギャップか、と独り言ちる風音。
大勢を立て直した第五世代の魔法少女達が風音の居場所を探り当て接近してくるも、攻撃してくる気配はない。
攻撃してきたら問答無用でぶっ殺したのになと残念に思いながら風音も話し合いに応じる姿勢を見せる。
接近してきた魔法少女の一人が手を上げて背後にいる魔法少女達を制す。
「いきなり魔法攻撃とはやってくれましたね」
ボロボロな癖にどこか余裕ぶっている魔法少女に風音は挑発で返すことにした。
「知らないの?呼び出しをされたらそこには罠があるから遠くから吹き飛ばしなさいっていうのは常識よ?」
「なっ!?何を言っているんですか」
「そもそもアンタの態度が気に入らないわ。昨日は時間が欲しいと伝えておきながら今日になったら話し合いましょう?場所も時間も自分たちの都合で一方的に決める。舐めすぎでしょ?まずは相手の都合を尋ねるのがマナーじゃなくて?」
優雅な所作で空中に座る風音は足を組み、少女達を上から見下す。男性が見れば思わず「おっ」ってなってしまうご褒美の様なシチュだが同姓からすれば挑発は挑発でも違った意味での挑発となる。
「ちっ」と舌打ちが聞こえた。相手にストレスがかかっていることを確認した風音は話を進める。
「それで、話し合いって何かしら?私には話し合うような事は何もないんだけれど」
だから殺し合いましょう?と目で語ってみせる風音。
視線を向けられた魔法少女達は視線を泳がせ合わせようとしない。それを背中で感じている交渉役と思しき魔法少女はどう切り出すべきかまとまっていないのか、ぐぬぬといった様子で風音を睨みつけてくる。
ひょっとして罠に誘い込み、それをチラつかせて交渉を有利に進めようとかしょうもないことを考えてたんじゃないでしょうね。
「そもそもあなたはどこの誰かしら?未だに名前すら聞いていないのだけれど、それで話し合いをしましょうってどういう神経をしているのかしら?ねぇ、後ろにいるあなたたちもそう思うでしょう?」
風音は捲し立てるように相手を論破するのではなく、相手の至らない部分の上げ足を取る様にしてゆっくり、それでいて畳みかけるようにあげつらうことで相手にストレスを加えていく。
相手を負かすのではなく、あくまでも苛立たせることが目的なので勝ち誇るのではなく上から目線で語り掛けることに重きを置いた。
風音の読みはほぼほぼ当たっていたのか、挑発を繰り返されることで相手の魔法少女からは余裕が失われ、もはや睨みつけているといっても過言ではないを視線を向けている。
それでも自制し風音に指摘されたように名乗りを上げる。
「これは失礼しました。私は第五世代魔法少女・チーム『薔薇の花園』のリーダー、アントワーヌ・デュシェと申します」
「薔薇の花園、ねぇ。知らないわ」
「今日お話ししたいのは先日我々第五世代と風音さんとの間に起こってしまった衝突についてです」
アントワーヌ・デュシェは一頻り喋ると一礼し、それを謝罪だというつもりなのだろう。
なるほど、確かに形式的にはそれは謝罪と呼ばれるものかもしれない。仕出かしたことを述べ、それについての見解と反省したことを表明し、今後どのように改善していくかを明確に言葉にして頭を下げる。
けれど風音に言わせれば、昨日の戦闘についてただ言い訳を回りくどく述べただけだった。
風音は謝罪など求めてはいないし、まして第五世代の都合などそれこそ知ったことではない。
けれどアントワーヌ・デュシェは謝罪をしたのでもう終わりにしようと、これ以上争うのは止めようとそう言いたいのだ。
そして争いを収めた者として第五世代の中で発言力を得たいのだろう。同世代の中でも自分は一歩踏み出していると、優れていると、そう主張したいのだろう。
詰まるところ第五世代の派閥争いに風音を利用しようということだ。
実にいい度胸をしている。あたしを舐め腐っているとしか思えないな。
言葉の上っ面だけ見ればアントワーヌ・デュシェが謝罪し、許しを請うて見えるわけだが実際には百人以上殺したことを許してやるからもう終わりにしようとそう言ってきているのだ。
風音は誰かの許しを得なければならないようなことは何一つしていないというのに。
呆れて物も言えない。
それと同時にアントワーヌ・デュシェの考えが読めない。
彼女はこの期に及んで自分が有利なのだと考えている。
それが風音には理解できなかった。
確かに数の上では彼女たち第五世代の方が多いだろう。けれどそれを一度に相手取り、百人以上の魔法少女を屠ってなお無傷で済ませた風音相手に数が有利に働くと本気で思っているのだろうか。
あるとすれば罠だけど。
風音は魔力を放ち周囲に魔法的な罠が設置されていないことを確認する。
魔力感知で反応がないとなれば物理的な罠か魔法陣になるけど。
前者なら何の問題もない。後者となると発動する物によっては大分苦戦しそうだ。
一発撃って様子を見るか。
もし魔法陣による奇襲だとすれば周辺一帯を吹き飛ばしてしまうのは有効だ。魔法陣は完成された魔法陣に魔力を流すだけで記述された現象を引き起こす。発動速度と強度が他の方法とは桁違いに強力な反面、魔法陣を正確に記述しなければならないという手間と、魔法陣に棒線一本掛かるだけで発動を阻止できるというデメリットも大きく、戦闘に向かないとされ廃れた技術である。
戦闘中に魔法陣を構築することが困難であるからだ。
しかし逆を言えば戦闘中でなければその効力は他の魔法とは一線を隔すものであるのも事実。
今回は呼び出しからの待ち伏せという状況だ。魔法陣を仕込むなら打って付けの状況である。むしろしない理由がない。
もし魔法陣を敷設しているというのなら彼女たちの評価を修正しないといけないか。
何せまともな魔法陣を完成させるためには百文字以上の魔法文字を覚え、文法を覚え、魔法陣全体のバランスと消費魔力の計算と必要な知識は勿論、技術や算術と余りにも多岐にわたり、風音も省略したものしか普段使わない。使えない。
思考を巡らせふと気付く。いつのまにか相手がどんなことを仕掛けてくるのだろうと期待している自分がいた。
悪い癖だ。殺すと決めた相手を楽しむなんて自分は気が触れていると戒め、腰に巻かれたベルトから弾丸を選び引き抜いた。
それを見たアントワーヌ・デュシェが声をあげる。
「お待ちください!我々は話し合いに」
「いや、一方的に呼びつけといて何様だよ」
風音はアントワーヌ・デュシェの言葉を遮ると流れるような所作で弾丸を装填し真下に向かって引き金を引いた。
銃口から放たれた弾丸は重力に従い真っ直ぐ落ちて地面に着弾。
するとそこに奇妙な光が走り、何やら模様が描かれる。
魔法陣だ。
風音は魔法陣を敷設する魔法さえも開発し、その弾丸を装填している限りいくらでも同じ魔法陣を敷設することが出来る。
風音が選んだ魔法陣の効果は『増幅』。魔法陣を通した魔力を爆発的に増幅させるブースター。本来は空中に展開しそこへ魔法をぶち込むことで威力を何倍にも跳ね上げさせる。対象に打ち込めばどんな魔法であっても大ダメージ間違いなしの反則級の魔法陣だ。
風音は腰からもう一丁の銃を引き抜くと設置した魔法陣目掛けて引き金を引いた。
放たれた弾丸は空中で消え去り、代わりに光の柱が地面を穿つ。
魔法陣に吸い寄せられるように突き立った光の柱は増幅され地面の下から爆発を引き起こした。
地面は盛り上がり、ひび割れからは眩い光が溢れ出すとともに光に触れた地面は熱されドロドロと崩れていく。
割れ目が広がったことで地面の下に溜まったエネルギーが一気に溢れ出す。
視界は暴力的な光によって真っ白に塗りつぶされ、溢れかえる光エネルギーによって空気振動さえ許されない。
真っ白い静寂が世界の全てを飲み込んだ。