01-19
「風音、やりすぎ」
風音の担当マスコットのミズチは深い溜息とともに風音の前に姿を現した。
ミズチの後ろには亀のような見知らぬマスコットも一緒。どうやら他の魔法少女の担当の一匹らしい。
亀のマスコットは風音が作り出した地獄絵図を空中から見下ろして叫んだ。
「酷い⋯⋯、みんなぶっ殺されている。どうすればここまで無惨に殺せるんだ!?君はそれでも人間か!?」
挨拶もなしに風音を罵る亀にイラっときた。
「乱入してきた分際でいっちょ前に人様を非難しようとはいい度胸だ亀野郎。お前もあいつ等同様コンクリの中に埋めてやるよ」
ストレスも限界に達していた風音は乱入して来た亀にも殺害予告を発する。
それを聞いたミズチはあからさまに「あちゃー」と頭を押さえて明後日の方角を向いた。付き合いが長いだけに風音が既に話し合いに応じないことを察しての態度だ。
しかしそんなことは初見の亀に分かるはずもなく、亀は風音を責め立てる。
「一体何を考えているんだ!?魔法少女を一度にこんなに虐殺して!これからどうやってこの世界を守るんだよ!?ええ!?聞いてんの——」
亀が最後まで言うよりも先に風音は太腿から小さなリボルバーを引き抜いてその額に風穴を空けた。
マスコットは頭を吹き飛ばされようが全身ミンチにされようが死なない。それは自身の担当であるミズチで実証済みである。なので風音は仰向けになってくるくる回っている亀に弾丸を撃ち込み続ける。
甲羅に命中し、ひびが入り、手足は千切れ、穴から甲羅の中へと弾丸が入り込み弾かれたコインのようにくるくると回転する甲羅の残骸を風音は踏みつけた。
ゲシ、ゲシ、ゲシ、と何度も踏みつけるうちにひび割れた甲羅が砕け、中身が飛び出す。
ぐずぐずになった内臓を魔法の炎で焼いてやる。
ここまでやってもマスコットは死なない。もっともミズチの話だと痛覚はあるそうなのでめちゃくちゃ痛いらしいのだがそんなのは知ったこっちゃない。
ぐちゃぐちゃのぐずぐずになった元亀のマスコットを、風音は宣言通り、魔法少女達と同じようにコンクリに沈めてやった。
それらの作業を眺めていたミズチは「うわー」とか「いたー」とか煩かったが、こういうのは順番だ。一匹をきっちり処分してから二匹目に取り掛からねばどちらも中途半端に散らかして終わってしまうことを経験的に知っている風音は無心になって亀の処理に勤しんだ。
欠片も残さずコンクリに沈めてやったところでミズチが「そろそろいいかい?」と風音に話しかけてくるので仕方なく話を聞いた。
「まあ、アレだよ。今回の出来事は不幸な行き違いの結果だ。風音も一通りぶっ殺して一区切りついただろう?この辺で納めてはもらえないだろうか?」
いつになく低姿勢のミズチに違和感を覚える風音。けれど今重要なのはそっちではなく
「不幸な行き違い、ねぇ」
風音に言わせれば勝手に襲い掛かって来た奴らを返り討ちにしただけなので行き違いも何もない。
けれどマスコットたちの見地からでは不幸な行き違いという見解らしい。
「一体何がどう行き違ったのか聞かせてもらおうじゃないか」
風音がそういえばミズチは黙った。
その反応を見て、また適当なことを言って責任転嫁しようとしたと察した風音は、次のミズチの言葉によって亀同様の処置を施すことを心に決めた。
ミズチの額に大きな汗の粒が一筋の線を引く。
「あ、あ、あー」とどういうべきか悩んでいるミズチにはこの後に発する自分の弁によって自身がどうなるのかを経験的に察しているに違いない。必死に言葉を探しては発しようとして「あー」で納めてしまうミズチに、そろそろタイムアップの銃声を聞かせてやろうかと銃口を向けてやる。
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!本当に待って!実はボクは何も聞かされていないんだよ。全ての話しはさっき君が地面に埋めてしまったボクの後輩がする予定で、ボクはただ風音の担当だからという理由でここにいるだけなんだよ!ほんとだよ!ボクがそんな面倒臭い仕事をするわけがないだろう?風音なら分かってくれるはずだ!」
内容的にはそれでいいのかと突っ込みたくなるものの、いつもの調子に戻ったミズチを見て嘘は言っていないと判断した風音はミズチに伝言を託すことにした。
「あっそ。それじゃあもうあたしは帰るから。話を聞いたら明日にでも教えに来てくれる?どうせすぐには復活しないんでしょう?」
そう、経験則から言ってマスコットたちはあの程度では死なないし復活する。全身を灰にしても復活するのだが殺され慣れていないと復活までに時間がかかる。実際ミズチも初めの方は殺されてから復活までに数時間必要だった。
あの亀の様子からミズチのように日常的に殺されているようには見えないので復活するまでに数時間は必要なはず。復活するまで待っているのも阿保らしいという考え方と、第五世代とは全面的に決裂した方が後腐れがなくていいという判断が風音にそう言わせた。
流石のミズチも返答に困っていたようだが風音は言い出したら滅多なことでは変更はしない事を知っている。この場合、今すぐにでも亀が復活でもしなければ決定が覆ることはない。そして亀はすぐに復活はしない。
ミズチはどこか諦めた様子で了承したが「コアはボクが回収するからね!」と、転んでもただでは起きない意思表示をされたので了承した。ミズチも亀が復活するまでの間暇だろうし、それくらいは許してやることにして、とっとと結界から抜け出した。
残されたミズチは一人哀愁を纏ってコンクリートに埋まってしまった魔法少女を掘り返すのであった。
結界から離脱した後、四音は一樹へと連絡を入れた。
やはり一樹の方にも魔法少女が行っていたようだが一人だけだったので楽勝だったとのこと。きっと監視するだけのはずが見つかってしまって仕方なく戦闘をした、といったところなのだろう。
一樹の無事を知り一安心した四音はこれからのことを考える。
大多数の魔法少女と事を構えた形になった。今まで通り不干渉で、とはいかないだろう。仮に第五世代がそう言ってきたとしても、とてもじゃないが信用できない。
第五世代も二百人近い魔法少女を虐殺した風音を野放しに出来るだけ頭の中が空っぽということはないだろう。
もうどちらかがいなくなるしかないところまで話は拗れてしまっている。少なくとも四音はそう考えている。
あとはマスコットがどういう介入をしてくるかだけど、これは大して意味がない。というのも風音は勿論、第五世代もマスコットから何か強制されたとしても無視するに決まっている。争うのを止めろと言われたところでもう既に少なくない犠牲を出してしまった以上、第五世代は止まれないし、自分勝手な妄想で暴走するような第五世代を放っておけるほど風音という魔法少女は周囲に無関心ではない。
それに何より、魔法少女同士での殺し合いはもはや様式美といっていいだろう。水を差すのは無粋というもの。
殺し合うことは四音の中では決定事項だ。装備の確認や魔法式の組み立て、魔法弾の精製とやるべきことはいくらでもある。
誰かを殺すために必死になる状況を懐かしく感じ、くすくすと含みのある笑いを漏らしながら、風間四音という少女は一人、戦争の準備を開始した。
自室の中に結界を展開し、魔法少女となって魔法弾の精製に取り掛かりつつ、今後の流れを思案する。
開戦まで短くて一週間、長くても夏休み中に仕掛けてくることだろう。予想としては夏休み初日か二日目あたり、もしくは八月の最後の方が開戦日。それまでにより準備をした方が勝つ。争いとはそういうものだ。
どう転ぼうがそれでどちらかが全滅するまで殺し合うだけ。
第五世代が風音に準備をさせないで速攻で蹴りを付けに来るか、それともじっくりと準備をして、リスクを負いつつも数の力で有利に事を運ぶか、選択肢は二つに一つだ。
今回の虐殺を考えれば夏休み一杯集団戦闘の訓練に費やし、夏休みが終わる前に開戦というのが一番厄介なパターンだが、果たして第五世代がそこまで考えて行動するかは甚だ疑問だ。
案外もう関わりたくないと逃げるかもしれないが、そんなことは風音が許さない。例え第五世代が逃げようとも風音は夏休み中に皆殺しにする腹なのだから逃げようがない。
殺し合うことはもう決定してしまったのだから。
鼻歌混じりに魔法弾を精製しつつ他の装備のメンテナンスを開始した風音は久方ぶりにそれが起動したのを目にした。
マスコットが魔法少女に持たせる腕輪型の通信装置だ。
風音が魔法少女になっておおよそ四年。最初の数ヶ月しか起動したところを見なかった通信装置は今、着信を知らせるアラームを鳴らしている。
風音が腕輪に嵌められた青いクリスタルに魔力を流せば、通信装置は文章が届いたことを知らせている。
差出人の名はガメラ。
思わず心の中で「怪獣か!」と突っ込んだ。ガメラといえば亀の怪獣だ。風音の知り合いに亀を連想させるような奴は今日コンクリートに沈めてやったマスコットくらいしか心当たりはない。ミズチに伝言を託したがどうやらミズチは風音にメッセージを送る様に仕向けたらしい。
風音はメッセージを開いた。通話ではなく通信文での連絡。
下手に会話して風音の琴線に触れることを避けてのことだろう。
文章を要約すればなんてことない。今日の出来事は第五世代の一部が勘違いして暴走した結果であり、大多数の第五世代他マスコットたちには風音と敵対する意思はないという言い訳を様々な表現で回りくどく書かれた文章だった。
話し合うにしても決裂するにしても一旦頭を冷やすだけの時間が欲しいということも書かれていた。
それを読んでマスコットたちの有耶無耶にしたいという意思を感じたものの、それとは別に何かしらの悪意も感じた。
ミズチであれば簡潔にまとめることを何故このように謝罪文という形で送り付けたのかを考えれば、油断を誘っているとしか思えない。
第五世代も今回のことを有耶無耶にするのではなく、不意を打ち、騙し討ってでも風音を仕留めようという何者かの意気込みを買うことにした。
翌日、ことの顛末を一樹に話しつつ、一樹の方の状況も聞きながらミズチとも連絡を取り、第五世代がどういう状況かも聞いていた。そして分かったことは四音が想像していたよりも状況が悪いということ。
一樹の方に姿を現した魔法少女は一人。その仲間は風音の方へ赴き全滅した。しかし、記録では一樹の方へと行ったことになったまま報告がされていない。おそらく風音の元へと駆け付けて早々に始末してしまったのだろう。
このことから一樹が百人単位の魔法少女を討伐したことになっていた。
今後一樹が第五世代から襲われるとしたら百人以上の大部隊での襲撃となることが予測される。
何とも頭が痛いことか。
四音が知る限り一樹の実力は相当に高いがおそらく百人規模ではその実力は発揮されない。
武器が刀ということもあり一度に相手どれるのは精々五人が限界だろう。組織だって動かれては一樹の戦闘スタイルでは分が悪い。
どうしよう。
四音は別段一樹の心配をしているわけではない。問題なのは四音に掛けられた呪いの方だ。
一樹の姉であり、四音の魔法少女としての師匠は死に際に四音に呪いを掛け、可能な限り一樹を守る様に仕向けた。これまで数回ではあるが呪いによって一樹を助けている。
もし、一樹が窮地に陥ればこの身に掛かった呪いがどのように発動するかなんて容易に想像が出来る。最悪、四音は己の死をもってして一樹を助け出すかもしれない。それも四音の意志とは関係なく。
それだけは何としても避けたい。
となれば事前にある程度一樹への脅威を減らしておいた方が無難である。
四音は今後、主に夏休み入ってからの魔法少女狩りについて大雑把に一樹へと教えるとともに魔法少女が襲撃してくることについて注意を促す。
一樹も「あ、やっぱり?」とそれとなくだが自分が置かれている状況の不味さに気付いているようで「どうすっかなー」などとぼんやり考えている。
なんとものんびりした様子に少しイラっとした。
時間が最大の敵となった今、今日この時から、四音は魔法少女狩りを始める算段を付ける。
そんなところに通信が届いた。昨日届いたからもしやと思って腕輪を持ち歩いていたのだが案の定だ。
内容は今日の放課後にマスコットと第五世代の過激派代表との話し合いの席を設けるので来て欲しい、というもの。
「なんだよ過激派って」と突っ込むと同時に一樹に面倒が増えるから覚悟するようにと伝える。
一樹は一樹で大変なようでうんざりした様子で項垂れた。
魔法少女に関わると碌なことがないんだと改めて実感した。