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魂のアリカ  作者: 白鴻 南
1:魔法少女と異世界人
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01-01

その少女は空中を駆けていた。今し方自分の目に映った何かを確認するために。

 空駆ける少女の名は秘密。それは魔法少女にとってお約束である。

 しかし、それでは色々と面倒であるため彼女の魔法少女ネームをお教えしよう。

 空駆ける少女改め、


 魔法少女『風音』

 

 それが彼女のコードネームだ。

 魔法少女の名前はその少女の魔法特性に由来して付けられることとなる。空駆ける少女は風を操ることに長けた魔法少女だということだ。

 魔法少女はマスコットと自称する謎の生命体と契約を結ぶことで魔法を習得する。その代償に異世界からの侵略者と戦いこの世界を守ることを義務付けられる。その任期は短くて三ヶ月、長くて一年。これは私生活に悪影響が出ないようにするためだ。

 任期を終えた魔法少女はマスコットたちの魔法によって記憶を失う。そうすることで人間社会から魔法の存在は隠されてきた。


 今は魔法少女の設定などどうでもいい。重要なのは風音の行動だ。


 化物を仕留めた彼女が目にしたのは腹に何かを刺して錐もみ飛行をする人型の何か。

 魔法少女は存在を秘匿するために『結界』という魔法を使う。

 結界とは世界をコピーし切り取る箱庭。その箱庭に異世界からの侵略者を閉じ込めて始末するための戦場。魔力を使えない一般人はこの結界に弾かれて本来紛れ込むことが出来ない。そのはずである。

 実際、魔法少女として活動してから三年ちょい。一度もそのような事態は無かった。

 何かの見間違い、それこそマネキンでも吹き飛ばしたと思いたいが、万が一、いや、億が一にでも人間であったら大変だ。風音はその何かを確かめざるを得なかった。

 空を駆け、目標を発見する。


「おっふ」


 風音が見たものは紛れもなく人間だった。腹に板のような物体を貫通させ、首は390度は回転し、うつ伏せなのにズボンのチャックは空を向いていたそれは、血溜まりに浸り存在感を可能な限り高めていた。

 とても生きているとは思えない肉塊に近付く風音は息をのむ。

 この状態で生きているとは度し難い。


「あらら、生きてたけどこれは死んじゃうんじゃないかな?」


 風音の治癒魔法を行うにはまず身体のパーツを正しい向きに直す必要があった。物理的に。このぐるぐるのグチャグチャを物理的に向きを直そうものなら相当な痛みを伴うことは考えなくても分かる。向きを直す際の痛みに耐えきれず死んでしまう気がした。


 どうしたもんか、とりあえず身元の確認ぐらいはした方がいいよね。


 風音は肉塊の首をくいっと直す。そして固まる。

 この肉塊は風音の知り合いでクラスメイトで幼馴染で今は亡き魔法少女の弟だった。


 その名は笹瀬一樹。


 彼とは幼馴染ということでちょくちょく会話をする仲だ。彼の姉からも『いっくんをよろしくね』と呪われている。この呪いによって風音は一樹を無視できない。無視しようとしても身体が勝手に構ってしまうのだ。


 まずい。呪いが、呪いが発動する。


 一樹を意識したせいで風音の身体が風音の意志とは関係なく勝手に治療行為を開始した。

 それ自体は別にいい。問題は風音も知らないような高度な魔法を使い風音の魔力を大量に消費してしまうことだ。もし魔力が足りなければ魔法少女は命を使って魔法を行使することになる。通常であれば自分の判断で損得を計算できるのだが、呪いによって身体の制御が乗っ取られてしまっていては拒否が出来ない。


 どうか魔力が足りますように。

 

 風音はそう願うしかなかった。

 案の定風音の身体は勝手に魔法を使い始めた。

 一樹の身体が風音の魔力によって輝く。

 次の瞬間、一樹の身体が弾けた。

 弾けた身体は風音の魔力を帯びたまま宙に浮き、その中から風音とは異なる光、薄い黄緑色の光が集まりだした。きっと一樹の魔力だ。

 薄い黄緑色の魔力を取り除くと、中を漂う風音の水色の魔力が結集し始め、物質の構築を開始した。

 骨が出来、臓器が出来、血管や神経が繋がり、筋肉を編むようにして纏わせ、脂肪でコーティングして皮膚を被せる。産毛一つないつるつるでキメ細かい赤ちゃんのような肌が出来上がると、体毛が生え始めた。少し長めまで伸びるとそこで止まる。体毛と同時進行で弾けた衣服も新品同様に再構築される。


 出来上がったのは傷一つない一樹の身体。そこに黄緑色の光が溶ける様に染み込んでいく。

 肌に赤みが差してきた。心臓が活動を開始し、胸が小さく上下する。寝息のような静かな呼吸もしていた。

 その光景は魔法少女歴三年ちょいの風音にとっても信じられないものだった。

 風音の身体が呪いによって行ったのは治療ではなく分解と再構成。風音が使うちんけな魔法とは異なる、神の御業もかくやという本当の魔法。

 風音が不安に思っていた消費魔力もごっそり持っていかれたが魔法の効果から見れば驚くほど少ない。少なくとも風音がこの魔法を使おうとすれば十回は死ねる。


 何はともあれ一樹の危機は脱した。後は適当なところに置いておけばいいだろう。


 一樹を放置する場所の候補をスマホのマップアプリを起動して探す。

 ふと風音の手元に影が落ちる。見上げればそこには全長50センチ前後の大きな頭に小さなを手足を付けた蛇がふよふよと浮いていた。


 風音の担当マスコット『ミズチ』だ。


「いやー、驚いたよ風音。今の魔法はどうやったんだい?」


「教えるわけがないでしょう」


 ミズチの問いをばっさり切り捨る。


「それで今日はどうしたの?」


「そんな言い方はないだろう?ボクはキミの担当マスコットだよ?一緒にいるのは当然のことだと思うんだけど」


「どうだか」


 ミズチは言った通り、風音を魔法少女にした自称マスコットと名乗る謎の生命体の一体だ。普段何処で何をしているのかも一切不明の謎の生命体。

 過去に何度もミズチの頭をぶち抜いたり、踏み潰したり、切り刻んだり、化物からの攻撃を防ぐ盾にしたりと色々な方法を検証するも効果的な殺害方法は見つからなかった。

 風音にとって化物よりもマスコットの方が脅威度が高かったりする。

 そんなマスコットにも人間の様に個性があり、働き者だったり、食い意地が張っていたりとするのだが、この風音の担当マスコットはしょっちゅう仕事をサボる。


 通常、近場で異世界からの侵略者、通称『アブダクター』が現れるとマスコットが魔法少女に教えるらしいのだがミズチが風音に教えたことは一度もない。いつもその出現兆候を察知して風音が駆けつけることになる。


 ミズチ曰く「風音は自分で察知できるんだから教えるなんて手間かけなくても大丈夫でしょ」とのことだ。

 どうやら通常の魔法少女は世界に起こる異常を察知できないらしい。風音にそれが出来るからと言ってミズチが仕事をしなくていい理由にはならない。

 そんな仕事を如何にしてサボろうかと画策するミズチが珍しく現場に来たというこの異常事態を風音が気にしないというのは出来ない相談だった。


「それで、本当に何しに来たの?」


 少し苛立った様子で風音が尋ねればあっさりとゲロるミズチ。


「実は去年の暮ぐらいから魔法少女が襲撃を受けているみたいなんだよね。それが酷くなってきてね、担当各員に注意を促す命令が来たんだよね。流石にボク一人だけのんびりしていると他の奴等に刺されそうだったから、不本意ながら仕事をしに来たんだ」


「私、そんな話聞いてないんだけど?」


「そりゃそうだ。言ってないもん。そもそも三ヶ月に一回くらいしか顔を見せないんだから話す機会すらないんだけどね」


 あっはっはと笑うミズチの脳天目掛けて風音は太腿の銃を抜き放つ。弾丸はミズチの額や眼球に当たり風穴を空け、そこから血液が流れ出す。

 そんな状態でもふよふよと浮いているミズチを蹴飛ばしてやれば、次の瞬間には傷口をぶちゅぶちゅと音と血液を垂れ流しながら再生する超生物を滅する方法はないかと模索する。

 再生を終えて開口一番にミズチが要件を告げた。


「とりあえずなんだけど、彼の記憶を消去してもいいかな?」


「どういうこと?」


 風音が聞き返せば面倒臭そうに答えるミズチ。

 なんでも一般人が結界内に入ってしまうことはそれほど珍しくないらしい。

 というのもアブダクターの狙いが一般人を連れ去ることなので、アブダクターにターゲットとされた一般人は結界の中に取り込まれる。これはアブダクターとターゲットの間に繋がりが出来てしまい、同一の個体と識別されるからだそうだ。

 そうして巻き込まれてしまった一般人の対処の仕方は二つ。

 殺すか、記憶を消去するかだそうだ。

 ミズチは風音が瀕死の一樹を治したことから殺すという選択肢を捨てざるを得ないと判断したようで、記憶消去をすることにしたらしい。


「ぶっちゃけぶっ殺しちゃった方が楽だからさ、今後巻き込まれた一般人は殺しちゃってよ」


「ぶっちゃけ過ぎでしょう」


 ミズチ曰く、マスコットが守るのはこの世界であり人類ではないとのこと。

 人間を攫いたければ攫えばいいと思いはしても、人間は資源なのでホイホイあげてしまうと、アブダクターとはまた別の世界の侵略者から侵攻を受けかねないため対処しているだけらしい。

 風音が無駄に三年も魔法少女を続けているのは単にこのミズチのぶっちゃけっぷりに不安を抱いたからだ。

 魔法を失い戦う力を失くしたところに襲撃されては堪らない、と思う風音と、後任を探し一から教育するのが面倒臭いミズチの利害関係の一致。これが世界の守護者だとしたら酷い話だ。

 何はともあれミズチが仕事をしなくてはならないのは事実。


「やるなら早くやって。彼が起きちゃう」


「わかったよ。でもこれからは可能な限り見殺しにしてくれよ?」


 そういうとミズチの頭は巨大化し、地面に寝かせていた一樹を頭からパックリいった。

 もにゅもにゅと咀嚼し、ペッと吐き出す。

 風音はよだれ塗れになった一樹からミズチのよだれを魔法で取り除く。念のために一樹の匂いを嗅いで取り残しを確認した。


「それじゃあ、ボクの仕事は終わったから帰るね。これは出来ればでいいんだけど、記憶がちゃんと消えているかを確認しておいてね」


 それじゃー、と言って去っていくミズチを見送り、風音は近くの公園まで一樹を運んだ。

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