01-17
放課後、四音と魔法少女のことについて軽く情報収集をしたところ全く知らないと言われてしまった。
何でも四音は魔法少女で言うところの『第三世代』魔法少女というらしく、現在主に活動しているのが『第五世代』の魔法少女とのこと。第五世代は基本チームで活動し、各都道府県に五組ほど配置されており、全国で千人以上の魔法少女がいるという。九重の話とも矛盾しない。しかし彼女が知っているのはこれくらいだった。
彼女は世代が違うが故にその情報を共有されないとのこと。魔法少女を管理しているマスコットも結構いい加減で高校生になっても四音が魔法少女として活動出来ているのは担当マスコットの後任を見つけるのが面倒という怠慢故だとか。そんな理由もあり後輩魔法少女との仲は最悪に近いらしい。魔法目当てで魔法少女になった彼女たちからしたら任期がいつまでも終わらず、魔法を使い続けている四音が妬ましいみたいだ。
「だから魔法少女を殺すのは一向に構わない。というより魔法少女は魔法少女で衝突したときは殺し合うから問題ない」
「魔法少女怖いわー。クラスのいじめっ子とは次元が違うじゃん」
殺し合いがデフォルトの戦闘集団。そこにはもう日本の常識やモラルは存在しないようだ。
「そんなわけで、見つけたら皆殺しというのはある意味で正しい選択よ」
「想像はしていたが実態はそれ以上に悍ましい存在だったわけだが、俺はそんな奴らに命を狙われるのか?嫌になるな」
「まあ、そんな訳だから基本自分の担当区域以外での魔法の使用は極力控えるのがマナーになってるの。ここは私の担当区域だから当分は大丈夫だと思うけど」
「けど?」
「私のことを良く思っていない奴等なら、私が魔法少女を裏切って敵対勢力と手を結んだ!とかいって喧嘩を吹っかけてくるでしょうね」
酷い話だ。魔法少女には夢も希望もないんだな、と呆れている一樹に「魔法少女を見かけたら皆殺しにするんだぞ」と念押しして話はお終いとでも言うように四音は去っていった。
そして四音と別れた後に事件は起こった。
一樹の自宅、その周辺に張られていた結界に一樹が飲み込まれたのだ。
結界に飲み込まれると同時に一樹は鬼面の鎧武者へと変身する。そういう風に竹千代に頼んでおいた。これで結界を使用した場合での不意打ちで殺される確率はぐっと減った。
さて結界に飲まれたということは近くに魔法少女がいるということだ。竹千代が『一樹、気を付けてください』と注意を促してくる。
『まさか昨日の今日で仕掛けてくるとは』
第五世代の魔法少女とやらは案外行動力があるのか、それとも四音が舐められているのか。
やれやれ、と竹千代の言うように周囲を窺う一樹に同じように周囲の気配を探っていた竹千代が『おや?』と気付いた違和感を教えてくれる。
『この感じは仕掛けてきたというよりも何かを探っている感じです』
『昨日のことを嗅ぎまわってんか?』
『かもしれません。一旦九重のところへ行きましょう』
ここで魔法少女を始末するのは簡単だろう。けれどそれをした場合ここに何かがあると教えることになる。そうなれば今後この辺りを集中的に探ってくるかもしれない。四音の言うことが正しければまだ身バレしていないようだし、ここは一旦見過ごすべきだろう、と竹千代は判断を下した。
一樹も竹千代の意見には賛成だ。一樹は別に魔法少女を殺したいわけじゃない。ただ生き残りたいだけなので回避できる戦闘は極力回避する方針だ。
しかし、現実はそう上手くいかない。
狙われていたのか一樹の後ろに突如として一人の魔法少女が現れた。気配だけ見れば、まるで地面からにょきにょきと生えたような印象を持った。
振り返ればそこにはタンポポのような明るい配色の黄色いドレスに身を包んだ少女がいた。太陽の光を反射して輝く金髪の隙間から覗く勝気な目元はどう見ても一樹を睨みつけている。
ドレスの配色が明るいせいかどことなく幼い雰囲気を漂わせる魔法少女は呟いた。
「成程、これは確かに鎧武者だ」
見た目に反してどこか大人びた声の魔法少女は明らかに一樹の、この鎧武者の格好のことを知っている口ぶりで、身構えている。
『聞いていた話よりも情報の共有が出来て無いか?』
『彼女の言い方だと結構前から九重のことを探し回っていたようですから情報が共有されたのでしょう』
竹千代も四音との話の中で出てきた魔法少女失踪事件の犯人は九重という認識だった。それが理由で追いかけまわされるってつまり九重の身代わりをさせられているってことになる。
何とも気分のいい話ではないが見つかってしまったからにはしょうがない。さっくり殺るのがいいだろう。
一樹は纏い、一瞬で少女の横を通り過ぎ、すれ違い様に竹千代で斬りつけた。
音速の一刀は風を巻き込み少女を飛ばす。しかし一樹の手には手応えがなかった。
振り返れば少女はふわりふわりと宙に浮いていた。その姿は全くの無傷。無敵とかそういった類ではなく単純に一樹の攻撃が届いていなかったということだ。
一樹は思考の加速速度を少し上げ竹千代と相談を開始する。
『刀の風圧で刀身が触れるよりも先に飛ばされていたとかそんな感じか?』
視ることが叶わなかった現象に対して一樹は想像出来る範囲で仮説をうち立てていく。それに対して竹千代もしっかりと情報を共有する。
『それだけではありません。彼女は私の枝刃にはしっかりと応じて受け流しました。アレは何らかの魔法かと』
『あの速度に対応できるだと?』
加減したと言っても十分すぎる速度を出していた。秒速百メートルは難くない。それに対応してみせるとかいまいち魔法少女の能力のばらつきが酷いな。これでは手加減が難しい。
攻撃を受け流された竹千代も魔法少女が対応したことに違和感を覚えたようだ。今のところ魔法少女は思考加速を使った感じがしていない、見てから反応したのではなく見なくても対応できる仕掛けの魔法があるということだ。
『ひょっとすると特定の条件に応じて自動に発動する類の魔法かもしれませんね』
竹千代の発想に、感心する一樹。条件付きでの自動防御、十分にあり得る。魔法と言えば発動してから現象が起こるとゲーム的な感覚に囚われていた自分に舌打ちをする。
『そうだよな、魔法少女にとっても一番怖いのは変身していないときの不意打ち。なら対策を練っていてもおかしくはないわな』
その辺を一樹は竹千代に任せてしまっていたせいですっかり頭から抜け落ちてしまっていた。基本は逃げの姿勢というのもその要因の一つだ。
『速度を上げますか?』
自動で防御するのならその反応速度以上を出せば突破できそうなものだが、仮にあの防御が狙撃ライフルを基準に設定されたなら音速の三倍の速度まで対応可能圏内かもしれない。今の一樹に出せる速度じゃない。
『逆に落としてみるか。どれくらい遅ければ反応しないのかも知っておけば裏をかけるかもしれない』
『分かりました、私の方で探りますので一樹は攻撃に注意してください』
攻守交代をした一樹は魔法少女に刀を振るう。力強いだけでは簡単に弾かれてしまう。それどころか隙ありと見るや飛び込んでくる思い切りの良さ。明らかに昨日の魔法少女とはタイプが違う。
魔法少女のコンビネーションブローを加速された思考で見切りながらちょくちょく反撃に移る。
魔法少女はささっと避ける。基本は避けなのか、はたまた遅すぎて防御が発動しないからなのか竹千代の分析が済むまでは下手に突っ込まない方がいいだろう。
それにしても魔法少女してるな。
魔法少女が攻撃をするたび周囲にタンポポの花が咲き乱れるようなエフェクトがちらつく。一樹が攻撃をし、バリアのように展開されるタンポポの花は攻撃を受けると花びらを散すエフェクトが映える。連撃にも対応し、いくつもの花を咲き乱れさせる。
一樹の攻撃を凌ぎ切れば魔法少女は反撃に移る。ステップを踏んで跳ねるように間合いを詰めワンツーと拳を振るい、そこから回し蹴りやローキックといった蹴り技へと派生する。攻撃速度はかなり速く、思考加速を使わなければ残像しか捉えられそうにない。怖ろしい程の格闘センスだ。
それでも思考加速した一樹には全ての攻撃が丸見えで躱すことなど容易い。どれだけ速くともそれでは一樹を捉えることは出来ない。
魔法少女もそれを感じたのか基本姿勢をピシッと決めたバランスの良い体勢を崩し、変則的な攻撃が混じり始める。スリットがあるとはいえ短くないスカートをはためかせ伸びる脚は細く、しかししっかりと筋肉がついた綺麗な脚だ。
魔法少女がどれだけ手数を増やしても加速された思考によって全て見切っている一樹には格闘攻撃は通用しない。拳に、脚に勢いが付く前に的確に距離を詰め徹底的に攻撃の出掛かりを潰す。
攻撃の出掛かりを潰された少女は無防備を晒す。そこを何度も竹千代の枝刃が襲う。
咲き乱れるタンポポエフェクトが散っては咲、散っては咲と忙しない。
攻防をそれなりにこなし、情報を得た一樹は再び思考加速を用いて竹千代と相談を始める。
『自動防御はかなり厄介だな』
『そうですね、多分日常生活で起こり得る危険は全てをカバーしているとすると、おそらく秒速一メートルでも防がれるかもしれません』
『だとするとまともな攻撃は無駄だな』
『だからまともじゃない攻撃をしようと思います』
『任せる』
加速された思考のなか、一樹の身体は勝手に動く。その動きはゆっくりと進み、魔法少女も同じような速度で進む。一樹の身体は常識の範疇での動きをしている。
魔法少女は一樹からの斬撃を的確に捌く。
振り下ろされる上段に対し距離を詰め、ガラ空きになった腹に拳を叩き込むも一樹は一歩横に移動し拳を躱す。
拳を突き出したことで踏ん張るために無防備となった魔法少女の足元目掛け蹴りを放つ一樹。
魔法少女はその蹴りをタンポポエフェクトを咲かせながら防ぎ、片足立ちの一樹の顔面目掛けて足を振り上げ、蹴りを繰り出した。互いに蹴りを放った状態。魔法で自動的に防御出来る魔法少女だけが攻撃を当てる。
カウンター気味に側頭部を蹴飛ばされ一樹は地面を転がった。
それを見下ろす魔法少女に油断はなく、ただ淡々と仕留めるために近付いて来る。
一樹はゆっくりと動くがその動きに先程までの力強さは見当たらない。
魔法少女が纏っていた緊張が少し解れたのを感じ取る。きっと仕留めた、もしくは相応の深いダメージを与えたと思い込んだことだろう。それほどまでに綺麗に蹴りは決まっていた。
しかし、実は一樹のダメージはそれ程ではない。綺麗に側頭部を蹴飛ばされたが一樹は竹千代の形態変化と自身の纏いを重ね掛けしている状態だ。魔法少女の格闘技術がどれほどのものだったとしてもそんな攻撃が通るほど軟ではない。対物ライフルを零距離で撃たれようともきっと平気だ。
しかしそんなバカげた防御力があることを魔法少女は知らない。
なまじこれまでの攻撃をひょいひょい躱していたために少女は思ったことだろう。仕留めた、と。自分を基準にした防御力では綺麗に決まった蹴りとその手応えから会心の一撃を受けて大丈夫なはずないと、そう思ってしまった。その証拠に緊張が少し解れた。
その心の隙を虎視眈々と狙っている人外の存在など知りもしないのだから。
魔法少女が止めを刺すべく魔力を溜める。一樹はその瞬間を狙っていた。
地面から飛び出した無数の刀身が魔法少女に襲来する。
しかし魔法少女は動かない。その攻撃は自動防御が防いでくれる。その絶対的な自信、過度の信頼が魔法少女に攻撃を選択させた。
そうなることは先程の蹴り合いで確信した一樹と竹千代の思い通りとは思いもせずに、魔法少女はいつも通りの必勝パターンを選択してしまった。せめて奇襲を受けたのだから避けるなり警戒するなりしていればまた違った結果になっただろうに。魔法少女は攻撃を選択してしまった。
飛び出した刀身は咲き誇るタンポポの花が全て防いでいる。
無数の刃があろうとも少女を傷つけることは出来ない。
少女の振り下ろす踵が一樹の頭部へと踏み下ろされるその瞬間まで。
ただ一つ、背後から忍び寄る一振りを覗いて。
少女の足は力なく地面に下ろされる。
震える手は自身の胸を確かめるかのようにぺたぺたと触る。
そこには硬くて冷たい金属が生えている。
「な、にが?」
呆然自失と理解が追い付かない魔法少女に代わってその疑問に答えたのは地面に倒れる鎧武者、一樹だった。
「なんてことない、自動防御の設定を読み解き、自動防御が反応しない攻撃を織り交ぜた。ただそれだけだ。そのために偉い攻撃を喰らう羽目になったけどな」
のっそりと起き上がる鎧武者は悠然と地面に突き刺さった刀を握る。
「お前は今丁度いい感じな魔法少女だな。ちょっと実験に付き合ってくれよ」
一樹は竹千代に魂を流し、魔法少女の中へと注ぐ。
「あああああああああああああああああああああああああ」
悲鳴とともに魔法少女の変身は解け、地面に転がったのは胸を貫かれて血を流す少女。
血を流し続ける少女に意識はなく、このまま放置すればすぐに死に至るだろう。そんな死に体の少女を見下ろしながら一樹は自身の技の効果を確かめる。
「わざわざ留めなくとも直接刺して流せば同じような効果が得られるか」
一樹が口にした実験とは対魔法少女技『魂の禊』の応用攻撃だった。
魂の禊は一樹が放った魂を『留め』で留めた状態で殴りつけることで魂から変換された物質、エネルギーを引き剥がす技である。
一樹は竹千代によって胸を貫かれた少女を見て、ふと思ってしまった。魂の禊を応用し、外側から触れて引き剥がすのではなく、体内に直接流し込むとどういう状態になるのか、と。
目の前に丁度いい被検体が転がっているので流してみたのである。
結果、魂の禊同様に魔法少女の変身は解けた。違いがあるとすれば変身が解けたことによって胸を貫いた一撃が致命傷となってしまったことだろうか。他にも魔法少女があげた断末魔が気になったが実験結果は概ね満足するものだった。
一樹が血だまりの中に沈みゆく少女を抱き上げると傷口から夥しい量の血液が垂れ流される。
少しでも止血になる様にと形態変化で傷口を抑える。
『どうするのです?』
竹千代はその死にぞこないをどうするのかを尋ねたのだが一樹はその質問に答えず『九重に相談』とだけ告げた。
他の魔法少女が駆けつける前にこの場を離れる。展開された結界は竹千代が抜け出すときに破壊していった。これで魔法少女に追跡されることはない。
一樹は少女ごと九重の元へと向かった。