01-15
「逃げられた?」
風音は魔法で吹き飛ばした山を見ながら、今さっきまで追いかけていた鎧武者のことを考えていた。
音速以上の速度で疾駆し、伸びる刀で魔法少女を攻撃する。魔法少女になってから三年経つが一度も見たことのないタイプだった。しかし、どことなく懐かしい気配がした。それがいつだったのかは思い出せないが風音はあの鎧武者を知っている。それだけは確信していた。
「考えられるのは第三世代以前の誰か、か」
風音は魔法少女になる以前から魔法少女のことを知っていた。素質が高かったために記憶をそのままにされていたのである。そのことを気にした魔法少女が、風音に魔法少女とは何たるかを叩き込んでくれたおかげで風音は今も無事生きている。
不思議なことにあの鎧武者からは当時の風音と似た何かを見た気がした。
そう、あの鎧武者が使っていた能力はそれくらい古くて才能が必要なものだった。もう使える人はほとんどいないと聞かされていたのだけれど。
魔法少女になるためのコアを用いず、その身一つで扱う異能。聞いたところによればその流派は今も存在し、日本の裏社会に多大な影響力を与えているらしい。彼らが関与している可能性も考えなくてはいけないと思うと頭が痛くなってきた。
魔法少女と言えど風音は現役女子高生。あまりそういったことには関り合いになりたくないのだ。
とにかく逃げられてしまった以上先にやっておかなければならないことを考えよう。
魔法少女の死体の処理だ。
魔法少女は死んだ後も変身が溶けることはない。変身を解くためには魔法少女の中にあるコアを回収しなければいけないのだ。普通はマスコットにやらせるのだが第三世代の生き残りは自分たちでやる。
風音は魔法少女達が散っていった場所まで戻って来た。
鎧武者は直線に移動したため、突っ切って行った建築物が軒並み崩壊していた。見渡す限り、辺り一面瓦礫の山。魔法少女の死体が見当たらない。きっとこの瓦礫の中に埋もれてしまったのだ。
「うわー、マジでかー、しんどいわー」
がっくりと項垂れる風音。辺り一面瓦礫の山。ざっと見積もっても一キロ四方はある。この瓦礫を払いのけつつ死体を探す。一体どれだけ時間がかかることか、想像しただけで疲れてくる。
そんなところに丁度魔法少女が通りがかった。
彼女たちも殺された魔法少女同様集会に顔を出していた者達だ。
風音はさっと彼女たちの行く手に現れお願いをした。
「ねぇねぇ、君たちにちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」
風音がそう話し掛ければ魔法少女たちは当然困惑する。しかし風音はその困惑を無視して話を進める。
「実はあの瓦礫の山の中に魔法少女の死体があると思うんだけど探すの手伝って欲しいんだよね」
それを聞いた魔法少女たちは風音からほんの数メートル距離を取り臨戦態勢に移る。
それを見た風音は首を傾げた。彼女たちはどうして臨戦態勢に入ったのか。風音はさっきの鎧武者が戻ってきたのかも、と周辺を窺うがそれらしい姿も気配も感じられない。
彼女たちが臨戦態勢に入った理由が分からない。風音はとりあえず「どうしたの?」と訊いた。
「お前!今、魔法少女の死体って言ったじゃないか!」
「言ったね。それが何か?」
「お前か!?お前がやったのか!?」
どうにも噛み合わない。そう感じた風音は彼女たちから事情を聴いた。
どうも去年から魔法少女が失踪する事件が多発しているらしいこと、現場には戦闘の痕跡がある結界が残されていることから何者かが魔法少女と戦い攫っているのではないかと推測されているらしい。
「それで私がその犯人だと?」
「他に何があるっていうの!?」
酷い誤解である。むしろ風音はその犯人と思しき鎧武者と戦っていたというのに。
どうやって誤解を解こうかと考えていると、他の魔法少女が通りがかった。風音は彼女たちも巻き込んで死体を探す手伝いをさせることにした。
「おーい!ちょっとそこな通りすがりの魔法少女ー」
声を掛けると通りすがった魔法少女が風音たちに気付き、寄ってくる。
「どうかしたんですか?」
魔法少女は魔法少女とよく揉める。その際、決闘で殺し合うのが魔法少女のスマートな解決方法である。後腐れが無いように他の魔法少女に立ち会ってもらうのが通例だ。魔法少女が向かい合って他の魔法少女を呼んだなら十中八九決闘の立会人要請だと考えても問題ない程馴染んでしまった。風音が魔法少女になったばかりの頃にはそんなものはなかったはずだけど、一体いつの間に出来たのやら。
やれやれといった感じの魔法少女に事情を説明した。
つい先ほどこの辺で戦闘があったこと。その際魔法少女の死体が落下したが戦闘中であったため放置したこと。放置した死体が戦闘の余波で瓦礫の下に埋もれてしまったであろうこと。それを探すのを手伝ってほしいこと。それを目の前の魔法少女に伝えたら魔法少女襲撃犯だと思われてしまったこと。
説明をすれば何やっているんだろう、と呆れてしまった。それでもやることをやらなければいつまで経っても終わらないので説明を続ける。
通りすがり魔法少女二号達は困惑していた。
決闘の立会人かと思えば、片や魔法少女の死体探しを要請し、片や魔法少女の襲撃犯討伐を手伝ってほしいという。どちらの言葉も無視をするには危険すぎる内容だ。
「少し落ち着いた方がいいわね、茶虎ちゃん。仮にこの人が襲撃犯だったとしてどうしてこうして堂々としていると思うの?」
「知るかよ、死体漁りの考えなんて!死体を見つけたら襲ってくるに違いない!」
様子を見るにどうにも最初に声を掛けた魔法少女たちの方は様子がおかしい。通りすがり二号さんにちょっと事情を聴くと、彼女たちとよくチームを組んでいた魔法少女達が失踪したとのこと。それで通りすがり一号達は殺気立っているようだ。
復讐だか弔い合戦だか仇討ちだかは知らないがいい迷惑である。
風音は通りすがり一号達を見てそれで先程まで戦っていた鎧武者との戦力を比較する。けれどそれは比較するまでもなく鎧武者の圧勝だった。
「復讐ねぇ、無理じゃないかな?はっきり言って弱過ぎる。少なくともあれと殺り合うつもりならせめて音速で移動できないとダメだし簡易式なんて貧弱な魔法じゃ防御も抜けない」
「どういう意味だ!」
「多分君たちが言っている襲撃犯というのはさっき私が取り逃がした奴だと思う。今探してる魔法少女の死体なんだけど、それを瞬殺してた。君たちにそれが出来るかな?」
「何の話だ!?」
「だから、私が探しているのはそいつがぶっ殺した魔法少女の死体なんだってば」
噛み合わない魔法少女との会話にうんざりしながら説明を試みる風音。しかし聞く耳を持たない魔法少女では会話にならなかった。
だが別に話をしているのは何も聞く耳を持たない魔法少女にだけではない。案の定「ちょっと待ってください!?それはどういうことですか?」と二号さんのリーダーと思しき少女が介入してくる。
風音は「だーかーらー」ともう一度説明をする。それを聞いた二号チームの黄色い少女が要約した。
「それじゃあ何?その鬼面の鎧武者と魔法少女が戦っているところにアンタがやって来てその戦闘を見ていたら、魔法少女がやられたから、次はアンタは戦ったが、その鬼面の鎧武者は逃げた、と」
黄色い少女の言葉を肯定すると話にならない一号チームが「なら何でアンタは助けに入らなかったんだ!」と突っかかってくるが二号チームで押さえて話を進める。
「その鎧武者ってのはどれくらい強い?」
何とも曖昧な質問をしてくれる。どれくらい強いかなぞお前たち以上に強い、としか言えない。答えに困った風音は答えることなく話を進めた。
「そんなことより魔法少女の死体の方を先に片付けたいんだけど。結界を解いた途端に腐敗したバラバラ死体が道に転がるとかそんなホラー展開は避けたいの。話なら作業をしながらでも出来るでしょう?」
風音の言葉で今しなければならないことが何なのかを理解した魔法少女たちは魔法を使いながら死体の発掘作業を始めるのであった。
作業をしながら風音が見た戦闘の様子を可能な限り話してやれば二号さんチームはその話から分かる範囲で対策を話し合っている。
そんな風景を見ながら風音は魔法少女も大分変ったもんだと、一人ジェネレーションギャップに見舞われていた。
「つまりその鎧武者は伸びる刀を振り回して奇襲してくるってことか?」
瓦礫をどかしながら黄色い少女が情報を収集している。一号チームはどうにも話を聞いている様子はないが聞く聞かないは本人たちの自由なので風音の知ったことではない。
「刀が伸び、刀身から別の刃が生える、か。近付かずに遠距離から対処するしかないか」
「それもちょっと厳しいかもね。この中で音速で移動できるのって何人かな?」
風音の質問にその場にいた全員が頭に疑問符を浮かべている。つまりそういうことだ。この中に音速以上の速度が出せる魔法少女はいないことを示していた。
「さっきも言ったでしょう?鎧武者は音速以上の速度で以てして私から逃げおおせたのよ?それに対処できるだけの何かを君たちが持っていないなら殺されるだけだから逃げなさい。逃げられないなら他の魔法少女を呼びなさい」
風音としては十全たる事実を述べているのだが如何せん魔法少女達にはそれが実感できないでいる様子。
「ちょっと、音速なんて出せるわけないでしょ?何言っちゃってんの?」
「そうだとも。魔法は万能じゃない。出来ることと出来ないことがある」
「君たちは殺し合いの最中そんな言い訳を相手に言うつもりなのか?言葉を交わすよりも先に頭と胴体が離れ離れになるわよ」
「何だと!?」
「君たちが出来ないと思うのは勝手だけど、相手が出来た場合死ぬって言ってるの。百聞は一見に如かず、ちょっと見せてあげよう」
そう言って風音は音速の二倍ほどの速度で周囲を走り回ってみせた。それを見た魔法少女一同呆然としている。
「鎧武者はこの速度で動く私から逃げきってみせた。それがどういう意味かをよく考えておきなさいよ」
呆然として作業が止まってしまった魔法少女たちを「はいはい、早くやる。この暑さじゃそろそろ死体が臭ってくるころだよ」と作業を急かす。その声で我に返った少女達が作業に戻るが、その後は一言も発していなかった。
瓦礫の撤去作業を終え、風音は首を傾げていた。瓦礫を綺麗に片付けたというのに死体が欠片も出てこなかったのだ。あれれ?と首を傾げながら手伝ってくれた少女達の視線が痛い。
「何もなかったけど」そういう視線を浴びながら風音は「ひょっとして嘘を?」「何故そんな」といったひそひそ話が耳に届いていた。
風音は嘘などついていない。その証拠に夥しい量の血痕が付着した瓦礫が中から出てきている。
「確かにここで魔法少女はバラバラにされた。それは間違いない。実際にこの瓦礫についている血痕の量は一人や二人じゃ利かない量だ」
「それじゃあどうして死体がないんだ?」
当然の疑問。だがそれ故に仮説はいくらでも立つ。死体が勝手に歩いていった。何者かが死体を持ち去った。衝撃波でミンチになってしまった。どれもありえなくはない。
「もういっそ『結界』を解除しちゃうとか?」
「それもありだが、一般人の前に死体が出てきたらひと騒ぎだ」
「でもどこにも見当たらないよ?」
死体がないならばそれはそれでいい。問題は死体があった場合だ。放置してコアが暴走したりしたらここら周囲が焼け野原になってしまう。
「仕方ない。『結界』を解除するから皆は死体が出てきたら回収してくれる?」
「それしかないでしょうね。見逃して暴走されたらそれこそ一大事なわけだし」
風音は結界の解除を提案し、皆了承する。
風音は結果を解除した。
しかしそこに死体が現れることはなかった。
「一体何が起こっている?」
可能性として一番あり得るのは風音と鎧武者が戦っている間に何者かが死体を回収したということだろう。
そうなると魔法少女に敵対的な未確認勢力が存在することになる。
風音は見通し危うい未来に頭を抱えてこの場を解散させた。
魔法少女たちは相談があるらしく来た方向へと引き返していった。