01-13
対魔法少女用の技を編み出したことで一樹は最低限の生存の目を掴み取った。このまま平穏無事に行けばよいのだがそんな楽観視出来るはずもなく、放課後は九重のところへ行っては基礎練をする日々を送っていた。
九重のところは時間の流れが違うせいで体内時計が狂いっぱなしになってしまう。なので休日は徹夜した挙句爆睡し、月曜の朝に起きるように調整するという荒行をしていた。
ただいま一樹は爆睡中。
そんな時に事件は起きた。
一樹の家を含む周囲一帯が『結界』に飲み込まれた。
竹千代が形態変化を使い、強制的に一樹を鬼面の鎧武者へと変身させたがまだ眠っている。
『一樹、一樹起きてください』
竹千代の呼びかけにも応じない程の爆睡状態の一樹。
けれど次の瞬間一樹は跳び起きることになる。
自宅が突如としてけたたましい轟音と砂埃を上げながら決壊した。
一樹は決壊した自宅の下敷きとなったが竹千代の形態変化の鎧に守られ一応の怪我はない。けれど突然の攻撃にパニックに陥った。
幸い瓦礫の下敷きになっていたおかげで外に飛び出すという愚行を犯さずに済んだ。
竹千代は精神汚染を応用し、一樹の身体の自由を奪い、精神に直接語り掛けるという荒業を使った。そこまでやってようやく一樹は冷静さを取り戻した。
耳を澄ませば自宅跡に何かが降り注いでいる。これは何だ?
冷静さを取り戻した一樹は竹千代に現状を確認する。
『竹千代、状況はどうなっている?』
『何者かに襲撃を受けました。直前に結界が張られたことから魔法少女かと推測されます』
竹千代の報告を耳にして一樹は来るべき時が来たかと達観するも、寝不足時に奇襲されたことに怒り心頭である。
『糞が!九重の言った通り本当に俺を殺しに来やがったのか!』
思わず怒鳴る一樹に竹千代は冷静さを取り戻すように諫め、的確に対抗策を促す。
『一樹、大丈夫です。向こうは無駄に攻撃をしてきていますが大した威力はありません。少なくとも直撃でなければこの鎧を抜くことはないでしょう。ですが念のために『纏い』をお願いします。それと同時に『音突枝刃』で一斉に奇襲しましょう』
竹千代に言われるがまま一樹は纏いと形態変化の技『音突枝刃』を繰り出す。
音突枝刃は音突と枝刃の合わせ技。音速の突きを放ち、躱されたなら枝刃で仕留める奇襲技。隙が大きく、放った後は形態変化させた竹千代の回収に時間がかかるため正面からの戦闘では使えないと没技となるはずだったが、瓦礫の下敷きになっている今の状況ならそんなデメリットは関係なかった。
放たれた竹千代の突き。
しばし遅れて衝撃波が一樹を下敷きにしていた瓦礫を盛大に吹き飛ばす。
舞っていた砂埃が一気に広がり、辺り一面を覆う。
これでは外の様子が分からない。
身体の自由を得た一樹は立ち上がり、砂埃が晴れた後のことを警戒する。
『竹千代、首尾はどうだ?』
『一人仕留めましたが残り四人います』
『分かった一旦戻れ、飛び出して仕留める』
『わかりました』
シュルシュルと伸びた竹千代が短くなっていき、元のサイズに戻ると一樹は竹千代に魔法少女がいる方向だけを聞き、そちらへ跳んだ。
魔法少女がいたのは高さ三十メートル程の空中。魔法少女らしく空を飛んでいた。
成程、空中から一方的な遠距離火力で葬ろうとしたわけか。
加速した意識の中、ゆっくりと動く視界を眺めながら一樹は悠々と分析する。
どうやら魔法少女は思考加速を使っていないようだ。
妙だな、思考加速と身体強化は必須技能じゃなかったのか?
『これはどういうことだ?こいつら思考加速も身体強化もしてる風にはみえないんだが』
『身体強化はしていますね。ただかなり弱いです。ひょっとしたら魔法の火力に回していたのかもしれません』
そんなもんかね、と疑問に思いながらも、そろそろいい距離なので身体を動かし、空中に止まったような速度で動く魔法少女、その一番近くにいた奴の手足を斬り落とす。
魔法少女には少し話を聞きたいと思っていたのだ。二、三人生け捕りに出来るといいけど。
そう思いつつも異能を相手にする場合、安全措置など無いに等しい。サッサと殺してしまうのが一番だ。
けれどやっぱり情報は欲しい。九重の話では魔法少女は千人以上いるらしいのだ。こいつらを始末したら別の奴等が来るに決まっている。そしてそいつらもこいつら同様に奇襲を仕掛けてくるに決まっているのだ。情報はあっても困らない。
ゆっくりと動く世界の中、一樹はこの後どうしようと悩んでいた。今は思考加速でゆっくり動いて見えるが、現実の速度に戻せば音速で跳んでいるのだ。下から上へ跳んだので、やがては放物線を描きながら落下するのだろうがどこら辺まで行って落下するのだろうか。
このままでは魔法少女を置き去りにして一人彼方まで跳んでいってしまう。
『跳んだはいいけど方向転換のことを考えて無かった。どうにかなんない?』
『九重みたいに翼でも作りますか?』
『やっぱそれしかないか?』
『ないでしょう』
一度九重との練習で失敗し墜落するという経験をしている一樹としては実戦でする気にはなれなかった。けれど今ここで魔法少女を取り逃がせば一樹に見つけることは出来ない。そして逃げた魔法少女が大軍を連れて報復に来る未来が容易に想像できた。
どうする。残りは三人。いや回復魔法みたいのもあるから案外手足を切ったくらいならどうってことないかもしれない。
一樹は悩んだ末に鎧の形態を変化させ方向転換を試みた。けれど結果は以前同様墜落だった。
周囲の建物を貫通しながら地面に激突する一樹。纏いを習得していなければ確実に死んでいた。
『やっぱりこれは封印しようと思うんだ竹千代』
『そうですね、速度が速度ですのでミリ単位のズレで酷いことになってしまいます。緊急時以外は使わない方がいいでしょう。それに今後は不用意に跳ばないことをお勧めします』
『だよな。でもそうすると航空戦力たる魔法少女への攻撃手段がなー』
『それは今後の課題にして、今は目の前の魔法少女に集中した方がいいですね』
瓦礫を押しのけ地上に出れば魔法少女が逃げていくのが見えた。
『まあ、そうなるだろうな』
逃げる魔法少女は速度的に車と同等くらい。走って追いかけても追いつけるが、その場合は道が問題になる。魔法少女は直線、こちらは道なり、その差は歴然だ。
『いえ、それならばこちらも一直線に進めばよいのです。別に建物をぶち壊しても問題ありませんし』
竹千代に言われて、そういえばそうだと思い返した一樹は魔法少女目掛けて一直線に走ることにした。
轟音を響かせ建築物を倒壊させながら一直線に進む一樹。障害物があろうとも元々の速度が段違いである。魔法少女との距離はみるみる縮まっていく。魔法少女に追いついた一樹は再び竹千代を伸ばして攻撃をする。
一直線に伸びた竹千代が魔法少女の一人を串刺しにする。悲鳴を上げることもなく魔法少女は落下していく。残りの二人は落下する魔法少女をそのまま置き捨て逃げていく。
その態度に一樹は少し苛立ちを覚えた。
仲間なら助け合えよ。
―――――――――
どうしてこうなった。
結界の中、空を飛びながら一目散に逃げているのは魔法少女になって三ヶ月のようやく新人卒業といった頃合いの魔法少女。
彼女たちは今日、月に一度ある魔法少女の情報交換会からの帰り道、不運にもアブダクターに遭遇し、担当区域ではなかったが戦闘を開始していた。
魔法少女になってから三ヶ月。先輩魔法少女の指導の元、今ではアブダクター相手でも危なげなく勝利できるようになった彼女たちは今日も初心を忘れず、教えられたことを守って一方的な殲滅を繰り広げていた。終始優勢で終わると思っていた。
だが皆で集中砲火を浴びせ一気に決着を付けようとしたとき、それは現れた。
集中砲火を浴びせる場所から何かが飛び出したのだ。そしてそれと同時に民家の瓦礫も吹き飛んできた。
アブダクターの反撃かと警戒を強めると、仲間の一人の変身が解けた。
通常魔法少女は変身中に死んでも変身したまま死体になる。やられたとしても変身が解けることはないのだ。
何かが起きていることを確信した私は、残りの仲間を引き連れて逃げようとした。しかし、それは許されなかった。先程まで攻撃をしていた場所から何かが飛び出したのだ。それも今回はかなり大きい。
一瞬で私の横を通り過ぎ振り返るとそこに姿はなく、轟音とともに建築物が倒壊していった。
私はその何かが通り過ぎた跡に発生した衝撃波で吹き飛ばされる。
一体何が、そう思ったときには時既に遅く、仲間の一人の両手両足が鋭い刃物によって切断されていたのだ。仲間は訳も分からず、悲鳴を挙げることすら出来ずに落下していった。
助けるべきか迷うことはなかった。
私は仲間を見捨てて逃げた。
呆然として何が起こっているのかも理解していない様子の仲間は地面に落下して死んだ。助けなかったのは単に助けられないと思ったからだ。
もし私が仲間を助けるべく行動を起こせば、その直後に私もああなったに違いない。何せ私たちは襲撃者の姿すらろくに確認できていないのだ。ただ何かが通り過ぎた、その程度の認識しか出来なかった。そんな相手に何が出来よう。
仲間を見捨ててでも逃げて、他の魔法少女にこのことを伝えねば、そう思った。
きっとあいつがここ半年以上続いている魔法少女失踪事件の犯人に違いない。今日の交換会でも未だ不明の未確認敵性勢力。それに運悪くも私たちが遭遇してしまったのだ。
今ならまだ集会場に魔法少女がたくさんいる。そこまで逃げればどうとでもなる。もうやられてしまった二人には申し訳ないが、敵は討ってやるから成仏してくれ。
とにかく全員でバラバラに逃げることにした。三人で別方向へ逃げる。
建築物が爆音を鳴らしながら倒壊していく。本当に何が起こっているというのだ。
目を向ければ崩れてゆく建築物から何かが飛び出した。
何あれ
飛び出したのは鬼面の鎧武者だった。
刀を手にして走る姿は武者じゃなくて忍者ではないかと思うそれは、運よく私を追っていなかった。
心に少しの余裕が出来る。
「すまぬ仲間よ」
それは見捨てることへの謝罪ではない。感謝の言葉だ。「囮になってくれてありがとう」と。でもそういうと何か嫌な奴みたいだからすまぬと言っているだけ。
自分が狙われていないとわかったら鬼面の鎧武者の事を観察したくなった。少しでも自分が有利になる情報が欲しくなったのだ。
しかし、それがいけなかった。素直に逃げていればよかった。鬼面の鎧武者の攻撃は手に持つ刀を伸ばして私たち魔法少女の、変身魔法の防御をあっさりと貫き串刺しにしていた。
何だあれは、何だあれは、何だあれは
一瞬にして伸びて魔法ごと貫く刀。
ははは、あんなの防ぎようがないじゃないか。
私はあの攻撃が防げないと判断した瞬間とにかく高く、空高く逃走した。
地上三十メートルでは低すぎる。百メートルはないと安心できない。
けれどそれが良くなかった。
鬼面の鎧武者は私と距離があるはずなのに何故か私の方へとやって来てしまった。
ひょっとして上空へ逃げるのは正解だったから逃げられる前に殺そうとでも思ったのかもしれない。
もう駄目だ、速度じゃ敵わない。生き残る可能性は空にしかない。
上昇速度を上げて逃げる私にもそれが飛んできた。
先程仲間を仕留めた伸びる刀。
私はギリギリで躱した。初見でならまだしも既に一回目撃している。速度はあるが所詮は突き技、攻撃可能箇所は一点のみ。避けるのは難しくても不可能じゃない。
攻撃を躱した私はどこかホッとしてしまった。攻撃を躱したことで油断してしまった。
苦しくもなんともない。それがとてもおかしかった。
だって私の胸から刃が突き出ていたから。
おかしいな。攻撃は確かに躱したはずなのに。
私は首だけ回して背後を確認する。
するとどうだろう。避けたはずの刀身から私目掛けて新たな刀身が伸びていた。まるで枝分かれする植物のように。その枝分かれした刀身が背後から私の胸を貫いていたのだ。
これは躱せないよ。
身体の中で何かが動く感触がある。その度に傷口から私の血液は流れ落ちる。きっと体の中で刀が枝分かれして伸びているんだ。
意外なことに身体をズタズタにされても私の意識ははっきりしていた。散々私の体内を蹂躙したその刀はするすると私ごと引きずりまわすように縮んでいく。途中で私の身体から完全に抜けて、私はそのまま捨て置かれた。
ただ落下して行き、硬いアスファルトに激突した。
バンッと破裂音が結界内に響く。その音は私の頭が熟れたトマトが落ちた時のように弾け跳んだ音。
ああ、変な色気何か出さなきゃよかった。