01-12
一樹は思う存分変身用の鎧を作り込んだ。基本色は黒にして、細かい繋ぎの部分は赤、兜には三日月の意匠を凝らした。顔には鬼の面を装着。
完成したその姿は鬼面の鎧武者そのものだった。
『中々の出来栄えですね。刀にも合っていますし、何よりインパクトが強い。ここまですれば一樹の印象は残りません。身バレ対策もばっちりです』
作り込んだ鎧の評価も悪くはない。見た目が決まれば今度は機能面の充実を目指す。
「この面、視界をどうにかならないか?せっかくの思考加速も視界が塞がれると使いどころが」
思考加速時は視界以外の五感は封じられてしまうため、顔を隠すにしても一樹からの視界は塞ぎたくない。些か我が儘であるがここは妥協してはいけない。ダメならデザインからのやり直し案件である。しかし竹千代は「大丈夫ですよ」とあっさり承諾した。
『形態変化で作ったものですから内側からは透けて見えるようにしましょう』
竹千代が言うと本当に透けて見えるようになった。多少曇っているがスモークガラス程度の濃さなので問題はない。
視界の問題も解決し、一通り考えれば現状、これといった問題は思い浮かばない。後は実際に動いてみて、不具合を探すくらいだろう。
一旦今の設定を記録させ、一樹はテストを開始する。
竹千代の話通りなら、通常の纏いよりも強くなっているはず。まずはどれくらい違うのか、基本性能から見直すことになった。
こんなことなら最初にしておけば、と思ったもののそれはそれでダメだと気付き、一から測定を行った。
結果として単純な出力は二倍近く上昇していることが分かった。
つま先でひゅっと地面を蹴っただけで数メートルの移動が可能。むしろ細かい作業が出来なくて困る程の出力である。
扱い易くするために出力を減らそうかとも考えたが、防御も兼ねているので纏いの量を減らす事も出来ない。
うまい具合に調整が進まない一樹は「戦闘時だけだし別にいいか」と妥協する。通常であれば妥協など許さない竹千代も安易に調整するよりも一樹が自身で扱えるようになった方が好ましいと判断したのか、その妥協を認めた。
『そうですね。少々出力過多ですが、これは徐々に慣らしていくしかないでしょう。いきなり減らして防御を抜かれるよりはいいかと』
単純な出力調整を終えた一樹は本命となる『鎧からの攻撃』の練習へと移る。
一樹は鎧の肩の部分、大袖を様々な形に変形させる。大きくしたり尖らせたりと地味な作業だ。他にも籠手や手甲、胴なんかも動かせるように練習をした。
一応動かせる程度にはなったが戦闘をしながらとなると厳しい物があるがそこも慣れるしかないと諦める。
おおよそのことが一樹の想像通りになったので後はこれが実戦でどのくらいまで通用するかだ。一樹は実戦における鎧の運用方法について大まかな方針を立てた。
「一応、役割分担しないか?」
『というと?』
「俺は基本、手に持った刀身しか形態変化をさせない。鎧の方を竹千代が形態変化をして防御を中心にやってみて欲しい」
『なるほど、攻撃と防御で分担ですか。けれどそれは危ないですよ?一樹の戦い方に変な癖がついてしまいます。やるなら一樹が防御を担当した方がいいでしょう。そうすればいざという時も自分で身を守れます』
竹千代の言うことにも一理あるのだが、はっきり言って一樹では攻撃を知覚できないので咄嗟に防御なんて無理なのだ。こればっかりは適性というものがある。
『ならば今からでも練習しましょう。私が手を貸すのは本当に危ない時だけです。基本一樹が一人でやりましょう。そうしないといつまで経っても成長しません』
「本当に危ないときは助けてくれると?」
『ええ、私としても一樹に死なれては困りますから。だから一人で頑張ってください』
危ないときは助けてくれるそうなのでそれでいいとしておこう。下手に逆らってもいいことなんて一つもないのだ。
「とりあえず実戦練習がしたい」
一樹がぼやくように言えば、竹千代もそれに協力をする。差し当たって練習相手の調達からだ。
『そうですね。練習は必要ですから、ちょっと待っててください。今茶々を呼びますから』
それから数分後、九重を連れた茶々が運動場に現れた。
九重は一樹を見たとたんに悪戯好きが浮かべるような笑顔になった。
「いやいや凄い格好をしているね。まさか形態変化で鎧を作り、その上から纏いを使うなんて。面白そうだから僕もやろうかな。茶々、お願い」
「畏まりました」
九重に言われ茶々は一旦刀に戻り、九重も一樹同様変身した。しかし、九重の変身は一樹のような鎧武者ではなく、新選組のような羽織袴といった軽装である。
それを見た竹千代が『これはやられましたね』と呟いた。『どういうこと?』と訊くも『やってみた方が為になります』と返答を拒否される。
その間、九重は軽く調整をしていた。
見ていておかしなところはなさそうだが、竹千代が言うのだから警戒してみよう。
「それじゃあいっちょやりますか」
九重の言葉で試合が開始した。
既にお互い身体強化も思考加速も済んでいる。これで奇襲は難しい。鎧の防御力のこともある。途中何発か喰らってみる必要もあるだろう。とりあえずは竹千代の助力なしでどこまで出来るかの見極めをしないと。
加速された思考で世界を置き去りに見やる一樹は戦いの展望を考える。
九重は正眼に構えた剣道の中段の構え。攻撃には向かないが牽制や防御をするにはいい構えである。迂闊に攻め込むと突きが来る。
対して一樹は右手に竹千代を持ち、その刀身は地面へと向いている。構えというより刀を持って立っていると言った方がいい。けれど脚を肩幅に広げながらも右と左で前後にずらし、重心を少し下げる。刀で切り合うのではなく足捌きに重きを置いた構えをとる。
九重は中段、となると向こうから仕掛ける気は無いんだろうな。
中段は攻撃をするのに予備動作が必要となるため仕掛けるには向いていない。だから仕掛けさせて姿勢が崩れたところに突きを放つのがベターか。
人によっては突きは点撃なので悪手と取ることもあるが、それは力一杯突き刺そうというのがいけないのだ。相手が出て来たところをちょいと突けば相手の部位が損傷するのだ、そう悪い手ではない。ただその後のことまで考えて動かなければいけないがそれは突きに限った話ではない。
どうせ練習だ。ちょっと無茶してみるか。
一樹は九重に真っ直ぐ跳んだ。もちろん開発したばかりの二段ブレーキ摺足で。着地地点は九重の一メートル手前。九重が迎撃するには打って付けの位置にわざわざ飛び込んだ。
しかし九重は右、一樹から見て左側に一歩下がった。そこは丁度一樹の着地点から九重の刀の切っ先が十センチの場所。九重からすれば突いて良し、切って良しの絶好の距離。その上一樹の刀は右手に持っているため九重の攻撃をどうにかしようと思っても届かない。
一樹は思考を加速させ九重からの攻撃を見切ることにした。しかし、ここで違和感に襲われる。九重の動きが読めない。
理由はすぐに分かった。九重の格好だ。羽織袴によって身体の線が隠されているせいで動きが完全に隠されてしまっていた。加速された思考の中ではわずかに動く羽織りも袴も完全に停止しているようにしか見えない。
竹千代が言っていたのはこのことか。動きが一切見えない相手に対して、どうするか。これはさっそく鎧の出番というわけか。
一樹は左の大袖を針のように鋭く伸ばし九重を攻撃する。
「ちょっ!?」
九重は驚きの悲鳴を挙げるも一樹同様に羽織りを盾のように形態変化で広げ、突きを防いだ。
広がった盾によって九重の視界から一樹は消える。一樹は全力で踏み込み、音速を超えた体当たりを決行する。
九重の盾は見事に一樹を受け止め、その衝撃を流しきれずに吹き飛んだ。二人が通過した場所は風が暴れて砂塵を巻き上げる。
吹き飛んだ二人は宙を水平移動する。
このまま壁に叩き付けてやろう。そう思っていた時、一樹の視界に異変が起きた。九重が膨れ始めたのだ。
その形態変化を攻撃と思った一樹はすぐさま防御態勢をとるが空振りに終わる。
九重は羽織りと袴をピンッと伸ばし紙飛行機のように広げた。
まさか、そう思ったのも束の間、九重は広げられた袖で風を掴み、飛行機のような軌道を描き、旋回。
一樹も九重に習い、形態変化で翼を作るも上手く風を掴めず、地面に落ちた。
勢い余って地面に削られている一樹に九重は追撃を開始した。
空を飛びながら形態変化でブレードを生やし、一樹を切り裂こうと追いかけてくる。
一樹は未だ転がっており回避の体勢が取れていない。
迫りくるブレードが残り数十センチまで迫った時、一樹は大袖を形態変化で伸ばしブレードの真横をぶん殴る。
ブレードの腹を殴られたことで体勢を崩した九重が今度は地面に激突した。一樹は殴った時の勢いをそのままに転がるようにして九重から距離を取った。
一樹が飛び込んでから距離を取るまでの時間、およそ一秒。
思考加速が無ければ一瞬で消えたくらいにしか知覚できない戦闘。
そのたった一秒で一樹の精神は消耗しきっていた。時間にして一秒であっても加速された思考が体感した時間は三十秒。その間に一樹は三回は死にかけている。
『やばくね?マジ、異能バトルどうなってんの?あれだけやってまだ二秒経ってないんでしょ?おかしくね?』
『一樹、落ち着いてください。確かに九重の行動には驚かされましたが一樹もよく頑張っています。もう少し根性を見せてください』
いや、根性を見せてって言われてももうネタがないんですけど。
精神的にゲッソリ疲れた一樹であるが、一樹のしたことの可能性は十分に理解できた。
形態変化の鎧は一樹が想像していたよりもずっと応用が利くことが分かった。
まさか空気抵抗を利用して空中で旋回するとは。
一樹も試したが意外に難しく地面に衝突した。その際の衝撃は結構なものだったけれど一樹に怪我はなく、鎧にかすり傷が着いた程度。驚くべき耐久値である。これが分かっただけでももう十分な収穫だ。ただ刺突のような点撃にどれだけ耐えられるかという不安は残ったがそんなもの耐久テストでもしないと分かるはずもない。
防御面では十分な成果といえよう。後は決定力の無さが引っかかる。一樹は纏いによる自己強化で機動力を得たものの、その機動力に合わせた攻撃の当て方が出来ていなかったと痛感。無暗矢鱈に速度を出すのは今後控えた方がいいようだ。
では、今度こそ無意味に速度を出さない戦い方を試そう。
地面に膝をついている九重にひゅっと近付いて刀を振るう。
右上から斜めに振り下ろす太刀筋に対して九重は距離を詰め竹千代の鍔に己の刀の鍔を当て、押し上げる。
押し上げられた右腕を肘を引くようにして引き戻しそのまま回転。刀を押し上げたせいで上段の構えとなっている九重のガラ空きの胴体に竹千代を滑らせる。
九重は上段の構えを更に上げ、刀身が胴体と平行になるように持ってくると、滑るようにして走らせた竹千代の刀身を下からすくい上げるようにしてその軌道を上へと上げた。
滑らせた竹千代の刀身は九重の刀によって受け流され九重の頭上を通過する。
九重は一樹の横薙ぎをやり過すと、返す刀で一樹に切りかかる。
今度はガラ空きになった一樹の右同目掛けて九重の刀身が走る。
一樹は回転の勢いをそのままに竹千代を振り抜き、左足で九重の右ひざを蹴飛ばす。インパクトの瞬間に合わせて左足に流す魂を増やしたため蹴りの威力は強化されている。
強化された蹴りをまともに喰らった九重は体勢を崩し膝をつく。
無防備になった九重の頭上から魂を流し留めた竹千代を振り下ろす。
九重も咄嗟に刀身で受け止める。
刀身と刀身がぶつかり合った、次の瞬間。九重の形態変化が吹き飛んだ。
「ファッ!?」っと短く九重の悲鳴を聞いた。
互いに驚くも既に振り下ろされた刀の勢いは止まらない。強化を解かれた九重は振り下ろされる斬撃に堪え切れずに押し切られた。
小さな抵抗を一樹の手は感じたが存外スパッと斬れてしまった。
九重の左肩からへその辺りまでパックリ切り開かれていた。
試合はここでお開きとなり、茶々は人間形態となり即座に九重の治療を開始した。
何をどうやったかはわからなかったが九重は無事治療を終えた。とりあえず今日は安静に過ごすことになるそうだ。
パックリやられた九重は何ともなさそうに「さっきのあれどうやったの?」と訊いてくる。一樹も詳しいことが聞きたかったので素直に話した。
やったことはと言えば竹千代の刀身に魂を流し込み『留め』を使って拡散しないようにした。その後斬撃に乗せて九重に放っただけである。
この話を聞いて九重は唸って考えた末に「もう一度やってみて」ということになった。
茶々が猛烈に反対したが九重が推測を話すとしぶしぶ形態変化を行った。先程同様に羽織袴となる茶々。
一樹は九重目掛けて先程と同じように刀身に留めた魂を放つ。するとやはり茶々の形態変化は解除され、そこに刀を持った九重だけが残される。
九重はひょっとしたらと推測を話した。
「形態変化というのは魂を一度エネルギーに変換し、そのエネルギーを別の形に変質させたものなんだ。魂というものを物質の次元にまで堕としたものだから普通に触れることも出来るし傷付けることも出来る。
けれど一樹君のはおそらく魂をエネルギーに換えることなくそのまま放っている。放たれた魂は元が魂だったモノを吸収しそのまま通過する。その結果元々質量を持った物質だけが取り残されるということだと思う。
本来魂は物理的に触れることが出来ないんだけど、元が魂から分離、抽出して生成されたものだから魂そのものに惹かれて、そのまま吸収されてしまったんじゃないかな?」
という九重の話を聞くも、そもそも一樹は魂云々というのを全く理解しておらず感覚だけで行っていたので「知らんし」というくらいしかできない。
強いて言えばそんなことは既に誰かがやっていそうだ、くらいなものである。それに対して
「うん、僕は魂が物質に干渉できないとわかった時点で別のエネルギーへと変換する方法に乗り換えたから、魂そのものを放つという発想に至らなかったんだよね。それに魂そのものを放つとか危なっかしいじゃん。最悪魂を消耗しきる恐れがあるし」
九重の言うように一度魂から分離、抽出した場合、残るものがあるのに対し、そのまま放り出したら器の中が空になる危険性があると。
一樹が分かったような、分からないような顔をしていると、九重は「それに」と推測を付け加えた。
「平均的な人間じゃまず無理だ。消耗した魂を回復させるのはかなりの難しい。魂をそのまま放出してたらすぐに空になる。一樹君はどうして平気なんだい?」
どうしてとか知るわけがないし何よりも
「九重、俺は修行でこれでもかってくらい魂の放出をやらされたんだけど」
九重の言っていることと実体験が矛盾している。そのことに頭を捻るのは一樹よりも専門の九重の方だ。どうしてそんなことになるのか九重は「鍛えられるということか?」とブツクサ言っているので分かっていることだけを伝えておく。
「そこまでは分からんけど、ぶっ倒れる度に次に倒れるまでの回数は増えてたのは確かだぞ?」
一樹の実体験を聞きつけ「普通は鍛えられるようなもんじゃないんだけどな」とますます納得がいかないといった表情で考え始めた九重に話しかける者がいた。竹千代だ。
『それについては心当たりが』
「どうした?竹千代」
『一樹の魂は 『L』に大きく偏っています。平均的な人間と比べれば三倍以上です』
九重はそれだけ聞けば「ああ、成程、成程」と納得し始めた。
「平均的な人間では回復力が足りずに死んでしまうわけか。三倍もあればどうにかなりそうだもんな」
分からなかったことが分かってスッキリといった感じの表情をする九重はそれ以上考えるのを止めていた。
今ここで聞いておかなければ当分この話はされないだろう。そう思った一樹は素直に訊ねておくことにした。
「で、結局どういうことなんだよ?」
竹千代と二人勝手に納得している九重に説明を求める一樹に九重はニヤリと笑い、結論を述べた。
「喜べ一樹君。君は事、魂に関する技が相手なら無敵に近い攻撃を有したことになる」
突然無敵に近いとか言われても具体的な事に触れられていないせいで理解が追い付かない。
そんな一樹にどこか浮ついた様子で九重が所見を述べた。
「さっきの技は元が魂であれば、魂を扱った技術であれば消し飛ばすことが出来る技なんだよ。身体強化も思考加速も、全てが吹き飛ばされる。おそらく魔法少女の魔法も消し飛ばせる。魔法少女の変身魔法もね」
九重の所見は都合がいい気がする。今の技が身体強化や思考加速を含めた技を無効化できるのが確かだとしても、魔法少女の魔法まで無効化出来るとは限らない。
せめてどういった理屈で無効化しているのかを解明できたらいいのだが、そもそも魂を解明できていないから、それらの技術が一般社会から衰退し、忘れ去られてしまったのだ。
一樹の懸念する態度を九重はどうやら「そんなに美味い話があるわけない」と疑っているのだと勘違いしたようで「けれど」と先程までの説明にデメリットを付け加える。
「使い過ぎには用心だよ。おそらくこの技は一日に使える回数はそう多くない。とっておきの切り札として使うように」
そうだろう、そうだろう。この技はゲームでいうところのHPを消費して使う技に分類される。一樹は人よりHPが多いから使えているだけ、といった話を竹千代としていた。つまりその多い分だけしか使えないと推測される。
詳しいことはこの後の練習しながら九重が推測を交えてレクチャーするそうだ。
一樹の感覚から言えば「切り札はないよりかはマシ」程度であった。
その後、九重の協力を得て一樹がこの技を使える上限は五回だと判明した。
技名がないと不便だということで九重が『魂の禊』と名付けた。