01-11
気が付くと真っ白な空間ではなく和風な座敷だった。
毎度思うんだけど気が付くとって演出多くね?俺めっちゃ気を失ってるんだけど、もう少し穏便に出来ねーの?
とか思っていると妖刀形態の竹千代が非難するかのようにブルブル震えた。
記憶を探るがこんな場所は貴志の城か九重の屋敷のどちらかだろう。一樹は座敷から外に出る。そこに広がるのは人が住みやすく手入れをされた自然。どうやらここは九重の屋敷のようだ。
一樹は縁側で寛ぐ九重と茶々を見つけた。九重も一樹を見つけ手招きをしている。
「やあ、一樹君。やっと起きたんだね」
「やっと?」
「そう、竹千代を届けてから丸一日。外では四時間くらい経過している。とは言っても今から帰ってもまだ午後九時前だから高校生が出歩いていてもおかしくない時間帯だ」
「そっか、結構経っちまったんだな」
最近は九重の空間とか時間の流れがおかしいせいで体内時計が狂いっぱなしで困る。さっきまで寝ていたせいで帰っても多分夜の間は眠れないだろう。となるとこっちで身体を動かしつつ眠くなったら帰るのがいいか。
眠くなるまでこっちにいる旨を伝えれば「なら修行の成果を見せておくれ」ということになった。当然と言えば当然の流れだ。
一樹は修行の成果を披露する。
魂を放ち、留め、纏う。
傍から見るとどうかは知らないが、一樹自身では身体に薄い霞が掛かったように映るこの纏いのおかげで竹千代がなくとも身体強化が可能になった。修行中には空歩の練習もしたし、この状態なら竹千代なしでも空中を走ることが出来る。
一樹の成果に「ほんとに出来るようになってるよ」と呆れる九重。
試しに軽く庭を走ってみせたが百メートル二秒ちょいだった。これも最初の一歩だけ踏み込んで、残りは慣性で進んだだけ。実質百メートル跳躍だ。
纏いを身に付ける前の竹千代の身体強化よりも遥かに強力だが、竹千代曰「肉体を保護し強化することが出来るから出せる出力であり、竹千代の身体強化もそれくらいできる」と怒られた。
つまり今の状態で竹千代の身体強化を使えばもっと速く、力強く動けるということだ。
一樹がマジかと驚いていると九重に注意された。
「確かに凄いんだけど、出力を出し過ぎると小回りが利かなくなったり、関節に負荷がかかるからその辺も慣れた方がいい。それに小回りは丁度いい速度を出した方が速く回れるからその練習も今のうちにした方がいいかもしれない」
ぬう、せっかくパワーアップしたというのにパワーアップしたらしたでその出力に合わせた調整が必要とは難儀なものだ。機械と同じだとでも思おう。ゲームではないのだ。こればっかりはしょうがない。
一樹は九重の言った通り、運動場まで行き調整に励んだ。そしてそこで問題が発覚した。
纏いの状態の一樹は最大で音速を超えることが可能だというのが分かった。思考もどうにか同調できる。
しかし、九重が言ったように全くといっていい程曲がれないのだ。
速度を出し、思考を加速させ、一樹の意識では速足くらいの感覚で曲がろうとするのだが身体が流されてしまう。無理に曲がろうとするとそれこそ九重が言ったように関節が悲鳴を挙げた。
何故、とは言わない。原因は既に分かっている。
一樹が速度を出すとき、どうしても脚力に依存せざるを得ない。
地面を勢い良く蹴り、その反動で進む。それを連続で行うのが走るという行動だ。
しかし、強過ぎる脚力は一樹が力を込めて地面を蹴ると体を浮かしてしまうのだ。それでも前に進もうと意識しても一歩で数十メートル進むのでは実質跳躍してしまっている。
無理に足を着けて走ろうとするとビックリするぐらい減速する。それでも試しに纏い状態で身体強化を施し走ってみた。百メートルあたり三歩で走破した。時間は一秒。
全力の跳躍が音速を超えるので速度は三分の一以下まで落ちる。そこまでしても曲がれないので更に速度を落とさなくてはいけない。
どこまで落とせば自由に小回りが利くのかと試してみれば、纏いを習得する前の身体強化よりも少し速いくらいだった。
よくよく思い返してみると一樹は走り回って戦闘をしたことはない。ダッと駆けてその先で攻防、それも一瞬のやり取りでどちらかがぶっ飛ばされる。一樹の戦闘はぶつかり合いしかなく、その一瞬のやり取りで全てが決していた。やられたら即座に逃げて仕切り直し。小回りの小の字も見つからない。
「九重の言っていた丁度いい速度っていうのはつまりそういうことか」
せっかく最大速度が上がったというのに扱いきれない過剰なもの。扱いきれる速度まで落とすと大して変わらなかったと。酷い話だ。
試しに違う走り方もやってみた。具体的にはピッチ走法とかいう足の回転を上げる走り方。
結論から言おう。無駄だった。
回転数とか、そもそも地面を蹴ると体が浮くの。浮かない程度に加減すると速度が出ない。脚の回転を上げたところで無駄にバタバタやるだけで地面を蹴った力は後方へと逃げていくだけだった。
こんな時はスパイクだ、と考えて試しに竹千代の形態変化を用いてやってみた。
結果だけ言えば音速を超えた。一秒で五百メートルを走破、いや、跳躍した。速度が出たことで余計に曲がれなくなった。
それでも諦めずに頑張った結果、編出した新たな走法は摺足だった。
そう、剣道なんかで使うあの摺足だ。歴史教師なんかがめっちゃディスるあの摺足。けれどこれが一番実用性が高かったのだ。
具体的にやると摺足の状態からぴょんっと跳ぶ。前足で蹴るのではなく後ろ足で蹴るやり方。
通常の肉体ではほんと足を上げずに前へ跳ぶよくわからない動きになるのだが、纏いの状態で行うとその一歩で十メートル以上でも一瞬で詰められ、着地する前足でブレーキしつつ姿勢制御、わずかに遅れてくる後ろ足でもブレーキをかける。
後ろ足でブレーキをかける頃には前足で行きたい方向へ踏み込む、というややこしい動きをすることで小回りを実現してみせたのだ。
この走法を二段ブレーキ摺足とでも名付けよう。
もっとも、この二段ブレーキ摺足でやっても身体が流れてしまうのだが、他の走り方に比べて全然融通が利くので今後実戦練習などで改良を目指すことで妥協した。
何せ身体が流れてしまうのは慣性の法則だ。速度に応じて相応の力が働く。こればっかりは世界の摂理であるためある程度の妥協が必要だ。姿勢制御と重心移動を練習し、上手く対応出来るようにしよう。
二段ブレーキ摺足の開発によって瞬間移動のような小回りを会得した一樹は、その状態での攻撃方法の模索に乗り出した。二段ブレーキ摺足を練習して五メートル~二十メートルまで自由に幅を調整できるようになったことで戦術の幅は広がったはず。
けれど一樹の攻撃手段は竹千代による斬撃もしく突撃による奇襲だ。デフォルトで一撃離脱が推奨される。
百メートルくらい離れたところから全力で近付いて体当たりしたまま敵ごとフェードアウト。一秒で最大五百メートル移動できるのだから直線のある場所ではかなり強力なはずだ。接触時間は零コンマ二秒くらいだ。振り返る動作をする頃にはもう離脱が完了している。
問題は面と向かって相対した場合だ。これも安全を期するなら一撃離脱になってしまうが、攻撃を阻止された場合そんなことが出来る敵が逃がしてくれるとは思えない。
となると刀の扱いが、と思考がぐるぐるしだす一樹。けれどそれでは今までと同じ。
そんな時にそういえばと思い出す。
「俺って必殺技を習いに行ったんじゃなかったっけ?」
しかし、体得したのは魂を扱う基礎にして奥義の技術と言われた『放ち』『留め』『纏い』の三つである。これが必殺技なのだろうか。
確かに纏いによって肉体の強度は驚く程上がった。出力も桁違いだ。けれど必殺技というにはあまりにお粗末。ただの身体強化の上位互換だ。
けれど、これ等の技術を使った必殺技は一樹も目にしている。となればやるべきことは必殺技の開発なのではないか?
一樹は『放ち』『留め』『纏い』の三つについて改めて確認する。
まずは『放ち』
これは己の魂を己の外側へと放つ技術。魂を扱うにはまずこれが出来な他の技を使うことが出来ない。まさに基本技
「もし『放ち』を攻撃に転用した場合、ビームみたいな攻撃が出来るんじゃないか?」
そうするにはかなりの密度の魂が必要になるだろうが出来そうな気がする。
次いで『留め』
これは身体の内外に関係なく魂の流れを留める技術。体外に放たれた魂は拡散し、溶けて消えゆくのだが、留めを使うことで拡散せずに留まれる。
「この体外に留まった魂を別の何かに使えればもっといろいろなことが出来るような気がするんだけど」
次いで『纏い』
一樹の認識では纏いは留めの上位互換というところだ。放出した魂を任意の場所に纏わせることで強度を増すことが出来る。筋繊維の強度が増せば出せる力も上がるし、強度も増す。物に纏わせれば丈夫で壊れにくくなる。それはある意味物理法則を無視した強度になる。
今のところ一番役に立っている。放ちと併用して使うことで外からの衝撃により強くなるので防御面では格段に上がっているはずだがそれを試すことはしていない。攻撃は可能な限り回避すべしだ。
「さて、これらを使って何か必殺技的なものが出来ないだろうか。それこそビームを放つとか」
『それは厳しいですが戦闘に役立つ方法がありますよ?』
「何それ」
『まず、私の型別能力である形状変化について説明します。形状変化は一樹の魂を喰らい、イメージに沿って伸ばし、変質させることで成り立っています。手順としては『放ち』で一樹の魂の形を変えて『変質』で材質や質感を変え、その後に『纏い』を用いることで強度を高めている訳です。つまり一樹の体得した技の応用となります。』
「成程。飛ばした後に『変質』と『纏い』か」
竹千代は一樹でもわかるようにゆっくりと形態変化してみせる。
『このように一樹の体得した技は応用の幅が広い技なのです。ついでに私を持っていれば一樹も『変質』を使うことが出来ますよ。細かいところは違いますが根本は同じ技術なのです』
「あれ?それだと妖刀がわざわざ能力を別個にしているのは何でだ?」
根本が同じ技術であれば別に能力を分けないで全部出来るようにした方が便利である。
その疑問に対して竹千代は「忘れたんですか?」と説明を開始した。
『確かに根本は同じ技術ですが、そもそも魂には三つの性質があり、それによって得手不得手が別れるのです。私たち妖刀は自身の能力と近しい性質の魂を所有者として選びます』
「ちなみに俺の魂はどんな感じだ?」
『数字で言うなら『E』20、『M』30、『L』50と生命力に傾いてます』
「それだとまずいのか?」
『いいえ、ただ珍しくはあります。大体の平均だと『M』が大半を占めるので『E』と『L』が残りを半々といった感じの割合になりますから』
「ちなみに『L』高いと何が得意とかってあるのか?」
『強いて言えば回復力ですかね』
「一撃で殺し合うんだよ?回復力とか関係なくないか?」
『いえ、魂も消耗するんです。ゲームに例えるなら『M』は物理攻撃、『E』は魔法攻撃と考えてください。どちらを使うにもMPを消費します。『L』が高いとMPの量が上がるのと自然回復が速まると考えていただければその有用性は見えてくるかと』
「つまり持久型ってことか?それってやっぱ駄目なんじゃ?」
『いえいえ、まともな一撃を当てれば勝ちなんですから、ならば回数撃てる方が便利ですよ?攻撃力が高いって言ったってオーバーキルとかいりませんから。相手が死ぬ程度の攻撃力でいいんです。さっきも無駄に速さがあってがっかりしたでしょう?そっれと同じです』
「成程、一理あるな」
確かに無駄なスピードで使い道がないという残念なことになった。過剰な攻撃力があっても無駄だというわけか。
『それに今現在一樹が使っている纏いを更に強化することも出来ます』
「どうやって?」
『纏いを使う前に変質させるんです。私の形態変化と併用し、その上で全身を纏えば手に持った刀だけでなく、全身から枝刃のような攻撃が可能となります』
「その発想はなかった。形態変化で全身を覆うような変化をさせてその上から纏いをすると」
『はい、そうすることで全身どこからでも攻撃が可能となります。奇襲も騙し討ちも思いのままです。これは近接戦闘でかなりのアドバンテージを獲得することになるでしょう』
「形態変化っつったらイメージしなきゃだよな?」
『どうせなら身バレ防止も兼ねて変身ぐらいの規模でやってしまった方がいいかもしれません』
変身、ね。でも基本刀で戦うスタイルだから刀に合わせた見た目の方がいいな。
「鎧とかって出来るか?」
『出来ますよ。ただ、一樹のイメージによって出来は左右されます。けれど一度、出来てしまえば後は何度でも再現可能ですので納得がいくまで作り込みましょう』
そうして一樹は鎧の細部にまで拘り作り込むのに夢中になった。気分はゲームのキャラメイク。やると決めたら一、二時間じゃ終われない、凝り性であった。