01-09
目が覚めると視界に映ったのは木造建築の天井だった。壁紙ではなく綺麗な木目の板が張り巡らされどこか品格を漂わせる。
身体を起こせば焼き切れたはずの右腕がしっかりとくっついていた。まるで切れたことの方こそが夢であるかのように。
「お?目が覚めたかい?」
一樹の気配を感じたのか障子を開けて様子を確認しに来た九重と茶々。二人は隣の部屋で将棋を指していたのかテーブルに盤と駒が置いてあった。
「何がどうなった?」
一樹が訊ねたのは一樹が斬られて気を失った後のこと。それに九重は答える。
「一樹君が気を失ったから試合は終了。部屋まで運んで焼き切れた腕をくっつけたんだよ。凄いよねー。でもここでなきゃ出来ないみたいだから外での戦闘ではあんな大怪我を負ってはいけないよ?」
九重に言われ一樹は己の肩を見る。竹千代ごと斬り落とされたはずの腕はくっついており傷跡はおろか火傷すら負っていなかった。
「俺はどれくらい気を失っていたんだ?」
「一時間くらいかな?」
たった一時間で焼き切れた腕が完治する。これが異能の力。そしてこれから一樹はそういう力を持った相手から命を狙われるかもしれないという事実にうんざりした。
とりあえず出来る限りの準備だけはしておこう。
それは戦うための技術、気構え、最悪学校を辞めての逃亡生活まで視野に入れて覚悟する。
しかし、九重は「そんなに気負わなくてもいいよ」と言ってくる。
先程の試合で一樹のセンスは悪くなかったという。あれなら勝てはせずとも殺されることもないだろうと。
ギリギリ及第点というところだろうか?
一樹は今後の予定を九重に訊ねると、目が覚めたら必殺技を教えるから呼びに来るようにと言伝をされているそうだ。
「今からやんの?俺、腕斬られたばっかなんだけど」
あんまりなスケジュールに九重に文句をいうも
「貴志君にも予定があるからそうそう訓練なんて出来ないんだって。それでも一樹君に足りない決め手をどうにかすべく、必殺技だけでも教えておくれと必死に懇願した成果なんだよ?」
「そう言われると仕方がないのかもと思わなくもないけれど、そんなちょこちょこっと教わったくらいで覚えられるようなもんじゃねーだろ?必殺技って」
「そこはほら、努力と根性でカバーしてよ」
九重と話しながら身体の調子を確かめていたが本当に治っていた。むしろここに来る前より調子がいいかもしれない。
身体の確認を済ませると、次は竹千代だ。しかし竹千代は何所にも見当たらなかった。
「竹千代は?」
「竹千代は酷い損傷で一旦持ち帰って打ち直さないといけない。幸いにも竹千代の核の部分は無事だから今日中に直るよ。明日の朝には届けるよ」
咄嗟に竹千代で防いだのだが竹千代ごと切り伏せられてしまったのを思い返す。
アレが必殺技か。
問答無用で防御の上から叩っ斬る。防ぎようのない超火力。まさに必殺技だった。
もし一樹にもあれくらいの必殺技があればあの試合ももっと善戦できたと思う。
波状攻撃からの本命が一樹にはない。それを試合でしかと認識した。どれだけ竹千代で裏をかいても異能を使える相手なら回避も防御も思うがままだ。竹千代の波状攻撃で避けれなくしたところで相手の防御を打ち抜ける火力が今に一樹には足りなかった。貴志にはあった。その差だった。少なくともあの試合では。
「必殺技って竹千代なしでも出来るんのか?」
一樹は基本、異能に関して全てを竹千代任せにしてしまっている。一樹が一人でやっているのは精々魂とやらを竹千代に注ぐぐらいで、現状の一樹は電池といっても過言ではない。
そんな一樹から竹千代なしで異能関連をレクチャーされても身に付くかどうか甚だ疑問である。
「それに関しては大丈夫だよ。むしろ貴志君は一樹君が竹千代を頼り過ぎていることの方を気にしていた。一度竹千代なしで異能の力を体験させた方が理解が早くていいと考えてるみたいだし。調子がいいようなら行こうか」
そういうと九重と茶々は部屋から出て行く。一樹も後を追うのだった。
九重の後を追って外に出る。
この空飛ぶ城の城壁の内側には三つの城があった。今現在は中腹にある一番小さい城にいたのだが貴志は更に奥の城にいるようだった。
どうして城を移動したのかを九重に訊ねれば単純に強度の問題だそうだ。必殺技はオーバーキル上等の超高火力なのでそこら辺の建造物ではないも同然。対必殺技用の城で練習しないとダメらしい。
そんな城があるならそれこそ一番外の城壁をそうすべきなのでは?と思ったが九重曰く「そんな大量に素材が手に入らないから」らしい。
そういった事情もあって必殺技を教えるのは対必殺技城でしかしないんだそうだ。
城に関して話をしていれば目的地にはすぐについた。門の前にも貴志が待ち構えている。まさかずっと待っていたのではないだろうな。
「おう、やっときた。こっちも丁度準備が終わったところだ」
「そいつはご苦労さん。それじゃあ時間も押してるし早速お願いしちゃっていいかな」
九重がそういえば貴志は「任せとけ」と言って対必殺技用の城へと入っていった。
城の中は外観とはまるで違った。アニメや漫画にある核シェルターのような近未来的だった。これはどうなの?と思いきやこの城は機能優先だそうだ。統一感なぞクソくらえ、だそうだ。
「さて、これより小僧に必殺技を教えるが、身に付けられるかはお前次第だ。覚悟するように」
そう言った貴志は実にやる気なさげだ。
「それで必殺技ってどうやるんですか?」
必殺技とはきっと竹千代ごと一樹の肩を斬り落としたアレのことだと思う。
しかし、今の一樹には竹千代がない。そんな状態で何をするというのだろう。
一樹が疑問に思っていれば貴志は貴志はドヤ顔で「まずは手本を見せてやる」といい構えだした。肩幅に足を開き肘を直角に曲げた構えを見て、空手の基本姿勢みたいだと思った。
少し間を置くと貴志の身体が揺らぎ始める。その揺らぎは広がりやがて貴志は歪曲し、ねじ曲がって見えるようになった。
「何これ?」
全く理解出来ない一樹に九重が解説をしてくれる。
「アレは自身から溢れ出した魂を周囲に留めているんだ。体外へと溢れた魂はエネルギーでもあるから光を屈折させてしまう。それが貴志君の周りに渦巻くことで光がめちゃくちゃな反射をした結果、視覚情報として歪んで見えるのさ。あれを応用すれば理論上は光学迷彩だって出来るんだよ?」
九重の解説を聞いてあれ?と思う一樹。今貴志がやっているのはきっとすごいことなのだろうが、必殺技っぽくない。光学迷彩が理論上で来たからなんだというのだろう。一樹に必要なのは火力であって隠密性ではない。
首を傾げて見ていれば、歪みは徐々になくなっていき、やがて普通に見えるようになった。ただし圧迫感というか威圧感というか存在感というのが半端ない。見ていると目が痛くなって背けたくなる。しかし、九重は「我慢して視るんだ」と強要する。
貴志の存在感がみるみる収束していくかのように拳へと集まっていく。
一樹はただ見ていただけなのに息が上がり、全身から汗を拭きだしていた。
目を背けたくなっていた先程とは打って変わり、今は貴志の拳から目を離せなくなっている。
そして直感する。アレを見失ったとき、俺は死ぬ。
逃げろと叫ぶ本能と、目を離すなと訴えかける理性の狭間で揺れる一樹の思考に身体は動かなくなった。
次の瞬間、貴志はその拳を振るう。振るわれた拳は一樹の顔の横を通過する。
心臓が跳ねて一瞬胸が痛む。
呼吸が出来なくなり、その場に膝をつく一樹。
時間差で背後から爆発音みたいな大音量の金属同士がぶつかり軋む音がする。
ギギギと重い重低音とキィキィと甲高い耳障りな音が入り混じる、聞いていて吐きそうになる程気持ちの悪い音が一樹の身体を揺さぶる。
呼吸の止まった状態で一樹は振り返り唖然とする。
核シェルターみたいな壁が捻じれて渦を描いていた。
今見たことを必死に考える一樹は己が呼吸をしていないことを忘れていた。極限の緊張状態に置かれ、呼吸を忘れた一樹は酸欠状態へと移行し、やがて意識を失う。
そしてそのまま一樹の心臓はゆっくりとその活動を停止した。
それは一樹の直感通りだった。
目を覚ますとそこは一樹の最後の記憶にある場所、対必殺技城の中だった。
歪んでいた壁は取り外され、厚さ五メートルはあろうかという金属塊が床に転がり新たなブロックを貴志と九重で取り付けていた。
一体何が、とは言わない。目を瞑れば瞼の裏にでも焼き付いているんじゃないかという程、拳の形をした死が見える。
一樹は死んだ。間違いないと確信している。けれどそれを何故、どうして、とか考えない。
よくよく思い返せば試合をした時も肩を斬られて死んでいた。それが生き返ったのだから今回も同じことをしたのだろうと予測する。
分厚い金属の塊をはめ終わった貴志と九重が一樹の下へやって来た。
「おう、もう大丈夫そうだな」
貴志の言葉に「へ?」とか言いそうになったのを飲み込む。それを見た九重は「どうだった?」と訊ねてきた。
「どうだったって言われても、何が何だか」
まったく理解が追い付かない。それを示せば貴志が解説に入った。
「あの技は単純に己の魂を体外へ『放出』し『留め』『纏い』『収束』し『変質』させ『放つ』というシンプルなものだ。必要なのは己の魂とそれをコントロールするテクニック、それだけだ。それだけで莫大な破壊力を有することが出来る。誰にでも出来るが誰もしない技だな」
「アレが俺が身に付けるべき必殺技?」
「ああ、さっきも言ったが、あの技には五つの工程があり、行う順番でも結果が異なるという非常に変則的かつ応用力のある技だ。破壊力は今見た通り。あれが出来れば大抵の異能はぶっ飛ばせるぜ」
「魂の爆弾みたいな技だからね」
変則的かつ応用力があって必要なものは技術だけ。そんな異能があるのならもっと普及してもいいんじゃないだろうか。そんな疑問に答えたのは九重だった。
「普通に難しいからね。でも、この技の良いところは五つ全てを行わなくても技になるところだよ。ちなみに妖刀も似た様なことをしている」
「どういう意味だ?」
今度の質問に答えたのは貴志だった。
「この技に必要な技能は五つ。己の魂を『放出』『留め』『纏い』『収束』『変質』だ。しかし、先程実演したのは変質以外の四つだけ、アレですらまだポテンシャルの八割ってところなんだぞ」
一樹が気を失う前に貴志が実演してみせたアレですらもっと強くなると。
「放出し、纏うだけでも十分に技となる。こんな風にだ」
そういうと貴志の周囲が歪む。見ているだけでも酔ってしまうくらいぐにゃぐにゃだ。
「この状態はお前が使っていた身体強化の上位版と言っていい。今の身体強化は大体音速での活動がやっとだろう?この状態ならもっと速く動ける。見た目はコントロールが出来れば戻せるし、光学迷彩みたいなことも出来る」
「収束は?」
「収束は対物用だな。収束しないと質量が足りなくて物質をぶっ飛ばせない」
「変質は?」
「変質はエネルギーを別の形へと変えることだな。こんな感じだ」
ぐにゃぐにゃだった貴志が急に燃え始めた。
「熱エネルギーに変質させればこんな風にも出来る。ちなみにこれな、俺はちっとも熱くないんだ。熱エネルギーのベクトルまでちゃんとコントロール出来ているから。この状態で収束すると」
燃え広がっていた炎は収束され貴志を覆う光となった。
「光っているだけに見えても触れれば蒸発するぜ?もうこの時点で俺に物理攻撃は効かなくなった。この上放つの工程を加えれば」
貴志の拳からビームが飛び出し、壁を溶解させ穴を開ける。
ジュウジュウ音を立てている壁を呆然と見ながら一樹はボソッと「何かめちゃくちゃだな」と呟いた。
その様子を見ていた貴志が満足げに肯く。
「これが異能だ。他にも色んな使い方があるんだが、それはお前が試せ。それと最後にこの技の唯一のデメリットを教えておく。それは自身の適正から離れた能力は使い難いことだ」
「どういうこと?」
「この技の根幹を成しているのは己の魂だ。そして魂には三つの性質があるとされており、人によってそれぞれ配分が違うから人によっては使えないものが出てくるのは必然だ」
「性質って?」
「魂の性質は『energy』『material』『life』の三つ
『energy』はやる気や集中力といった精神に起因する性質。
『material』は肉体の成長や強度に起因する性質。
『life』は生命力や回復力に起因する性質。
魂とはこれら三つの性質が人それぞれに違う配合で形成されている。異能が魂を扱う技術である以上、自身の魂の性質によって発現する能力は異なり才能がものをいう」
「性質とかはよく分かんなかったけど、詰まるところ才能がないと使えないってこと?俺使えんの?」
貴志が見せた必殺技の凄さは分かった。使えるならば使いたい。けれど才能がものをいうのでは努力するだけ無駄な気がする。
「その辺は心配すんな。お前さんには使えるだけの素質が十分ある。とりあえず今日はやり方を教えてやるからあとは地道に練習しろ」
そして一樹は丸一日貴志の城で必殺技の練習をした。