鍛えるエメラ【12歳の夏と秋】
剣が真っ直ぐになるように。刃をしっかりと振る方向に立てる。
腰を落として重心を低くし、振り下ろすと同時に更に重心を下げる気持ちで振る。
ドスッという音がして、私が振り下ろした剣は丸太にめり込んで止まった。
「……うん」
私は一人で頷きながら剣を丸太から抜こうとし、抜けないことに気がついた。
「む、むむむ……! うぅ……! ん! ん! ん!」
思い切り引っ張ったり、持ち上げてみたりするけど抜けない。
私が剣を両手で掴んで必死に動き回っていると、後ろからクレイドルさんが来てあっさり剣を抜いてしまった。
私は何故か少し敗北感を感じながらクレイドルさんの横顔を見上げる。
そんな私の視線に気がついていないクレイドルさんは、手に持った剣の刃を確認して、次に丸太に出来た新しい傷を見て頷く。
「お、だいぶ腰が入ってきたじゃないか。腕だけで振るっても軽くなるからな。体重が乗るように斬るのが一番だ」
クレイドルさんはそう言って笑うと、私に剣を差し出した。私はその剣を受け取ると、クレイドルさんに返事をする。
「はい! 頑張ります!」
私はそう返事をして、また剣を構えた。
目標は連続で百回の素振りが出来るようになること。そして、この丸太を一太刀で切断すること。
まだまだだ。
【秋】
新しい団員さんも増えた。ヤマトさんも忙しそうに色んな街の領主さんと興行の話をしている。
まだまだ行ったことの無い街が多く、そういう街の領主さんだと初対面だから大変みたいだ。
せめて、ヤマトさんが毎日試合に出なくても良いように私が強くなろう。そう思って、日々特訓している。前よりもずっと長く走れるようになったし、丸太を斬れるようになった。素振りも何とか百回近くいけるようになった。
何となく私が腕を曲げて力こぶを作って筋肉を確認していると、入ったばかりの団員さんが近付いてきた。
十五歳くらいの黒髪の男の人で、スクルボイという名前だ。顔にちょっとニキビがある。
スクルボイさんはがっちりと逞しい体格をしていて、私よりも頭一つ分以上大きい。若いけど、皆から期待されている新人さんだ。思わず睨みそうになるくらい羨ましい。
私がそんなことを思っていると、スクルボイさんは笑いながら私の腕を見て、口を開いた。
「そんな細い腕で剣なんか振れないぞ。剣闘士なんか目指さずに大人しく嫁入りでも目指したらどうだ? た、例えば俺なんか将来は最強の剣闘士になるかもしれないぞ? な?」
スクルボイさんはそんなことを言って、デヘヘと笑った。
私はショックを受けた。
最近は筋肉がついてきた気がして内心喜んでいたのに、なんてことを言うのだろうか。
「そ、そうですか? 最近、少し体も大きくなった気がしてたんですけど」
私がそう言って小さく反論すると、スクルボイさんは大きな声を出して笑った。
「あははは! エメラじゃちょっと鍛えた程度じゃ変わらないって! ほら、その点俺は全身凶器ってくらい鍛え上げてるんだ。見ろよ、この腕! どうだ? 格好良いだろ?」
スクルボイさんが笑いながら何か言っていたが、私の耳には入らなかった。
な、なんということか。
私は大きくなったと思っていたのに、それは気のせいだと言わんばかりの言い草。
スクルボイさんも何と残酷なことを口走るのだろうか。これは許せない。乙女の純情な筋肉への想いを踏みにじったのだ。天誅を下さねば。
それから、私が怒りを素振りに込めて汗を流していると、ヤマトさんが私の剣の振り方を見て口を開いた。
「エメラもかなり動きが良くなったな。試しに、練習試合してみるか?」
ヤマトさんにそう聞かれ、私は勢い良く顔を上げて答えた。
「スクルボイさんとやります」
私がそう言うと、ヤマトさんは一歩後ずさりながら困惑気味に頷く。
「お、おう……まぁ、エメラの次に若いからな。順当か」
ヤマトさんがそう言ってスクルボイさんを呼びにいき、急遽練習試合が決まった。
木の棒を握り、私は同じように木の棒を構えるスクルボイさんと向き合う。
スクルボイさんは困ったように笑いながら私を見て、口を開いた。
「ちっこいエメラを叩くのは可哀想だからな。手加減してやるよ。いや、止めても良いんだぞ? 俺が相手なんだから、誰も責めやしない。俺は最強の剣闘士になる男だからな」
スクルボイさんはそう言って笑った。
ここにきて、まさかの挑発。私を格下であるとわざわざ口にし、更に私の身体が小さいと指摘したのだ。
私は目を細め、木の棒を握り直した。
「私が勝ちます! スクルボイさん、本気で掛かってきてください!」
「え? 本気か? 別に俺は剣が使えない女も好きだぞ。だから、剣なんか止めて俺をいつも見てろよ。エメラは小さくて細いから可愛いんであって、ムキムキになると嫌だし抱き心地も悪そう……」
「ぼ、ボッコボコにします!」
「うぇえ!? な、何で!?」
スクルボイさんの再三の挑発を受けた私は木の棒を前に持ち上げた状態で突進した。
「えい!」
私は練習に練習を重ねた真っ直ぐの振り下ろしを繰り出した。スクルボイさんの防御は間に合ったが、私の攻撃に思わず後ろに下がって目を丸くする。
「お、重っ!?」
スクルボイさんが下がる分、私は前に出ながら振り下ろしを繰り出していく。
完全に足を止めてでないと出来ない為間が空くが、スクルボイさんからの反撃は無い。
「おいおい、スクルボイ。何やったんだ? エメラちゃん、殺気が出てるぞ」
「スクルボイも反撃しろー」
野次が飛び、スクルボイさんが眉をハの字にして声を上げた。
「て、手加減してるだけだって! 仕方ないな、そろそろ俺の強さを見せてやろうか」
スクルボイさんはそんなことを言いながら、一度私から大きく距離を取り、棒を構えなおした。
そして、反撃に出る。
横からなぎ払い、上から振り下ろし、下から突き。
それらの攻撃を何とか防ぎ、私は合間を縫って棒を振り下ろす。
「うわっ」
スクルボイさんはそんな声を出して何とか私の攻撃を防いだが、体勢を大きく崩してしまった。
今だ。
私は素早くスクルボイさんとの距離を詰め、棒を振り下ろす。
完璧なタイミングだ。
そう思ったその時、振り下ろされる私の棒の前に銀色の剣が現れた。
鈍い音を響かせて、私の振り下ろしは剣の腹を叩く形で止まる。
「そこまで」
ヤマトさんだった。ヤマトさんは私を見ながらそう言うと、スクルボイさんに顔を向ける。
「大丈夫か?」
ヤマトさんがそう言うと、スクルボイさんは泣きそうな顔になってガックリと肩を落とし、項垂れた。
その後はハッチさん達に沢山褒められたが、スクルボイさんの肩を落とす様子を思い出してあまり喜べなかった。
年下の女に負けた。そう思って泣くほど悔しい想いをしているのかもしれない。気になった私は後でヤマトさんに聞きにいったのだが、気にするなと言われた。
そして、私はヤマトさんとクレイドルさん以外と戦うのは禁止となってしまった。
少し悲しい。
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