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Itan ジャンパー  作者: 三千
6/9

俺は寒さで目を覚ました。


身体を起こす。

するっと何かが身体を滑っていって、パサリと地面に落ちた。


よく見ると、ベージュ色の塊が落ちている。


手を伸ばして拾うと、それがカーディガンだと分かった。


俺のじゃねえ、そう思って辺りを見回しても誰の姿も無い。


横になっていた俺の身体に掛けてあったのは間違いない。


誰かが掛けてくれたのか、俺は立ち上がってキョロキョロと見回した。


「そんなはずがない、」


俺は頭の中に浮かんだ考えを否定しながら、深く深く失笑した。


ベンチに座り直すと、もう一度カーディガンを見る。


ベージュという色の効果もあるだろうか、暖かそうなそのカーディガンを首に巻きつけて結ぶ。


マフラーの用を足していて、意外と身体が暖まる。


「暖けえ、せっかくだから借りますよ」


これで、温かい缶コーヒーでも飲めば、取り敢えずは死なねえな、そう思ってから立ち上がる。


すると、ガシャガシャと音を立てて、誰かが走ってくる。


俺は動けなくなった。


まさか、あれは、あれは……まさか。


「トオルくん、」


涙がポロリと落ちた。


誰の目からだ?

そんなの俺のに決まってんだろ。


近づいてくる、俺が愛した千沙ちゃんが。


「トオルくん、あの、私のこと、覚えてるかな」


千沙ちゃんが腕一杯に、コーヒー缶を抱えている。


「これ、寒そうにしてたから、温かいやつ買ってきたよ。飲む?」


この寒さで少しだけ鼻が赤くなっていて。

息を、白くさせながら。


俺が何も言わないから、千沙ちゃんが一歩後ろへと引いた。


「あ、あの、覚えてないかもしれないけど、あの、昔この公園で、」


どう説明していいのか、分からないと言ったように、言いあぐねている。


黒い瞳がゆらゆらと揺れている。


何て美人になったんだ。

何て可愛らしい子になったんだ。


俺は駆け寄って、抱き締めたい衝動に駆られていた。


それぐらい、驚きと感動と懐かしさと嬉しさがないまぜになって、俺を襲う。


涙が、俺の頬をどんどんと流れていく。


ずずっと鼻を啜りあげる。


そんな俺を見て、千沙ちゃんの目からも涙が零れ落ちた。


そして千沙ちゃんも、ここで俺たちが初めて会った時のように、笑顔で泣いたんだ。


俺は空を見上げた。

それはいかにも寒そうな色。

雲も寄り添ってお互いを暖めあっている。


俺は近づいていって、缶コーヒーを一本貰うと、千沙ちゃんはにこっと笑った。


そして、瞳から水晶のように綺麗な涙を、零した。


✳︎✳︎✳︎


「トオルくん、相変わらずかっこいいね」


俺が買った桃ジュース、ではなく缶のカフェオレを、俺の隣で飲んでいる。


夢だろうか、何度も思う。

けれど、夢じゃないと思い直す。


「かっこよくないよ。もう、おじさんだよ」


千沙ちゃんがふふ、と笑う。

ううん、そんなことない、と呟く。


「シュっていうやつ、もう出来ない?」


初めて会った時のように、手を右から左へと移動させる。


俺もふふ、と笑って、


「出来ないよ、もう随分とやってないんだ」


「そうなんだ、良かった」


俺は、笑った続きの感じで訊いた。


「良かった?」


うん、良かった、そう言って千沙ちゃんはカフェオレを飲んだ。


その横顔も、可愛くて。


缶を持つ手を見る。


あんなに小さな手だったのに。

もうこんなにも大きく、そして指はすらっと細く、滑らかで綺麗な手だ。


「どうして、こんなにたくさん、買ってきたの?」


俺の隣に並べてある、缶コーヒーを見る。


「寒いって、言ってたから」


俺は俯いた。

自分の靴の先を見て、続ける。


「酔っ払って、ベンチで眠り込んじゃうなんて、ヘマしたなあ。千沙ちゃんには、変な所を見られてばかりだな」


もう、彼氏がいるのかな、いるだろ、普通に。


こんなに美人なんだからな。

こんなに可愛いんだから、男が放っとくはずがねえ。


俺なんかもう、三十二のおっさんだ。


「千沙ちゃん、いくつになったの?」


「高三、十八」


だよなあ、若え。

あれから、九年も経ったんだな。


「今、どう?」


言葉が少な過ぎて、伝わらないかと思ったけれど、千沙ちゃんは意図を察してくれて、話してくれた。


「今の、お父さん代わりの人、良い人だよ」


「お父さん代わり?」


「もうねえ、おじいさんなんだけどね」


俺は驚いて、えっと声を上げてしまった。


「どうして、そんな人が……」


俺は絶句してしまった。

まさか、まさか、変な奴じゃないだろうな‼︎


「トオルくん、大丈夫だよ。良い人なんだ、本当だよ。丸井さんって言って、」


少しだけ、言いにくそうに。


「の、能力者を匿ってくれているんだ」


「能力者?」


「うん、トオルくんみたいな人が一杯いるの。シュって出来る人が」


嘘だろ、おい。


俺みたいなのが、たくさんいるって?


「私も出来るよ、あのね、」


そう言い掛けた時、


「千沙」


低い声がした方へと、顔を向ける。


すると、背の高い男がこちらを見ていた。


目つきは悪いが、イケメンだ。

ポケットに手を突っ込んで、こちらをじっと見ている。


「行くぞ、千沙」


やっぱりな、そりゃそうだろ。


俺は目を逸らした。

現実から、目を。


「待ってて、ぜんちゃん」


千沙ちゃんが、こちらを向く。


「良いの? 待たせてるんだろ、か、彼氏」


千沙ちゃんは微笑みながら、俯いた。


「彼氏、じゃないから」


けれど、俺はほっとするどころか、胸が痛くて仕方がなかった。


だってそうだろ、じゃあ、他にいるだろってことになる。


そこに立っているイケメンが彼氏じゃねえってことだけで、つまりこの世の男らの中で、彼氏候補が一人減ったってことだけだ。


こんなことを考えて、俺は深く失笑した。


俺は異常だ、こんな風に考えてしまうなんて。


どれだけ。

俺は、千沙ちゃんを好きになってしまっているんだ。


けれど俺なんて、ダメな人間で、ヨレヨレで、ロリコンで、おっさんで。


「トオルくん、家に遊びに行っても良い?」


突然の提案に、 俺は動揺してしまった。


いや、それはまずい。

いろんな意味でまずい。


「え、いや、えっと」


「あ、そうか。も、もしかして……もう、け、結婚……してる?」


俺は慌てて否定した。


「いや、それは無い。そんな訳が無い‼︎」


「そ、そっか、よかった。も、最寄り駅ってどこになるのかな?」


「牧ヶ丘、だけど」


ここで、再度。

千沙、行くぞと声が掛かる。


千沙ちゃんは立ち上がって、俺の前に立ち、俺の首に巻かれていたカーディガンの袖をくるりと結び直すと、


「じゃあ、またね」


そう言って、背の高い男の方へ駆けて行った。


またねって、千沙ちゃん。


「これ、返さないと‼︎」


また会えるのか、いつ会えるんだ、連絡先も聞いてねえ。


俺は立ち上がって声を張り上げた。


千沙ちゃんは振り返ると、大きく手を振って、


「持ってって良いよ、寒いからあ。トオルくん、風邪ひかないようにねえ」


変わってねえ、あの頃の千沙ちゃんと。


優しくて、ああやって前にも、よく手を振ってくれた。

こんな俺にも。


連絡先なんて、俺には聞けねえ。

そんな権利もねえ。


このカーディガンは貰ってしまおう。


もし、もう会えなくても、俺はこれを手に入れた。

宝物だ、俺の一生涯の。


そう考えて、苦しく笑う。

おいおい、まじで病気だな。


俺はポケットに手を突っ込むと、寒みいと呟いて、またベンチに座り空を見上げた。


涙がじわりと、滲んできた。

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