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Itan ジャンパー  作者: 三千
1/9

ジャンパー



俺には才能がある。


人を転がすことが出来る才能だ。


それはどんなものだと言われると、話は長くなるので、後で説明する。


そして、実はもう一つ、特殊な才を持つ。


こちらの方が凄いは凄いのだけれど、それを才能と言っていいものかどうか、皆に判断を委ねる所だ。


それは瞬間移動。


この特異体質は生まれつきのものだろうから、才能と言うのには少しはばかれる。


けれど、大きな声では言えないが、俺はこの二つの力で、生きる糧を得ている。


浅田あさだトオル、二十三歳、無職。


ニートか、そんな声が聞こえてきそうだ。


けれど、親はもうとっくに死んでしまっているし、だからニートには当てはまらねえだろう。


通っていた大学は、両親の死で中退しちまった。


卒業だけはしておいた方が良かったかと何度も思ったけれど、今さらだなと、これも何度となく思う。


そんな俺は無職だけれど、何をやって生きているかと言うと、簡単に言えば当たり屋だ。


当たり屋って知ってるか?


誰かの車にぶつかった振りをして、その運転手から金をせしめるっていうやつ。


その金は慰謝料って呼ばれる時もあり、損害賠償という名の弁償代って時もある。


お前、最低だな。


そんな声がどこかから聞こえてきそうだ。


そうなんだよ、俺は最低だ。

ちゃんと自覚してんだから、良いだろ。


何言ってんだ、良くねえだろ、ちゃんと真っ当に働いて生きろよ。


ああ、まあ、そんな事は分かってんだよ、でも俺が持ってるこの二つの才能をどう活かそうかってなった時に、この仕事が一番しっくりくるんだよ。


そうなのか。

そうだよ。


俺はいつもこんな風に考えて、いつまで経っても着地点の決められない自分を、無理矢理にでも納得させ収めてきた。


当たり屋なんて、犯罪だろ。

分かっててやってんだ、それの何が悪い。

と、こんな感じで。


俺はぬくぬくと温かい布団から足を出すと、足の裏で体温の残っていないひやりとする部分を探って、意識をはっきりさせる。


いつもの朝。


俺は毎朝、こうやってベッドの中でその日の一番を迎えるんだ。


重いだろう。重いんだよ。


毎朝、毎朝、そうやって着地点っぽい場所を足で探ってから、その日を生きるんだ。


その日、一日だけを。


✳︎✳︎✳︎


「その行為、犯罪です」


俺はいつもの出勤の時間、いつものようにごった返す駅のホームで、そのポスターを見ていた。


だから、分かってんだって。


言いたいことは分かるよ、そのイラスト見りゃ、一目瞭然じゃねえか。


痴漢は駄目、犯罪ですよ。

俺はそんなこと、やりません。


けれど、俺が生業としているこの仕事も、痴漢と同列なんだよ。


ここを通る度に、そう思わされるんだ。


それが毎日となると、重くて重くて。


だから、ホームに滑り込んでくる電車に、いつも駆け込むようにして乗り込むのは、そういった深い意味があんだよ。


ピロロンと電車到着の放送が始まる。


「……白線の内側までお下がりください」


俺はいつも思う。


白線の内側って言ったって、どっちが内側なんだよ。


電車からしてみたら、向こう側が内側ってことになるんだぞ。


そして、自嘲。


そんなの決まってんだろ、お前が立っている方だよ。


そんな馬鹿なことを考えるなよ、毎日毎日、どうかしてんぞ、お前。


今日はどこまで行こうか。


こっち側のホームから出発するか、それとも反対側のホームに移動するか、まあどっちでも良いんだけどな。


向かい合っているホームの間を移動するのは簡単だ。


ただ頭で、「向こうに」と思い浮かべるだけで、実際そうなるんだから。


田畑行きのホームに居たのに、自分でも知らないうちに、港行きのホームにいるんだから。


誰かに見られないかって?


俺自身だって知らないうちに移動してんだから、他の誰が分かるって言うんだよ。


見つかったことは無いんだ。

こんな風に人前で堂々と移動しても。


そりゃあ、最初は思ったよ。


田畑行きのホームから、踵を返して階段を上っていって、改札のホールを横切って、港行きのホームへと階段を下りていく。


記憶がないだけで、そうやってるんだ、そうやってるはずなんだってね。


でもさ、覚えてないって、何だよって話になるだろう。


記憶喪失か?

って話になるだろう。


何度も同じことを繰り返してだな、その可能性を否定するとさ、これは瞬間移動だってことに落ち着くだろう。


誰だって、そう思うだろう。


頭の悪い俺だって、そこに行き着いたんだから。


そういえば、瞬間移動できる男の映画で、そいつがジャンパーって呼ばれていたな。


ってことは、俺もそのジャンパーってやつになるわけだ。


映画に出てくる男ほど、遠距離を飛べるわけじゃない。


そいつは世界中を飛び回っていたけれど、俺はすぐそこ、ほら今立ってるとこから、向こう側のホームの駅の看板あるだろ、そこぐらいにしか飛べないんだよ。


だから、同じようにジャンパーって名乗って良いのかって言えば、ちょっとおこがましいかななんて思ったりする。


俺はこれでも結構、謙虚な人間なんだよ。

それは本当だぞ。


ホームに滑り込んできた電車に乗り込む。


結局、俺はどっち行きの電車に乗ったんだ?


この時間、電車の中は混んでいるからいつも直ぐには座れない。


扉の横に立つ。


車窓から、ゆっくりと流れ出していく風景を、ぼんやりと見つめる。


いや、ぼんやりとって事は、見つめてねえって事になる。

ぼんやりと見ている、が正しいか。

そう思って、車内を見る。


あれ、と思う。


ぼんやりしているうちに、車内は随分と空いていた。


ぽつんと空いている席に腰を下ろす。


人間って、こんな風にして生きてんのか、そうなのか。


そうだ、俺はいつも間違いなく、そうやって生きている。


✳︎✳︎✳︎


今日は、この辺りで様子を見てみようと思い、見覚えのない駅で降りる。


駅から離れるように歩いていって、大きくも小さくもない、交差点に出る。


交通量もさほど多くなく、狙った車に急ブレーキをかけさせて、後ろから追突される恐れもない。


俺は歩行者用の横断歩道をゆっくりと渡りながら、赤信号で止まっている先頭の車の運転手を、ちらっと見た。


まず、一見で恐そうな人はダメ。


見かけがもう、ヤクザとかチンピラみたいな恰幅かっぷくがもう、あれなヤツ。


これは一番気をつけなきゃいけない。


後はまあ、若い学生は気が回らねえし、金持ってねえようなのは論外。


今日の運転手は、ちょうど良いような、年配のオヤジだ。


気の弱そうな、それでいて、身なりはきちんとしている。


こいつでいこう。


歩行者用の信号が、パカパカと点滅を始める。


俺は小走りで渡りきると、対象者の車の横に距離を置いて並ぶ。


そして、赤から青へと車道の信号が変わった時、のろのろと走り出したその車に照準を絞った。


車が交差点の真ん中くらいに差し掛かった時、俺はその車の左前方の斜め横の位置にジャンプ。


この位置は、俺が向こう側の歩行者の横断歩道を渡り始める位置となる。


もちろん、歩行者用の信号は、赤だ。


それは、もう直ぐ赤になるとか、赤になったばかりとか、そういうんじゃない。


俺が渡る振りをする横断歩道は、完全に赤信号。


当たり前だ、青信号でこちらに向かって走ってくる車に当たろうとしてるんだからな。


少し距離を置いてジャンプするので、本当に車と接触する前に、後ろに飛び退けば回避できる。


このタイミングなら、車もまだスピードをそうは出していないので、あまり危険もない。


だから、お互いびっくりするだけで済むという算段なんだ。

実際はな。


キーッと耳をつんざくような音をさせて、車がブレーキをかける。


俺は、大仰に尻もちをついて、後ろに倒れ込んだ。


驚いたドライバーが、慌てて車を降りてくる。


「大丈夫か、君‼︎ そっちは赤信号だぞ‼︎」


言葉でこちらを責めてはいるが、俺には分かる。


内心はこいつ、ビビっている。


俺のもう一つの才能が鼻をひくひくとさせている。

人を転がす、という才能だ。

どんなタイプの人間かを嗅ぎ分けて、そして相手の出方に合わせるようにして、自分の思うように操る。


そう、こんなタイプは、こう言えば、ああ言うんだ。


「ああ、すみません、俺急いでて。赤だったんすね、気がつかなくって。俺が悪いんで、ケガとかしてないんで」


オヤジがほっと安堵の息を吐く。


「ああ、そう、良かった。今度から気をつけるんだぞ」


「すみません、あ、」


俺は後手に尻ポケットを探る。


そして、入っていたスマホを取り出して見せる。

スマホは真っ二つに折れて、画面にも無数のヒビが入っている。


「くっそ、やっちまった」


「……ああ、壊れちゃったか」


オヤジがしまったという顔をする。

じゃあ、こう言おう。


「大丈夫っす、俺が悪いんで。ほんと、すみませんでした」


俺はポケットに壊れたスマホを突っ込むと、カバンを拾う。


その時に、軽く痛てっと言って、腕を振って顔をしかめるんだ。


捻挫っていうか、ケガしたっぽく見せるんだよ。


これは一応、保険的な要素だ。

運転手を軽く動揺させる。


「……君、一応連絡先とか、教えて貰えないかね。スマホの弁償代が保険で出るかもしれないし。これ、私の連絡先だ」


おお、出してきたぞ、名刺。

よし。


俺は、はあ、と頭に手をやりながら、遠慮がちに受け取る。


俺は、腕時計をちらっと見る振りをして、


「でも、俺、急いでて。警察に行くなら用事をすませてからじゃないと。また後で連絡させてもらいます。じゃあ、」


『警察』という言葉をさりげなく混ぜ込む。


行こうとする腕をぐっと掴まれ、オヤジは焦ったように慌てて胸のポケットから財布を出す。


「いやいや、ちょっと待って、ちょっと待って。じゃあ、これ、スマホの弁償代ってことで。これで、新しいの買ってよ」


俺の前に万札を三枚出してきた。

三万かあ。

まあ、安いのなら買えなくはねえけどな。


「いえ、本当に俺が悪いんで」


一度は断るんだ。

すると、こうなるんだよ。


「良いって、とっといてよ。でも、これだけで新しいの、買えるかなあ」


「まあ、買えるっちゃ買えますけど、こんな貰っても悪いっていうか……」


困り顔を作る。

けれど相手は、良いんだって、俺もよそ見してて悪かったからさ、と俺の手に押し付けてくる。


「じゃあ、すみません。ありがとうございます」


オヤジも良いよ良いよ、って満足気だ。


「じゃあ、これお返ししますよ。もうこんで新しいの買えるし」


「そう?」


貰った名刺を返す。


オヤジは、ほっとした様子で、名刺をスーツの内ポケットに滑り込ませた。


そうなんだよ、俺がケガをすりゃ、人身事故って扱いになっちまう。

だから、何かの弁償代で済めば、その方が良いに決まってるんだよ。


警察呼ぶからって言い張って、俺を困らせる奴がたまにはいるさ。


けれど、こんな風に多少の金で事が済めば、それで良いってヤツの方が多いんだよ。


俺はこうやって、人を転がすことが出来るんだ。


どんなタイプの人間か、このタイプの人間をどうやったら懐柔できるのか、そういう嗅覚みたいなのが備わっていて、そういったことでヘマをしたことが、今までに一度も無い。


こいつは金払わねえな、っていうのに当たれば、直ぐにその場を離れるし、警察とかそういう権力的なものに弱いなとか、今回のこのオヤジのように、下から出てこの子は悪い子じゃないと思わせ、最終的に私も悪かったからと言わせることも難なく出来る。


そうやって、俺は稼いでいる。


だから分かってるんだよ、これが犯罪だってことは。


お前、ちょっとしつけーぞ。

そうだよ、俺は人間のクズだ。


俺はペコペコと頭を下げて、横断歩道を渡って振り返り、またお辞儀する。


手を上げてから、ハザードを消して笑顔で走り去っていく運転手。


今日は一回目で成功、一度に結構稼げたなと思いつつ、満足してその場を後にした。


✳︎✳︎✳︎


早いうちに稼げたので、今日はもう終わりにして帰ろう、そう思いながら歩いていたら、ぽかりとひらけた公園に出た。


ちょうど、仕事場(?)と駅の中間くらいに位置する、それ程大きくはない公園だ。


あまり公園を知らない俺が、どうして大きくないって分かるかって?

そりゃあ、見りゃ分かるだろう、ブランコしかねえしな。


途中で買った缶コーヒーがポケットに入っているから、そこのベンチで一休みするか、そう思い公園へと足を踏み入れる。


缶のプルタブをがしゃっと開ける。


ゴクゴクっと何口か飲むと、その微かな甘味で疲れが少し癒されるような気がした。


大して仕事してねえのに、この疲労感は半端ねえ。


何だ、これは。


まさかの罪悪感ってやつか。

それとも、


俺はぼんやりと考えていた。あ、ぼんやりとってことは考えてねえってことか。


ぼんやりとして考えてない、が正しいのか。

って、俺考えてるしな。


でも、ぼんやりだよ、これはな。


ここまで考えを進めて再度コーヒーを口にした時、その辺で小さくて可愛らしい声がした。


「おにいちゃん、かっこいいね」


その辺でとは、その時俺は缶コーヒーを飲みながら空を仰いでいたもんだから、どこから聞こえたかが特定できなかったからだ。


コーヒーを飲み終えてから顔を下げると、目の前には誰も居ない。


ぐるりと首を一周させるようにして見ると、俺の斜め後ろに女の子が立っていた。


目がくりっとして、その黒い瞳が何とも可愛らしい。


俺のこと、格好良いって言ったよな。


「……ありがとう」


見た目がってことはねえよな、自分でも分かってんだよと思いつつ、俺は素直にお礼の気持ちを述べた。


すると、女の子はベンチをぐるっと回って、俺の横にちょこんと腰掛けた。


「おにいちゃん、名前はなんて言うの?」


俺は職業柄、自分のプライバシーをさらけ出すことに積極的な方ではなかったが、こんな子ども相手にどうにかなるって訳でもねえだろ、そう思って名を告げる。


「トオルって言うんだよ」


言うが早いか、


「ぼくちゃん、リサって言うの」


あれ、今、ぼくちゃん言うたね。


「君、男の子?」


どう見ても女の子だろう、そう思いながらも聞いてみる。


「お、女」


「何歳なの?」


「十二歳」


十二歳と言えば、六年生だろ。


違うよな、ぜってー違うよな。


何か変なのに捕まっちまったな~なんて思っていたら、リサちゃんはおどおどし始めた。


「あ、あのね、えっと、十歳」


「ふうん、じゃあ四年生だね」


俺がニコッとすると、リサちゃんもニコリとした。


「九歳」


まあ、そんなもんだろ。


今度は普通の顔で呼び掛ける。


「ねえ、リサちゃん、」


瞳をパッチリと開いたまま、固まっている。

おい、まばたきした方が良いぞ。


少しの沈黙の後、リサちゃんは言った。


「……チサって言うの、本当は」


途端に怒られた仔犬のように、耳を垂らしてしゅんっとなる。


俺は気の毒になってしまって、頭の上に手を乗せた。


「そっか、チサちゃん。良い名前だね」


すると、チサちゃんはパッと笑顔を見せると、ありがとうと言って、涙を零した。


「おわっ‼︎ どうしたどうした、」


そして、そのまま笑顔のまま、涙を流し続けた。


どうして、笑いながら泣くんだ。

変わった子だなと思う。


ぐいっと腕で、涙を拭う。


「トオルくん、かっこいいね。どうやるの?」


何が?

という顔を作ると、チサちゃんは手を上げて、右から左へと移動させた。


「シュッて、すごいね。それって、どうやるの?」


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