【短篇版】異世界αを救う途中で喚ばれた異世界βを救ったら、まだ異世界αを救ってないのに自宅まで戻された【テスト投稿】
テスト投稿です。のちほど連載版として続きも含めて再投稿します。
→連載版投稿しました! http://ncode.syosetu.com/n7672ec/
そちらでも引き続き宜しくお願いします。
これって仕様ですか?
――状況を整理しよう。
四畳半の下宿に住んでいた春から大学生の俺は、救国の英雄として見知らぬ異世界ダルファニールに喚び出され、そこで魔族アタラクシャの侵略を受け窮地に立たされているダルファニール諸国の惨状を眼にし、色々な対話と取引、紆余曲折を経てダルファニール人への助力を引き請けた。それが大体、一年半前。
それから半年間ダルファニールの各地を巡り、地球人類に隠された魔術的な適性を伸ばしながら現地の人々と協力して外敵のアタラクシャ族と交戦、徐々にこれを討伐していたが、ある日旅の道中でもう一つの異世界ベインヴェルベータからの召喚を受け、やはり英雄として魔族ヴェルジュライトの討伐を懇願された。それが凡そ、一年前。
ベインヴェルベータ人はダルファニールと違って元の世界への帰還をネタにした脅しをかけてきたので、やむなく彼らに従い外敵のヴェルジュライト族と丸一年がかりで戦闘。長期戦の末、遂には彼女らヴェルジュライト族の発生源たる女王を滅ぼした。俺がこの手で滅ぼした。それがたったの、二日前。
約束を果たしたのだからさっさとダルファニールを俺に救わせろと、ごねるベインヴェルベータ人を説き伏せて元の世界への帰還手段を用意させ、異世界ベインヴェルベータと心情的にも完全に決別して魔力光を放つ返還魔法陣をくぐった。すると辿り着いたのは大学から徒歩四分の夏には蒸す四畳半で、クソ暑い夏のさなかにカップ麺を啜っていた一年半ぶりのルームメイトが、魔法陣から出てきた俺の顔を見て呆然としていた。俺も同じくらい呆然としている。それがまさに、今。
――よし、ざっと状況を再確認しても何が起きたのかよく判らんが、まあ判った。最初はどうしてこうなったのかと思ったが概ね予想は着いた。ベインヴェルベータの奴ら俺を元のダルファニールじゃなくて、故郷の日本に返還したんだな。そりゃ説明しなかったら普通に考えて俺の言う「元の世界」が故郷のことだと思うわな。これはあいつらの国にいる専門家が好きになれないからって、よく話し合わなかった俺にも落ち度があるな。いや失敗、しっぱい。
「取り敢えず、それ俺にも作ってくれ」
「お、おう。インスタントで良ければ」
身体が香辛料を求めて仕方がない。スパイスとかってあれ、高度な輸送手段を持つ物流が色んな食材を運んでくるのが前提だから、文明の程度が近世より前だと一般的な料理がすごく簡素になるんだよな。僅かな肉、ちょっぴりの塩、地元で育てやすい作物、以上、みたいな。原作の『タイムマシン』読んだことある? 今の俺にはあの主人公が元の時代に帰ってきた直後の行動がよく判るぜ。つまり、今すぐああいう風に身体に悪そうなものをどっさり貪りたい。
ルームメイトにして親友である古井陥穽は一年半ぶりに突然現れた筈の俺を質問責めにすることもなく、新しく取り出した二個めのカップ麺に注ぐ湯を沸かしている。だが高校の頃からしょっちゅうこの男と顔を合わせていた俺には判っている。カンセーの脳裏には今も俺に対する様々な疑問と質問とツッコみが渦巻いていることだろう。今は単に何から訊いたらいいのか判断出来なくて、とにかく平静を装っているだけだ。
ところでルームメイトのこいつがいてくれて本当に助かった。もし俺一人でこの下宿を借りてたら、家賃不納か借主不在でとっくに自分の部屋がなくなっていただろうな。後釜で来た次の借主と鉢合わせして、住居不法侵入で通報まである。
しかし、そうか。カンセーとも一年半ぶりか。
「つまり俺らもう大学二回生になってるんだな」
「一回生」
「ん?」
「……オーギは去年の春が終わってからゼミに来てないから、必修単位は一回生のぶんからやり直しだ。教授が俺にだけ言ってた。本人がいたら伝えてくれって」
まあ、そうだよな。現実逃避しようとして言ってみただけだ。ゼミの教授怒ってないかな。親は息子の俺から見てもだいぶ変わってるから何とも思ってないだろうが、大学の必修講義に出ていないことくらいは流石に知ってるんじゃないだろうか。くそ、せめてベインヴェルベータの奴らにさえ喚び出されてなければ、今年度の始めには間に合っていたかも知れなかったというのに。
「これからはカンセー先輩と呼ぼうか?」
「いや、いい。むしろやめて差し上げろ」
そう言ってカンセーは薬缶と新しいカップ麺を取り上げ、畳に座った俺の前に置いた。
「じゃあ、これ食う前と後でいいから、何が起きたのか話してくれ。お前、今日まで何処に行ってたんだ?」
■ ■ ■
「なるほどな。俺もお前の推測は間違いじゃないだろうと思う。二つめの異世界にいる連中に、この地球から最初の異世界に召喚されたときの話を一度もしなかったっていうなら、もう鉄板だろ。そいつらはお前の故郷から直接お前を喚んだと思い込んでいたんだ。その返還魔法陣の設定時点での見落とし、いや、これこそ人生の落とし穴って奴だな」
そう言ってカンセーは俺を盗み見た。俺はそれを無視した。カンセーは少し残念そうな顔をした。
二分半で拵えたカップ麺を三分で平らげ、唖然とするカンセーを尻目に近くの銭湯にも行って熱いシャワーでさっぱりしてから――何しろ垢と旅塵を先に落としたかった。伊達に湯に浸かる文化のない国で何日も野外を歩き続けたり、言葉通り血と汗に塗れながら暴れ回ったりしていない。服は昔買って部屋に置いていたジャージに着替えた――俺はこの一年半で、二つの異世界を巡ってきたことをカンセーに一通り説明した。
俺が二つの異なる世界で何を見て、何をしてきたのかについても。
話を聞いた末にカンセーが出した結論は俺と同じだった。つまり、原因は故郷から別々の異世界に「二重に」召喚されたことを言わなかった俺の説明不足。こればっかりはベインヴェルベータの奴らを責められない。単純に想像の範囲外だったんだろう。ある程度よく似た世界から素質のある存在を選定して喚び出せるのが魔術の専門家連中の召喚魔法陣だとは言え、その結果、複数の世界でのブッキングが起きるとは。
「それでだ。お前はどうするんだ、オーギ」
作り置きの冷えた麦茶を片手に、カンセーが言った。こいつは俺の長い話に疑いを挟まなかった。一口に説明するのは難しいが、元々そういう奴だ。少なくとも高校の頃からそうだと俺は知っている。
「どうとは」
「これからだ。一年半遅れで大学に通って、頑張って元通りの生活を目指すのか?」
「事情があったんだから今すぐ元通り、とはならんだろうな」
「ならん。お前が紫色の光る輪からこの世に出てきたところを実際に見た俺じゃなければ、そもそもお前の特殊に過ぎる事情を説明しても理解してくれるとは考えられん。当たり前だが、理不尽だな」
さて。これからどうするか、か。俺はどうしたいんだろう。自分のぶんの麦茶を飲み干しながら思案した。
正直、こうしてダルファニールと日本での生活の二択に悩まされる機会が与えられるとは、俺も思ってもみなかった。ダルファニールにいた頃は故郷に帰ることを考えたし悩みもしたが、更にベインヴェルベータにも召喚されて戦いを強いられてからは、何処かもう諦めがついていたし、第一それどころの状況でもなかったから。大学に復学するにしろ自主退学するにしろ、ゼミには顔を出して教授と話をしておかなければなるまい。実家にも帰っておきたい。幾ら放任主義の家庭でも、そろそろ一度両親に顔を見せに行った方がいいだろう。彼らだって俺の学費を払い続けているのならば、息子である俺に彼らなりのある種独特の信を置いているのだろうから。
でもなあ。俺がこのまま最初に行った方の異世界に戻らなかったら、ダルファニール人はそのまま滅びるかアタラクシャ族に支配されると思うんだよな。俺があそこにいた頃の戦力差、多分十倍近かったもんなあ。むしろ今既に滅ぼされ尽くしてる最中まである。それでも俺自身は困らないと言えばそれも合理的な判断なんだろうけど、あそこには一緒に死線を潜り抜けて笑いあった仲間とか、また話したい相手とかもいるんだよな。
嫌だけど、とても気は進まないけれども、嫌々ながらにやるしかないよなあ。ダルファニール人にはこんな渋々ながらの助力で悪いが、今も本気で英雄の帰還を待っていそうな、どうしようもない性格の阿呆にも一人か二人くらい心当たりがあるし。これが去年からのゼミの講義を一から受け直さないといけないことから、心理的に眼を逸らした結果の判断ではないと言い切れるだけの根拠や精神的な強度は、持ち合わせていないのも自覚しているが、そうだとしても。
「俺はやっぱり、ダルファニールに戻るよ。しばらくはこっちで休みたいが、俺自身あそこはそう悪い世界でもなかったと思ってるし、結果的にいきなり戦地に残してきてしまった奴らが気になる」
「そうか。それで、どうやって戻るんだ? 出発はいつ頃になる?」
「あっ」
「おい、もしかして」
「そうか、その問題があったのか……」
戻ろうにも、こっちには世界を渡る方法がないんだ。魔術師が周りにいる環境に慣れすぎて、すっかり失念してた。
■ ■ ■
間の抜けたど忘れについて言い訳をさせてもらうと、多分、このときの俺は突然降って湧いたように見えた選択肢に浮足立っていたのだろう。ベインヴェルベータに喚び出されてからは、人生の選択肢を自由に選べない生活が続いていたものだから。あとは単純に嬉しかったのだ。久しぶりに親友の間抜けな顔を見ることが出来て、僅かながら文明らしい食事や休息も得たことで、何処か里心が満たされていたらしい。
「じゃあ、取り敢えず大学にでも行ってみたらどうだ。俺もお前の単位についてそれ程詳しく聞かされた訳じゃないし、そもそも学籍が今どういう扱いなのかも知らん。今日のゼミは朝終わったが、事務窓口ならこの時間でもまだ開いてるだろ」
他に選択肢も考えつかないし、そうするか。ダルファニールに残してきた仲間の安否は心配だし、彼ら彼女らの為に故郷を棄てようとした決心が無為になった肩透かし感もあるが、まだ異世界に戻れないと断じるのも少し早い気がしているので、その辺りの機微は棚上げしておこう。
そういう訳で、一年半ぶりに我らが懐かしき大学の門前まで来た。するとまた懐かしい顔をした女に捕まった。
「あれ? オーギじゃん。何でいるの」
黄鐘四季。ゼミの同級生だった。いや、俺が留年しているであろうことを考えれば、もう先輩ということになるか。それにしても、まるでつい二日前にも会ったばかりかのような態度だ。あまり大騒ぎされても困るが、あれだけ毎日顔を合わせて話していた相手が急に大学に来なくなった一年半前にもこの女は一切意に介していなかっただろうという過去の事実が、その態度からは窺い知れた。将来の大物かよ。逆にこっちが心配になるわ。俺自身としてはこれくらいの反応の方が、気楽に話せていいんだけど。
「シキか。まあ何というか……色々あったけど、帰ってきたんだよ。ひとまず今日はこれから事務所に行く」
「そっか、大学戻るんだ。でも大変だよ。去年の単位とか、多分全部取り直さなきゃだし」
「言わないでくれ。俺だって教授と顔を合わせるのが今から恐ろしいんだ。気が滅入る」
あはは、気に病んでも仕方ないのに真面目だねえ。そう言ってシキは笑った。流石、三世に渡るいい女なぞという肩書をいつだか呑みの席で自ら名乗っていただけある。一年半ぶりでもこの話の早さと常からのけろりとした態度が全く変わっていない。こいつもこいつでちょっと変な奴だが、この状況だととても助かる。
事情とか一切訊いてこないからな。
「そうだ、お前にいいものを見せてやろう」
ふと思いついて、土産話の代わりに少しシキを驚かせてやろうと決めた。たまにはこいつが眼を丸くして驚く貴重な一場面を見てやろう。いい機会だ。
内観の奥底から自身にずれてきた魔力を掌に推測して集中させる。橙色が重みを増し、認識不可能な形を為していく。何を言っているのかよく判らないと思うが、これ以上巧い説明は俺にも出来ない。魔術の確率的過程には言語化出来ない領域が多いのだ。ニュアンスで受け取ってくれ。
一瞬の内に、俺の手にはかつて異世界で彫った鳥の羽の模型が顕れていた。これくらいは簡単なんだぜ。やり方さえ覚えれば誰でも出来る。あ、木彫りの羽の方な。済まんが魔術は使える種類が個人の素質に左右されるから、他人に同じことが出来るかは何とも言えん。
「やるよ。窓辺にでも吊るして飾っておくといい」
「凄い! どうやったの」
「魔術だ」
「まじゅつ」
シキはその日本語を初めて聞いたかのように発音した。知ってるしってる。これが世間一般の反応だよな。異世界暮らしが板につきすぎた、俺の感覚がもうおかしくなってるだけで。あとカンセーはああ見えて自分が見聞きしたものに徹底して殉じるタイプの理屈屋だからな。世間一般の常識を棄て去るときにも、まるで躊躇がない。
「そっか、もう封印術を覚えたんだね」
ところがシキが次に返してきた言葉は俺の予想を超えた意外なものだった。
どういうことだ。何故驚かない……いや、違う。それだけじゃない。
何故俺の使える魔術が、封印術の類だと知っている。
「ということは、この一年半でダルファニールに行ってきたんだね。お母さんにはもう逢った? ああ、まだならこれ訊いても判んないか、ごめんごめん」
何だ。何を言っている。
どうしてダルファニールの名前が出てくるんだ。お母さんって誰だ。
今俺の眼の前にいるのは、本当にただの元クラスメイトか?
俺はこいつをよく知っていた筈ではなかったか。
「ん、それ以前に私が産まれた時期が今よりまだ少しあとだから、もしお母さんに逢っていたとしても私のことには思い当たらないか。でも、もう多重世界の存在を知ってるのなら、今までみたいに何も話さずに我慢している必要もなくなったよね。大抵の話は信じてくれるようになっただろうし。大丈夫、さっきから私が言ってること全然伝わってないだろうけど、ちゃんと全部説明するよ。だから改めて宜しくね、お父さん」
お、お前にお父さんと呼ばれる筋合いはないぞ。
■ ■ ■
驚いたことに、そのあとシキは「と言ってもこの話はどうしても長くなっちゃうし、私もゆっくり腰を落ち着けて話したいから、先に事務所で単位の確認とか手続きとか終わらせて来てよ。あとで連絡するから」と言って、その言葉通り本当に帰っていってしまった。仕方がないので一応事務所には行ったが、とても落ち着いて学籍関係の話を聞けるような心理状態では既になく、夕方になる頃には手続きを一旦切り上げて下宿に引き返さざるを得なかった。一応、学籍そのものは今年度の始めに親が停学扱いにしてくれていたらしいということだけは判った。
「ただいまー」
「おう、おかえー」
「おかえりー、お父さん」
夕方と言っても陽が落ちるまでにはまだまだかかる時期だ。真夏の京都盆地は異世界の色んな地域と較べても蒸し暑い。外を歩いている間に軽く汗をかいたので、ハンドタオルと麦茶のボトルを用意して四畳半の一隅に座る。コップは昼間使った奴でいいな。
「作り置きもそろそろ少なくなってきたな」
「ん、それ飲んだら次を沸かしてくれ。茶葉は前と同じ棚だから」
「はいよ」
「あ、じゃあその前に晩ご飯作ろうよ。私は鍋がいいな、鍋が」
「この暑いのにか」
「だって大学生はやたらと下宿鍋をするものだって言ってたんだもん。昔、ウチの親が。一度はやってみたいよ」
麦茶を注いで一気に飲み干した。冷たさが身体に沁みていく。そうだ、どうせ鍋をやるなら味噌鍋がいいな。日本を離れてからずっと食べたかったんだ。味噌が入ったものならこの際何でもいい。やるか、鍋。
「で、何でいるんだ。シキ」
「あっ、そこ触れていいのか。俺もずっと気になってたんだよ、部屋に来るなんて初めてだからさ」
「事情知らないなら部屋にあげるなよ……ああ言っとくが、変な遠慮は要らんぞ。多分ここから男女の話とかにはならないし、万一なったとしてもお前を追い出せる筋合いはない」
「ふふ、そうそう。昼間大学で会ったときにした話の続きを説明するだけだよ。あのときはまた連絡するって言ったけど、よく考えたら一年半もずっといなかったんだから、今更前の端末が使える筈なかったね」
だから私も始めは外で待ってるつもりだったんだけど、あのカンセーおじさんに暑いだろうから上がって待たないかなんて言われたら断れないよね。そうシキは苦笑した。
「おじさんって」
「そうだ、その話の続きだ。まず、お前はダルファニールを知っていたのか」
「知ってるよ。ついでにお父さんが行ったもう一つの異世界のことも。そこでお父さんが何をしてきて、これから何をするのかもね」
「判らないのはそれもだ。お前にお父さんと呼ぶことを許可した覚えはないぞ」
「俺もおじさんって呼ばれた。許可してないのに」
「やけに古典的な響きのある台詞だね……確かに、今の私は同い年だし? 元娘、って解釈が正しいけどさ」
「俺も同い年なのに。おじさんって言われた」
「元娘、ね。何だかもうカンセーが予想外の深手を負ってて可哀想だから、単刀直入に説明してやってくれ」
何となく段々察しがついてきたけどな。その口振りだと別に隠す気もないんだろうし。
「判った」
「改めまして。私は『二重英雄』オーギ・アダシノが娘、カガリ・アダシノです。現在時点から下るところ数十年後、相対的に未来の異世界ダルファニールから、京都の黄鐘家が一人娘として転生して参りました。こうして先の父に再び相まみえましたこと、三世に渡る本懐に思います」
ちょっと待ってくれ。うむ、察しがついてきたとは言ったけど、言葉として聞くと情報量多いな。一旦整理しようか。
■ ■ ■
「つまりだ、シキは未来のダルファニールで俺の娘として生まれ育って、そこで魔術の開発者として大成。任意の世界に精神や記憶を保ったまま生まれ直す『転生魔術』を編み出し、若き日の俺に会う為、過去の日本に黄鐘さんちの娘として転生してきた、ということか」
設定が盛り沢山過ぎるだろこいつ。同い年の元実の娘で異世界の未来から時間を遡ってきた転生者で、おまけに元クラスメイトの先輩って。異世界αを助ける途中で異世界βに喚ばれて日本に戻ってきた俺が霞むわ。
「カガリって呼んでよ。確かに今の私は黄鐘四季として生きてるし、それを否定はしないけど、オーギお父さんにくらいは私にとっての前世と同じ名前で呼んで欲しい」
「そうか、じゃあカガリ。あれだ。訊きたいことは色々あるが」
「うん。何でも答えるよ」
「何でそこまでして、父親の俺に会いに来た。未来で何かあったのか?」
「ああ、まあそれが一番最初に尋ねるべき、差し迫った疑問だよな」
部屋の隅で黙って話を聞いていたカンセーが頷く。こいつは俺と未来から転生した俺の娘がS(少し)F(不思議な)会話をしている間にもちゃんと居てくれた。非常時には頼りになる男なんだよな。日常ではそのぶん浮世離れしてるけど。
「転生というからには、数十年後のカガリ・アダシノさんは死んだということだろう。未来で何か重大事件でもあったのか、それで避難してきたんじゃなければ何らかの過去改変が必要で……」
「? いや、私はただお父さんとお母さん達が話してくれた昔の活躍が羨ましかったから、私も是非仲間に混ぜて貰おうと思って転生魔術を拵えただけだよ。死んだのは普通に病死だし、詳しく説明するのは難しいけど、転生を媒介する時間遡行術ではどれだけ過去に干渉しても私がいた未来そのものには影響しないから、過去改変とかしてもあんまり意味ないよ」
「仲間に混ぜて貰おうと思った、って。それはつまり、観光が目的?」
「私としてはまさにそれくらいの気持だねー。念の為に自分を実験台にして仕込んでた『転生魔術』が上手く働いてくれたお陰で、こうして憧れてたお父さんの若い頃が見られたんだから、長生きはしてみないもんだね!」
「……」
俺が言えたことじゃないけど、大概に歪んでるよなあ、こいつの価値観も。いや、俺の娘だからこそか。じゃあシキが、というよりカガリがこんな風に育った責任は実の親である未来の俺のせいで、但し今の俺にとっては実の……辞めとこう。少し考えたところで、多分、こんな問題に答なんか出ない。転生とか未来とか絡んでこられたら20xx年代生まれの倫理では対応出来そうもない。
俺がもし黄鐘家にいるこいつの現父親と会ったらどんな顔をすればいいかとか、全く判らん。
「私にとっては黄鐘家のお父さんも、転生したばかりの幼い私を育ててくれた『本物の』お父さんだよ。転生魔術の仕様上、私がこの時代に来ようとしなければ黄鐘家に娘はそもそもいなかった筈だし、私が本物に為り代わって生まれてきたって話にもならないと思う」
「ふうん……」
顎に掌をあてて考え込み始めるカンセー。そういうことなら、話を進めるか。
「じゃあ、次の質問だ。さっき、シキ……カガリは未来のダルファニールで生まれ育ったって言ってたよな。ってことは、俺はまたダルファニールに戻れるのか」
一年前のダルファニールに、実の娘が出来るような心当たりはないからな。最低一度はまたダルファニールに行かなければ、シキがダルファニール出身の娘を名乗るのはおかしい。
「ああ、そこは大丈夫。あんまり心配しなくても私が未来で話に聞いてた通りなら、そろそろ来るよ。」
「来るって、何がだ」
「いわゆる、あの世からのお迎え、かな」
シキがそう言ったとき、俺達が座っていた四畳半に魔力の光が迸った。何処か見覚えのある紫の魔法陣が畳の一面に拡がる。というより、恐らくこれは俺が日本に帰ってきたとき展開されていたものと殆ど同じだ。
則ち、世界を渡る類の魔術。
「うお」
「ああ、ここでお前が来るのか……」
「……すご。本当にこの頃は十六歳くらいだったんだ。わかぁい……!」
突然激しく閃いた紫の魔力光に、カンセーがのけ反った。
俺はその紫電の奥から顕れ出てきた、見知った小柄な女の子の姿に眼を瞠った。
シキだけは、俺達二人とは少し違う意味合いのリアクションを取っていたようだが。
「王国軍特務護衛隊所属、『跳ねる雷鳴』ムジカ・ヴァルヴェーレ、機に乗じて異界の英雄が御元に推参いたしました! お懐かしい限りであります、師匠!」
■ ■ ■
ムジカ・ヴァルヴェーレ。ダルファニール人。女子。十六歳。王国籍。軍属。階級は准二尉。先祖代々の近衛家出身。新設された英雄つき特務部隊に所属する唯一の下士官。半獣半人の小柄な姿。塹壕用外套の後ろに伸びる尻尾。山岳帽から突き出た猫型猛獣の耳。見かけに反する怪力。可愛い俺の二番弟子。二人しかいない弟子達の駄目な方。魔術より力技。元は政治的な思惑で俺に遣わされた工作員。同時に、俺が信頼する大事な仲間の一人……あの戦場を生き残っていて、本当によかった。
「で、お前は何の用向きでこっちの世界に来たんだ。あの王から俺を連れ戻す命令でも受けたのか」
まさかお前も観光とか言うなよ。ダルファニールの戦争がもう終わってるなら別に構わないけど。
「? 自分は一年ぶりに師匠の魔力紋を検知したので、それを追跡して隣接する世界まで跳んできただけであります。魔族と我々の戦争は未だ終結しておりませんが、祖国の命運とか、ぶっちゃけ割とどうでもいいであります」
「ぶっちゃけ過ぎだろ」
そのまさかだったわ。でもよく思い返せばこういう奴だったな。
「師匠がここに住めというなら永住しますし、ダルファニールに戻ると仰るならあちらの地獄までついていくでありますよ」
そう言って弟子は屈託なく破顔する。こいつとの会話も一年ぶりだけど、うちの不肖の愛弟子が相変わらず駄目な子すぎる。将来、何処かの悪い男にころりと騙されそうで、師匠として実に心配になってくる。可愛い。
いや、俺自身が仲間の為に平和な故郷を棄てて戦乱の地に戻ろうとしていたことを鑑みれば、これはむしろ師匠である俺に似た結果なんだろうか。そうも思ったが、このことについて深く追究しても師匠としての俺の風聞を損ねる可能性があるだけなので、ひとまずは棚に上げておく。
「それにしても、ここが師匠がご誕生なされたニホンという世界でありますか。何だか、やけに蒸し暑い世界でありますなあ」
ムジカが畳や天井の灯りや硝子窓の外に見える往来をきょろきょろと眺めながら言った。
「ん、いや、ニホンというのはこの世界全体の名前じゃない。お前らの世界でいう王国とか南洋連邦とか……要するに、この街がある一つの島国の名前だよ」
「そうでありましたか。では、この世界のことは何と呼べばよろしいので?」
そう来たか。思ってもみなかった質問だな。
「改めて尋ねられると言葉に迷うな。『地球』はこの惑星、いや大地の名前でしかないし。宇宙って世界の名前か? 大体、この世界はこの世界としか呼ばないしな」
「サハー、だよ」
シキが聞き慣れない単語を口にした。そのまま流暢なダルファニール語でムジカと話し始める。
「日本人には娑婆世界と言った方が馴染みがあるかな。私が軽く調べた限り、この世界につけられた固有名詞らしい名前は古代インドから伝わってきたこれだけだね。あの辺りの人々は抽象度の高い思考が特に好きだったらしいからね」
「サハー、でありますか。短いのに耳に心地いい響きでありますな」
「古代インド語で『苦しみに耐える土地』みたいな意味だよ」
「思ったより重々しい名前でありましたな……一体どういう方が、そのような名づけを?」
「大昔の……まあ、宗教家だね。当時の感覚では真理の探究者、って感じだったかもしれないけど」
「宗教家の方でありましたか。そう言えば『ダルファニール』の名前を弘め始めたのも彼の地の修道士のお方々だと聞いております。何処の世でも、殊勝なるお方々の頭にあることは似ているのでありますなあ」
ムジカとシキはそのまま意気投合して、きゃいきゃいと仲良く話し込み始めた。
「では、本日からシキ殿にこの街を案内していただけるでありますか!? 見慣れないものが多くて楽しそうであります!」
「いいよー。うん、耳と尻尾は隠してもらえば何とかなるかな。お父さんとカンセーも来る?」
「……何て言ってるのか判らん。なあオーギ、今どういう話になってるんだ?」
そう言えば、カンセーに翻訳魔術をかけるのを忘れてたな。
「その話、明日からにしないか。今日はもう夜も遅いし、色々あって、流石に疲れた」
何しろ俺が日本に帰ってきてから、まだ一日経ってないんだぜ。
■ ■ ■
「師匠、師匠! 昨晩泊めていただいたシキ殿のお住まいは、師匠のいらっしゃるこのヨジョーハンよりも涼しい風が流れておりましたし、おゆはんは天にも昇る味わいでありましたし、まるで華美を極めた楽園のようでありました! 自分は王国軍からニホン国国民への転属を希望いたします! オーシキ殿のご実家の子になるでありますよ!」
「おう、好きにしろ」
でもせめてその前に俺をダルファニールに送り届けろよ。お前の故郷を加勢しに行くんだからな?
テスト投稿です。のちほど連載版として続きも含めて再投稿します。
連載版が上がり次第、この短篇版にもURLを貼りつけますので、そちらも宜しくお願いします。
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