君の耳に届くもの
あれ、ここどこだっけ。確か俺はいい匂いに誘われて走って弓が脇腹付近に三発。そのあとが、思い出せない......というか涼しいな。地下かな? というかベッドの上にいるらしい。
温度差マイナス五度、体感温度差マイナス十度といったところであろうか。記憶のあるときにいた場所のように直射日光は無く、灯りらしい明かりは切れかけの照明だけでありやはり地下なのだと実感させられる。
ここでやはり気になるのは何故このような場所にいるのかだった。悠一は寝ていてたであろうベッドから起きようとするが力を入れると脇腹に
激しい痛みが走り起きようにも起きれない。
すると、それを見ていた誰かがコツコツと足音を響かせて近づいてきて声をかけてくる。
「あ、まだダメっすよ。しばらくはそのままにしといてくださいっす。また、気絶されたら困るっす」
と、親切にしてくれているが誰なのだろうか。声に聞き覚えはないし顔も知らない。おそらく、気絶したからだろう。見た目の特徴は特にないが強いて上げるとすればかなりの美人である。
「あの」
「ん?どうしたっすか」
「どなた......ですか?」
すると、彼女は額に手をあてあちゃーと言いそうな顔をしながら深いため息を吐く。そして、
「また私のこと忘れたっすか? 三日前に言ったばっかすよ? これで何回目っすか」
何回目? 今の彼女の言い方からすると俺は何回か会ってるのか。覚えてないから何も言えないがそれが事実だとするのなら俺は相当酷いことを彼女に何回も......
「すみません。宜しければその、教えてくれませんか」
彼女は一旦その場から離脱してから椅子をもってベッドの横に座る。
「いいっすよ。君と私との思い出、全部教えてあげるっす!」
彼女は悲しいはずなのに、それなのにそんな表情ひとつも見せなくてむしろ笑って見せるからまだ、何も思い出せないのに泣きそうだった。
「ありがとう」
だからこの一言だけを伝える。
「たいしたことないっすよ。じゃあまず」
と彼女は話し始める。
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私が君に初めて会ったのは戦争の時。
私達十二神は一人の人間によって呼び出された。私は戦いに不向きな神だから血の匂いなんか当然嗅いだこともなかったから吐き気が止まらなかったんだ。
私は他の十一人とは違うんだと思い劣等感をずっと感じていた。
それから私達を呼び出した人間は役割を与えたの。
最初に呼ばれたのは私。一人一人の神能力の特性を理解した上での役割分担。私は伝令神として、そして君は全知全能神として。
私は人間の救助だったけど君の役割はかなり意味の分からないものだった。
現場指揮と、戦後処理。
この二つを言い渡されたそのときは私あんなに特徴もない人間に近い神に何が出来るのだろうと思ってた。
それから私は自らの神能力である“死出の旅路”を使った。
この能力の恐ろしいところは送り出した人間の思いが自分の記憶となって刻まれること。当時の戦死者約十万人。私の送り出した戦死者約二万人。
正直限界だった。当然時間もないから一回送り出すのに百人単位だった。辛かったただ辛かった、泣きなかった、でも泣いたら浮かばれない。かといって強くない私は他の神にも相談出来なくて、溜めることしか出来なかった。
だから、黙々と続けてた。でもその時に忘れられないある出来事が起きた。
最初に送り出していた場所にはもう亡くなった方はいなくなったから場所を移動していたんだ。その時に倒壊した建物の方からーーー“助けて”ーーーと男の人の声が聞こえた。生きている人を救っている暇は無かったから心苦しいけど無視をしたんだ。けどね、彼はこう言った。
ーーー“さっきの音色はあなたのものっすか?”ーーー
おそらく音色とは死出の旅路の時に使う笛の音だと思われる。でも、それがどうしたのか。そんなの私には関係ない。
でも、その場に留まってしまった。聞いたら辛くなるのを分かっていながら。
ーーー“違うなら聞き流してくれていいっすよ。もしあなたなら伝えたいっす”ーーー
なんで、なんでそんな急に、優しくされたら私は......
ーーー美しい音色だったっす。死ぬ前に聞けてよかーーーーー
そういって彼は死んだ。
どうするべきか悩んだ。自分の為に逃げるか、それとも彼の為に醜い人の中を見るか。
私が選んだのはどちらでもなかった。
ーーー“神能力 死出の旅路”ーーー
そして、三分間笛で全力で弾く。
体内に入り込んでくるのはただひとつの記憶。
冷えた食道に温かいスープが通り抜けるような温もりが全身に広がる。彼の人間性、愛、彼を形成する全ての人脈。そのすべてが自分の記憶となる。彼はこう願っていた。
自分は死んでもいい。でも家族はどうか家族は無事であってくれと。
そして、
先程まで流れていた音色を聞いて死にたいと。優しい音に包まれてこの戦争に終わりを告げたいと。
そう分かった時にはもう涙は歯止めが聞かなくなり、叫びに叫び挙げ句の果てには喉が切れ吐血してもなお叫び続け。死にたかった。無視した自分を恨んだ。力の無いの形式だけの神という肩書きをもった自分を責めた。どうして、自分はこの能力を持ったのか分からない。いっそのこと殺してくれ、その方が説明がつく。そんな風に思うのは罪だろうか。
私の選択はあっていたのだろうか。こんなにも純粋に生きていた人間がいたなんて思わなかった。醜いだけの欲望の塊だと思っていた。けれどもただただ優しい人で。
ーーー“幸せだ”ーーー
え?
今までで初めて埋め込まれた感情。死人は皆、他人の事を気にして自分の思いを隠し生きていた。だが、違った。隠していたのではないそうするしか他人を悲しませない方法が無かったのだ。
顔も知らない会ったこともない人なのに、こんなにも悲しくて嬉しい気持ちにさせてくれた。能力を呪いだと長年思い続けてきたこの思いを一瞬で砕いてくれた。そんな彼を失ってしまったのが悔しくて。またひたすらに泣いた。
そうしているうちに夕方になっていたんだけどその時に一人の男が歩いてきた。そしてその男はこう言い放った。
ーーー“殺してくれ”ーーー と。
そんな男の腕の中には萎れた葉類のようにくたっとした女性がいた。そして、続けて彼はこう言ったの。
ーーー“違うなら聞かなくていい。もしあなたなら頼みたい”ーーー
聞き覚えのあるフレーズ。もうそれ以上言うな。そう伝えたかったが伝える喉も潰れてしまっている。
ーーー“先程の美しい音色を死ぬ前に聞きたい”ーーー
駄目だ。あなたは生きている。生きたかった人もいるのだと伝えたかった。が、なにかを伝うのは頬に流れる涙だけであった。
同様に男も泣いている。訳が分からない。どうしてなのか。
ーーー“我はこの女性に助けを乞われて、助けようとした。が、我のような力の無い者ではこの女性を救えなかった。それが悔しい。それ故死んでも償えぬ”ーーー
男は悔しそうに唇を噛みながら大粒の涙をポロリポロリと流していた。死んでも償えない事を分かっているから余計に辛かったのだろうと先程自分に起きた出来事から共感できた。だからあえて私は自分の能力が死人にしか発動しないのを言わなかった。
ーーー“神能力 死出の旅路”ーーー
先刻に劣らない演奏で止まらない涙を旋律に乗せ、魂を込めて演奏する。そして、旋律が最終局面に向かうと同時に腕の中の女性が光となって消えていくのが分かる。
ーーー“逝かないでくれ、頼む。貴女に謝らなければならないことが沢山あるのです”ーーー
ーーーーーーーーーー
音がプツンと切れるように静まるが直後に聞こえてくるのは二人の泣き声。一人は後悔で。もう一人は再びくる温もりの記憶で。そして、私は男に近づき耳元で痛む喉を無視して一言だけを告げる。
ーーー“あなたのような紳士に巡り会えて”ーーー
少し間を開けてから続ける
ーーー“幸せでした”ーーー
男は泣き叫んだ。まるで泣くことしか知らない赤子のように泣き続け私と同じように喉を潰す。
そして、しばらくしてようやく落ち着いたのか私の耳元で喋る。
ーーー“貴女は強いな”ーーー
今度は私が男の耳元で喋る
ーーー“貴方こそお強い。一人の女性を救おうと思うことが出来たのだから。私には到底できません”ーーー
今度は男が私の耳元で
ーーー“ですが、我は救うことは......”ーーー
今度は私が男の耳元で
ーーー“貴方は彼女を救いました。とてもお強い信念で”ーーー
今度は男が私の耳元で
ーーー“あんなにも美しい音色を聞いたのは初めてです。今度はもっとちゃんとした場所で”ーーー
今度は私が男の耳元で
ーーー“喜んで。お名前は何と?”ーーー
今度は男が私の耳元で
ーーー“ゼウス。ただのゼウスです”ーーー
あの特徴もない人間のようなものが......こんなにも器の大きく優しい心の持ち主だったとは。
そして、最後に私が男の耳元で
ーーー“ヘルメス。ただのヘルメスです”ーーー
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その話を聞き終えたときベッドに上向きで寝ていた俺は、それに関して記憶が無いのにも関わらず大粒の涙が枕を濡らしているのに悔しさを感じた。
「こんな感じっす。私とゼウスっちの仲良し伝記は。ダイジョブっす、今思い出せなくても絶対思い出せるっすよ」
きっと彼女が一番辛い。でも俺だって辛い。確かに彼女は最後にヘルメスだと名乗った。殺さなければいけないなんて辛すぎる。だから、何としても殺さない方法を考えなければいけない。でもできるのか? 分からない。旗佐浜さんなら何か......と思っていた矢先、ポケットの携帯がなる。
「旗佐浜......さん? ナイスタイミングだ!」
「誰っすかそれ」
「もしもし。悠一君かね。言い忘れておったが倒した神は君の使いになる。そして、その使いを召喚するには普通三分が限界じゃがな、最初に倒した神は無制限じゃと悠一総統は言っておった。では頑張りたまえ」
できすぎだ。怪しいくらいにできすぎだ。本当にいいのだろうかこんなにも出来すぎたシナリオで。でも構わない。こんなにも大事にしたいと思うことのできた人と共に歩めるなら。
「もう覚悟は出来てるっす。もともと殺される為にあの子を誘拐したんすから。まぁ別の理由でもあるんすけどね。ゼウスっちに殺されるなら嬉しいっすね」
彼女はにこっと首を傾げて笑う。本当に良かった、こんな人と出会うことが出来て。自分をここまで信頼してくれている人に出会えて。俺は記憶をまだ思い出せない。けれど当時の救われた自分の気持ちが分かった気がする。おそらく
ーーー“幸せだ”ーーー
であろう。
いつもありがとうございます。先日活動報告の方書いたので見てみてください。