Can't Keep
甘いお菓子のような香り。仄かに温かい肌。聞こえてくる鼾。沈み始めている夕日の眩しい光線。
ーーーー誰......この子? 金髪にゴスロリ衣装......
先程まで気絶していた恵は普段とは違う目覚めだ。
さらには非日常的な最近から引き離してくれる鼾。ここ最近で一番、現実を実感出来たというのは紛れもない本心である。
「あれ......起きたですかですか......」
恵が目覚めてから直ぐに目覚めたその少女? ーーーープリモラードは眠そうな形相を見せ、小さな右手で大きな瞳を擦る。
「起きたですよですよですけど......誰ですか? というか何歳よ......その格好」
初めて会話をする相手の思いもしなかった癖にやや困惑気味の恵。相手に合わせて話すあたり恵らしいと言えばらしい。
「あ、そーいえばまだ、ぐみんさんには挨拶してなかったですねですね。私は十八才で」
だがそんな癖を気にする感情もすぐに消え去る。
紹介を始めようとする合法ロリに、ちょっと待って、と制止を促す犯罪級天然女恵。(一部の間でのこの名の認知度は高い)
が、そんな恵の特性は見事に封印されている。
「誰がその名前で読んでた?」
「ヘルメス? さん?」
「ははぁーん。なるほど分かったわ」
それはもう怖いという単語では足りない。
一瞬、彼女の瞳の奥にどす黒い何かが映る。このとき、彼女の頭の中にプリモラードが聞き間違えた、なんていう考えはこれっぽちも無い。
悪いのはヘルメス。それに乗じたプリモラードに自分は馬鹿にされている。そういった類いの事が恵の今の考えの大部分を占めているのだろう。
恵は目を再び元に戻し続けた。
「その呼び方やめてくれる?」
この一言だけを聞けば将来は保育士が有望であろうと誰もが思うことだろう。それぐらいに優しい口調で語りかける。
「何でですかですか? 自分の名前嫌なんですかですか? ぐみんが」
ただただ間違えられているだけなのだがそれを知らない状況であるが故に、プリモラードが名前だと思っている “ぐみんが” が、恵の脳内では、
暴君が市民たちに言い放ちそうな、愚民がッ! にしか聞こえていない。
仕方の無い事であり当然でもある事なのだが、恵の名前を間違えて覚えている当の本人も聞き間違えだという事実に気付いていない。
「嫌って......嫌に決まってるじゃない! そんなこと他の皆に言ったら、秒で頭より上飛ぶよ? そうね例えるなら血祭りってとこね」
脅し混じりで事実を伝える。
効果抜群。恵の期待していた反応を見せる。悲鳴を上げながら跳んでいる様からするに、本当に合法ロリなのか疑念が湧く。
そして、その合法ロリーーーープリモラードは全身が震えている状態で言い放つ。
「わ、わたひ、わたしは良い名前だと思いますます。ぐみんっていう名前」
殺られる可能性を下げようと必死に媚びに走ったプリモラードだったが効果はいまひとつ、むしろそれに気付いた恵に反撃を受けるはめとなる。
「ちょっと可愛いからって何しても良いってわけじゃないのよー! だいたい何よその胸! スイカでも入ってるの? というか愚民の意味が分かって言っているの!?」
自分の胸に手を当てる恵。しかし無い。
「意味? ぐみんのですかですか?」
そう返してきた恵は、そーよ、と腰に両手を当てご立腹の様子。
「ぐみんは天然美女って意味ですよですよ」
それはあまりにも特異な回答であった。愚民を天然美女に繋げる事は不可能であり、ましてや一ミリも接点など無い。
それを聞いた恵は当然、理解に苦しんでいる。
「え? ちょっと待ってどういう事? 本気で言ってるの?」
「はいっ! ぐみんは私の王国ではエルフさん達がそう言われていましたました」
恐怖に汚染された先程までの表情は面影を残さず消えている。先程は別に媚びているわけでは無かったのだと恵は思った。
が、恵は気付いていないーーー
「王国とか何とかっていうのと天然っていうのは何か腑に落ちないけど美女って......今日から私は“ぐみん”になる! じゃんじゃん呼んじゃって!!」
ーーー天然が天然物などのジャンルの方であることに。
これが天然女の本領発揮。乗せられ踊る、単純で浅はかな女である。
「というかごめんね?」
一旦、落ち着いた恵は今までの不敬を謝罪する。
すると、合法ロリは顔を大きく横に振り、ニッコリと笑う。
「全然ですです! これでやっとぐみんさんと色々話せるようになったんですからから」
二人は潮の匂い、広大な蒼い海。そして揺れて擦れて楽器に成った木々、花や草たち。それらを育む母なる太陽。
天然物に包囲されるというシチュエーションで、暴力的な胸を持つ合法ロリはまな板を持つ恵に自らの名前を名乗り始めた。
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「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
動かない。目が、口が、手が、足が、指が、首が、固定されたように。圧倒的に酷だ。
聞こえない。誰かの声も、自分の吐息も、ぷつんと糸電話の糸が切らたように。圧倒的に静だ。
臭わない。自分の匂いも、他人の匂いも。刺激臭が恋しくなるまでに。圧倒的に迷だ。
見えない。正面にあるものも、夢も、現実も、この先も。目を失った草食動物のように。圧倒的に弱だ。
届かない。助けも、願いも、伝えたかった想いも、こんな想いやあんな想い。伝える術を失った宣教師のように。圧倒的に詰だ。
もう分からない。ここに居る意味も、来た意味も、今まで大切にしてた人達の顔も、ぼやけて霞んで分からない。全ての体の機能を無くしてなお襲いかかるシステムダウン。
あぁ、神は無慈悲だ。
どこまで無慈悲なのだろうか。
『お願い助けてーーーー』
音無き声はその圧倒的なまでの無慈悲さを物語る。
そして、流れぬ涙は内部で溢れだしこの伝説は壊れ始める。
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