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具現化ヒロイン。  作者: 橘コウヘイ
第二章  記憶との対峙
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曇り無き鼓動と

 


 稀に吹く湿度を含んだ風が木々を揺らし、存在感を誇張してくる。その度、隣に居合わせているもう一人の髪が軽く持ち上がっては直ぐに戻る、その繰り返しをもう何度見たことか。靡く髪からは陶酔を崔すような甘美な香りが漂う。



 もしもさっきヤれていたら......



 どれだけ最高だったのだろうか。などという妄想がリピートを続ける。

 東郷は何度か深い鼻息を漏らし、精神を落ち着かせている。が、決して落ち着く形相は見られない。



「キモいっす!」



「なして!?」



 卒爾的に発せられた無礼な発言に、普段そこまで過剰な反応を見せない東郷も珍しく声を荒げる。

 だが、当の本人も分かってはいるのだ。自覚が無いと言えばそれはそれで気持ち悪いものであることも。



「どぉーも視線を感じてならないっす。それと何か卑猥っすよ」



「何かってなんだ! 何かって! それに見て......ねぇし」



 もう一度言うが分かってはいるのだ。が、東郷は何かに操られているかの様にただただ否定を重ねる。



「今は少し身構えた方が良いってときなのになに考えてるんすか」



「だから考えてねぇっ......!」



「考えてるっすよ。何すかその顔。ばりばり書いてあるっすよ」



 その否定を間を開けずに否定するヘルメスは東郷の数手上に位置している。

 これが上級者の才腕なのだろうか。他人の口述を削ぎ落とすーーーーあの時もそうであった。他人の発言を摘み、自己中心とした戦いに持ち込む。

 最も、あの時のヘルメスが通常運行であったのかは謎のベールに包まれたままであるが。



「え!? うそ......」



「いや、そんな乙女な反応されてもこまるんすけど......まぁこの話はさておき東郷さん」



「ひゃっ! 何?」



「んっ......東郷さん今自分がどれだけキモいか分かってやってるんすか? ぶちのめしますよ?」



 誠実さと童貞が取り柄の東郷に突然として現れたステータスがこれまでのステータスを雑駁とさせ、一段とイメージダウンした東郷は最後の傷害予告に顔が青ざめている。それを見つめていたヘルメスも違う意味で青ざめていた。

 

 だが、ヘルメスのそれは直ぐに引き元の血色を取り戻し、今度は雪のように白いヘルメスの肌は焚き火の明るさを吸収し橙へと色を変え目線を東郷の腰元へと変える。



「その腰のやつに入ってる家紋って東郷さん家のっすか?」



「あぁ、これか」



 そう言って、腰元から引き抜いたのは目の前にいるヘルメス討伐の際に作られた刀である。そもそもあの闘いでは一切使われていない武器であるが。



「これは俺の家の家紋だよ」



「えっ、由緒正しいお家で生まれ育ったんすか......意外っすね」



 目を丸くするヘルメスの肌は今にも陽炎で溶け始めているのでは無いかと錯覚するぐらいに純白である。その容姿によって多少の事が許される、何て事もあったりするのだ。



「そうか......意外か。お前が見るに俺のどこら辺が意外なんだ?」



 普段の棘の様な鋭い突っ込みでは無く、祖父母が孫に語りかける、そんな雰囲気の相槌を入れる。

 だが、そんな愛情に気付く程、敏感ではないヘルメスである。



「口の悪さ、目付きの悪さ、卑猥、変態、エロ、淫ら、それと......」



「目付きの悪さは生まれつきだよ! んで、それと?」



「いや、何でも無いっす」



「なんだそれ随分と酷い言われようだな......んで俺の家がどうかしたのか?」



 気になる気持ちを抑えるのに髪を掻き乱す東郷。それを見て楽しそうに笑うヘルメスは体ごと傾け東郷の顔を覗きこむ様にしている。

 いつもに増して佳麗だ。その一瞬を捉えただけならばそれはもう暴力に値する程に。



「東郷さんの事もっと知っておく必要がある気がするんすよねぇ......だから家の事を......なんっつって」



 えへへ、と、顔色を疑いながら話を濁し、否定を恐れるヘルメス。だが、そんな心配も無限の彼方へと消えていく。そう、相手は東郷なのだから。

 

 ヘルメスも言えた事では無いが、東郷という人間は鈍感という観点では日本でも五本指には入るであろう逸材。

 学校ではお坊っちゃまで世間体や一般情報に鈍い奴ということで名は通っている。



「いやならいいんすよ?」



「別に大したことじゃねぇーから良いぜ。ただ掘っても何も出てこねぇぞ?」



「うんっ!」



 瞬間、東郷の心臓は如何わしい行為に成りかける前の時以上に飛び跳ねる。

 

 確かに見えた。一瞬ではあるが確実に見えた。驚く程綺麗な穢れを知らないただの女性を。



「......」



 高鳴る鼓動は物を発するのに波長を変えて拒絶する。

 ん? と、首を傾げるヘルメス。それによって起きる二度目の高鳴り。


 これ以上は体に悪いのでは無いかと思い始める東郷であったが、この二度目の波長のズレは思いもよらず、軌道修正の効果を発揮した。



「あのっ!」



「なんすかっ! 急に! ビックリするじゃないっすか。しかもその先輩に告白する前の後輩の純情な感情、みたいな感じ出すの止めてくださいっす」



「悪かったな! それで俺の家の事話すから俺の言うこと一つ聞いてほしい」



 そして、一口、空気を頬張り直ぐ様言い放つ。



「何で、その喋り方になったのか教えてくれ!」



 ぽかーんとした雰囲気がこの満天の星空の下に繰り広げられる。小波が岩にあたる音だけが通り抜けた。



「そんなに深刻そうな事言いそうな顔してそれっすか......別にいいっすけど東郷さんと違って掘ったら出てきますよ?」



「悪かったな俺の家が特に何も無くて」



「まだ誰もそんなこと言ってないじゃないっすか。聞いてもないのに。それに東郷さんが最初に自分で言ったんじゃないっすか」

 


 東郷は顔をしかめ、自分の発言の矛盾に気付く。何を言い返したら良いのか分からずに脳内で溜まりに溜まる。

 それ故、話を進める。



「じゃあ俺から話すけど異論ねぇーか?」



「お願いしまっす」



 なんだそれ、と、笑う東郷に釣られ笑うヘルメスはただのーーーーそう、もう神ではないのだ。

 

 話は遡るがヘルメス討伐前の悠一家の事。悠一が神々を殺す度に悠一の体内に収容される、そしてその全てが体内に戻ったら悠一は晴れて人間に戻れる、というものである。

 

 つまり、ヘルメスはただの女性という訳なのである。が、時として状況は裏返る。悠一が神として呼び出せば別の話にはなる、ということだ。しかもそれが無制限ともなれば。



「そーだなぁ、何から話そう」



「じゃその刀から教えてほしいっす」



「おぉ、最初からエグいの選んだなお前」



 そーなんすかっと、言いそうで言わないヘルメスは座った状態で曲がった足の上に両肘をつき両手を顎につけ足をふらふらさせ、まるで子供が何か嬉しい事を待つような、まさにそんな感じである。



「この刀はな、祖父がくれた物なんだ。祖父の名は平七郎。それでこの刀の名は吉房。鎌倉時代の刀だ」



 そう、語りだした東郷の目は確かに誇っている目をしていた。そして自慢気そうに話しているようにも見える。



「よ、しふ......さ? それに鎌倉時代っすか!? 何年前っすか、ええっとイチ、ニ......」



 手の指を駆使して鎌倉時代まで遡ろうとするヘルメスは必死そうだ。恐らく、放っておいて疑問が晴れてもその時はもう死んでいるだろう。それを見た東郷は、



「手で足りるわけないだろ......約九百年前だよ。それでこれを作ったのが東福一文字派の名工だ」



 名工と呼ばれるだけある見応えのある刀、否、芸術作品といった方が初見は納得がいくであろう。

 華やかであるが激しく目立たないほどの絶妙なまでの装飾。稲妻が走ったのかとも思えるほどの刃の輝き。



「まぁ、よく分かんないっすけど」



「知ってた。まぁこれから言うこと聞いてりゃ分かるよ俺の犯したミスがな」



「ミス......っすか。え、東郷さんそれ使って幼女脅して......」



「俺はいつからお前の中でロリコンになったんだよ!? 犯したってそっちじゃねぇーよ! もっといけない事をしたんだよ」



「他の女寝とったんすか!?」



 次の瞬間、風を切る音が聞こえた直後何かを叩く音が響く。そしてそれは怒号に掻き消される事となる。



「あのな、何でお前はそういう方向にしか考えられねぇんだよ!? 話進まないだろ!」



「すんません」



 しょぼんと萎れるヘルメスは枯渇した植物のようである。反省の意を示すヘルメスに軽く視線を当てるが刀へと戻す。



「この吉房は国宝だったんだよ」



「“だった”? んすか?」



「あぁ、話せば長いから簡単にまとめるが俺は小さい頃この刀を真っ二つにした。それはもう取り返しのつかないほどに」



「何したら刀折れるんすか」



 鉄の塊をへし折った東郷に疑念を突っ込む。

 それを聞いた東郷は、まぁ聞けや、と静止を促す。

 はーいはい。そう呟いたヘルメスの視線は一ミリと変わっていない。



「親父はそんな醜態を世間に晒す訳にもいかずに国宝登録を消して無きものとしたんだよ。そのおかげで今は学校に通わなきゃなんない」



「もともと学校行かないつもりだったんすか?」



 東郷は首を縦に振り、あぁと答える。



「親の仕事継ぐつもりだったからな。中学でたらもういいと思ってた」



「その仕事っていうのは刀とかそっち関係なんすか?」



 今度は先程とは異なり首を横に振り、違うという意思を表示する。



「そこまで違いはねぇーが、戦艦作ってたぜ。どでけぇやつをな」 



 戦艦サイズともなればかなりの経済力、知名度、買い手が居なければ即、失業の訪れる職業。戦うならまだしもーーーーその上、知る者は少ないが魔法が使える御時世である。

 


 東郷は続ける。



「けど、俺は追い出された。この鉄屑と一緒にな。出るときにおじいちゃんに渡されたんだ」



 そう言って、右手に持っている鞘に入った状態の刀を左手に打ち付ける。ヘルメスは依然として見つめているがその暴力的なルックスのまま東郷に質疑する。



「でもそれ折れて無くないっすか?」



「これは悠一がまほ......とーん!」



 悠一がこの刀に施した内容の事実は絶対に他言してはならない衝撃的なものだ。

 それを軽々と滑らせそうになった東郷は必死に呪文を唱える。



ーーーーしかし、ヘルメスは呪文を覚えていない‼



 などと出てきたら怖いものだ。



 すると、



「今日ちょっとおかしいっすよ東郷さん、ちょっと引くぐらいに」



「まぁ、この話は終わりにして次お前の番な!」



 話を無理矢理封じ込める東郷の呪文、否、自己中。そんな魔法使いにヘルメスは、



「えぇ!? 全然東郷さん話してくれてないじゃないっすか! 全く分かんなかったっすよ!?」



「まぁまぁ、それは俺とお前が結婚することになったら話してやらんこともないから、な?」



 ヘルメスは落ち着いていた形相から一変して顔を真っ赤にする。



「な、な、な、な、な、な、な何を言ってるんですか? 私と東郷さんが? 結婚? うれしぃ」



「最後なんて?」



 ボソリと発したヘルメスの声は通らなかったが、ヘルメスは自己満足に陥っている。



「何でもないっす」



 えへへ、と再び微笑む。彼女は続けた。



「じゃあ話そう! 私の過去について!」



 日中よりも熱い。彼女はまるで太陽。そう思った。俺はあいつを知ってるようで全く知らないらしい。だって俺は初めて普通に話す彼女を見たのだから。 



「おう! 教えてくれ!」



 今までで一番元気な発声をした東郷の笑顔は朗らかでまるで月のようだった。



 その二つの天体の中を風が吹き、二人の髪は靡き周囲を煌めきで埋め尽くした。



1000PV越えました!本当にありがとうございます。これからも何卒よろしくお願いします。


Twitterの方はフォローしてくれればフォロバ必ずしますのでご指摘、挿し絵くださる方が入ればリプでも何でも構いません! 気さくに話しかけてくださいね!  作者名打てば出てきます。



感想どしどしお待ちしております!

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