表裏一体
露骨に響く不快音ーーーー地下に響き渡るハイヒールと地面とが当たり擦れる音に吐き気すら覚える。さらにはスラッとした足の長さを軽く越える軍服が床と付き添っている。その短く細々と切れながら続く二つとーーーー
「つまらぬ余興だ。力を持たぬ愚民どもは俗物よりも厭わしい。不純物は除かなければ......。妾の世界に弱き者は要らぬ。我々がしなければならないことは何だ? 思考か? 嗜好か? 志向か? 指向か? いいや全て違う、どれも綺麗事を並べただけの妄虚に過ぎん。すべき事は至高への施行だけ。孤独を恐れ、怖れ、畏れ、他人の才幹は自分の羨望となり軈て嫉心を抱く人間はこの世の秩序を乱す塵にしか成り下がらない。さらには、肉に餓え、血に餓え、人を容易く駆逐する。しかし、これは本能であり人間としての理に沿っている。かくの如くの中でも慚愧に堪えぬのが人の言う恋愛という実に解せぬ感情表現である。公衆の面前で恥を晒し合い、そうである者とでない物を区別、否、差別をし始める。己達が世で頂上に立つ程の腐り者だとも知らずに自分は正しい、選んで良かったなどの自己暗示を繰り返し正当化させる。正直、嘔気を覚える。未完成の人間ごときが未成熟の果実などという戯れ言を吐くながら交わるなど、そうでない人間に敬意を払う程に......不純......不浄っ! 流れる時に身を委ね川を流れる水の如く激しく消えていくその感情は時を同じくして愛情。即ち恋愛という物から相承された虚だ。それを育むなどと......実に愚かっ、この手で握り潰してしまいたいっ。その上、己には穢れは無いなどと虚実を吐き、如何わしい行為を繰り返す如何わしいおなご共。それに欲情する汚らわしい猿共。二つが重なり腐った果実に成り下がる。不純っ......不浄っ! 何を意して妾を其処まで侮辱するのだっ! その間柄で何が出来る、その間柄で何を求める......何も出来ない。強いて言うならばこの世に無駄を産み出すことだ。そうだ、いっそのこと無くしてしまえば良い。滅びれば良い」
長らく続けた二つの不協和音は静まり、最後に遅れをとった後者の右足が地面と擦れ音が生じる。
瞬間、聞こえてきたのはじゃらじゃらとした金属が擦れあって共鳴をしている音であったーーーー何かを牢に閉じ込めていたのか、二つの金属がじゃらついていた。そして次に聞こえたのはその鎖だろうか、床へと下降し叩きつけられた音が空間に充満する。
「さぁ、仔猫よ......今宵はダンスパーティーだ。踊れ、躍れ、そして、狂えっ! 年に一度も訪れないこの舞踏会で狂え、そして不純物共を消せっ!」
目は黒目と白目の割合が同値となり右手で必死に嗤いを堪える。しかし、嗤いは滲み出ており狂気に満ちていた。
だが、それに対し連れ出されたのは女性なのだろうか。何も視線を合わせず、ただただ虚な双眸には光など皆無である。
「御意」
と、短く答えるその様はまるで奴隷の受け答えであった。その返事を聞き頭を撫で始めると同時に口を開く。
「貴女の力に私の力が加われば誰にも負けないーーーーさぁ躍り狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂いなさいっ!」
そして、再び不協和音が鳴り始める。その音から伝わるその音波は脳に嫌悪感を訴えかける。歩く速度は先程よりも心做しか速く感じられる。
「σφαγή《虐殺》」
ーーーは興奮を含む語尾で呟き闇の中へと消えていく。
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ぼんやりと周囲を照らす炭火はジリジリと音をたて木を焙られ、元の薄い褐色を影よりも濃い黒に染め上げる。
「お前はどう思う......」
先刻まで寝そべっていた東郷は既に起き上がり、上半身を前に付きだし膝の上で両手をがっしり交差させている。
「何がっすか?」
「あの蟹がただ遊びたいだとか暇つぶしとかの理由かって事だ」
「わかんねぇっす」
と、即答するヘルメス。視線と体は一切動いておらず考える素振りを見せることは無い。
「少しは考えろよ......ホントに何でも良い、そいつについて教えてくれ」
「ポセイドンさんっすよねぇ......いや分かんないっす」
「ホントかよ? 同じ神同士だろ?」
「あのっすよ、東郷さん。いくら神といえど苦手な相手はいるわけっすよ。それがたまたまポセイドンさんにあたったんす。だから全く分かんないんっすよ」
対して人間と変わりの無い生命体ーーーー神。生まれながらの地位と名声と力以外、大方人間と変わりの無いものである。それは、プリンの所有権で揉めることも多々ある位に。それを聞いた東郷は呆れたのか一瞬顎が下がった。
「まぁ、そうか。何か悪かった。......でも一つぐらい......」
「しつこいっす。でも、無いこともないんすよねぇ。聞きたいっすか?」
「勿論。というか有るなら最初から出せよ......」
「えぇ、聞くんすか。あんまり言いたくなかったんすけど......聞いて損するのそっちっすよ? というか何すか特別に聞かせてあげるっていってるのに」
「早くしろ」
自ら発した提案を焦らしながら話すヘルメスに東郷は体内の苛立ちの導火線の極端を焦がす。それは丸太に座りながら足で地面を小刻みに踏みつける事で表へとしっかり出てくる。
「あいつは......」
「おう......」
無駄に空気が張り詰め、二人の喉元を唾が音をたてながら通る。
「幼女が大好きなんすよ」
「......」
「幼女が大好きなんすよ」
「いや、聞こえたよ」
反応を見せない東郷に終息点を見失ったヘルメスは再び繰り返し反応を得ることに成功。が、その反応も会話を続ける事を意した反応で無く、あくまでつっこみの領域である。故にーーーー
「......」
「......」
「ほらこうなるじゃないっすか」
「いやお前そりゃこうなるだろ!? 今追ってる蟹がロリコンとか萎えるどころか苦痛だよ! しかも神だよ? ねぇ神だよ?」
と、言い終えた東郷は軽く息切れを起こしていた。追っている蟹。否、追ってる神がロリコンだと気付き、今までのやる気は急転し暗鬱へと変わる。
「だーから私は嫌いなんすよ、あいつの事......東郷さんもわかるっしょ」
「あぁ今なら分かる。激しく同意だよ。そしてとても怖い」
青ざめたその顔は発言に現実味を上乗せする形となる。
「そーっすね......私が取られちゃうっすもんね」
「いいや、そんなことじゃない。俺が考えてるのは負けた時だよ」
最初片目を閉じ、閉じていない方の目で東郷を見ていたヘルメスだが、あっさりと切り捨てられ少々ではあるが落胆していた。
「で、具体的には何すか」
「ロリコンに支配されながら生きるなんて何されるか分からねぇよ......プリモラードは最初に犠牲になるだろうな......胸ねぇからな」
「あとで言っておくっす」
一言多いーーーーそれは中学校の時から直らない東郷の数少ない欠点の内の一つ。
「まじでやめてくれ......あいつは許してくれるだろうけどあのクソ天使がめんどくさい」
「冗談半分だから気にしないでくださいっす」
「助かるぜ。じゃあこの話はやめよう。......寝るか?」
「早いっす。夜はまだ始まったばっかりっすよ」
何か企んでいるのか口の端を上げニヤつくヘルメスは膝元に置いてあった二つの腕を一つに組合せ寄せる。誇張した胸は東郷の脳に刺激を送る。
「ちょ、おま、おまえ何ししししてんの!? 」
「この機会逃して良いんすか? 婉美な女と二人っきりなんすよ? ヤることヤらずに......なぁーんてこと」
ヘルメスは自分で言ったことに照れなどは感じてはいなかったが、その頬は東郷同様、微熱を帯びている。
「ヤることヤらずにって......普通に考えて」
「普通? この島に来て、いや、私と出会ってから普通なんて事なかったっすよね」
言われてみればそうである。神を倒すという概念さえそもそも可笑しな話であり馬鹿げている。さらには、その戦いに使われる自分の武器に魔法が搭載されている事など最早現実だということすら忘れさせるーーーーそう、この先普通なんて事は有り得ないのである。
「そ、そ、そうか......なら、いいよな。何からすれば良いんだ? こういうのは、」
「もしかして東郷さん、こういうのには無縁っすか?」
「うるさいっ、やれなかったんじゃない、やらなかったんだよ」
それを聞いたヘルメスは今まで声に出していなかった笑い声を少し漏らす。それが聞こえたのか今まで視線が彷徨うばかりだった東郷はヘルメスを横目で睨む。
「非リアの言い訳なんて思ってないっすから......そーっすね、キスとか?」
「お前も無縁だろ」
何事も遠回しに物事を言うことの無い東郷が言い放つ言葉には時として冷気を含む。今回がその例である。ヘルメスの額を汗が滴り歪んだ笑顔はアンサーを導き出していた。
「そ、そんな訳無いじゃないっすか。色々やったこと有るっすよ」
「例えば?」
「例えば......押し倒されて乗っかられたり」
「他には?」
「えっと......突然相手の顔を殴るSプレイとか?」
『はぁ......』と、漏れた溜め息にヘルメスはピクリと眉を上げ、横目で覗きこむ。すると、東郷は全くの混ざり気の無い、真っ黒の髪をかきあげている。
「いいかヘルメス。プロレスは如何わしい行為じゃないし、決まってお前が騎乗位されんのもお前が悪いと俺は思った」
「プ、プロレス何かじゃないわー!」
「お前、焦り過ぎてキャラ設定忘れてるだろ。それとそのSプレイは今後禁止な? 例えゴキブリがいてもだ」
「うぉーーーー! 止めるもんかー!」
そうキャラ設定を忘れたヘルメスは完全に判断力を奪われ一直線に東郷の懐へと飛び込む。
「おま、何すんだよっ」
「ナニもくそもあったもんじゃ無いっすよ......ほら早くやりますよ? でぇへへ」
激しく突っ込んだヘルメスと東郷は少し湿っている地面へと倒れ込む。そして気色の悪い笑い声を上げる下手物。夜空に光る星たちの下で行われるのはーーーー
『ガサッ』
聞こえてきたその音は弛緩した空気をものともせずストレートに聴覚を刺激する。倒れ込んだ二人も同時に立ち上がり辺りを見渡す。
「聞こえたか?」
「ちゃんと聞こえたっすよ」
「じゃ見えたか?」
「ちゃんとは見えなかったっすけど赤色っぽい何かが......」
「お前の動体視力どうなってんだよ......」
苦笑を浮かべる東郷。
「まぁ今日のとこはやめといた方が良さそうっすね」
「あ、あぁ」
同意した東郷であったが少し悲しげな表情を見せる。ともかく東郷の貞操は守られたのであった。
やっと20部まで来れました。読者様いつもありがとうございます。まだ、展開が少なく飽きている人もいるとは思いますが楽しんで頂けたら幸いです。今後ともよろしくお願いします!
それと、ツイッターで橘コウヘイと調べれば出てきます。よろしければDMの方で指摘などなどよろしくお願いします。挿し絵など送っていただければ掲載いたします。