光の灯り
峻烈な刺激臭は二人の嗅覚をまるで使えない状態にまで陥れたーーーー
口の中は舞った埃や砂によりざらつき、喉を枯渇させ痛め付けていた。さらに追い討ちするように辺りを暗闇で包まれた二人は愁い事などの本能的な考えは勿論の事、生理的現象も起きていた。双眸の天面に有るルーフは強制的に壅蔽を促し、元より暗かった視界の漆黒を墨染めし涅色へと変えるーーーー
時はしばらく遡るーーーー
「どこ行ったのよあの蟹は!?」
蟹を追いかけ森の中に立ち入った二人だったが、この土地を知り尽くしている蟹に対して地理情報など皆無な二人で目標物を捕まえるのは難儀な事であった。
「ホントにどこいっちゃったんですかね」
この森の迷宮に迷い混んでから何分ほどたっただろうか。二人は周囲を木々や腰元ほどの草に囲まれており蟹程のディメンションを探すのは困難に困難を重ねていた。
「それにしても疲れたわね。どこか探して休憩しましょう?」
普段、その熾烈さを見せつけている両翼は膨らみを持つ胸の前で交差しており折り畳む状態のまま、飛ばずに徒歩で前進を続ける。そして後ろから追いかけるようにして歩く黒い長髪の美少女は依然としてキャミソールに身を包んでいる。先の戦いで酷い扱いを受けたのもあり衣類の一部は解れていた。
「はい、そうしましょ! 私、喉が渇いて渇いて死んじゃいそうですし......」
「水が有るかは分からないわよ?」
湖や川、否、水の類いがあるとは思えない程に木と木が密接した領域に二人は立たされていた。
「というかですけど何で私たちがあの蟹を捕まえなきゃいけないんでしょうか? 蟹は本当にただ遊びたいだけなのでしょうか?」
「言われてみればそうよね。勝ったらこちらが情報を得られて蟹の方にメリットが無い。ただ遊びたいだけとは思えないわ」
二人は自らの行動と蟹の発言を照らし合わせ不自然さに気付き目を合わせる。だが、その気付いた不自然さも目の前の景色に打ち消される。
「え? うそ......」
依流は出した右足の一歩が土の上に有ることに気付き草の中へと引き戻す。
「......」
右手を口にあて驚いたままの形相で固まっているテムリンは目の前に広がる景色に一言も出すことが出来なかった。
「こんな......こんなにも綺麗なとこ見たこと無いですけどぉぉぉ!?!?!?」
「あ、ちょっと......」
先刻、引き返した右足が今度は勢い良く飛び出し目の前の池に向かって一直線で駆け抜ける。それを見たテムリンは抑止の為、口元にあった手を前に伸ばすが既に遅かった。服を秒で脱ぎ既に水の中で水浴びをしている。
「ほら! 早くおいでよ! ここすごい気持ちいい水だよー? それにこの水めっちゃおいしい!」
水面から顔を出した依流は右手を左右に大きく振り勧誘してくる。水に濡れた髪と両翼はちょうど盛りの太陽に照らされ輝きを周囲に放つ。その輝きに同姓ながら好意を抱く。
「とりあえず私も喉が渇いたのでそっちに行きます」
行きたくないという思いが強かったが喉は急速な潤いを求め喉元を乾かす。その欲求を飲み込むしかなくなったテムリンだったが、何故かその顔には不安の二文字が浮かんでいた。
「何も無いといいんですけど......」
「え? なに?」
聞こえぬ程度と思って発言したつもりが以外と響いてしまい依流まで届く。
なんでもないですと言おうとした瞬間、テムリンの顔の真横を青い何かが風を切る音と共に過ぎ去る。それから姿を捉えようとして追うが見えたのは依流のいる湖に立つ水飛沫だけであった。
「依流ちゃん皆の所に戻った方がいいんじゃないかな!?」
見えた生き物の姿は見えなかったものの異常な程のスピードで駆け抜けて行ったものに不安を覚えないはずがなかった。
「どうしてよ!? やっと落ち着ける所きたんだからゆっくりしてましょ?」
テムリンには理解が出来なかった。依流が戦闘に特化している故なのか、何事にも応じない強さを持ち合わせている事に。逆に自分は設定なのだろうか。一度否定されたら反抗的になれないことや自分の意見を押しきることが出来ないことまで。
「そう......だよね。そうだよ、ゆっくりしないと......ね」
そう折れるしかなかった。下を向くことしか出来なかった。
これは設定のせいと自己暗示をかけ行くべき進路や退路を失う。不確定要素を希望的観測で打ち消す程の気力も無く、手足が震え始める。そして、次の瞬間、凛とした全身に訪れるのは追い討つようにくる冷たさであった。
「ひゃっ!」
突然の不意打ちに手足の震えは全身の震えと変わり奇声をあげてしまう。その後、全身の筋肉は強ばり逃げ出すことも何に触れられているのか確認する事も叶わない。今尚、衣類を水で濡らしたようなものが背中の方から下腹部までを包み込んでいる。
死を覚悟したその時、聞こえてきた声は全身震え硬直させていた畏怖の念を薙ぎ払う。
「どうしたの? さっきからそこに突っ立ったままで。私の体に見とれちゃった?」
狭まっていた喉元は急激に開き、声が溢れだす。
「ちがいますっ! ただ、ちょっと、その......」
「その何よ? あ! もしかしてあの変態の事考えてたとか? テムテムも見た目によらないねぇ」
ニマニマしながら話しかけてくる依流にテムリンは心做しか安堵を覚える。
「そうかも知れない......なーんてね、私も喉渇いたから行こっ! 依流ちゃん!」
元気になったテムリンを見た依流はニヤケではなく完璧な笑みへと変わっていた。
「そうね! じゃあ手筈に服全部脱いじゃいましょ?」
このとき、悠一を変態と読んでいる依流が一番の変態であると気付いたテムリンであった。戸惑いを見せるテムリンであったが、抵抗や反発などせずに脱ぎ始めていた。それはもはや設定などでは無く自分の意志でーーーー
「おぉ、意外と積極的なのね......というか、スタイル良すぎでしょ!?」
容姿端麗ーーーー
テムリン以上にこの言葉が似合う人物は居ない。整った顔に今にもはち切れそうな胸、引き締まった腹部からスラッとした長い足。この世の男を虜にする、三大要素の極致を全て兼ね備えた姿なのである。
「何か言いましたか? すみません聞こえなくて」
依流が言い放った直後、水中へと飛び込んだテムリンには聞こえなかった賛辞は虚しくも森へと消えていく。
「ううん、何でもない。それより少し水浴びしたら木を集めるよ」
「木......ですか?」
疑問を浮かべるテムリン。それに応じて依流は右手の人差し指をピンっとたてて軽く説明をする。
「これから夜になるし、灯りが無いとあれでしょ?」
普通ならここで理解をして了解の返事をするが今回は違った。
「あれ?」
「どうしたの? また変なこと考えてたの?」
「違うんです。思い出してみて下さい。プリモラードちゃん達の話の前後を」
それはこの島に不時着して間もない頃の事である。そして、今こうして追っている原因にもなった会話の前後である。
「えっと......確かプリモラードっていう子がアニメの......」
「そこじゃないです! えっとカニが登場したあたりです! 不知火さんがどこにも居なかった気がするんです」
灯りから連想された不知火明莉はいつから居なくなったのであろうか。
「言われてみれば......っていうかよくそんなこと覚えてたわね」
「なんというか今ぱっとその時の様子がというか」
「まぁあの子の事だから何とかなるわよ。今ごろきっと砂浜で埋まってるわよ」
普段や昔からの不知火を知らない二人から見ればこういった感想が出てくるのは当然である。少しばかり気性が粗かったり相手を罵ったりと、短時間な感想を述べれば誰でもそう述べるだろう。しかし根本からそうなのかと言われれば首を縦に振ることは出来ない。それを知っているのはーーーー
「そうですよね、私の考えすぎだよね」
ーーーーそして、水浴びをし喉に潤いをもたらした所で二人は木を集めに歩きだす。
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何も起こらなくて良かったというのがテムリンの感想である。一方、依流の方は何も起きなくてつまらなかった、だろうか。この五、六分で変わった事と言えばほぼ無い。
そして、時はまた進む。
日が沈み辺りの木々や草は風に煽られ擦れあい音の共鳴を起こす。自然の子守唄とも言えるほどに心を落ち着かせていた。それ故か二人はあまりにも無防備な姿になる。依流は地面に仰向けで、テムリンは石の上に座って寝ている。先程、あれほど神経質であったのが嘘にも思えてくる。
先に目覚めたのは意外にも依流の方であった。
「ふはぁぁ~もうこんなに暗くなってた」
翼の下にある腕を曲げ目を擦る。すると最初に見えたーーーー否、割り込んできた物は淡い光であった。それに気付いた依流は上半身を起き上がらせ驚きを示す。
「何これ......めっちゃくちゃ綺麗......」
驚きの後に来たのは感動であった。依流の目は輝き興奮を絶頂まで連れていく。
しかし、この光が自然の作り出した美しさの御膳立てだというのなら大きな間違いである。この光が危険信号で負の連鎖の始まりであることを二人はまだ知り得ない。
更新遅れてすみません。
いろいろ突っ込みたくなるとこあるとおもいますがこれから先を見ればちゃんとわかりますのでもどかしさを抑えて見てくれれば嬉しいです!