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具現化ヒロイン。  作者: 橘コウヘイ
第二章  記憶との対峙
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君と僕はカゲロウで

 


 果たしてこの宿に泊まろうとする人間が俺以外にいるのだろうか。断言しよう、絶対にいない。そこまで言わせる原因としては二つ挙げられる。正確に言えば三つかもしれない。



 まず、一つ目だが入った時から続いている乱反射し続ける猛烈な光量にある。まだこれは我慢出来るのだ。問題は二つ目にある。

 先に言っておくがゴキブリではない。ゴキブリであればどれ程良かっただろうと思うほどだ。ゴキブリに勝る嫌なものそれはーーーー


 ーーーー数分前



 よほど、初めての来店者が嬉しかったのか先程から口元がずっとニヤニヤしているのがうっすらと見えるアマテラスだが流石に不気味にも思えてくる。


 

 そんな不気味なアマテラスは先程までいたロビーから階段を上り二階へと案内する。そして最後の段を上り左に曲がる。そこにあった一室にどうやら泊まらせてもらうらしい。



「凄い良いところだな」



 木で出来た建造物の為に木独特の良い香りを漂わせ自然と気分を高揚させていた悠一はそれに乗じて高レビューする。



「そうですか? ありがとうございます! ではこちらですよ」



 だが、そんな気分を溶かすように消していったのはアマテラスが開けたドアの向こうにあった。気色悪く薄気味悪い。しばらく入らなかった悠一に疑問を感じたのか入るよう促す。



「どうしてはいられないのですか? 当店イチオシの部屋ですよ? まぁ部屋っていっても三つしか無いんですけどね」



 よく民宿やろうと思ったな......ってか良く考えたら民宿って感じじゃないしな



 などと普段の俺なら考えるだろうけどそれどころじゃない。な、な、何だあれは、恐怖で足が動かないんだけど。



 悠一は何かに怯えるように膝や肘、指の関節などあらゆる間接が震えていた。その震えを隠す事も出来ないまま開いたドアの向こう側を指差す。



「あ、あ、あれ、な、なななに!?」



「あれですか? 父です」



「父です。 じゃねぇーよ!」



 アマテラスは首を傾げ何が不思議なのか分からない様子を見せる。そう彼女にとっては父でしか無いのだ。だがそれは父と呼べるのかという程の姿であった。



「父ですよ! 父のイザナギトギトですよ!」



 悠一の言いたいことを理解できていないアマテラスは父では無いと否定されたと思い反論してくるが、そうではないのだ。



「それは分かったよ! 俺が言いたいことはそうじゃなくて何であんな姿になってんの!?」



 するとアマテラスは鼻をすすり上げ、手を目の方に持っていき泣き始める。



「二億年前に死にました。だからですかね?」



「絶対そうだしそれにここに置いとくなよ!? ここ寝るとこだよ!? しかも大事なお客様第一号ですよ!? ちゃんと墓建ててやれよ! 寝れねぇーわ」



 悠一はそうとうビビったのかそのやりようの無い感情をただただ言葉にしてアマテラスにぶつける。

 すると先程まで啜る程度だった鳴き声は次第に大きさを増し鼓膜を痛めつける程にまで大きくなっていた。約四億歳の貫禄などあったものではなくその姿は四歳位の少女のようだった。



「だっ......だっぁぁぁっでぇぇ悲しいでぇぇぇぇぇす」



「うるっさっ!? 分かったから分かったから静まれ! というかだからこそ墓建ててやるんだろ!?」



 泣き叫んでいたアマテラス悠一の声が鼓膜を通りすぎると叫ぶのを止め涙を目に溜めた状態に持ち込む。


 まだ、毫光のような光に身を包まれている顔は悠一には見えなかったが何かを感じ取ってくれたのだと察しはついた。



「そう......ですよね......」



「分かってくれたのかそれならよか」



「お金無いです」



 良かったと言おうとした刹那、それを遮断するようにして聞こえてきたアマテラスの声は泣き叫んでいた時に比べ何倍も小さくなっていた。察しが見事に外れた悠一はその声を聞いてからこう言った。



「金なんて無くても作れるだろ。穴掘ってちゃんと手合わせれば問題無いだろ?」



「問題無く無いですよ! お父様の墓をゴキブリの墓と間違えないでください! お父様は......お父様はとっても偉大なあぁぁぁぁぁひどでじだあわ」


流石ゴキブリの友達などと心の中で言い放った直後、お父様イザナギトギトの事を思い出したのか、また泣き出し、微かながら両手が手の前に移動しているのが見えた。

 

 これは非常にまずいことになった。彼女の泣き声はこの光に唯一勝りそうなものでもある。それを先程に身をもって体験した悠一は反射的に止めに入る。



「わーったよ! わーったからそれ以上泣くな! 俺の鼓膜がもたない」



「ホントですかっ!? じゃあ私これが良いです!」



 これはやられた。どこまで現金な奴なんだこいつはっ......しかも何でさっきまで墓にお父様入れんのは嫌だとか言ってた奴が墓のパンフレット持ってお気に入りまで決めてんだよ!? てかパンフレットどこから持ってきやがった!?



「てめぇな......」



 悠一は苛立ちのやりどころを全て両手の拳に向けなんとか暴力沙汰にはならなくて済んだがやはり怒りが収まらなかったのか足で入口付近を蹴ろうと右足を少し下げる。そして、思いっきり入口付近をめがけて足を降り下ろす。


 

 だが結果から言えば蹴れなかったのだ。少し緩めに靴紐を絞めていたのが仇になった。その無惨な光景を見たアマテラスは気絶して隣で泡を吹き白目になりながら倒れている。



「あ、やべっ」



 脱げた靴は放物線を描くこと無く一直線にアマテラスの父、イザナギトギト、別名白骨化遺体のあばら骨にクリンヒットしカラカラと音を建てながら崩れ落ちたーーーー



ーーーーということもあり俺は現在多大な借金を抱えてしまうことになってしまったのだ。ここが日本であればすぐにお金を払ってこんな場所おさらばバイバイ出来たのである。が、どうもここじゃ日本円もドルなど俺の知り得る共通通貨はどれも存在しないらしい。この宿に泊まる際にアマテラスとお金の話をしたがここでは見聞きしたの事の無い紙幣だけを扱えるらしい。硬貨という概念はそもそも存在しないという。じゃどーすりゃ良いんだよ!?  



 ということを考え続けてしまうから泊まりたく無いということもある。まずは明日起きてからあいつとしっかり話をして色々と聞こうと決め悠一は気絶しているアマテラスを一階のリビングのソファーに寝かせ、立ち込める光を無視して瞼を無理矢理に閉じ眠りについた。それと同時に羽根を黒光りさせた奴が通ったのを悠一は知ることは無かった。



ーーーー翌日。



 目が覚めたのは以外にも強烈な光では無かった。朝の重い瞼を開けたのは鳥の囀ずりだった。普段鳥の鳴き声で起きた事など無かったのだが今日はすっと起きることが出来た。それと起きてから気付いた事がある。昨日までならば激しいコントラストがついていたこの場所だったが、今は木の綺麗な木目と茶色が太陽の陽に照らされほのかに反射させている。



「異世界にいるみたいだな......ってやっぱ気色悪っ......というかこれ呪われたりしねぇのかな」



 昨日、悠一本人が人体模型のような綺麗な遺体を破壊してバラバラになったにも関わらず片付けずに寝たのを忘れ、起きてからいかに対処が悪かったか分かった。



「今日はどうすっかなぁ......とりあえず町を散策するか」



 と、言ってからそれを追いかけるようにして空腹が何かを強く要求してくる。それに応じた悠一は床に捨てたゴキブリサングラスとバラバラになった他人の父をよそにドアを開けリビングへと向かう。そして階段を降りてすぐの所でソファーでまだ寝ているアマテラスが見える。


 

 女将がこれでは繁盛するわけもない。が、今日は俺が悪いのもある。普段は違うのかもしれない。という希望的観測をよそに向かい合っているソファーの内の空いている方に座る。



「テレビも新聞も無いのか......」



そう言ってからソファーに座ったままちょうど視界に入る時計を見つめる。秒針の音が少しずつ精神を蝕んでいく。だが、不思議と時計から目を話すことが出来なかった。そして、気付けば起きてからニ時間が流れていた。現在の時刻は午前十時。彼女はまだ起きない。



「流石に起こすか......腹減って死にそうだ」 



 一度、アクビと伸びを挟み気持ち良さそうに寝ているアマテラスを起こす事を決意する。ソファーの背もたれに寄りかかっていた状態から一気に立ち上がり、間にある机を避けながらアマテラスのところまで辿り着く。手で揺すろうと手を伸ばして間もなく何かが聞こえてきた。



「おとうさま......いかないで。わたしもっとおとうさまと色々したい......」



「ーーーー」



 そうか、こいつは寂しかったんだ。父と母の居ないこの地で一人でいる事が嬉しかったんだ。そうだ、今日はこいつと出掛けよう。



「なぁ、起きろ。お腹が減りすぎて死にそうだ」



「んんー......って私こんな時間まで!? 今すぐ準備しますね! ちょっと待ってください。な、何で!?」



 起きるのに体が抵抗するがすぐに自我を取り戻たアマテラスは強制的に覚醒する。そして、キッチンに向かったと思われたのだが突然立ち止まり振り返り顔に接近する。



「何でって何が?」



「分からないんですか!? 昨日と絶対的に違うことがあるじゃないですか!?」



「ごめん、全くもって分かんない」



寝ぼけているのか? 昨日と何ら変わりの無いこの空間に違いがあると。昨日の内にこの空間の物の配置は全て把握しておいたがミリ程度のズレはあるものの家具、ましてや構造など変わる筈もない。というか、何でさっきからあいつはあんなにニコニコして......ニコニコ? おい、待て何で、何であいつの笑顔が見えてんだ!? というか何でこんなにも急変した事実を見逃していたんだ!?



「何で!?」



 見逃した自分と事実に驚きすぎて先程のアマテラスと同等の反応をしてしまう。そしてやっとアマテラスの言う違いというのが光であったことに気付く。



「やりましたよ! ついに四億年の封印が溶けました!」



「可愛い......ダメダメダメ俺には心に決めた人がいるだろっ」



 もはや、彼女の話など入ってこない。その風光明媚さにやられていた。落ち着いた艶めいた髪に、清楚さを一層と増している着物。日本人の心を見ただけで奪っていく。この表現が相応しいだろうか。だが、悠一は心に決めた人を脳内で思い浮かべ心が奪われるのを必死に食い止める。



「何か言いましたか? というより聞いてくださいよ! 四億年ですよ! 待ちくたびれて目が見えなくなるかと思いましたよ。 あ、もう見えないんだった!」



 最後の言葉は脳内にしっかりと刻み込まれた。彼女は笑いながら言ったが悠一は笑うことなど出来なかった。ならば昨日からしてくれていた事は全部目の見えない状態で接していたのか? 階段を登るのも俺がアマテラスの父を指差したのも......いや、パンフレットに限ってはどう説明する? そんなこと......

 


「私、生後間もなくで目が見えなくなっちゃったんですよ。だから気にしないでダイジョブですよ? もう四億年も目が見えないと他の所が敏感になるんです。だから目が見えないからといって不自由、なーんてことは無いんですよ?」



「でも苦しいだろ......不安だろ......俺はそんなことも分からずに普通の態度で接して」



 にっこりと瞳を見せない程優しく微笑むアマテラスに感情が砂漠の陽炎のように熱く激しく高ぶる。

悠一本人も分かってはいるのだ。何か不十分な人に対して取る行動が同情では無いということを。



「名前、教えて?」



 悠一の同情には目も向けず優しい口調で自分の名前を尋ねてくる。それに悠一は短い相槌などは一切入れずに即座に答えた。



「悠一、杉田悠一」



「そっか。じゃあ悠くん、」



 先程まで立ち込めていた陽炎たちが心臓の鼓動を早くするように促してから陽炎はランプのような柔らかみのある温もりへと変わる。



「その呼び名は......」



「あのね、私長い間、目が見えないから人の気持ち何となくだけど分かるようになったんだ。それで悠くんは今すごく悲しそうだったから」



 昔にもこんな風に言われた事がある。あれは確か小学生の時だった気がする。



皆が公園で遊んでいるのに馴染めなくて自分を誤魔化して大好きだったお母さんを悲しませないようにしていたときに言われたと記憶している。



「どうしたの? 何かあったの?」



 と、お母さんに聞かれバレバレの笑顔しながらこう答えた。



「何も無かったよ? とっても楽しかった」



 と。すると、お母さんはこう言った。



「あのね、お母さん長い間悠くんのお母さんでしょ? だからね悠くんの気持ち何となく分かっちゃうんだ」



「嘘だぁ。じゃあ当ててみてよ」



 この時俺は絶対に当てられないと思っていたが今思えば笑顔を作った時点でばれていたのかもしれない。



「悠くんは今とっても悲しそうだよ? だからねこうしてあげる」



 アマテラスと自分の母親を重ね合わせてみたりしているといつの間にか心だけの温もりは体の外側にも存在した。



「悲しかったらいつでも言ってね。何億歳も年上のお姉ちゃんがこうしてあげるから」



 と、声を耳元で囁かれると堪えていた涙は胸元から出てくるのでは無いかと言うぐらいに高まりきった感情と出てくる。



「今日はここに居ないか? 外にでないでこうしてないか?」



 そう、悠一が問うとアマテラスは何も言わずにコクリと頷き二人はソファーに座り直してから二人は寄り添い、悠一の肩に寄りかかるアマテラスだった。たった二日間の中で一瞬の出来事であったが距離は兄弟以上に縮まっていた。その姿はまるで親子であった。

更新遅れてすみません。自分のペースにはなってしまいますが今後ともよろしくお願いします。

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