表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
具現化ヒロイン。  作者: 橘コウヘイ
第二章  記憶との対峙
16/23

日本人と日本神

「水上都市ワンノック......やっぱり聞いたことないな」



 綺麗な透き通った水が心を落ち着かせる音を奏でながら横を通りすぎる。

 

 

 そのおかげだろうか。見知らぬ土地に放り出されたにも関わらず俺はゆっくりと考察に浸ることが出来ていた。だが、その考察も虚しくこれといったものが無い。



「日本時間で午前11時。日本であるならばこの時期は炎天下ほぼ確定。ということはここは日本から大部離れた所。だが、ワンノックなどという地名は俺のデータベース上に無い」



 知識の塊である俺にかかれば分からないことの方が少ない。自分で言うのもなんなのだが。

 が、分からない場合も当然ある。時に今回のような場合である。自身のデータベースに組み込まれていないという特例中の特例。

 それは同時に俺に自己解決力が皆無だということを証明している。例えどんなに夢や希望を与え、世界を揺るがす商品を産んで大富豪になったとしてもそれは結果論に過ぎないのだ。データベース上にある開拓領域を足したり引いたりして答えを導いているだけで小学生の計算と何ら変わらない。

 


 とどのつまり何が言いたいのかと言われれば、自分にはミジンコ程度の力しか無く解決に至らないということだ。先程の話からも分かるように凄いのはアンサーじゃない。1+1の1の部分である。



「考えるだけ無駄......か」



 自分にしか聞こえない声量で呟き悠一は少し汚れた七分丈のズボンのポケットに手を突っ込む。揺られていた手腕は揺れなくなり肩が前後に揺れるのみとなる。地面の砂利と靴が擦れる音が騒がしさの消えた路地に普通より長く響いているように感じた。



 恐らくだが先程の賑やかな所から十五分程だろうか、歩いてきてここまで静けさに包まれているということはこの都市の住人は皆、夜は外で遊んだり食事をとったりするヨーロッパの観光地ような風習があるのだろう。その裏付けとして先程の客観的要因と現在歩いている両側に聳え立つ住宅に灯りがついていない点が挙げられる。それ故ここは、元から暗い夜の町をさらに暗闇で包み込み、踏み出す一歩を重くする。



 「にしてもあいつらどこにいるんだよ。死ぬ思いをしてまで神を倒したって言うのにこんなに早い展開とか聞いてねぇよ、ったくそもそもだがあのクソ天使があんなことしな......」



 まさに一難あって又一難とはこの事だ。が、希望の見える点も今見つかった。



 歩きながら先程あった事への愚痴を吐こうとした時に視界に割り込んでくる微かな光が分かる。しばらく歩いても誰にも会うことの出来ないこの状況下に置いて人という存在があるだけで温もりを感じる。もしかしたら人が中にいるかも知れないという希望的観測をよそに響いていた歩く時に出る音を加速させる。五十メートル程の距離を五メートル程の距離まで詰めた。


 

 建物の近くまで来て初めて分かったが、どうやらこの都市の家には水車が建てられているいるらしい。都市の名にもあるように水の量が半端ではない。最初に見た衝撃は恐らく忘れる事は無いだろう。放物線を描きながら街灯の光を帯びて頭上を通りすぎる何十本もの水。日中であればその美麗さをさらに増すであろう。


 

 そして、木で出来ている扉の取っ手に手を掛ける。木特有のざらつきの様なものを感じ、手を一度離す。そして、次に取っ手に手を掛けるのではなく目線の少し下にある輪を持ち二度打ち付ける。



「すみません、誰かいますか?」



 すると、中から聞こえてきたのは聞き覚えの無い細く凛とした声だった。



「いいえ、誰も居ません」



「あ、いやその、居るじゃん」



「いいえ、誰も居ません。って言ってるじゃないですか。しつこいですよ」 



 誰も居ない訳がない。誰も居なくて返ってくるのはもはやホラーでしかありえない。ここまで可愛い声の持ち主であれば案外怖く無いかも知れないとも思ったが、弱味への漬け込み方がどうもあの毒舌女に似ていて嫌悪感を覚えた悠一であった。



 にしてもである。このままでは永遠に中に入れさせてもらう事が出来なそうである。いっそのこと強行突破した方が良いのではなどとも思ってしまう精神状態ではあったが流石にそこまで一般常識の無いことは自身の根本的な所が許さなかった。かといって他の案が見えた訳でもない。このまま会話をするのが妥当なのかそれとも......



「それであなたはどこから来たのですか?」



 こちらからでは無くあちらからの質問に一瞬驚く。それと同時にこちらからの一方通行の解決の糸口ではなかった事に安堵を覚える。



「それはそれはもう凄いとこでね世界遺産なんて山ほどあって、そりゃ美味しい食べ物だってわんさかあるところから来た。これから高度美女成長期が起こる予定だぜ」



ニッコリとしながら胸に手を当てながら我が国に誇りを抱く悠一だったが聞いてきた扉の向こう側の人物から返答が無い。



 何か俺悪いこと言ったかな......



 ーーーーあれから数分が経って今に至るが今だ返答は無い。そろそろ声を掛けるのがベストなのだろうか、それともそっとして置いて相手を返答を待つべきなのだろうか。その答えは案外簡単に出た。



「つまりどこですか。それじゃあ場所の説明です。考えたけど分かりませんでした。というか何ですか高度美女成長期って」



 めっちゃいい子やん! いや普段のメンツがふざけ過ぎているのかも知れない。この間はふてくされてた訳でも何でも無かったんだ! まぁいいか!



 悠一に何があったのかは知らないがやけに機嫌が良いのが伺える。

 


「そうだな悪かった。日本ってとこだよ」

 


「に......ほん? にほん、日本!? ににににほんってあの日本!?」



 先程の彼女は猫を被っていたのだろうか、突然慌ただしく元気な声を発する。見えはしないが彼女は今相当に驚いているだろう。



「あぁ、多分その日本だ。君、日本知ってるの?」



 先程の彼女の口調からはそう読み取ることができた。



「とりあえず扉越しで話すのも何ですから入ってください」



そう言ってから彼女は扉を開ける。が、そのスピードは普通に開けるスピードとは、二、三桁も異なっていて案の定、扉の前のクソニートに音をたててぶち当たる。



「絶対わざとだろ!? 結構痛かったからね!?」



「す、すみません」



 と言ってから悠一は扉の当たる圏内に入らないように後退する。そして、少し開いた扉の間からはみ出る光が瞬時に周囲の闇を裂いていく。暗闇に慣れた目は光に対応するために瞼を反射で下ろす。



「どうしたんですか? 早く入ってください」



「あ、ああ分かってる......ま、眩しい。暗闇に慣れてたとしてもこんなに明るいものなのか?」



 朝に起こされてそのまま太陽を直接見たような感じであった。その眩しさを避けるために一度後ろを振り替える。それでも眩しかったが半目で辺りを見渡すことができた。だが、視界に映ったのは先程の暗闇のくの字も無いほどに闇を完全に断ち切っていた。



「どうなってんだ......!?」



「だから早く入ってください! お願いします!」



「で、でも」



「ぐずぐずしてないで! 早くして!」



 今まで敬語だった彼女は命令口調に急変し、家に対して背を向けていた悠一の手を取り無理矢理引っ張る。それからバタンっと大きな音をたて扉の閉まる音が聞こえる。その直後に耳元にそわっとした感覚を覚えた。



「おい! 今何した!? 凄い嫌な気がするんだけど! ってかもう目開けて大丈夫なのか!?」 



「心配無用です。どうぞゆっくり目を開けてみてください」



 最初の方の穏やかな口調に戻り少し安心する。そして言われる通りにゆっくりとは言い難いスピードで目を開ける。



「どれどれ......えええ!!?? 今度は真っ暗!? 何で!? この間に何があったの!」



 視界範囲内いっぱいは暗く目がくらくらとして視点が定まらない。ぼやけて見える目の前の長髪の女性とシンプルな家具の数々。



「大丈夫です! それはサングラスですから!」



「なるほどな。気遣いありがと」



「はい! ちなみに黒光り茶赤羽虫って知ってますか?」



 何で家に入れるのを拒んだのか不思議になるくらいに好意で接しられている。それも声はかなり美声でお嬢様感が滲み出ている。さっきの毒舌は結構効いたが既に治りかけである。



「嫌な響きだな。もしかしたら日本で言うところのゴキブリというやつかもしれない」



「おぉー! 流石日本人です! ご名答ですよ! それでですねそのサングラス私が今日叩きのめしたゴキブリの羽根をフレームに使ってるんですよ! スゴくないですか!?」



「おー! そうなんだ! ハンドメイドとかすげぇな......ってゴキブリ!?」



「はい、そうですけどそれがなにか?」



 「お前、黒光り茶赤羽虫って、則ちゴキブリという生命体の事で、三億八千年前からいる生きた化石と言われシーラカンスなど同じ時代から生息している。ある研究家の実験ではゴキブリは酸素が無くても数時間生きていられるという結果が出ており、逃げたす時には時速約320キロメートルで逃げるというあのゴキブリの事か!?」



「何ですかその要らない知識は」



 豊富な知識を持ち合わせている脳はゴキブリの棚から要らない情報を次々と取りだしてくる。



「そう言うなよ......結構傷つくから」



確かに自分でも要らないとは思ってはいるのだがそれを要らないものとして片付けてしまうとそれまでな気がするので思わないようにしている。



「というか何でゴキブリでサングラス作ったんだよ!?」



「そんなに嫌なら外せばいいじゃないですか」



「外せないから困ってんだけど!?」



 問題点はゴキブリだけでなくどこから来ているのか分からない異常な量の光の矢である。外せば間違いなく視力の衰えを余儀なくされる。



「そんなにゴキブリがいやなのですか?」



「大っ嫌いだよ! あのなこの世の中にはな、居もしないのに“ゴキブリだー!” とか言われて殴られる奴だっているんだよ!? 少しの精神状態の変化でそこまでおいやるゴキブリを逆に何で嫌じゃないの?」



ーーーーぶえっくしょぉん!!!

    へっくしょぉん!!!



「なぁヘルメス、俺風邪引いたかもしんねぇ」



「東郷さん。私もっすよ。早く見つけ出して帰りてぇっす。あ、またゴキブリっすよ」



 その後東郷が砂浜にまたお世話になるかどうかはもう分かりきったことであったーーーー




 ーーーーそして物凄い勢いで荒ただしく詰め寄られた彼女は怯えたり後退りすること無く、ただニッコリと首を傾げて照れながらこう言った。



「私達生まれた時からずっと一緒でしたから」



「そうなんだ! って納得できると思う?」



 何を言っているのだろうか。ゴキブリと同期だと? だとするとこいつは四億才近い年齢となる。まさに生きた化石だよ。それにこいつが人間であるとするならば今までの歴史の概念は塵となる。



「そうですよね......あなたは日本人ですよね? なら私の名前を言えば分かるはずです」



 日本人であれば分かるはずの名前で約四億年前に既にこの世に誕生し、状況から確認できるのはゴキブリのサングラスと目を焼き付くす程の刺激的な光。そして受動的に考えれば、暗闇を切り裂く程の光を受けている。比喩的に言えば太陽のようなだ。



 悠一は考える時の癖である顎をさわるのを止めぱっと顔をあげる。



「天照大神」



「ご名答です。私は父にイザナギトギトを持ち、母にイザナミの娘。アマテラスと申します。申し遅れてしまい謝罪いたします」



「いやいやこちらこそ先程からのご無礼お許し下さい! って言ってから言うのなんなんだけどお父様ちょっと知らないんだけども......まぁいいか」



 入口付近に立っていた悠一はアマテラスと彼女自身の口から発せられた刹那に見えぬ速さで土下座の体勢に入った。



「全然気にしないでください。というかむしろそういうのウザくて嫌いなので」



 なおもニッコリとした笑顔を変えない彼女だったがサングラスが余計に怖さを駆り立て恐怖心を覚えた。



「わか、分かった! それでまずここの家に立ち寄った理由なんだけど......」



「あの突然なんですがここ民宿なんですけど泊まっていかないですか?」



 遮られるようにして割り込んできたアマテラスの発言だったが説明が省けたらしい。アマテラスの言ったことを少し信じられないのか、



「え、今なんて?」



「だからここに泊まってきませんかと申したんですよ」



 多分これ以上しつこくしたら外に放り出されるのは間違いないなという感じの物の言い様だったので素直にこう返答した。



「いいのか!? なら喜んで!」



「本当ですか!? やりました! ついにやりましたよお父様お母様!」



 キラキラと目を輝かせその目尻には涙も浮かべながら両手をふくらみのある胸の前で交差させる。それから交差させた両手をばっと横に開きこう発した。



「ようこそ! 民宿 天岩屋へ! あなたが記念すべき初来店者です!」




読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ