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具現化ヒロイン。  作者: 橘コウヘイ
第二章  記憶との対峙
13/23

出会いはスープの隠し味

ーーーー私は戦いを非常に嫌う者だった




 というよりも完全に理解の範疇を超えていた。



 何故人々は斬り合い撃ち合い、血で血を洗う行為を繰り返すのか。


 それがどんなに外道な大罪人同士であったとしても決して黙って見ていられることは出来ないし出来ることなら大罪人も死なせたくはない、その大罪人が例え人を殺めていてもである。

 


 また許せないのがそれに対する立ち振舞いであり、人を殺めた者を死刑や公開処刑により自分の権力を高めようと利用してまた人を殺めることだ。

 

 だが、そんなことをたかが一人だけが胸に抱いていたとしても権力に楯突くことは剰りにも無稽だった。

 自分は何処かの貴族でも有名な家系よ一族でもないただ普通の、むしろ一般家庭よりも地位が低い家系だった。


 食べる物も、飲む物も限られお洒落など皆無で学校にも行けなかった程だ。だから余計に理解に苦しんだ。


 地位の高い身分は戦わずに下の者をまるでチェスの駒のように使い、捨て駒のように死んでいくのを黙ってみている。

 その死は必ずしも無駄にしないと偽善者を装いながら国民放送をしているのにもかかわらず、いつまでたってもチェックメイトは訪れず来るのは毎回毎回ステールメイト。



 引き分けに何の価値があった。これだけ死んでなお、我々国民に戦えと弁じて無意味な死を連鎖させる。上層部は死体の山を見ていないからそんな非道なことを言えるのだ。

 


 現実から目を背け勝ちに強欲になりすぎた大罪である。

 


 この腐った奴等が戦えばいいと何度思った事か。毎日三食食べれない切なさが分かるだろうか、あまーいお菓子が食べれない辛さが分かるだろうか、明日があるかも分からない殺気だったスラムの儚さが分かるだろうか。


 

 いいや分からない。分かってたまるものか。



 普段からどれだけ満たされているのかも分からない奴等に分かってもらっては困る。そして同情されるほどムカつく事はない。何で少し私達より金があるからってそう人を見下せるのか。見下して何になる。自己満足か? 


 

 他者を見下し自分は優れた物だと見せつけたいのか? だから私は、


ーーーー見下す者を戦うことよりも嫌った



 そうして毎日が不満と鬱憤に満ちていく。その最中に現れたのは男性、否、青年と言った方が良いだろう。


 薄黄色のローブで顔の半分は隠されてその表情は隠されていた。唯一見えていた口元は優美さは無くかといって汚れてもいなかったり。が、分かる。これは同情だろう。そうやって人をまた見下して何がおもーーーー


「君はこの腐った世の中に終焉(しゅうえん)をもたらしたいとは思わないかね?」


 学校にも行けていなかった私は何を言っているのか

分からずに勝手に侮辱されているのだと思い込んでいた為に悔しかったので睨みつけ聞き返す。


「おねがい。かんたんにいって?」


「人は死ぬ必要は無いと思わないかい?」


 普段からそのような話などすること無く、というよりも大人に抗えない対人関係のせいで言えなかったのもあるがその時私は初めて共感というものを味わった。

 いままで全ての生き方を否定されていたような、そんな思いも今はふわっと軽くなった気がする。


「おもう。」


「ありがとう。じゃあ一緒に来て戦ってくれる?」


 これまで無味乾燥だった口元に緩みがでる。

一瞬耳を疑う言葉が出てきたがそれがそのままの意味で無いことを小さいながら脳が必死に理解した。


「それでみんなたすかる?」


「ああ、もちろん。だからいつでもいけるように準備をしておくんだよ?」


「わかった。」


 もうこれで皆死ななくて済むのなら。この人となら特別理由は無いけれど出来る気がする。


 だがそれは夢想に過ぎなかったーーーー

 


 あの時出会った男性は戦争が過激さを増しているのにも関わらず二年たった今も助けには来ていない。このとき戦争は二年目の二ヶ月目に突入していた。



 スラム街では倒壊した建物の中から利益になるものは無いかと目を血走らせて荒らしに励んでいる者が多数いた。しかしその醜さは一時的ではあるが仕方の無い事だと思えた。



 そして、三年目。

ついに恐れていたことが起きる。実の兄の徴兵通知である。兄は優しく食べ物を多くくれる唯一心底から信じられる人だった。だから憎かった。



 政府が、あんな男を信じた自分が。そして政府側の人間が迎えにくる。それは何か永遠の別れのような気がして失うのが怖くてその人の前で泣きじゃくり嫌だ嫌だと少し抗ったつもりでいたがそれは虚しくも実の母親に止められる。


 

 母親も当然悲しんでいるのだろうと思っていたが現実は違った。こう言った。



「口べらしできて良かったわ」と。



 学校に行っていなかったが意味は理解できた。そう母親はあんなにも優しい兄をただの負担としてしか捉えていなかったのである。だから私はこんな家出てやる、そう決意したのだ。


 またも月日は流れて四年目。家出から八ヶ月ーーーー


 ーーーー死を呼び寄せる。


 

 季節は真冬、食料品一切無し、一文無し、唇は真紫になり腹の虫はサナギから成虫になり痛みを伴い始める。いっそのこと家に戻ってしまおうか。


 

 だがその考えだけは心のどこかで否定されて実行はできなかった。冬を越えれば草と水が飲めるとそれだけを生き甲斐にこの酷しい冬を越えることを決意する。



 だがそこまで自然の猛攻は生温い者では無く容赦無く体温を奪いついに倒れてしまった。

 


 次に記憶として残ってるのは暖房の効いた木で出来た家にいたということ。そしてお婆さん。これまた同情だろうと思ったがそれに棘を向ける程肉体的に余裕がなかった。


 

「おやおや、おきたかい。お腹はすいてる?」



 見下されている状況下で素直にイエスと言うのは難しかったが思考とは別に本能的にコクりと頷いていた。


「じゃあ、スープを作ってあげるわね」



 いいのだろうか。ここで飲んでしまって。何故か負けた気がして。でもそんな感情も自分の鼻に挿入されるかのようなコンソメの匂いが掻き消す。


 

 腹の虫達は食道を這い上がろうとして喉元が詰まる。そんな状態がしばらく続き何度か大量の唾を呑み込む。

そして木の床をスリッパが擦る音が近づいてくる。



「できたわよー。はいこれどうぞ、いっぱいお食べ」


といって鍋ごと持ってきてテーブルの上に置くと蓋を開け湯気が周囲を満たす。それにはいい匂いも含まれており、目を輝かせた。



「これ、たべていいの?」



「もちろんだよ。遠慮なくお食べてよくてよ」



 と、ゆっくりとおっとりと落ち着きのある喋り方で

返答される。

 それを聞いてからテーブルに置いてあったおたまを鍋の中に入れ、掬い皿によそる。それからスプーンを手に取り一口。


 

 それはまるで電気が走るようにして全身に温もりをもたらす。冷えていた手先も暖まり、腹の虫はもっともっとと要求してくる。それに答えるように右手は止まらずに掬い続ける。そして口に運ぶ。



「どう? おいしい?」

 


「うんっ! おいしい!」



 同情者だのそんなの忘れてただの十四才の少女として接し始めていた。それぐらいに飢えていて、それぐらいにおいしいものであったからである。

 気づいたら鍋いっぱいにあったスープは既に空になり、どうやら腹の虫は満足したようだ。



 そして、まるで孫のように接するお婆ちゃん。



「なんでおばあちゃんはこんなに私に優しくしてくれるの?」



「んー、そうだねぇ......あんなに寒そうにして死にかけてる女の子を放っておく訳にはいかなかったからねぇ」



 よく考えればやはり、同情だった。やはり私は見下されている。見下されている。



「それにしてもあなたはどこの出身なのかしら」



 またこれだ優位に立ちたがる人間の醜さ。だが、スープに免じて答えてやろうと思った。



「スラム」



 俯きながらそう言って軽く唇を噛む。この人は優しい純正な人だと思っていたが違ったみたいだ。



「私と同じなのね」



 どうやら違っていたのは私の方だったらしい。同情なんて糞みたいな物じゃなかった。見下されていたのではなく見上げ過ぎていたらしい。



「おばあちゃんもスラムなの?」



「えぇ。スラム出身、スラム育ちよ。」



「あのさ、おばあちゃん。一つお願いしてもいい?」



この時に私は決心した。



「何? 言ってよくてよ」



何をかと聞かれればこうだ。



「ずっと一緒にいてもいいかな?」



言ってる途中から少し顔を紅に染めているのが分かった。そうした表情を見ながら真面目に話を聞いてくれていたおばあちゃんはこう答える。



「大歓迎だよ。先に死んじゃうかもしれないけど宜しくね」



 と会ったときから懇篤そうな老人だなと思っていたがこの目に狂いは無かったようだ。嬉しかった。年は何十年も離れているけど兄と同じ優しさを感じられて幸せだった。



 この日からというもの今まで分からなかった文字の読み書き、計算、歴史、地理、情報、折り紙から手芸まで何もかも強欲に得ていった。毎日が充実になり寝るところと明日の保証もある安心感に添えられながら日は急勾配な坂を自転車が通るように過ぎていった。()()男との約束も忘れて。



 家を出てから五年目。この家に住ませてもらえることになってからはや一年。



 特に何も起きず、平和な日々が送られていた。今日は何をしようと考えそれを実行して一日を終える。



 今日はおばあちゃんと夕飯を作ろうと考えている。だから食材を買いに行かなくてはと思い、一声かける。



「おばあちゃん買い出し行ってくるね」



返事は無いがたまにあることなので別に気にしない。なぜなら徒歩二分もかからないからである。何かあれば叫べば聞こえる距離だしすぐに向かえる。



 少し田舎だが捨てた場所ではない。それと元々が酷すぎるからなのかもしれないが。

 


 そして幾つかの野菜と肉を手下げに詰めた状態で家に戻る。そして玄関が見えてきた辺りで庭に見知らぬ男の人が。背はさほど大きくなく表情は無機質で親しみを覚える事が出来ない。そしてその男はこちらを見て単調な声をかけてくる。



「久しぶりだな。大きく成られたな。しかし、幸せも終わりだ。時は来た。さぁ」



 久しぶり? この不気味なのとあったことがあると? 分からない。思い出せないと言った方がいいのだろうか。



「あの......どちら様ですか?」

 


「随分変わったな。まぁいい不味いことになった」



なおも表情を変えずに続けてくる。



「まずい......こと?」



「あぁ、戦争が過激に磨きと加速をかけてな。その例としてこの家の倉庫を見てくるといい」



 何かとてつもなく嫌な予感がして認めたくない事実が待っているような気がして。



 そう感じた時には走り出していた。倉庫はこの家の真後ろにあり中には十五人程入れる。がらがらと音を立てて横に扉をスライドさせる。



 しかし視界に映る限り何も戦争を連想させる様なものは無い。なんだ、からかいかと思い後ろを振り返ると先程自分が辿ってきた道をゆっくりと歩んできている。



「何も無いじゃない。あなた不審者でしょ!」



「不審者呼ばわりとは酷いな。本当に何も無かったのか?」



 無機質だったその顔面に少し不気味な笑みを浮かべ問いかける。それに対して敵対心を見せて反抗する。



「無かったわよ! だから帰って!」



「上だ。上だよ。君は本当に全部見たかい?」



 言われてみれば上を見ていなかった。だが、言われて気付いたが見たくないという思いが沸き上がる。そして恐る恐る後ろに向き直して倉庫に入り上を向く。



「ーーーーーー」



 ドロッとした血が鼻に垂れてきて、頭が真っ白になって眼球から光が失われる。声が出ない。叫べない。動けない。



 計他人、数十人の生首に一人の知人の生首。それを目の当たりにして数十秒は動けなかったがそのまた数秒後には頭を両手で抱え涙を流して目は一点を見つめていた。これを恐らく精神崩壊と呼ぶのだろう。

 

 

 そんな姿を見て、一人の男は耳元でこう囁いた。



「もうだれも死ななくていいと思わないかい?」



 あぁそうか、と、この時悟った。



 あの男かと。やはり私が居て良い場所では無かったのだと。



「思い......ます」



 とだけ答えた。そうすると、



「良い答えだ」

 


 と。



それからーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



*********************




「やっぱりあれは嘘じゃなかった......」


と悠一はヘルメスの話してくれた事と殺した時に入ってくる記憶を照らし合わせたのか機内で寝言を言って頬の上を涙が滑り降りた。

読んでいただきありがとうございます。コメント、レビューの方宜しくお願い致します。誤字脱字あったらすみません‼

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