死は希望 生は欲望
ーーー第一のミッション 伝令神 ヘルメス討伐戦が幕を開ける。
場所は見知らぬ地下。見たことも来たことも無い場所で気絶して連れてこられたために完全に土地勘は皆無。
そして、場の緊張感が一層増す。使いである者でさえ多量の唾を無理矢理飲みその音が少し離れていても聞こえてくる。
そして、これから手を交える敵、ヘルメスは道化で演じていた可憐さを失い牙を剥き出しにして獲物を狩る野獣の目でこちらを睨めつけてくる。それに対して悠一の方は先程までの高飛車な発言とは裏腹に緊張と恐怖で冷や汗を流していた。囚われの身であるテムリンは憂いを含んだ目でこちらを見ている。聞こえない程に小さい音で舌打ちをする。
はっきり言っておこう。今考えている作戦は一発勝負。というのも今回作った武器の仕様のためである。今回作った、銃型の武器は最初に魔法式が発動するが一発で殺すことありきなもの。そしてもし殺しきれなかった時の為にオートで働くシステムに組み込まれている刀に変形する機能。
刀に関してはパワーは魔法よりも強く人を容易く吹き飛ばし粉々にすることは出来るがそれには少し重量のある刀を上手く扱うこと、つまり本人のセンスに問われてくる訳である。それ故に一発勝負と言うわけである。
「何を考えているのか知らないけど、いいわかかってきなさい。先攻は譲ってあげるわ」
なら、もらったと思った悠一は腰に着けていた銃を取りだし撃つのでは無く、ヘルメスに向かって疾風迅雷の如く走りよる。これは遠距離では当たり損ねる確率を減らす為のものであった。だが、様子の可笑しいことにヘルメスは一歩とたりとも動かない。
これ以上の機は無いと確信した。
「いけぇぇぇぇ」
魔法式の発動するに当たって悠一は空けていた人差し指で引き金を軽く握る。それから左手を添えて引き金を引く。
銃口には膨れ上がるように気が増大し、走っているときの抵抗の風とは別の力で前髪が後ろに流れていた。そんな銃口の様子をを表すには太陽が一番相応しいだろう。そして、遂にその莫大なまでのエネルギーを極限まで溜め込んだ魔法は点と点を結ぶかのようにヘルメスに一直線で進んでいく。
その後ヘルメスと共にコンクリートを抉りとるように物凄いエネルギーを持って爆発し、辺りには爆発音と伴に閃光が走った。
「やった......のか?」
閃光のまだ少し残るこの場所だが、使いの姿ははっきりと見える。ーーしかしおかしい。
見当たらないのだ。ヘルメスがーー
「君の敗因は私を甘く見たこと。確かに近づいて確率をあげる作戦は悪くなかったわ。けれど、そこに私は居た?」
「ーーーーーー」
現状、目には見えないが確実にその場に居た。しかもヘルメスと残り十歩程度の距離で射撃を行った。間違えなく即死レベルである。それは射撃者が証明している。抉りとったコンクリートの破片が散布し衣類を破り血を滲ませる。このような事から例え逃げたとしても掠めているのはほぼ確実。問題はどこに?
「こ・こ・だ・よ・?」
背筋が凍った。今まで声の発生源が分からなかったが今のではっきりした、今奴は俺の後ろにいる。急に掛けられたいつもよりワントーン低い声が僅かに肩をピクリとさせる。ひたすらに流れる冷や汗が藻ともの傷口と先の魔法の傷口にに塩を塗り込むような痛みを産む。今以て声を出すことが出来ない。
「ーーーーーー」
「おいおい、さっきまでの威勢の良さはどうしたんだい? もしかして逃げるとか? ないよねぇ? というかするわけ無い。たっくさん遊んであげるわよ。ーーウフフ」
逃げるなどという理由から来るものではない。殺すという正義感より恐怖心が勝ったからである。喉元は締まり脳は最善の手段を選ぼうとし過ぎて空回り。一歩でも動いたら速攻死亡。かといって動かなかった場合には煮詰められて殺される。ただ、隙という隙とこの間合いはこの盤面でのみ実現する。ーーならば今しかない、
「ーーーーーーっ」
相も変わらず声は出なかったが振り返る時に勢いを殺すこと無く余勢として加わり刀を真横一線で振り抜く。だが、その刀筋に刺さるや劈くなどといった感覚は皆無だった。
「いい判断だが、まだ人を見下して物を判断しているね。お仕置きだよ」
と言った直後に背後に激しい痛みが駆け抜ける。電気ショックの様な鋭く繊細な痛みに鈍器で思いっきり叩かれるような痛みが重なる。痛む全身を無視しやっとの思いで振り返る。が、彼女は何故か嗤っていた。きみの悪さに吐き気さえも覚える。
「君は自分の醜さと弱さをもっと知るべきだ。じゃないと私にかすり傷さえも与えることはできない」
「ーーーーーー」
刀のセンスだけでなく、情報処理能力、醜さ、弱さ。どれもいままで自分がつけてきた評価。言われても仕方の無いことなのは分かっていたが腹がたった。だが、今はこんなことを考えている暇がない。というのもかすり傷一つ付いていなかったということだ。最大出力で放った技を掠りもしないとなると殺すのは不可能に近い。
「化け物だとかそんなことを考えている顔をしているけど無駄だよ。じゃあそろそろネタバラシといこう」
「ーーーーーー」
又も目の前から気体になったかのようにその場から退く。そして、再び声が聞こえた。
「ーーー神能力 “死人の方舟”ーーー」
先刻に聞き覚えのあるワード、神能力。だが、彼女の能力は死人を幸福を満たした状態で昇天させること。それに限る。その名は“死出の旅路”。今回の神能力は“死人の方舟”。明らかに違う能力だということが伺える。
そして悠一は、固く、堅く、硬く閉ざされた喉元を恐る恐るあけ点と点を繋ぐようにポツリポツリと呟くように発声する。
「ふ....も..あ....のか?」
「それがさっきまで殺すとか言ってた口かな? まぁいい、このまま殺してもつまらないし教えてあげよう」
口元を緩め余裕を醸し出すヘルメスに無駄な抵抗とは分かっていながら動こうとするが死角からの攻撃でまたも地面に打ちつけられる。
「黙って聴いてね?」
余裕だった口元が少し苛立ちを見せたのでふっと軽く吹き出す。そして今度はこちらが嘲笑うようにこう続けた。
「何が黙れだ......何が教えてあげるだ......お前みたいな人を違う意味で可愛がるクソ外道野郎にそんなことされてたまるかよ」
こんな自殺行為とも思える発言を聞いていたのか先程まで姿を見せていなかったヘルメスが憤怒の形相で眼前に現れる。その表情はまるで舞をする獅子のように優しくは無く怒りを周囲にばらまくような過激なものであった。心臓は高鳴り、体は自己防衛の為に考える脳に酸素を送ることに必死でありパニックに陥る。道化など演じることも出来ず恐怖を丸出しにしてしまう。
「ほう。なら分かった。その剣で手足を切り落としてやろう、そして内蔵をグチャグチャにしてチェックメイト。どう? 最高でしょ? 私に殺される事を感謝しなさい」
と言ってから数歩下がり先ほど地に落とされた自分の刀を拾い上げまたこちらに戻ってくる。
あんなので手足を切り落とされたら恐らく失神するほど痛みが走り抜けるのは目に見えていたが想像するだけで身震いがした。爆裂魔法の何十倍、何百倍もする威力の刀などもはや刀ではない。別の何かにも成り下がらない。そんなことを考えていると右足に表現出来ないほどの激痛が。
ーーー右足を見ると、ーーー
え? となったのが素直な感想である。というのも
右足が無い。
正確に言うと弾けて原形を留めていない。筋肉繊維が見えるほどに表面は削ぎとれ弾き飛び、骨は一つとして同じ方向を向いていない。
「あ、....あ、アアァァァァァァァァァァァァァァ」
痛みのあまり叫ぶ事しか出来ず、かといって痛みが減る訳でもない。そんな絶望の最中の奴の顔はあまりにも憎く醜かった。腹を抱えながらこちらを見ていた。
「絶景絶景!最高だねこの剣!もーらった。じゃあ次は右手かなぁ?」
そして次の瞬間に顔面には鉄の臭いが付着し視覚は赤に埋め尽くされる。
右手がない。
右足と同じ状態になる。が、一つ違う点は骨まで木っ端微塵されたことだった。
失神しても気絶をしてもいい痛みなのにどちらも出来ずにいる、やはり俺は神らしい。
そう思ってしまうとやはり考えるのは心臓以外なら死なないということ。なら手足はくれてもいいんじゃないかと。
「じゃあ次は肺を行っちゃおっと」
語尾にハートを含ませる様な口調に吐き気を覚えたが、そんなことよりまずい。手足ならまだしも肺となると心臓に影響が出ない訳が無い。確実に死にヘルメスによってこの腐りきった世の中もさらに腐敗してしまう。それに俺には目の前に救わなければいけない彼女もいる。だから、
「や......め 」
「それじゃあカウントダウン開始~。 さぁ~ん」
そしてゆっくりとカウントダウンを始める。これは死への悟りであった。ゆっくりと何も出来ずに散って逝くならば早めに殺してほしい。こんなことを考えるのに一秒。
「にぃ~」
その甘ったるい声に鼻で笑いそうだった。あまりにも酷い人生だった。友達もいない、彼女なし、これ以上はやめておく。でもせめて、
「いぃ~ちぃ」
ニヤニヤとしながら笑いを隠しているのが分かった。もう死ぬのかと考えるその零コンマ二秒に視覚は捉えていた。先程、爆裂魔法で壊した天井から見える月を反射させ光輝く四本の希望の光が。残りの零コンマ八秒でその希望を信じて俺は一度瀕死しようと考える。
「ゼェ~ロ! 死ねぇっ!」
肺に突き刺される衝撃とその後に来る弾ける痛みは死ということを意味する。もはや痛みなどという次元の話では無い。痛みを通り越して虚無である。そして、分からなくなる。脳がグルグル回る気分であった。
そして、ふと脳内を疑問が過る。
ーーー死ぬ前は何を思っていたのだろう
人間は死ぬ前に何を思うのか知り得ない。
が、ある一般男性は死を恐怖ではなく希望として捉え笑っていた。
更新遅れてすみません。よければコメント、レビューの方よろしくお願いします。




