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深き森の魔女

作者: みずのひ

 ――森の奥に入ってはいけないよ。森には悪い魔女がいるからね。

 幼い頃から大人たちに耳が痛くなるほど聞かされた警句は、アレンにとってなんら意味を持たなかった。

 なぜなら、森の『魔女』の正体を知っているから。

 彼女は貴族の娘だった。森の館に住んでいて、少しだけ体調を崩しやすい。村には同年代の子供がいるのに、彼らと一緒に遊びまわれないことを、友達になれないことを寂しがっていた。

 それは今から何年も前の話。

 大人の言うことに反発ばかりしていたアレンは、言い聞かせに反して森の奥に立ち入った。そこで見つけたのは、立派なお屋敷と、とてもきれいな女の子だった。

 以来、アレンは彼女の虜となった。毎日のように彼女のもとに通って、ささやかな雑談をすることを生活の支えとした。

 今日もまた、彼女のもとを訪れる。


「マリア!」


 広げられた柵の隙間に体を通し、隠れるように庭園に出る。穏やかな陽光を浴びて輝く木々の中、金の髪を流す彼女がいた。


「ごきげんよう、アレン。遅かったわね」


 庭園の一角に置かれた東屋は、二人だけの茶会場。アレンに座るように促したマリアは反対に立ち上がり、手ずから茶を淹れる。

 一度、彼女に使用人はどうしたのかと聞いたことがある。仕える侍女は何人かいるらしいが、アレンには会わせたくないとの返答に、少しだけ傷ついたこともある。そういう意味ではないとすぐにフォローが入ったが、結局なんだったのかは教えてもらってない。

 カップから湯気とともに香りが立ち上がる。村では感じることのできない、なんともくすぐったい感覚がアレンを支配する。手を伸ばして、茶器がこすれる音さえ楽しめる。


「今日は特別なハーブティーなの」


 向かい合って座る彼女の笑顔に胸が高鳴る。ここ数日は来ることのできなかった後ろめたさも相まってか、慌ててお茶を飲もうとして、その熱さに悶えた。

 たった数日でも、村ではいろんなことがあって話題には事欠かなかった。ヒューイが結婚秒読みなこと。リゲルがまた酒をちょろまかして、親に雷を落とされたこと。ロットさんが居眠りして正午の鐘を鳴らし忘れたこと。女の子の話はマリアが気に入らないことが多く、自然と男の話ばっかりになった。

 それから、村に現れた自称冒険家の人が、その筋では有名なホラ吹きだってことを行商人に看破されたこともあった。そのくせ、冒険譚はワクワクするものばっかりで、どうして吟遊詩人にならないのかをみんな

で不思議がったのだ。


「それから、それから、ね――」

「どうしたの、アレン?」


 流暢に流れていたアレンの言葉が詰まる。マリアの声に後押しされて、アレンはずっと前から言えなかったことを告げる決心をした。


「じ、実はね、明日、僕の誕生日なんだ」

「ええ、知っているわ」


 長年の付き合いになるマリアには既知の事実を述べ、それで、と続ける。


「成人になる誕生日ってのもあって、パーティーをしようってことになって。あ、でも、お貴族様がやるような上品なのじゃなくって、酒場で飲み食いしてどんちゃん騒ぐだけだし、用意したごちそうも、マリアの口には合わないかも知れないし」


 でも、


「そこにマリアがいてくれたら嬉しい。村のみんなに、マリアの事を紹介したいんだ」


 そうすればきっと、彼女は森の奥で一人ひっそりと過ごすことはなくなるから。語ることさえ疎ましいと、村の大人たちに思われることはなくなるだろうから。

 だから。


「僕の誕生日パーティーに、来てください」


 頭を下げる。これが精いっぱいの誠意だ。今までマリアがこの屋敷を出たところをアレンは見たことがなかった。ほとんど断られるとばかり考えていた。これからどうなるかなんてわからない。ただ、なにもせずにはいられなかったのだ。

 おそるおそる顔を上げる。マリアの顔を見て、アレンは頭が真っ白になった。


「ああ。ああ、アレン――」


 潤んだ瞳、上気した頬、震える声にはこれ以上ないほどの熱が込められている。

 彼女は、今までにアレンが見たこともない顔をしていた。


「もしかして、最近来れなかった理由って」

「あ、ああ、そうだよ、マリア。少しでもパーティーを豪華にしようとして、それで」

「なんて、なんてことなの」


 恥ずかしげにうつむいて、まるで夢見る乙女のようにマリアはつぶやく。


「それじゃあ私たち、両想いだってことじゃない」


 え、と思う間もなく全身から力が抜けていく。力なく地面に倒れこみ、けれど指先一つ動かせない。

 いったい、なにが、起きているのか。


「よかった。本当に、今日、それを聞けて、本当によかった」


 視界も歪み、近づいてくる彼女の姿も曖昧になる。どうして。初めて彼女のことを怖いと感じた。

 そういえば、彼女はなんて言っていただろう。『今日は特別な』。いや、違う、そんなはずはない。


「ごめんなさい、アレン。でも、大丈夫。アレン、大丈夫よ。だって」


 貴方は私が好きで。

 私は貴方を愛しているから。


「だから、なにも心配ないの、アレン。これからは、ずっと一緒にいられるから。全部、私に任せてくれれば大丈夫だから」


 彼女の言葉もだんだんと遠くなっていく。薄れゆく意識の中、心残りだったのは、結局その想いを自分の口から告げられなかったことだった。




 村の言い伝えに曰く。

 森の奥に入ってはいけない。森には悪い魔女がいて、囚われたら最後、二度と帰ってこれないから――。


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