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こだわり

作者: 高木圭介


池袋のロータリー。浮浪者。手相占い。ソフトモヒカンの雑魚。バラエティにとんだ人間達。


「神の裁きは近い!神の血はすべての罪を浄めるのだ!」


「NHK は国民を愚弄しています!今こそ国民一人一人が正しい、偏向していない報道を、、、」


拡声器の布教者の横ではNHKから国民を守る党が演説をしている。

駅の出口は人が多く往来するので、こういった有象無象が溜まりやすいのだ。


「今、幸せですか?」


二人組の宣教師に声をかけられる。

話を聞くと、どうやらこの世界は滅亡に向かっているらしい。

世界が滅びる前に、天使の住まう天上の世界。すなわち天界への扉を開き、そこに移住しなければいけないのだという。

1枚のCDを手渡された。


「もし、このCDを正しく鳴らすことが、天界への扉を開くことができます。」


その中身はクリスタルサウンド。その音波はすべての穢れを浄化し、天界への扉が開くという。4096ヘルツの音波であった。


「あなたも我が教団に入団し、救われるのです。」


こうして男はピュアオーディオ教に入団した。




男は自宅の古いステレオミニコンポで4096ヘルツを再生する。

おお、なんと清らかで、美しい音色なのだろう。確かに天界への扉も開きかねない気がする。

 

しかし、天界への道が開かれた形跡は形跡はない。

まぁ二十年も前のコンポだ、無理も無いだろう。


男は最新のアンプとスピーカーでシステムを組んだ。なるほど、4096ヘルツの音波が更に澄んだようだ。こうも違うものなのだな。素晴らしい。しかし、天界との扉は開かない。


オーディオ専門店に行くと、店員に高価なケーブルを薦められた。1メートル20万円だ。ふむ。どうせこの世界は滅びるのだ。金の心配など、ナンセンスというものだ。

男は早速システムに組み込み、4096ヘルツを鳴らす。素晴らしい。音の明瞭感が段違いだ。しかし、天界との扉はまだ開かれない。


男は次々と高価な機材を買いそろえていく。


どうも電源でノイズが乗っているようだ。60ヘルツは頂けない。4096は64の2乗である。使用する電源は64ヘルツの交流でないといけないのだ。男は発電設備を自作した。

4096ヘルツはますます、その澄みやかさを増した。


どうも室内の温度分布にムラがある。これでは正しく音が伝導しない。

男は室内の温度を、男の体温にキャリブレートした。これで均一な温度分布が得られた。

4096ヘルツはますます均一で、滑らかなものになった。


音が濁る原因を一つ一つ改善して行き、手間を掛ければかけるほどに、4096ヘルツは正しく、濁りなく鳴る。



そうして男は悟った、地球にいる限り地殻の脈動、地軸のズレ、太陽フレアの影響から逃れられない。男は木星の衛星、エウロパへの移住を決意した。


木星のシェルターの中。4096ヘルツを再生する。素晴らしいサウンドではあるが、まだ足りない。男には思い当たる節があった。男の身体を流れる微弱な電流。神経回路のノイズである。これがサウンドに悪影響を与えているのだ。

男は自らの脳をケイ素の基盤に転写し、肉体を捨てた。



長い年月の末、男は更なる悟りを開く。

「そうか、重力波の影響を見落としていた!」

重力波はあらゆる物質を貫通する性質を持つ。1億光年先の距離にある中性子星とパルサーが放つ重力波の影響を受けて、4096ヘルツが正しく鳴っていなかったのだ。


男は宇宙の果てに移住した。ここは完璧な環境である。半径50億光年以内には何もない。

究極の環境とシステムで、4096ヘルツを再生する。


完璧だ。もうこれ以上はない。


「これで、最後だ。」


男の精神、男が思考すれば、どうしても電気信号が発生する。4096ヘルツは、まだ完璧ではないのだ。

男は、思考を止めた。感じるのを止めた。生命としての活動を止めた。

そして、ただ、そこにあるだけの存在となった。



男は、遂に完璧な4096ヘルツを鳴らす事ができた。

天界への扉が開かれ、男の魂は浄化される。男は人間を超越した、原罪の穢れなき至高の存在となった。



肉体に囚われている限り、常に自らの呼吸、鼓動、ノイズから逃れることはできない。肉体を捨て去り究極の涅槃へ辿り着いた者。それこそが、ピュアオーディオ教における即身仏。


これこそが、ピュアオーディオを志すものが最終的に目指す極地なのである。


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