第八話 雅夜の家
雅夜の家に着いた。ここは大きい家だ。門の左右をみると何処までも雅夜の家の塀が続いている。
その門を入るとやはり、建物の玄関まで飛び石の中庭的な小道が続き、風情のある昔の日本家屋の旧家が現れる。
建物は、しっとりと古めかしい感じの家屋だが、それは外観の雰囲気だけで、中は綺麗に磨き上げられ、手入れの行き届いた現代風の室内であった。
玄関入ると土間。そのかまちは、ヒノキらしい木で作られており、相当なお金持ちの旧家なのだろう。十数人が一度にかまちに腰かけ、荷を解けるようになっているので、人の出入りが多い家だともわかる。
その土間には、なんかトレーニングウエア姿の厳つい男たちが数人おり、入ってきた雅夜にお辞儀をしてこちらを迎える。綺麗なお辞儀の角度と、お客と目を合わさないように伏せているのは、行儀を叩きこまれた男たちであることが窺える。
「ただいま。離れ使うね」
中に進んでいく雅夜についていく俺達。
俺たちは土間を抜けると奥の中庭に出る。
中庭には、離れが建っており、離れは3棟。お客様用で、一つは東屋。茶室として機能しているようだ。
東屋の向かいには大きな蔵と、ちょっと広めの平屋がある。
窓が開いて中が見えるが、板が敷き詰められた道場のような雰囲気だ。さらにその一番奥には鳥居があり、お社が祀ってある。
この家は、祭事を行っている由緒ある家なのだとわかる。
「すげえ、こんなの時代劇でしか見たことない風景だ」
いや、時代劇でもこんなに広いか?
マルシアに担がれ、気絶しかかっている俺だが、気になって仕方ない。
「ここの敷地は東京ドーム、何個分?」
「バカじゃないの。そんな広いわけないじゃない」
メリサはその中の真っ赤な鳥居に、いたく興味をひいたらしく、フラフラと夢遊病者のように歩いていってしまった。
雅夜が案内したのは、離れの裏にある棟だった。
その棟は雑貨物置き場の棟に成っており、屋根付きの広場みたいになっている。隅に無造作に小型のバイクが止まっているので、雑多な器具置き場にされているようだ。
木の窓の下に連結された杭が並んでいる。これは馬や牛を繋ぐものだと思われ、ここは昔、家畜を飼っていた場所のようだ。そして俺は、その家畜広場に転がされた。
どうやら俺は家畜、動物と同じ扱いらしい。まあ、血が滴り落ちるてるために、室内では出来ない。ここで治療をやるのも仕方ない。
「閉じて」
雅夜に言われる。
「何を?」
「傷口に決まっているでしょ」
「やり方が判らない」
と、言っている間にマルシアが脚に刺さったサイを引っこ抜いた。
血がドバーと溢れ流れる。
「うわー、俺の血が流れていく」
傷口から流れる血を見ているだけで貧血になりそう。
「何だこれくらい。押さえていれば止まる。いつもそうやって止めている」
「圧迫止血法ってやつね。やってみなさいよ」
「ホントかよ。」
やってみると本当に血の流れが弱まったので、その隙に包帯というか布を、手と脚の傷口にグルグルに巻きつけて縛り、治療終了。
はやー。これで終わりかよ。ただサイを抜いて縛っただけじゃん。もうちょっと薬を塗るとか、血止めを貼るとか、ないのかね。
とにかくそれで終わり。離れの畳の部屋に連れていかれ、敷いて貰っていた布団の上に転がされて寝かされる。まあともあれ何とか休めた。
しかしなんか変だな。どうもしっくりこない。そういえば俺は畳の部屋に寝た事ない。
メリサもマルシアも靴を脱いで畳の部屋に上がらせているが、どうしたらいいか、戸惑っている。
これが日本の部屋というものだが、俺も畳の部屋にベッド置いて寝ているので、直に畳の上というのは、どう過ごしていいのか判らない。
まあ、壁に持たれて座ればいいし、畳の上に寝っ転がってもいい。そんなものだ。とメリサとマルシアに雅夜は説明した。
やっと休めた俺を見下ろしマルシアいう。
「メリサを守ったのか、頑張ったな」
あれ、褒められちゃった。なんか照れるな。
「まあ男として認めてやろう。女を守ってこそ男だ。だが勝たなきゃ男とはよべない。もし一発目を受けたら相手を殺せ。右手を潰しても左手があるんだ。殺すんだ。これからはそうしな、そうしていれば、こんな2発目を刺されずに済む」
「でも、オレには殺すということが出来ない」
メリサ、遅れて部屋にくると俺の脇にくる。
「ナイーブね。日本人と言う民族は。このご主人さまが言うのだから命令は守るのよ」
あれ?ご主人さまのご命令になったか。
「分りました。出来る限り。頑張ります」
「素直でよろしい」
すると頭を触ってくるメリサ。
「あ、」
なんだか暖かくなる。何かを注ぎ込んでいるようだ。
「これは電気治療か、なんかですか?」
「同じ属性の電子よ」
つまりエネルギーをメリサは入れてくれているのだった。
「よく効くはず、治りも早くなるはず」
「そうなの?属性ってそういうものなの?」
「いや、今までやったこと無いから判らない。でもそんな感じ」
まあよくわからないが、なんか電気の充電の時の、あの感じがして、パワーがみなぎるイメージが湧いた。
「そうか、仲間か。そして仲間を守るのも戦いか。わかった。戦う意味が、人を守るということも戦いなんだ。そんな戦いなら俺にも出来る」
「まあめんどくせいな。そんな理由を付けなきゃ戦えないのか」
「本当、日本人は面倒臭い」
そうなのかも知れない。でもそれが日本人の良い所のような気もしている。
外国の人間をあまり知らないが、どうも外国の人は、白か黒かはっきりしてしまう。
いやそうでなくてグレー。それが人間同士の交渉や干渉のような気がする。
誰もが妥協できる方法が一番のような気がする。・・・・なんてことを考えているうちに眠くなってきた。
マルシアも腕を枕にして寝っ転がる。
「眠った方が回復は早くなる。休むということは寝ること。安心できる場所と判ったらねるんだ。それが次の戦いの準備になる」
「そうですか?」
見るとマルシア、壁を背にして入り口が見える位置に寝ている。すぐに行動が出来るようにだ。戦士は大変だ。
メリサは、俺の頭に手を置きながら、しきりに雅夜に質問している。
畳は何で出来るてるかとか、部屋の凹んだ箇所(床の間のことだか)何故こんな作りになっているのか、好奇心に引きずられて聞いている。そんな他愛も無い会話が子守唄になったようで、俺は、知らぬ間に眠りにおちた。
そして夢を見た。
5歳ぐらいのメリサの顔がガラスに映る。
夢の中でメリサは2m四方のガラスケースに入れられていた。そこの中には机とイスがありそれに座って、モニター画面で勉強している。
どうやらメリサが入れてくれたエネルギーが、俺に流れ込み、記憶も一緒に流れ込んできたのだろう。
そして一緒に感情も流れてくる。それはとても不安な気持ちで、俺の中に怯えが流れてきた。
学校の小さい教室ぐらいの広さの部屋には、ガラスの箱が何個も並び、メリサと同じような幼年齢の少年少女がケースに入っている。
ケースの中のメリサは体にコードがつけられ、心電図、心拍数、すべて記録されるようになっており、メリサ達はガラスの中で絶えずデーターを採れているようだ。
不安。とても不安。絶えず揺れて怯えている感情が流れてきた。
夢は続く。
場面は一瞬で飛び、今度はコンクリート打ちっ放しの殺伐とした部屋。
そこに大きな金網があり、その中に放電装置を持った発電機が設置してある。
全身ゴムのスーツをきた人間達が、7歳ぐらい少年の腕に電流が流れる結束バンドをつけて、その体に電気を流す。
耐える少年。体が電気で縮こまる。
それを確認して電流の量を増やすスーツの人間。
あるところから、体が負けて、のけぞり始める少年。
慌てて止めるゴムスーツの人間たち。少年はまだ体が痙攣したまま床に転がる。
スーツ人間は少年を抱えて、部屋から出し、廊下のベンチに寝かせる。
廊下のベンチには、順番を待つ同じ少年少女が数人居て、出てきた少年を見て恐怖している。
次の順番のメリサが掴まれ、部屋に入れられる。
同様に結束バンドがつけられ、電流を流され、同じように縮こまる。
「負けちゃ駄目。耐えて。耐えるの」
どんどん量が増やされてゆき、メリサも体をのけぞらせていく。
そして地面に倒れ、のたうちまわるメリサ。
そして流れてきた感情は、怒り、恐れ、悲しみ。・・・憎しみ。
ドーンという地響きと振動が加わった。
「地震か」
不意の音と振動で俺は目をさました。
見渡すと朝になっており誰もいない。
続いて起きるジジジジーという電磁放電の音で、メリサの攻撃が発動されているが判った。
紛れものなく、葛西臨海公園の水族館で聞いたあの音だ。メリサが戦っている。
夢じゃない。現実に起きていることだ。
敵襲か?
俺は、すっくと立ち上がり、戸口の靴を履く。
「あ、体は痛くない」
手に巻いてある布を外して見てみてると手のひらの傷は塞がっている。触ると薄い膜でしかなく物を掴んだりすれば痛いと思うが、動く分には支障はない。
凄い。治り始めている。脚の太ももの布を外す。
血で服がパリパリに固まってしまっているが、中の脚は手と同じようにくっついているようだ。これは超能力のおかげか。素晴らしい力だ。
そういえば、俺ってビッコを引いてなかった?
いつからだ?気が付くといつの間にか俺はビッコも引いてなかった気がする。
水族館でメリサを背負って走った時、全然違和感がなかった。
そうか、あの時から、俺はなにか特別の力を使い始めていたのかも知れない。そう超能力って奴を。
俺は、音のする方に進みながら、体を曲げたり屈伸したりして体の確認する。すぐにでも動けるようにするためだ。仲間を守る。そんな目標が出来たので、戦いの場所に向かうのも辛くない。
怖さはどうだ?・・・・怖い。確かに死ぬかも知れない場所に向かうのは脚がすくむ。
だが今は『守る』という、今まで自分に感じてなかった感情に動かされて進んでいる。
メリサの電磁砲の音が、鳴り響く戦場に向かって。
離れの棟をでて中庭を通り、進んでいくと母屋近くの建物から音はしている。現にその窓から、メリサの輝く光がフラッシュを炊いたように光っている。
俺もその建物に飛び込む
「敵は?」
と見回す。が、しかし中に敵などおらず戦っているのは、なんと雅夜とメリサで、互いに自分の能力を叩きつけて戦っている真っ最中だった。
一体、何が?どうした?
どうして二人は戦っているんだ?
一対一の対決。ものすごい勢いで超能力を出し、おのれの技と力を相手にぶつけている。
メリサは自分の電磁を体にまとい、何発の出せるように体に身に着けている。
まるで体中に10cm台の丸い電球を背負っているように成っており、それを掴んで投げるようにして攻撃。雅夜に放つ。
それに対して雅夜は腕を振る。
それが風となり竜巻を生じさせ。メリサの投げた電球のような弾を受け流す。
そしてその竜巻から支流となった小さい竜巻を生じさせスピンアウト。小さい竜巻はメリサを襲う。
メリサは逃げきれず、電光の壁を放ち当てて何とか相殺。
近い場所のぶつかるエネルギーで、吹っ飛ぶメリサ。壁まで飛ばされるが、ぶつからず踏みとどまる。
よくみると戦闘をしているその棟は、道場のようで、壁も床も木の作りで、柱が無く広い空間を確保している。互いにぶつかり合っても、自由に動けるスペースがある。
その中央で、雅夜、風を強くする。
メリサが吹き飛んだ位置から計算して、そこに2発放つ。
一発は受けるか避けるかしても、2発目の軌道がずれており、後ろから襲いかかる変速な竜巻。
メリサは壁前で踏みとどまったが、だいぶ体制が崩れているので、一発目を手に電磁を巻いて受けて、二発目に一発目に当てて反発させる。
独楽と同じように互いに弾かせる方法をとった。
だがそのぶつかり反発した一発目は、相当の威力があったようで、苦痛でメリサの顔がゆがむ。そして直撃はしなったが、飛ばされて壁に叩きつけられる。
残った2発目は一発目に当たった反動で、雅夜に跳ね返り、自分の攻撃を受ける事になる。
雅夜は自分の武器は判っている。
雅夜は跳ね返った攻撃を自分で処理するために、逆回転の渦巻きを出し、互いの右回りと跳ね返りの左回りは合流させて弱める。
しかしそれは実はメリサの陽動の攻撃だった。
壁で叩きつけた場所から、小さい電子弾をいくつも放つ。それは壁伝いに放たれているので、雅夜から見えない角度で飛ばせた。
案の定、雅夜は突然現れた弾をさけられない。
上半身を守るのがせい一杯で、腹あたりに一発くらい、膝をつく。
互いに地面にへたり込んでいる。互いに結構なダメージを受けているようだ。
「やめろ。危ない。それ以上、撃ったら死ぬ」
俺は二人の中央にでて喋る。
「これ以上やったらどちらかが死ぬ。やめるんだ」
荒い息をしながら互いに相手の攻撃を食らったまま、相手を睨みつけている雅夜とメリサ。
「やめろ、何やってんだ。仲間割れか?何が原因だ?」
すると奥で見ていたマルシアもきて、俺に並んでくれる。
よかった。俺一人だと、いささか止める自身はなかったがマルシアも一緒に止めてくれるなら、大丈夫だろ。
「サトジュン、起きたか、元気になってよかったな」
「おかげさまで」
「だけど、おまえは邪魔なんだよ。すっこんでな。」
マルシアに首の後ろを捕まれて、壁まで投げられる。
あら~なんで?
立ち上がった雅夜がいう。
「戦うほどに力は増し、経験するほどに熟練する。技を磨き、心も磨く。戦いに終わりはなし。これは模擬訓練よ。こうやって対戦するの。そうして新しい技を作ったり、連続技のコンボを開発したりするの」
メリサは、立ち上がり汗を拭い、細かな電気を放出させる。それは規則的な網の模様になった形の雷。それを両手のひら間で大きくしたり小さくしたりする。そういえばあまりみない雷の形だ。
「新しい対戦は意外な攻撃を繰り出すわ。そのため大事な体験。敵と戦うというのは命のやり取り。だから2度目はないの。いつも出来る限り対戦して、自分の長所、短所を見極めておく。それが生き残れるための訓練」
メリサはそういうと網を地面に落とす。そのまま網は半円形の形になりまるで落下傘のように落ちていき、地面も届くとまた開く。まるでハンカチのように地面に平らになってやっと消える。
「でも当たったりしたら死ぬかも知れない」
「対戦は命がけでやらなきゃ、身につかない」
「すみませんでした」
俺の闖入で二人の闘志の糸がきれたようで、雅夜がメリサに説明を始めた。
「メリサの電撃は、攻撃は早いが、自分の中に貯めるので、微かだけど体が光る。光った途端、どの攻撃でくるか、判断できれば避けることが可能。そして攻撃の時に電極として、腕を突出したり、腕を振り回りしたりするので、それで方向も読めたりする」
「だから途中から球にして体に付けた。コレなら、何発も同時に発射出来るし、連発も利く」
「いいと思ったわ」
「雅夜の弱点は、空気伝導だから攻撃スピードは遅くなる。発射から届くまで待てちゃう。特に『作る』、発射の『投げる』という2動作があるので、一瞬のタイムラグが出来るの。私みたいに作る動作は準備するとかして、投げる動作だけにしたほうがいい。途中で、ひと動作で繰り出してたけど、正確性が全然だめ。練習が必要」
雅夜、指をパチンと鳴らすと、小さい独楽のような竜巻が出る。
「そうだよね。私は、コレ。この動作がなければ撃てないもんね」
マルシアからも発言される
「空気をかき混ぜて濁らせて壁にする。防御の技だが、あれは凄い武器にもなる素晴らしいものだ。しかし戦闘中はやめた方がいい」
「何故?」
「風の特性の奴が言っていたが、大気を締め付けるので、自分の体も固まる。永続的に出来ない。自分が麻痺状態になってしまう。そう聞いたが?」
「そうか判るか。これは副作用なの。圧縮を起こせる範囲が、見える範囲とか自分から近い部分でしか出来ないの。そう建物丸ごととか大規模の圧縮は出来ない。やると数十秒自分が固まる可能性がある」
「しかし見ていて思ったんだが、自分を持ち上げ、ホバークラフトのように地面を滑るように走る。あれは素晴らしい。体が動かず移動するので、どこに移動するか予測出来ない。近寄っているか、離れているのかさえ判らなくしている。一気に間を詰めたり、スライドして避けたりすれば相手が混乱する。使うべきだ」
「ありがとう。・・・そうか、やっぱり私は防御より攻撃系か。でも問題点はスピードなのね。何かで補わないと駄目よね。移動スピード、3次元攻撃。そして何か。」
「防御?守る?確かに大事だけど、先に相手を倒せば、守りなんて必要ないことよ。戦って相手を倒せばいいの。何故、守りから入る?」
マルシアは、理解できない。
「こいつも防御ばかり口にする」
と俺をみる。
「それね。私達は昔から集団で戦う事を基本としている。攻撃をすることは勿論だが、全滅という最悪の被害から考え、最低の損害に抑えることを常に考えている。そのため仲間を守るというのは、昔から教えてられてきた戦いの中の一つの思想になっている」
「そうだよ。攻撃を一身で受け、身を呈して守り通す。自己犠牲って言葉がかっこいい」
と自分も発言してみた。
「私たちにもその思想はあるわ。でもそれは目的に対して、味方の数の判断で被る被害。一人か多数かが判断基準」
「違うの。日本では友人や仲間のためなら、命をかけられるのよ」
「解らない。そんな非効率的な考え。自分が死んでしまったら、終わりじゃない」
「死んでも、意志や教えは残る。日本人はそんな民族なんだ」
熱弁する俺を見て、メリサ軽く手を上げ、笑ってうなずく。
「仕方ないわ。じゃあいくつか防御方法を教えてあげる。手足にコイルを巻く防御。これは前に教えたから、もう出来るわね」
「そう、それはなんとか出来ると思う」
「じゃあ、2m範囲、センサー通電。これは2mの円を描き、自分を円の中に入れる」
メリサがそういうと、音が、ブーンと鳴り出し、何かがメリサの周りにまとわったように見える。
「触ってみて」
俺はメリサに手を延ばすと、メリサから1m当たりの所でバチと通電する。
お、痛え。これは農家の庭先にある虫除けの電気設置装置のように、進入するものに電気が飛ぶあれのようだ。
「後は10m範囲、ミラーで空間歪ませる防御と30m範囲に張り巡らせる電子カーテン」
メリサはそういうとミラー効果で道場内を外の風景にしたり、電子カーテンで木を生やし出す。
「こういう環境を作る電子カーテンは防御として有効よ。でも相当練習は必要。まずは簡単なセンサー通電を作ってみて」
と、メリサに要求された。
うーん。困ったどうすればいいんだ?
「円を作るの。そしてその円を大きくするの」
言われた通り作ってみる。小さい円から、それに注入して大きく丸く2mぐらいの大きさに成長させて・・・なんか不安定な感じだが、出来たのか?
そしてそれを自分の周りに・・・と、それをかぶろうとしたら、俺自身が侵入者と判断されバチっと食らった。
痛え。頭が焦げた。煙が上がっている。
みんなあまりの俺のバカさ加減に、笑い出した。
笑ってる、畜生。一所懸命なんだぞ。普通笑うか?
そんな雅夜たちが笑っていると、入り口から、七〇代くらいの白髪の老婆が、スーっと入ってくる。
「あら、珍しいわね。雅夜がお友達を連れてくるなんて何年ぶりかしら」
白髪の老婆は小柄で、人懐っこい笑顔でみんなを見回す。
「おじゃましてます」
俺は、日本人らしく頭を下げてお辞儀した。
「はいはい。・・・あら、雅夜のボーイフレンド?甘ったれの女の子ですけど、可愛がってくださいね」
「違うわよ静ちゃん。こんな奴、関係ないから」
「あら、そうなの。いい男なのにね」
「エヘヘヘ。はい・・・・お祖母ちゃん?」
「静ちゃん。私のおばあちゃん。今年、80歳になるわ」
「おや天使と猫ちゃんがいるのね。いらっしゃい」
微笑んで会釈するメリサと、マルシア。
「天使はカミナリ様ね。お嬢ちゃんは、まだら模様の大きな西洋猫ね」
言い当てられたメリサとマルシアは顔を見合わせる。
「お祖母ちゃんは、私達が判るの?」
「雰囲気よ。雰囲気。天使は羽を持ち、猫は狩人。そんなのを感じるの」
「お婆ちゃんも超能力者なの?」
「どうなのかしら?でも私は災害が起きるのが人より早く判るかな。戦時中は、次に空襲が起きる場所がわかるので、そっちに行かないようにみんなと逃げたわね」
「おばあちゃん予知能力なのね。かっこいい」
メリサに誉められ、嬉しそうに笑うお祖母ちゃんの静ちゃん。
「そうね、ウチは代々、女しか生まれない巫女の家系なの。その時代で不幸が起きると、生まれた子供が能力を宿すみたいね。先代の当主は、幕末を生きた人で雅夜と同じ風を使う力を持っていた。上野の彰義隊の戦で燃える家や木を、その風の力で、吹き飛ばしたらしいわね」
「巫女ってなに?」
「シャーマン」
雅夜がわかりやすく説明してくれた。
「凄い。魔法使い?じゃあやっぱり庭にある赤い門は魔界の入り口だったのね。素敵」
「何言ってんの。あれは鳥居っていう神仏の通り道。人の家を魔界にしないでよ」
俄然、雅夜が胸を張り言い始める。
「そもそもうちの家は、神社なのよ。江戸時代に氾濫を繰り返す荒川を抑えるために、刀鍛冶、矛作り、盾作り、生贄の人形作りなどの職人と一緒に移動してきた祭事の主が久宝家なの。・・・そして代々、この土地や国を守るための巫女の家系で、葛西という移民の土地の職人の斡旋や住人の配置など主にやって来た家なのよ」
「まあ争いの無くなった太平の世の現代に、昔ながらの元締めの仕事は流行らない。催事の仕事もすたり、今は舞踊と武術の集会場というところかしら」
楽しそうに静ちゃんは笑う。
「雅夜は、今、戦っているの?」
「うん、これから戦になるかも」
「あら、大変ね」
「だから、こうやって訓練をしているんだけど・・・」
「そうだ。私はまだだったわね」
マルシア、上着を脱ぎ、大きく伸びをしながらこちらにくる。
「サトジュン。来なよ。私とやろう」
「俺?まだ傷が癒えてません。また後じゃ?」
「駄目よ。敵は待ってくれないんだから」
マルシア、体を揺すると胸が揺れる。タンクトップ一枚のノーブラなので、胸の形がハッキリわかる。そして脇から零れ出てる横乳の柔らかそうな膨らみは、揉んでみたいと俺を狂わす。
「あれ、おまえ、なんかエロイ目をしてるな。発情してるのか?」
ヤバイ。ばれた。
「いや、別に逞しいなと思って・・・・」
「バカ。まだ肉体変化してないから、逞しくないよ」
マルシア、自分の胸をむんずと掴み、上下に持ち上げてみせる。
「男はしょうがないな。すぐやりたがる。・・・・揉みたいか?」
「そ、そ、そんな・・・・はい。揉みたいです」
「そうか、何か手柄をたてたら揉ませてやるよ。じゃあ行くよ」
マルシアの体が少し変化する。
腕が固く引き締まりながら、太くなり肩や首筋も筋肉の筋が浮き出てくる。
「ひゃー。いきなりジャガーになる。反則だ」
後ずさる俺。
「こら逃げるな。」
と、マルシアが寄って来るので逃げる俺。
「なろー逃がさない」
部屋の中を走り回るが、逃げ切れなさそうなので、建物から脱出した。
訓練を終えて30分ほど休んだ頃、雅夜に呼ばれて母屋に行くと、座布団にお膳の食事が並べられていた。
焼き魚、納豆、海苔、卵焼き、漬物、典型的な日本の朝ごはんである。
「うわー、旅先の旅館以来だな。こんな朝食」
メリサは、もう箸を掴み、興味津津で配膳された自分の分を見つめている。
「これはなあに?この黒い紙みたいなもの」
海苔が珍しいらしく、一枚、箸で摘んでしげしげと見る。
「これは海苔と言って、ご飯をくるんで食べるの。お寿司で見たことあるでしょ。軍艦とか巻物に使っているじゃない」
「なにこれ?味しないわ。黒い食べ物ってこの世に存在しないって聞いていけど」
なかなか異文化は、納得出来ないものらしい。
その点、マルシアは、もう箸で焼き魚ぶっさして食べている。さすがワイルド。
「うまい。基本的に肉が好きなんだけど、魚も嫌いじゃない。だけど・・・この甘いスクランブルエッグを固めた奴、これは駄目だ。エッグが甘いっていうのは美味しくない。それになんだこれ?この豆、腐って匂いがする。駄目だ。気持ち悪い」
納豆が食えないマルシア、自分の前から遠ざける。
「何言ってるのこのエッグのブロック。甘くて何か深い味もして、すごくて美味しいわ。それにこの味噌スープは最高。・・・でも魚は嫌い。ドイツは海がないの。あまり食べないわ。魚料理もあるけど、川魚はドロ臭くて私、嫌いだし・・・」
メリサは玉子焼きと味噌汁を飲み褒め称える。
するとお手伝いさんらしき人が雅夜に呼ばれて、洋食のブレックファーストを持ってすぐに戻って来た
素晴らしい、用意されていたようだ。旅館かここは?
でも完全に外国のブレックファーストではなく、日本のホテルのような洋食。まだメリサには馴染みがないようらしく、。
「これは、チーズ?こんな塊・・・」
スモークにされたチーズをフォークにさして、怪訝そうに食べるが、
「美味しい。なんて美味しいの。世界にないものよ。もっとこのチーズを頂戴」
食べて一変に表情を変えて、おねだりを始めた。
メリサがあまりいうので、マルシアもちょっと貰い食べると驚いている。
「凄い。なんだこのチーズは?魔法か?」
メリサとマルシアと雅夜、楽しげに話している。
女子は食べ物すきだな。食べ物の話でずっと話している。でもこうやって女子が話しているのを見るといつも思う。女子ってなんですぐに仲良くなるのだろ。
高校入学してあったその日に数時間もしないうちに友だちになり、もう手を繋いでいたりする。環境変化の対応力というか、これは男には理解できない。
男はゆっくりと互いの距離を埋めて仲良くなっていくが、女はいきなり友達。そして別れもいきなり。
クラスが変わったらもう友達でも無くなっていたりする。いや友達なのかもしれないが、もう一緒に遊ばなくなったりする。これまた男の俺達には信じられない。
「しかし、ちょっと困ったな」
食べ終わったマルシアが漏らす。
「どうしたの?」
「向こうの手がかりが、無くなった。葛西の工場見る限り、計画は相当進んでいると思う。何が起きるか判らないが、出来るだけ早く叩く必要がある」
そうだよな。物騒な計画が進行してたんだった。どうしたらいいのか?
「困ったわね。・・・とりあえず、あのもう一人のサトジュンを探しましょうか?・・・手狩りは?」
メリサも食事を終えて会話に加わる。
「ないわね。あったらもう行動している」
すごい他人ごとのように笑うメリサ。すると雅夜が思い出したように言いだす。
「そうだわ、あるわ。高校に。・・・サトウジュンイチがいたのは高校よ」
「はい?」
「あんたじゃない。・・・ダニャがいたのは高校よ」
ええ、高校にいましたけど、何か?イマイチ雅夜が言いたい事が、俺達に判らない。
「あのね。うちの高校に、迷路・・・いや、トリックね。そういう空間があるの。学校に数箇所、歪んだ箇所があって空間が捻じ曲げられている。サトウジュ・・・ダニャは、きっとそこにいると思う」
え?そんなの初めて聞いた。
「バカね。学校の七不思議あるでしょ。夜中、階段を上がっていくと今まで行ったことない部屋に入ったとか、階段を数えたら12段あるとか13段あるとかお化け階段とか」
「ああ、あれね。バカバカしいうわさ話」
「あの中の幾つかは、本当なの。・・・判っていたのは私ぐらいでしょうけど、本当に隠されている。・・・あるべき廊下が壁で塞がれていて、奥には誰もが判らないように隠された部屋があるのよ。彼はその何処にいるはず」
「知っていたのに、何で黙っていたの?調べりゃいいのに?」
「そんな空間を維持できるということは、力を持った誰かがその奥に隠れているということじゃない。誰が作ったかも判らないものに、なにがあるのか判らずに、闇雲に踏み込むバカはいないでしょうに」
あ、そうか、隠せる力があるということは、相当の力を持った奴が居るのか。
「高校というところなのね。・・・その高校って何をする所?」
「勉強。学校よ。ハイスクールよ。この間、貴方たちが襲ってきた場所」
「私達、学校というものに行ったことないから判らない」
何回目かのおかわりのチーズを食べなら答えるメリサ。
「え?そうなの?二人共?」
そういえば、メリサから送られてきた記憶では、何処か研究所のような所だったと思い出した。
「ああ、あそこが学校というものか。ならすぐ行こう」
「待ってよ。学校は学生の行く所なの。それも日本人の限定のね。外人で、そんな目だつ格好なんだから、貴方たちは入れるわけないでしょ」
「大丈夫よ。ミラーで見えなくするから問題ないと思う」
「駄目。とにかくあんたらは、学校に入らないで」
「何ぜだ雅夜。私たちを差別するのか」
「何言ってんの、この前、あんなにぶっ壊しといて。ダニャがもし中に居たらどうする?」
「殺す」
自信満々に断言するマルシア。
「あんたらまた学校、壊すでしょ?」
「仕方ない。その時はその時」
「やめて。また学校が壊されたら、かなわない。前の壊れた物も私が誤魔化すのが大変だったのよ」
「大丈夫。今度は誤魔化す必要がないくらい破壊するから」
マルシアが笑っている。
「違う!いいこと!最初は私たちが行くから外で待っていて。居たら合図するから」
「じゃ、雅夜の顔を立てて外に待機してやる。追い出せ。そしたら狩る」
あれ?私たち?
「私たちって・・・俺も行くの?」
「当たり前じゃない。一緒に行くの」
「春休みだぜ。あまり行きたくないな」
「何いってんの。進路相談の説明した?」
「あ、忘れてた」
「それでいいと思っているわけ?」
「いや、書類だけでも出せって言われた気がする」
「だったら行かなきゃダメじゃない」
・・・畜生。急に学級委員に戻りやがった。