第七話 ファミリーレストラン
ファミレスは結構、客で混んでおり、ヤバい話や秘密の話がしやすい隅の席は空いて無く、仕方なく中央寄りのボックスに案内される。
珍しいものが好きなメリサは初めて入ったファミレスの店内を見回しながら席に着く。ボックスなのでメリサの前に雅夜が座り、俺は雅夜の隣にすわった。
「ここはキリスト系のレストランなの?」
「そんなことない。普通のレストランだよ」
「でもボッテチェリの女神誕生や、ミケランジェロの最後の審判の絵なんて普通、貼らないよ」
メリサには日本のごちゃ混ぜの宗教観が判らないらしく、疑問に思ったようだ。
「日本には神がいっぱいいるから、好きな絵を張れるの。仏教、キリスト、イスラム、なんでも構わないのよ」
「変だよ。それは」
「いいの。ほらこれ見てごらんなさい。箸とスプーンとフォークとナイフ。全部一緒に入っているでしょ。ほら、お手拭まで。全部一緒のバスケットに入っている。日本はそんな所なの」
うわー、そんなもんで日本を例えて説明してもダメだろう。納得しないよ。頭の悪い俺でも無理だなと思いながら雅夜の言葉を聞いていた。
「それで・・・あの豹の女は、何しに行ったの?」
「奴らを捉えるか、尾行して彼らの新しい関連施設を突き止めるため、追跡してる。せっかくの手がかりだから、第2の基地か、ボスかリーダーまで突き止められたらラッキーかな。そしたら、そこを急襲して破壊するつもり」
時間も夜の夕食時間帯に成っており、店内がいっそう混んできた。やっと店員が来てメニューと水を置いて行くと、メリサはそのメニューを開き、書き込まれた品数の多さに驚きの声を上げる。
「何このメニュー?アメリカ、イタリヤ、日本のご飯がこんなにいっぱい。なんなのファミレスって?コックはいった何人いるの?」
「全部、ココで作っているわけじゃないから数人よ」
「それでこの数を作れるの?天才的なシェフなのね」
驚いているメリサが可愛く見えたのか、雅夜、笑って答える。
「本社が他にあって、ほぼ完成した状態で送られてくるの。ここにいるのはシェフといっても素人ばかりで電子レンジでチンよ」
「なによ?チンって、」
「もういいから、好きなもの選びなさい」
あまりに質問が多いのでメリサを小学生の子供のように扱う雅夜。
メリサ、ムッと詰まって、メニューを睨みつける。
「でも助かったよ。よく俺たちが襲われている所が判ったね?」
「それは本気で聞いている?」
メリサ、きょとんとして俺の質問に答えた。
「ああ、本気で不思議に思っている」
「これだから困るのよね。この日本人の危機感のなさ。・・・貴方ね、あれだけの大きな工場を潰したのだから、敵がその破壊者を探すのは当然でしょ?・・・その壊した貴方が、ふらふら町を歩いて家に帰れば、敵は必ずどこかで襲ってくるわ・・・だから私たちは貴方と言う囮を自由に歩かせて、それが襲われるのを後ろからついて行って待っていれば、勝手に敵が現れ、新しい手がかりを運んで来てくれるいう戦法なの」
「おとり?なんで俺が囮になるの?」
「警備員の所にあなたを最初に行かせたでしょ。多分あれでカメラにしっかり写されていたはず」
「あ、そのために俺に聞きに行かせたんだ」
「奴らは工場を壊した敵を探せと貴方の写真をみんなに配って、町で探索しろと指令を出しているはず。・・・良かったわね。ダーリンは指名手配されて、みんなから狙われていると思うわ」
「そんな!俺が指名手配?俺は今、追われているか?」
「そう、賞金首。だから一人でいると危ないよってアドバイスしたじゃない」
「鵜飼の鵜ね」
「ウカイのウ?」
「紐のつないで泳がせて、敵を捕まえさせる」
「そう、柵から出した豚の囮作戦」
ケラケラと楽しそうに笑うメリサ。
「ひどい、身代わりの生贄の次は、指名手配の囮かよ。関係ないのに俺はどんどん巻き込まれていく」
やっと店員が、オーダーを取りに来たので、とりあえず会話を中断する。
「ご注文は?」
「私、ハンバーグ、イタリアンにしちゃおうかな」
「おれは和風ハンバーグ、ライスセットで」
するとメリサ、俺達が頼んだ物をメニューで確認して、納得いかない様子。
「ねえ、何故これがイタリアンなの?」
メニューでメリサを指さしている物を確認すると、雅夜が注文したハンバーグ・イタリアンだった。
「そりゃあトマトソースでチーズが乗っていればイタリアンになるけど・・・」
「ちがうわよ。こんなのイタリアンじゃない」
「へぇ?」
「トマトもチーズもジャーマニーでも使うわ。これをイタリアンと呼ぶ意味が判らない」
「はぁ・・・?」
「・・・いいこと。そもそもハンバーグはDEのハンブルグが発祥で、食べやすく細かくした肉を固めて焼いたステーキなの。その食べやすさと美味しさで、世界に広まってハンバーグって呼ばれるようになって・・・」
長くなりそうなので止める雅夜。
「判った。判ったから。それで貴方は何が食べたいの?」
「これ!」
「ハンバーグ・・・イタリアンだよね」
「じゃあハンバーグ・イタリアンを2つで」
「かしこまりました」
「違うのよ。私はハンバーグ・イタリアンが食べたいんじゃなくて、チーズが好きだからこのハンブルグステーキのチーズ乗せ、を食べたいだけで・・・」
「うるさい。もういいわよ。お願いします」
店員は、お辞儀をして戻っていった。納得出来ずに膨れっ面になるメリサ。
そして周りに人がいなくなったのを見計らって、雅夜はメリサに質問する。
「貴方達は一体ここで、何をしているの?」
「この国を守ってあげているんじゃない」
「嘘、壊して歩いているじゃないの」
「それは向こうが歯向かってくるからしかたなくね。結果こうなっているだけ」
「向こうって某国のこと?」
「そう、その前哨部隊がここに来て活動している。私たちはそれを阻止するために派遣された。今、日本は攻撃を受けているから、そのために戦っている」
「貴方達は誰?」
「アースリカバリーユニット、ARU。そこの命令で動いている」
「さあ、そんな団体知らないわ」
「本当、世界を知らない民族ね。世界各国で戦っているから、みんな私たちの事は知っているわ。・・・現在、一番の相手は某国。日本が某国からの侵略を受けているのを確認し、アジアよりもヨーロッパの団体である私達に通達がきた」
「ARU?どうして貴方たちが、そんなことするわけよ?」
「それは世界の意思。世界は均衡が取れることが大事なの。どこかが飛び抜けたり、落ち込んだりすると、大きなドミノ倒しのきっかけが始まる。それは第3次世界大戦に発展したりするかも知れない。それを未然に防ぐのがARUの仕事。パワーバランスが壊れるのは、他の国が迷惑するのよ」
「確かに、物事は小さなことから始まるのは判る。でも、これは私達、日本人と某国の問題じゃないの?貴方たちに関係ない」
「世界は連動している。貴方達は自分で処理が出来ないから、私たちが来てあげているのよ」
「ゆるせない。日本をなんだと思っているの?出て行って、私たちで何とかする」
「今まで何しての?自分で何とか出来ていたら、私たちはここに居ないわ」
「あんたには関係ないでしょ。日本には日本のやり方がある。日本独自なやり方でやっていくわ」
「まさにそこに漬け込んできているのが某国よ。防御を優先して殴られなきゃ何も出来ない。腰抜けばかりの国だから、助けにきてあげているのよ」
「そうだとしたら挨拶にくるのが筋でしょ勝手に土足で踏み込んで」
「だれに挨拶しろというのよ。侵食されている国のくせに、助けてもらっているのに礼もないの?」
「やり方がアクティブすぎるの。状態を見極めて、行動することが大事。確認が必要ね」
「その頃には奪われているわよ。本当に緊張感のない国民ね。戦いを知らなさすぎる。みんな、相手を叩きのめして、自分の平和を勝ち取っているのよ。力なき平和は無い。戦いに勝つから、自分を守れるだけ」
二人共、よく喋る。まあ頭がいいから、議論が交わされるのだろう。
それに信念とか理論とか、ちゃんと確立しているから主張出来る。俺は何も無いので聞いているだけ。
本当に馬鹿だな。俺って。
「イマイチ納得が出来ない。そんな儲けもないのに動くなんてありえない。いつから世界はそんなボランティア的な事になっているの?」
「馬鹿ね。日本が落ちたら、経済と技術が持ってかれるの。取られちゃうのは避けなきゃいけない。経済2位と3位が、合体したらとんでもないことになる。世界が牛耳られてしまうほど力を着けてしまうことになる。それはバランスが大きく狂うことになるの。個人の儲けなんてどうでもいい。好むと好まざるとも日本はもう世界のイチブなのよ」
「どうだか判らないわね。あんたたちこそ、そうやって侵略してんじゃないの?」
「まあね。この国は、どの国スパイも簡単に拠点を置けるほどゆるゆるの国だものね。もうみんなが侵略しているといってもいいかもね。でもね今回のプロジェクトだけは許してはいけない。今回のは、某国の侵略作戦なの。これを許すと日本が大変なことになる。蹂躙されて、日本中で虐殺が起こる。それを避けなければいけないからナンバー1の私達が来た」
腕を組んだ雅夜、じっと見つめながら話を詰めてくる。
「そんな馬鹿な。虐殺だなんて」
「世界の歴史をみなさい。侵略のそのあとは必ず虐殺が起こる。支配者が力を見せるために、反逆の力を削ぐため必ずする行為なの」
「戦争になるということ?」
そこ飛躍しているようで良く判らないので聞いてみた。
「違うわよ。征服されるということ」
「イマイチ、違いがわからん」
「戦おうと、戦わなかろうと征服は相手を屈服させること。支配することよ」
「葛西臨海公園を破壊したそうね。あなた方の方が破壊者じゃない」
「あれは工場だったの壊して当然よ。・・・思い出した。あなた、この前の超能力者ね」
「私の場合、超能力と少し違うみたい。遺伝だから」
「それは何?私達と違うの?」
「一子相伝。遺伝で受け継いだものを鍛えるの」
「不経済。もっとグローバルにしなきゃ。もっと研究して高度に発展させなきゃ駄目よ」
「あら、ずいぶんヨーロッパが進んでいるような言い方ね。どれほどのものなの?」
店の中で風もないのに、雅夜の髪が揺れる。大気が動いたらしい。
「もう一度、ここで見たいようね?あの時の力を」
うっすらと銀髪の頭を光らせ始めるメリサ。
「待って待って。違う話になってる。ここでは辞めて。ここはファミリーの店なんだから、危険なことは禁止」
雅夜とメリサ、フンとそっぽを向き、風と光るのをやめる。
そこに奥から、店員がワゴンに乗せて注文した品を持ってくる。言い合っていた二人は、何もなかったように、笑顔で対応する。
二人とイタリアン・ハンバーグを同じように切り、同じように口に運ぶ。
「美味しい。最高ね。ファミレスって家がうるさくて、外食はさせてくれないの。こういう事がない限り、外で物は食べてはいけないの」
「たかがファミレスだぜ。俺は妹を連れて毎日のように行かされる時もある」
「素晴らしい生活ね。うらやましい。こんな美味しいものを食べれて」
「チーズが絶妙だわ。何でこんなに美味しいの?これは魔法だわ。ああ~。キッチンが見たい」
「ダメよ、それは駄目。行かさないで」
ふらふらと立ち上がりそうになるメリサの腕を抑える。
食後のデザートは、・・・やはりイチゴのやつだ。女子は何故か、イチゴ好きが多い。
ニコニコと、これも二人とも同じイチゴパフェを食べて微笑んでいる。
しかし話の内容は相変わらず、物騒な話だ。
「とにかく、某国はここが拠点だということ。ここから各地に進出する足ががりしようとしてる。ここには本部か、大工場があって、新ジャンウイグル地区を破壊した毒虫を作り出している大工場がどこかにあるはず。そしてそこから都内にばら撒いて虐殺が始まる」
「もう、そんなのが作られているの?」
気がついて止まる雅夜。
「何故それを先にいわないの」
「言っているって。頭悪い女ね」
「後は?」
「それ以上は情報不足。ダニャというのが報告をせずに、行方不明になった。日本名、サトウジュンイチ」
こっちをみる雅夜。
「違う。俺じゃない」
「知っているわ。隣のクラスに12月ごろ来た転校生ね」
「あ、よく知ってるね」
「判っていたわ。同じ匂いを感じたから」
「彼は、うちのメンバー。でも裏切って仲間を殺して逃げている。・・・それの抹殺も私達に下されたクエストの一つ」
「なるほどね」
美味しそうにパフェを食べているメリサと雅夜。それをぼんやりと見る俺。
二人共、超が付く程の美人で可愛い。
話している雅夜は綺麗だ。しかしメリサは可愛い。タイプが違うが、どちらも捨てがたい魅力をもっている。
俺的には雅夜は、やはり怖いな。だからメリサがいいな。
外国人だと、人形っぽいのだが、メリサは目が少しタレ気味。そこに可愛さを感じる。ちょっとたまに冷たい目で見られるけど、そこがまた魅力の一つ。日本人に出せない冷たさが漂ってゾクゾクってくる。
どちらかといえばメリサ派なのかな、俺は・・・・
などと言葉に出したら速攻で殺されるような事を、頭で考えていると、
「あれ?違和感がある。なんだ?」
既視感が生まれた。デジャブだ。
今まで、こんなシチュエーションないので、経験はない。初めてだ。
なのに、この風景・・・何処かで見たような雰囲気がぬぐえない。
俺やメリサや雅夜じゃない。なんだろう。なんだ?何故だ?
何か感じて、ゆっくりと見回すと、リアル感がある人間がいた。
あ、正体はこいつだ。
男が歩いているのが気になっているのだ。
そうこの男が、入り口から入ってきてからデジャブは始まった。そして男が向こうの通路を通過して今、こちらに向かってくる。これがやけに気になるのだ。
「こいつ、どっかで?誰だ」
と考えて、思い出した。
こいつ、さっき、俺達を襲ってきたうちの一人でメガネをかけていた奴ではないのか?
さっきは暗い所で襲われたので、顔をよく見れていなかったのだが・・・なんだかこいつに似ている、・・・いやきっとそうだ。こいつなのだ。
こいつが俺に既視感を見させているのだ。
そしてメガネの男は、まるでスローもションのように、こちらに近づいてくる。 腕の袖からサイが滑り落ちてきた。そして手に握られたのが見えた。
あ、サイを握っている。やばい。襲われる。
近寄るのに合わせて俺は立ち上がった。
下にむけて隠していたサイが、クルッ廻って上向きになり、その手が突き出される
「危ない」
メリサの顔を狙った攻撃だった。俺はとっさにメリサの顔を遮断するように右手を出した。
手のひらにそのサイが、根元まで突き刺さる。右手を串刺し。
「うっ、お」
メガネの男は一撃目が駄目とわかると即座に左手の2発目を、メリサの腹部に目掛けて放つ。
メリサの座った腹をサイで刺しにくる。
俺は何も考えず、反射神経だけで右足を出してサイの進行を遮断する。
当然俺のふくろはぎに、サイが深々と刺さり止まる。
痛みというか、ぶたれたような衝撃を受けた。
「うおっ」
邪魔をした俺に、メガネの男は怒り漲らせて睨みつける。
なんだよ。お前に睨まれる筋はねえ。俺も睨み返したかったが、手足を刺された痛みが頭を走る。
「ああ」
その動きで悟ったメリサは、右足を貫いたサイのメガネの男の手をにぎると、メリサの頭が微かに光った。
放電ではない。通電のやり方のようだ。
体の70%は水分、電子によって、その肉体の水分を蒸発させる。
メガネの男は、一瞬、真っ赤になって沸騰したかと思うと、すぐに干からびてミイラにようになっていく。
雅夜もこのエマージェンシーを察知したようで、その倒れるメガネ男のミイラを抱え、俺が座っていた椅子に座らせる。
足に力が入らす、崩れ落ちそうになる俺、それをメリサが立ち上がり、支えてくれた。
「いてー。痛えよー」
「我慢して、声出さないで」メリサが見つめる。
「判っている。目立つのはまずい。だけど、痛い。気絶しそうだ」
「出るわよ。先に行って。勘定して出るから」
雅夜が奥のレジに進むと、俺達は出口に向かって進む。メリサに支えられて、足を着く。痛みで声をあげそうになるが、何とか堪える。
自分の左手で自分の口を抑えて声を殺す。
するとメリサ、手を足に添える。すると痛みが少し和らぐ。
「この前の毒虫と同じ。神経を止めるわ」
確かにそこから動かなくなるが、分離したようになり痛みが半減しはじめた。いやもっと減っている。我慢できないレベルではない。しかしジンジンと血が流れ、脈動するのはわかる。
「もっとスキルがあれば、自分で痛い場所を止めれるのに。本当に駄目ね」
「無茶だ。こんなことになったことはない。こんな鉄の棒を刺されるなんて、そんなこと今までない」
「経験すれば、対処法も知る。生きるということは勉強すること。私の弟子だったらそれぐらいやりなさいね」
今度は弟子か。でも今は説教はやめて。こんな時に笑えないから。
メリサと俺は、楽しく談笑している席を抜けて、ファミレスの出口を出る。血はタレて後を残しているが、そんなことに構っている場合じゃない。
扉を開き道路に出る。風が冷たい。
メリサの介添えで、なんとか外に出れたが、まだ手の方の痛みはある。そちらもジンジンして、痛さで気絶しそうだ。
店は出られたが、そこで崩れるようにガードレールに寄り掛かる。
踏み込もうにも、もう力が入らない。ブルブル震えるだけで力が逃げていく感じだ。
そこに雅夜が追いつき、俺を押す。
「なにしてるの?もっと離れないと駄目でしょ」
「足の力が入らないんだ。動けない」
「超能力者なら、自分の身体をコントロールするの。力が入らないなら、固めなさいな」
俺の血の付いた手を、ハンカチで拭きながらメリサがいう。
「無理だよ。足と手がドクドクと波打つように熱い。このサイを抜いてくれ」
「駄目よ。ここで抜くと血が吹き出す。出血多量になるか、ショック死するわよ。本当に何もしらないのね」
また説教だ。本当にみんな説教が好きだ。こんな怪我人に説教せずに、これをどうにかしてくれよ。
「さて、どうしましょ。このまま、捨てていく?」
やっぱり脚でまといの奴隷は捨てていかれるのか?
「一応、手当は必要そうね」
すごく投げやりに雅夜がいう。
「すみません。病院に連れて行って。救急病院」
「ダメよ。こんな傷害の患者、連れて行けるわけないじゃない。こんなの刺したまま病院行ったら警察に通報されて、すぐに事情聴取になるわ。ただじゃすまない」
「でもこのままだと血が、ほら血が・・・手当してほしい」
「判ってるわよ。なんとかするわよ」
スマホを出して、メールし始める雅夜。
「でもまだマルシアがまだ戻らないので、動けないわ」
と、マルシアの噂をしていると、もう閉店している自動車販売店の脇からマルシアが現れる。
どうゆう経路か判らないが、ひと目のない駐車場に到達して出てきたのだろう。
「メリサ、駄目だった追跡失敗。カマキリの奴、この町を熟知している。細い所ばかりを通って逃げやがって、最後はマンホールの中。さすがに追跡は止めさせてもらった」
マルシアが、メリサと話す。するとこちらに気がついたようで、
「そいつは?」
「刺客にやられた。サイを使う男」
「あ、逃げた一人か。奴は?」
「中でミイラにしてあげた。電子レンジでチンしてあげたの」
「チン?チンってなんだ?」
「何か魔法のおまじないみたい。・・・一応、私を守ったの」
「ほうお前がか?よくやった。」
マルシア、いきなり俺の頬をビンタしてくる。
「何を??」
「力を入れなよ。力を入れると筋肉が引き締まり、傷が縮みんで血が止まる。・・・ほら、血が止まっただろ」
「本当だ。・・・でもまだ痛みは消えないんですけど」
「それぐらい我慢しなさいよ。傷なんか治ってくれと祈れば、治ったりするもんなんだから」
雅夜も会話に加わってくるが、普通、怪我人にこんな言い方は無いと思う。何故か俺を攻めてくる。なんかみんな俺に説教をしたいタイプのようだ。
「そうそう、傷をなんか、なめりゃ治る。舐めてみな」
ケダモノめ。
「いや、今はいいです」
「でもここにてもしょうがない。戻るか?」
「そうね。もうじきに彼も見つかるようだし」
外から中を見ると、店員が会計の済んだテーブルを片付けながら、寝ているように見えるメガネの男を気にしている。
改めて雅夜が、マルシアに握手を求める。
「こんばんは、久宝雅夜といいます。貴方は?」
「マルシア。そちらで言う獣人だ。属性はジャガー」
「豹?」
「あんなものと一緒にしないでくれ。れっきとしたジャガーだよ。名前は由来の通り、一撃のパンチ。ヤガー・・・一撃で殺せる者という意味の獣人だ。・・・あ、お前、学校で空気弾、食らわした奴だな。この前はお世話になったな、お返しをしなきゃな」
にやりと構えるマルシア、しかしそれを止めるように、雅夜、
「まあ、それは後にしましょ。とりあえずここからなら離れないと」
そうそう、俺が出血多量で死にかけているのに、挨拶とか普通ないだろ。早く助けて。しかしこれを言うと、みんなで説教が始まりそうなのでやめた。早く治療して。
「一番近いのはサトジュンの家なんだけど、血をダラダラ流して、団地を歩くと後で問題になりそう。とりあえず、ウチへいらっしゃい。そんなに遠くないから。車も呼んだ。途中で拾ってくれるはず」
雅夜の提案で、雅夜の家に行くことになった。当然、俺はマルシアの肩に担がれる。
助かった。治療をして貰える。
ズギンズキンと痛む手と足。俺はあまりの痛さに、半分、気を失っていると思う。