第四話 洋館で目を覚ます
遥か彼方でガラスが割れる音がした。
いや、厳密には聴こえたような気がした。その音で自分は目を覚ましたからだ。
目覚めてみると、自分の身体が動かないことにきがつく。
「?」
仰向けに寝かされ、手が胸の前で組まされて、横に動かないように固定された状態。
自分の周りに枠をハメられ身動きが出来なくされている。
どうなっているかと体の上半身を起こしてみて、やっと自分の状態が把握できた。
なんと自分にピッタリとあった棺おけの中に寝かされていて、そのために体がほぼ固定されていると同じ状態にされていたのだった。
洋物の棺桶は日本と違って体に合わせてある。そして寝ている体の下がクッションタイプだったので意外と寝心地がいい。
なるほど、棺桶で寝るドラキュラをよく見るけど、結構寝やすいもんだ。これはこれでありだな。
「しかし・・・ここは何処だ」
棺桶から這い出し、部屋を見回すと、部屋の調度品はルネッサンス時代のもの。そしてヨーロッパの特有の大きな窓や豪華なシャンデリア。どうやらここは洋館のようだ。
「・・・日本の建物じゃないのか」
と考えて、やっと昨日の事を思い出した。
そう俺はメリサデスという少女の頭を触り、感電して死んだ。
いや、死んではいない。今、生きている。
でも自分を見ると服がところどころ、焼け焦げているし、そして棺桶に入れられていた。やはり死んだんだ。・・・けど、こうして生きてるってことは・・・・生き返ったのか?
「生き返ったということか」
そういえば、昨日、もう一人のサトウジュンイチに薬をもらって飲んだが、あれの名前が『死なない薬』だと言っていた。
そうか、もしかしたらあの薬のおかげで生き返ったのか?
復活くすり。象のなんとか、虎のなんとかって気持ち悪い材料を連呼してたけど、あれを飲んでいたおかげで、今、こうして生きて居られるんだろう。
「しかし・・・なぜ俺はここに?」
あの時、殺されたのは西葛西の小さな公園。そして生き返ったのはなんだか判らない洋館の棺桶の中。
想像は出来る。多分この洋館は、あのメリサとマルシアの二人の家なのだろう。
でも何故、殺した俺を公園からここに運んだのか?何故連れてきたのだろう。
「謎だ・・・」
と、まあ考えても謎が多すぎて仕方ないので、とにかくここは何処かだけでも確認する必要がある。場合によってはこの場所からすぐに逃げたほうがいいかもしれない。
「そうさ、俺を連れ来たのは、あんまりいい事のはずない。なんせ俺を簡単に殺す奴らなのだから」
音を立てず静かに住人にバレないように、棺桶から出た。そして少し暗めな霊安室?安置室?を見回しながら、戸口の向かう。
彫刻された重い木の扉を静かに押し開けて、俺は部屋から廊下に出た。
廊下は日差しを取り込み、とても明るかった。白い壁なので反射して明るさを増している。
窓から外を見ると緑があるので、何処かの森林のようだ。
「ますます日本じゃないな。こりゃ。まるでおとぎの国に来てしまったようだ」
ゆっくりと静かに歩き、見つからないようにと思っていると、なんか抜き足差し足で、泥棒のようにこそこそしてしまう。
「とりあえず、どっち?」
左右に広がる廊下を見わたし、どっちへ行っていいか判らないので、取りあえず左に行ってみる。
なんか左にぬくもりのようなものを感じたからからだ。
いや、ぬくもりを感じる、イコール人間。
だからそれはまずいのかも知れないが、手探り状態で見知らぬ建物の中を進む場合、何かありそうな方に進んでしまうのは、俺が弱いせいか?
とにかく廊下を進み、角を曲がり、なんかエントランスらしき方面に進んでいくと、なんとダイニングの前を通過してしまった。
「う、まずい」
ダイニングにウッドのテーブルがあり、そこに大女、マルシアが椅子に足を投げ出して着座しているのが見えたからだ。
やばい、やはりぬくもりがありそうな方に人はいる。失敗した。
ゆっくりと音がしないように、後ずさりして逃げようとしたが、マルシアは振り返り、こちらを見つける。
「・・・・」
ばっちりと目が合ってしまい、微笑まれて、こっちへ来いと指招きの合図をするマルシア。
「逃げると殺すよ。いらっしゃい」
「はい」
従うしかない。
俺が中に入ると、マルシアが自分の乗せている足を外して、その椅子と押し出し、座れと促す。
仕方なくマルシアの真横に座らることにする。
「・・・ここは何処ですか」
「知らないね」
「でも立派な建物ですよね。何処にあるんですか・・・?」
「日本の何処かの森のなか」
「そんな森があったか?・・・それで俺はどうしてここに?」
「うるさいね。私に質問するんじゃない。イラつくだろ。それでなくても今、気が滅入っているんだから・・・」
なんだか、昨日と様子が違う。昨日はほとんど無視されたのに今日は対応してくれる。
何か起きたのか?どうなってるいるか判らないので、とりあえず状況が把握できるまで逆らわない方が無難だろ。
と思っていると後ろから声をかけられる。
「おはよう。あら起きた?ご飯よ」
うわー、昨日の女の子だ。
銀髪の少女メリサデス。俺を感電死させた女の子。
そのメリサデスがエプロンつけて、昨日までと違って笑顔で料理を運んでる。
「食事が出来たわよ」
トレイには、鉄板によく焼けたステーキを載せている。それはこんがり焼けて美味そうだが、・・・起きた?ご飯?
何がどうなっているんだ?本当にまったく状況が掴めない。
「そろそろ起きるころだと思ってた。2日も寝てたんだからお腹も空いているよね?食べて」
メリサデスはステーキを俺の前に起き、グラスに水を注いで差し出してくる。
「おれは2日も寝ていた?」
「ええ、2日間、目を覚さましてない。いや正確には死んでいたが妥当かな。私の電流を直撃されて生きていられるはずないもの」
あれ、昨日と思っていたけど、なんと2日も経っている?
「2日か、その間ずっと、ここに?」
まずい。まだ未成年の高校生が、2日もいなくなっていれば、普通は行方不明で大騒ぎになるはずだが、・・・現在、うちの家は春休みを利用して、妹を連れて両親は田舎に帰省中。
だから東京に残っている俺がこんな事になってるなんて、まったく想像もしてないだろうな。
そうだよね。春休みというのは、自由だけど放置ということなんだよね。
つまり俺が、不意に殺されて拉致されても誰も気付かないということなのだよね。ある意味怖いなそれって。
「確かにあの時は死んでいた。死体になったおまえを、すぐに見つからないように、近くの川にでも放り込もうと持ち上げたら、いきなり息を吹き返した」
マルシアが説明した。
「驚いたわ生き返ったから。もう一回殺そうかと思ったけど、完全に死んだ人間が、どうやっって生きかえれるのか気になって、・・・・ねえねえ、どうやって生き返ったの?なにか秘密があるの?」
興味本位で、俺の体を指で突いてくるメリサデス。
「あなた何者?ナイフで刺しても死ななかったし。どうやって鍛えているの?」
目を大きくしてキラキラ輝かせて聞いてくる。
「メリサ、やめときな、余計な詮索するんじゃないよ。無用な好奇心は面倒を起こすから」
「でも不思議じゃない?ねえねえ、どうなっているの?貴方は忍者?」
「そんこと言われたって・・・いやそんな力ないし、そんな技も無い。しいていうなら・・・・あの時は・・・」
確か、あの偽サトジュンのダニャ、って奴は、この2人にとって裏切り者なんだよな。それってここでダニャの名前だしていいなかな、と思えてきた。
「なに?どうかした?」
「いや・・・」
今、そのダニャの話は、まずい気がして、誤魔化そうと思うが、どうもうまい返答が出てこない。
ちょっと困ってメリサデスに出されていたグラスの水を飲んで落ち着こうと思ったけど・・・、
「アチい。」
コップの中は水かと思ったが、お湯だった。それも沸騰するぐらい熱い。
「うわーこれはヒドイ。このお湯、熱すぎですよ」
「私、お湯なんか持ってきてないよ」
「ん、おまえ・・・」
メリサデスとマルシアの二人に同時に見つめられる。
え、俺?なんかした?
「それ。私の力と似てる。電子を操る力と同じもの?」
メリサデスの力?コップを見つめる。熱いお湯?
「使い方が解ってないのね。こうやるの」
メリサデスはコップの水を捨てると新しく注ぎ、指先でコップを掴んで、こちらに突き出す。
すると中の水がボコボコと沸騰してきて、蒸発までし始める。
「え?手でお湯が沸かせるの?」
「電子レンジと同じ原理。電子を操るチカラ・・・・ねえ貴方、その能力は前から持っていたもの?それとも私の能力を盗んだ・・・ということ?」
「電子?能力を盗んだ?」
俺はその力を得た?水を沸騰させる能力?
「不思議、ありえない。・・・貴方は、もともと何んの超能力者だったの?」
そう言われても、何が出来る訳でもない。
「いえ俺は普通の人間です。何処にでもいる日本人の一人です」
そういうとメリサデスが笑い出した。
「へんなの。普通の人間だって。自分のことそんな説明する人いる?」
「けっこう面白そうな男だなおまえ」
マルシアも、会話に加わってくる。
「でもお前は今は普通の人間じゃ無くなったんだそ。一度死んで、生き返ってみせた。その上、生き返ったら、殺したメリサの超能力が使えるようになった。これのどこが普通なんだよ」
メリサと同じ属せい、・電子の超能力を会得した?
「電子?金属に触ると、静電気がバシッとなるあれか」
「こういうの。電子が走るのよ」
メリサデスが、ふわっと両手を開くと中から稲妻が走り、テーブルの端、目の前にある壺にその稲妻のような光が飛んで当たる。
ガッシャン。
っと音と共に吹き飛ぶ壷。
「おおおー凄い光だ。凄い」
「出来る?ねえ、やってみて。・・・見せてみてよ」
「え、あれを俺が?・・・無理だよそんなの」
マルシアに椅子ごと尻を軽く蹴られる。軽くであるが、立ち上がってしまった。
「いいからやりな。お前の能力みたいから」
「簡単な確認よ。ちょっとこうしてみて。手の平を合わせてから開いて、ポイと送り出す」
メリサデスの開いた手の中に何かの塊が出来たようで、それが光ったかと思うと、ダイニングにある冷蔵庫まで飛び、衝撃を与えて凹む。
そして冷蔵庫から焦げたような煙が立ち上る。
「これ。簡単なやつ。やってみせてよ」
二人にみつめられるまま、メリサデスと同じように冷蔵庫に向けて
「えっと、こうして・・・出ろ」
俺も真似て手を広げて、突き出す。
「・・・」
何も起きる訳がない
「出来ません・・・ね」
「だと思ったよ。やめておきなメリサ」
マルシアが苦笑する。
「そうなの?簡単なんだけどな」
メリサ、再び手と手を合わせる。
「・・・・作り出す弾は、もっとこう自分の近くに置く感じ。出すんじゃなくて、乗せる感じ」
メリサが手を開くとラップ音の様な音がして、両手のひらの間の空間に何かが光る。
「自分はその一部の部品になった感じで、こうして距離を離して」
そしてバチっいう音がして、凄まじい雷雲のおにぎりみたいな丸い物が出来る。
バチ、バチ、バチ、と音を出して空間に浮かび、そしてゆっくりと上に昇って行く丸い塊。
「電子砲は撃つのではなく、狙った場所に置く感じ。空間を考え、その空間のどの場所にどう置くか」
メリサ、上に手を向けると丸い塊は一瞬光ったと思ったら、スピードが上がり飛んで行き、天井にあったシャンデリアにぶつかり、破裂して砕け散る。
まるで爆発したような派手な音を立ててシャンデリが揺れると、天井から粉々になったガラスの破片が降り注ぐ。
そして本体のシャンデリアも床に落ち、派手に飛び散る。
「スゲー」
凄まじい光景に見とれていると、またマルシアに尻を蹴られる。
みるとまた二人で見つめている。『やれ』と、顔に書いてある。
よし。俺も・・・と、カッコつけて
「おりゃ~」などと掛け声かけて腕を振るが、
何も起きない。
そんなこと出来るわけないって。
「・・・」
笑うマルシア。
「駄目だメリサ。こいつは単なる模造品だ。ミスター湯沸し器ということだな」
「まあ、しょうがないわね。そんなのどうでもいいか。・・・とにかく食事にしましょう」
ステーキの前に椅子を持って行き、俺を呼んで座らせるメリサ。
「2日も寝てたんだよ。おなか空いたでしょ?たくさん食べて。ハイ、ダーリン」
ダーリン?・・・なんだか、コロコロと色んな方向に転がるぞ?
まあ、このまま気分を壊しても駄目なので乗った振りで押し通すことにする。
「さあ冷めないうちにどうぞ」
「でも凄い。サーロインステーキってやつですかこれは」
フォークとナイフを掴むとマルシアが自分の分をこちらに差し出してくる。
「あれ?食べないんですか」
「腹が減ってるだろう。私のもやろう。遠慮しなくていい。私の分も思いっきり食べなよ」
何か優しく微笑むマルシア。
「いいですんか?ありがとうございます」
さすが2日間何も食ってないので、観ているだけで、よだれが出る。
おもいっきり食べたいので、あまり小さく切らずガッツリ切り、口一杯にほうばり噛む。
「いだだきます。・・・・・・うぐっ」
と、口に含んだまでは良かったが、・・・・う、なんだこれ?・・・・今まで食べたこと無い味が口を満たす。・・・すごく不味いぞ、これ・・・やばい、吐きそう・・・・
それを察してマルシアがテーブルの下の俺の足を軽く蹴り、小声でいう。
「出すなよ。絶対、飲み込め」
メリサが楽しそうに、俺が飲み込むのを待ち、味の評価を聞いてくる。
「どう?おいしい?」
「文句をいうな。殺されるぞ」
と、小声でマルシア。
「うん・・・とっても・・・美味しいよ」
「うれしい。全部食べてね。おかわり持ってくるわ」
メリサは嬉しそうにキッチンの方に取りに行く。
「何ですかこれ?・・・なんでこれは甘いんですか?ステーキが甘いなんて信じられない。」
「ステーキの蜂蜜焼き。たっぷりと漬け込んで焼く。メリサの得意料理のひとつだ」
「うわー、いくら腹が減ってると言ってもこれじゃ。食えないよ」
「おまえ、うまいって言ったじゃないか」
「だって文句は言うなっていうから、そういっただけで・・・」
ニコニコと笑って、湯気が立ち昇る次の鉄板を持って戻ってくるメリサ。
「今、もっと仕込んできたから、いくらでもどうぞ。おかわり自由、どんどん食べて」
そして俺とマルシアの分と新しい鉄板と、三枚、綺麗に並べてくれる。
「残すなよ。電撃で今度は炭になるまで殺されるぞ」
と、マルシアに小声で脅される。
了解です。死ぬまで食べます。・・・本当に死にそう。
「でも初めてだね仲間が増えるなんて。何かいつもと違って面白そう。」
「あんまり現地の人間と仲良くするのはやめときな。情が出来る。いざとなったら駒でしかないんだ。そう考えておけよ」
駒ですか・・・
「いつでも捨てれるようにしておくべきだ」
と、めちゃくちゃなご意見。
「あの~こちら、聞こえてますけど」
「聞こえるように言ってんだよ」
「はい、そうですね」
目の前で堂々と言われて返す言葉がない。
このマルシア、綺麗だけど恐いな。目が釣り上がって鬼のような顔になるし。
その点メリサは純真そうで可愛い。
「そうね。もしものときは弾除けに使えるから便利よね」
あれ?この子も怖いかも。
「でも初めて見たわ、相手の能力を使えるようになるなんて。いままで聞いたこともない」
「確かに。これをヨーロッパの奴らに聞かせたら、眼の色変えて捕まえにくるだろうな」
「俺を捕まえに?」
うなずくマルシア。
「必ず狩られる。そして捕まったお前は人体実験。バラバラに刻まれて・・・」
「勘弁してください。そんな能力ないですから」
「そうだねお湯をわかすだけなんて、なんの役にもたたない」
でも触った水がお湯になってしまう。
「ちょっと困ったな。昔、触ったものが全て金になってしまう王様が居たが、俺のは触ったものが全てアチアチになってりしまう。人間電子レンジって事か」
無理やりステーキを食べながら考えて喋ってみると、
「そりゃコントロールすんに決まってんだよ。お前はバカか?」
マルシアのきつい突っ込みが入る。
怖えーマルシア。
「しかしここは何処なんだ?」
二枚目のステーキを半分ぐらい食べながら、ダイニングを見回す。
空間は広く天井も高い。壁は薄いベージュの漆喰で塗り固められ、白を基調にした調度品が並び、家具類は明るめの木で組み立てられている。紛れもなくヨーロッパのダイニングだ。
ここはやはり、メリサとマルシアの基地だと確認は出来た。
ということは長居は無用だ。ここから逃げた方がいい。
幸い今、二人はここにいる。ならば他に誰もいないと見て、いいんではないか?
つまり今が脱出のチャンスなのかもしれない。ここはちょっとトイレに行くふりして逃げよう。
「あのー、すみません」
「なんだ?」
「トイレに行きたいんですけど、何処でしょうか?」
「ダイニングを出て、右。次の角を右。10mほど向こうの3つ目ドアがそうだ」
今度は、酸っぱい紅茶を作って味見させらているマルシアが、つっけんどうに答える。
「ありがとう、ございます」
出来るだけ自然に見えるように、立ち上がり、ダイニングを出た。
廊下を歩く。次の角を右。
すると30m位ある長い廊下になる。
「スゲー、奥まであんなに遠い。洋館ってデカいな」
10mくらい奥のドアのトイレを素通りして、次に横の入る角を左に曲がってみる。
「ありゃまた、長い廊下だわ」
そこも進んで、また左に曲がってみる。本当は、ドッチ行っていいか判らない。とにかく進んでみる。外に出れればラッキーなのだ。
洋館は何処のドアも廊下も同じ作りで、全くわからない。
もうどう進んだか判らないが、当てずっぽうで歩いていたら、なんと入り口のエントランスホールのような所に出た。
見ると玄関口らしき扉があり、その前は広くなっており広がっている。
2階に上がる階段が大きな宗教画を回り込むように伸びており、その部屋隅に装飾品、美術品など飾られている。
まさに一番広く空間をとったエントランスホールだと思われる。
「おー、ここは・・・」
あれだ。あの戸口から外に出れる気がるすると、走り出すと、廊下のすぐ脇にあった大きな花瓶というかカメのような壺の横から手が出てきて、俺の服の首あたりを掴む。
この掴まれ方は、何度も経験している。マルシアだ。
またいつものように、子猫が首筋を持たれたように吊り上げられた。
「おい、お前、何処に行く?」
「へ?」
「ここはトイレじゃないよな」
「はぁ」
「トイレはあっちだ」
「はい。そのようで」
行こうとするが、捕まれている。足が空を切る。吊り上げられたままだ。
「おまえ、逃げようとしているだろう?」
「いえ、そんなつもりは・・・」
「逃がすわけにはいかないんだよ。こっちは秘密で動いているんでね」
「言いません。言いません。死んでも言いません」
「そう、それ。死んでくれれば何も言わない。死んでくれれば、いいだけさ」
そういうと、掴んでいる手を横に振り投げ、俺を壁に叩きつけるように放る。
この強力なマルシアの力で壁に叩きつけれられば、当然体が潰れる。死ぬだろう。
しかし何故か、壁にぶつからないですんだ。
「え、?」
何か壁と俺の間に光る物が走り、衝突をさせないでくれた。
「おまえ、それ・・・」
横で見ていたメリサも気がついたようだ。
「防御ということ?」
「おまえ、今のもう一度やってみろよ」
マルシアに再び掴まれ、壁に投げられる。
「防御!」
今度は無理。そのまま壁に叩きつけられた。
まあ今のは、殺そうとした投げじゃなかったので、叩きつけられても死にはしなかったが、相当痛い。もしかしたら肋骨の2~3本は、やられたかも知れない。
「何やってんだ。やれよ」
再び、マルシアに捕まれて、逆の壁に投げられてる。
今度は頭から。
さすがに頭は腕でカバーしたが、そのまま体は壁に叩きつけられ、床に転がった。
「痛てて。さっきのは偶然。単なる偶然ですって」
「命、ギリギリだと発動するのか?」
マルシア、身体を屈伸しながら、今度は殺すぐらい俺を叩きつけようと近づいてくる。
「コントロールの問題かな?」
横から、マルシアに怯える俺に聞いてくるメリサ。
「とにかく最低限コントロール出来ないと、こっちの邪魔になるのよ」
メリサ、俺の前に立ち、手を伸ばす。
「私のやるように真似して」
「はい」
このまま、何もしないとマルシアに殺されるので、とにかく俺はメリサの真似をする。
「おい、またやるのか?」
立ち止まるマルシア、めんどくさそうに腕を組み、苦笑い。
「もし出来るようになれば戦力になるでしょ」
「遊びもほどほどにしておきなよ。調教しても駄目なものは駄目だから」
「任せて。私が飼育するから」
結局俺は、調教とか飼育とか、ペットと同じ扱いか。
「まず電子の能力は、大気やモノの摩擦で起きる。電気の中を走るのが電子で、電子を放てば自ずと通電する。湿気、通電率の良いものに対して、放電。それが攻撃になる」
メリサ、伸ばした両手を上にあげてから、左右に下に下ろす。
続いて半円を空中で書く感じで振る。
「体の一部に乾燥した部分、そこの体を動かす、そこに陽子は集まり電子になる。体の組織を振動させ摩擦をおこし、それによって静電気を作って体の中に貯める」
「運動して?擦る?って言うこと?」
やはりエキナイト棒と毛皮の原理と同じか。
「最初はそれのほうが解りやすいはず、走ったり動いたりして貯めるの。そしてそれを固める」
メリサが開いた手を閉じて、また開くと今度はパチンコ玉のような玉が手に残る
「丸になり、粒から大玉」
その球が手と手の間で空中に浮き、見ている間に、パチンコ玉が成長していき、大きくなっていく。
「あれ動いて貯めるんじゃないの?」
「あなたは動いて貯める。私は何もせずに出来る。髪の毛も振動源だし、大気が体を揺らしただけで蓄積できる」
手の中の弾が大きくなっていくとバチバチ線香花火のような稲妻が散りだす。
「静電気って蓄積して大丈夫なのか?」
「電圧だけ高い電子は、蓄積しても体は問題ない。それを形にして、放出」
ピンポン球くらいになると放り投げる。3~4mくらいの所で、破裂すると、そこからでた雷は地面に落ちて焦げを残して消えた。
「電圧のみを、空中放電で送ると電子になる。電子レンジの原理」
俺もやってみる。手を叩いて、広げる。
「出ろ。出ろ。・・・あれ?・・・・それ、出ろ・・・・ほら・出ろ・・・」
何度もやるが、全く気配がない。
「・・・・・・・・・・・・」二人に見られる
「・・・・・」 てへ、ペロ。
「なんだいそれは、別に可愛くないよ」
「収穫なしかぁ・・・じゃあ、これやってみて」
メリサ、肩から腕を、後ろに回す。すると回した手のひらが光りだす。
それをグルグルと回転させていく。
「腕の軸をこう、まわすの。風車と同じ。そしてね。気持ちを集中させて、ボールを投げるように放る」
回転させた腕をアンダースローで投げるように手のひらを開く。するとそこから雷が伸びてエントランスの階段脇にあった西洋甲冑の置物に当たる。
まるでシンバルを叩いたような音をたてて、甲冑の置物が吹き飛んだ。
「ね、簡単でしょ」
俺も同じように腕を回してみるが、手のひらは光らず、放り投げても何も出ない。
「うーん・・・どうしたものかな?」
「やっぱりこいつには、超能力が使えないじゃないか。偶然出るだけで、教えたりしても出来ないんだよ。説明しても無駄だ」
マルシアが手を俺の顔の方に持ってきて、頭を触ろうとする。
俺はつい反射的に避けるように、顔の前に手のひらを出したら、マルシアの手が止まる。
「お、防御かこれは?」
俺とマルシアの手の中間にピリピリと電気が発している。
「防御のみ発動か、本当に弱い奴だな」
「あ、遮断のエネルギーフィールド?」
メリサ、そのピリピリを確認すると、
「うーん?フィールドじゃないね、クッションみたいなものかな」
「本当に偶然、それも無意識の時だけ出るというやつか」
「それじゃ困るのよね。自分で出してくれないと」
メリサ、手を振り回す。
先程の様に、上から下に両側に広げるよう両手を降ろしてきて、肩の位置で前に持って行き、目の前で両手をぱちんと閉じ開く。
するとメリサの手のひらには何かが載ってる。モヤモヤした煙のような何か。
「これが電子。大気から集めて実体化する」
なるほど空気中に漂っているということか。
「空間から集めて電気、電子。静電気を蓄積。それを集めてシールド」
なるほど、さっきの静電気と違い、身体に貯めるのではなく、これは大気から集めるやり方。
「静電気の方が簡単なんだけど・・・まあ、いいわ。やってみて」
俺もメリサのように、平泳ぎの逆モーションのようにして、集めて、自分の前で手を合わせて、挟んでから開く。
「防御は煙を出す感じ。そしてその煙を動かす感じ。するとその煙が歪みをつくる。それが壁になり、防御になる」
俺は繰り返して手を振ってみるが、とても電子の壁と呼べるものでは無く、まるでヘロヘロと焚き火の煙のように漂うだけ。
それを見て、再びマルシアは手を伸ばし、俺をゆっくりと掴もうとする。
「防御だ防御。張れシールド」
手を張って、近づくマルシアの手を拒もうのするが、マルシアの手は、易易とおれの手を弾き、顔の前まで近づき、おでこにデコピンをしてくる。
「あ、痛いて」
「この防御は使い物になりませんね」笑うマルシア。
「結局それだけ?」
「すみません。これで目一杯です。俺には出来ないですね」
「まあ、所詮そんなものだと思ってた」
笑うマルシアを認め、うなだれる俺。
それを見て、ため息をつくメリサ。
「つまんない。仲間が出来たかと期待したのに・・・」
「だからそんなもんだ。持って帰るほどのもんじゃなかったということ。やっぱりあの時、川にでも放り投げて於けばよかったんだ。」
「でももう連れてきちゃったもの。どうしましょう?」
「こちらの情報を向こうに売られたら困るんで、このまま放置するわけに行かないな。仲間にして喋らないようにするか、殺して喋れなくするしかないだろ」
「現地人はいたほうが何かと便利よ。利用できるものを使いましょ」
「まぁ不慣れの場所案内には便利だとは思う」
いきなりこちらに向き直り
「ねえ?貴方はどうしたい?仲間になる?死にたい?」
「そんなの選択じゃない。仲間になるしかないじゃないですか」
「まあそうよね。じゃあ今から貴方は私達の奴隷ということで」
「え、いきなり奴隷?今、仲間とか言っていたじゃ・・・・。せめて友人とか、そういう枠は無いんですか?」
「じゃあ執事」
執事?あの・・・お嬢さま、こちらでございます。・・・とかやる執事?
「・・・・・・・無理だと思います」
マルシア、どんと椅子に座り、足を組む。
「おまえは私達としばらく一緒に行動を共にすればいい。こちらは情報が欲しいだけだ。だが、こちらに無断で行動すれば殺す、勝手に何処かに連絡をとっても殺す。判ったな?」
指を刺し睨み付けるマルシア。
「はい判りました」
怖えーマルシア。
メリサも少し考えるようにして
「もうちょっとだけ確認したいけど、・・・まああとは実戦で鍛えるしかないかしら」
と、なにやら結論を出したようだ。
「実戦?」
「閃きや、きっかけは自分の意図しない時に起きる方が多い。今だってマルシアの手を避けようとして発生させたし、やっぱり貴方には経験が一番の練習方法かもね」
「そう言うことなら、そろそろ行くか」
立ち上がるマルシア。
メリサも何やらケープをを羽織り、出発の準備を始める。
「あ、お出かけですか?いってらっしゃい」と、言うと、
マルシアにに首の襟を掴まれて引っ張られる。
「いま、言ったろ。お前もいくんだよ。」
引きずられて泣きそうになりながら、俺は聞いた。
「どこ、・・・何処へ?」
「デートに決まってるでしょ。ダーリン」
メリサがそう言うと、俺に腕を絡ませて引っ張る。
メリサとマルシアに両側から挟まれるようにして、さっき一人で出たかった玄関の戸口から、外に出る。