【第三章】 超能力とは
~第三章~ 超能力とは
「超能力っていうのは、こういうことです」
目の前のテーブルに置いてあるキャンドルグラスの中の炎が風に揺れる。
「こうやって消します」
向かいに座るサトウジュンイチの言うままに、火が回るようにして消えた。
「ね?」
「今、息で吹き消さなかった?」
「違います。・・・もう、よく見ていてくださいよ」
そういうと隣の席に置いてあるロウソクの炎を同じように回すようにして消した。
「どうですか?わかりましたか?」
「無理だな。手品にしか見えないもの。それに超能力っていきなり言われても信じられるわけないじゃん」
「でも今さっき、一緒に屋上から飛び降りたじゃないですか?」
「ああ、飛び降りた」
「地面までゆっくりと降りましたよね」
「ああ、確かに」
「それから、遠いところまで飛んだりもしましたよね」
「飛んだ。・・・しかし夢だった気がする」
「・・・」
西葛西の商店街の外れにあるインド料理店で、隣のクラスのサトウジュンイチが超能力について説明をしてくれている。が、そんな突然に言われても超能力なんてピンと来ない。
昨日といい今日といい、色んな事が繰り広げられているが、遊園地に行ってジェットコースターに乗せれらてたようで、本気で信じられないのだ。
目の前の彼も久宝さんも、あの外人2人組も、すべてが3Dで見せらている映画のようで、全く実感が湧かないのである。
「じゃあ、まあ、とりあえず超能力のことはなんとなく信じてみよう。それで君は念力で物を動かしたり、人の心を読んだりすることが出来るんだな?」
「・・・いえ、そういうことは出来ないです・・・」
「普通、超能力ってそういうもん、なんじゃないの?」
「・・・それは漫画の世界のことであって・・・」
「じゃ超能力ってなに?何が超能力なの?」
「そう言われても。人それぞれの能力になりますし。・・・えっと、そうだな超能力って言うと物々しく聞こえますけど、実は特別な能力じゃないんですよ。誰でも持っている能力が普通の人より数段、優れていることをい言います。本来持っている能力を強化、拡大した能力のことを『超能力』と言っているんです」
「普通の能力の強化?」
「人間にはいろいろな能力がありますよね。運動、感覚、想像、工作。人間が生きていくために持っている能力です。それが普通の人より沢山できたり、異常に優れていたり。そういう物を『超能力』と呼ぶんです」
「じゃあ誰でも超能力者になれるってこと?」
「超能力に目醒めてないので難しいですね。目醒めないと超能力にはならないんです。目醒めて、更に伸ばして能力を強化したものが超能力ということです」
目醒め?なんだそりゃ?
「どうやって目醒めるの?どうすれば起きられるのさ?」
「朝起きるのとは違って誰にでもできるという訳ではありません。大体、能力者の素質を持つには、非日常の事が起きた時に、それを見たり体験したした人に発動します。爆発に巻き込まれたり、物が落ちてきたり、人によって様々ですが、外的刺激を受けて自分の中に対応しようと生まれるものが素質となります。それが形となり表面に現れたり、現象として出てきたものを目醒めと呼んでいます」
「あのな、普通に生活してて、爆発に巻き込まれたりしないぞ?じゃあ簡単には素質を持つことも、目醒めることもできないじゃん」
「まあそうですね。だから少人数しかいないのだと思いますよ」
「君はどうなのさ?」
「僕ですか?あまり記憶にないんですよね」
「いい加減な話だな。それでよく身に付いたな」
「結構、海外では盛んなんですよ。少しでも要素のある人を集めて、実験を繰り返して科学的に成長させるんです」
「なんかミステリアスでも、なんでもないんだな」
「そういうものです。普通の能力を高めたものが『超能力』なんですから」
「一番簡単に出来るのは何?」
「そんなものは特にないと思いますけど・・・」
「だってさ、もしかしたら俺にも何か出来る可能性があるわけじゃん?」
「うーん。統計をとったわけじゃないですけど、結構みんなが気付く超能力特性は音の属性の人が多いとは思いますね。音というのは一番わかりやすいものですから。偶然、音が出て不思議に思って目醒めていく人が多いから、なんじゃないでしょうか」
「音が?・・・・超能力なの?」
「そう、音です。音というのは人間の口からだけではなく、指からや胸からも音を出せるようになります。つまり波動ですね」
そういうと目の前のサトウジュンイチは人差し指を立てる。
「その波動を強化して物を動かしたり、破壊したり出来るようになると超能力になります。だいたい今まで魔法使いと呼ばれていた人たちは音を使う能力者でした。音の出し方を勉強して、自由に操れるようにするんです」
立てた人さし指をコンダクターのように振る。
すると風が吹いてきて俺の顔に当たる。
「比較的、出来る人は多いですよ。簡単に訓練が出来るからです。人に聞こえる聞こえないは関係なく、音楽的要素や素養がある人はすぐに扱えるようになりますね。音をステッキや杖に体から振動させて送ります。木に響かせた物を増幅させ現象として起こしているのです」
その指をテーブルにあるコップに触れさせる。
するとコップの中の水が振動で揺れ始める。
超音波歯ブラシのCMでこんなの見たな。
「よく映画とかで見るでしょ?魔術師が杖やステッキなどで響かせるやり方。やり易いから振り回して音を出し、音波にして物を破壊したり、移動させたり、反射して浮かせたり動かしたりするやつですよ」
「ああ、魔法使いの持つステッキか。あれは音が出てるのか」
「音を2波、3波と出して共鳴させて全体を爆破させたりもできます。超音波探知機とかあるでしょう?波動を当てて内部に響かせて、物の状態を知る方法。あの様にすれば透視能力などにも応用が可能です」
「あ、なるほどね。そう言われればそうだな」
潜水艦のソナーとか、音波測定器とか、音の反射をキャッチして距離とか測ってることを思い出した。
「さっき体験した僕の超能力は風の特質。風を出したり動かすことが出来きます」
今度は両手を器のようのテーブルの前に出す。
「原理としては気圧の圧縮ですけど、瞬間的に大気の一部分のみ気圧を変えます。するとその部分の空気が動き風となります。天気予報でいう気圧の変化を作り出すんです。それを小刻みにずらしていくと、加速がついて強くなり竜巻になります」
手の中がなんだか歪みだし、モヤモヤしたもが漂いだす。そして一方向に動き出しつむじ風のように回っている。
「この辺りは気功とよく似ていますけど、気を出すのでは無く、気を圧縮させて風を作る事が僕の能力なんです」
手の中の風が加速して竜巻のように早く回り始める。
目の前で繰り広げられているのを見ると一応は納得する。・・・が、聞いていても、どうも納得いかない。
色々と突っ込みを入れたいのだか、俺のバカな質問で混ぜ返すより、彼が気持よく説明を続けるのを聞いていた方がいいだろう。
「空を飛ぶのはその応用で自分の上で気を圧縮させると、体が吸い寄せられて上昇します。つまり空中に浮くことになります。順次繰り返していけば体は絶えず上に持ち上げられるので、空を飛ぶことができるということです」
「川を飛び越えて向こう岸に渡ったのは、噴射じゃなくて引き上げられていたのか」
彼が手を開くと竜巻のように風が登っていき煙のように消えた。
「その通りです。噴射の場合、自分の中に膨大なエネルギーが無いと出し続けられませんから。こんな小さい僕にはとてもじゃないけど無理でしょう?」
自分の小柄な体を指さしながら微笑む。
どのぐらいエネルギーが必要なのかわからないのでコメントはできないが、気圧の圧縮なんてのも相当無理な話をしている気がする。
「他にも火や水、磁気を操る人もいます。火の素質を持った人間は自分の体から火が出るので驚きます。体内の油や身体に溜まったガスを利用しているのですが、急に火がつくので、とても不思議に思うからです。そういう人は勉強をする人が多く、練習もしますからね。水の素質を持った人は、最初は水が自分の汗や小便と勘違いして、嫌がって気づいても隠すことが多いです。汗っかきだなとか、漏らしたか?とか、他の要素とも似ているので、それが素晴らしい体質と気がつかないまま、能力を鍛えないために消えてしまうことが多いです」
「俺もそうだったのかな?何かの超能力を出すきっかけが過去にあったのか?」
「誰にでも可能性はあるんです。能力の強化ですから。能力っていろんな種類があるので誰でも何かしら目醒める可能性は高いんです。身近な例では味覚だとか、触覚なんかも能力になりますから、もしかしたらあったのかも知れませんよ」
「味覚?それって超能力になるのか?味覚や触覚で何ができるんだよ?なんの役に立つの?」
「他人より優れている能力であれば、超能力ということになります。味覚ならば料理人。それを活かして仕事にする人も多いと思います。ね、簡単なことでしょう?」
コップの水を飲むと俺を見て、説明しきったように微笑む。
ちょっと待て、微笑んでもダメだ。俺はまだ納得してないぞ。
「あとは、変わったところでいうと磁気が操れる能力ですね。面白いことにこの力を極めて能力とした人は、泥棒になる者が多いんですよ。物には鉄分や磁気があって自分の体の磁力を強化して、壁や塀に含まれている微かな鉄分にくっつけ、その力を利用して壁を登ったり降りたりすることができるので。この力に気がづいた昔の人は、能力を鍛えて大泥棒になったりしていたんです。その力を極めて忍者になった一族もいるほどです。でも現代では、大体がこの能力のきっかけを不思議な現象として嫌がり、訓練をせずに消えていくことが多いようですね」
どうやら話をきいていると超能力ってお手軽なもんだな。
なんだかきっかけは、頻繁に起きているような口調だな。
「しかし、やはり非日常の体験をした人じゃないと素質は生まれません。環境が生み出す突然変異の要因が大半を占めることがわかっていますので。自分たちの組織では『生物の進化』の一種であると考えられています」
こりゃ、非日常的なことがめったに起きない日本では、研究は進んでいないのだろうな。
「それに、せっかく資質を持ったとしても使わないと消えてしまいます。たとえ目醒めたとしても勉強して訓練していかないと使うことができないものですから」
まあ、どんな物でも使ってないとダメになっていくし、せっかく覚えても忘れてしまうことは学校のテストの時に何度も経験している。
「おれもまだこれから何かを出来るようになるかな?」
「気が付ければ、ですね」
向かいに座るサトウジュンイチは、再び笑顔でこちらを見るがーーー
うーーーん。ダメだな。いくら説明を聞いてもどうも信じられない。
そもそも、話がややこしい。
俺には、気功と超能力の違いもわからないし、何が能力なのかわかってないし、その上、超能力ってなんなのよ、ということだ。
ともすると科学のような話にも聞こえるし、魔法の話にも聞こえてくる。
これって本当に人間が出来る事なのか?
所詮俺は普通の人間なので、自分に出来ないことは信じることが出来ない。
目の前で風を出されても『何処かに圧縮空気のボンベを隠し持っていない?』とか、何かタネがあるように思えてならない。
うーむ。なんか言いたいのだが、何を言えばいいのかわからない。
なんだろう。このもやもやした感じは。
二人で煮詰まったように顔を見合わせてテーブルに座っていると、インド人の女店主がテーブルに料理を運んできた。
本格インド料理がテーブルに並べられていく。
「はいどうぞ、食べて。コレ。美味しいよ」
「ありがとうございます。マダム・ララ」
「あの、注文してないんですけど・・・俺、お金ないし」
「気にしない。気にしないね、大丈夫。彼からもらうから」
笑って去っていく女主人。
出された料理を見るとプレートにはカレーのようなスープと蒸しパン、サラダとチャツネ?のような漬物。それとラッシーらしきドリンクがセットになっているようだ。
腹が減っているので、ナイスタイミングと、ありがたくいただいたのだが、
あれ?これカレーじゃないな。なんだ?豆のスープ?ヤバい、全然、味がしない。
じゃあ蒸しパンを、と口に運んでみるが、コレまたびっくり何の味もしない。俺、おかしくなったのか?と思うくらい・・・まずい?
「ここは本格的な民族料理のお店なんです。インドの人たちは大体、コレを食べているんです」
「カレーじゃないんだな。インドじゃみんなカレー食べてると思ってた」
「これはお客様をもてなす料理なんですよ。ここはひとつ、お詫びとして召し上がってください」
そう言われて俺はやっと思いだした。
「おい、そうだ!それだよ。ずーっと、ひっかかってたんだった!危うく忘れるところだったぜ。おい、俺はなんで襲われたんだよ?なんで殺されそうになってるいるんだよ?」
指にコップの水をつけテーブルに2つの漢字を書きだした。
「貴方の名前は佐藤『準』一ですよね。僕も佐藤『純』一。佐藤っていう苗字は全国どこでも多い上に、名前がジュンイチ。ありきたりの名前ですよね。同姓同名がおきてもおかしくない。そう僕と間違われて襲われたのがあなたです」
「じゃあ俺は人違いで?つまりお前に間違われて襲われてんの?人違いで殺されそうになっったってこと?」
「そうですね。悪かったなぁと思ってます」
「・・・お前は何物なんだよ?一体、何をして命を狙われているんだよ?」
「聞きたいですか?」
「ぜひ聞かせて欲しいね。俺の命が危うく奪われそうになった理由を聞かせてもらおうか」
「わかりました。でも誰にも言わないくださいね」
向かいに座ったサトウジュンイチは手を止めて、ヒソヒソと小声になって喋り出す。
「僕は裏切り者なんです。・・・僕はヨーロッパにある某機関に所属しています。今回その機関から派遣されて日本にやってきました。日本に来た理由は、アジア圏にある某国がこの日本において侵略計画を発動しているという情報が入ったので、その調査並びに実行されている場合の抑止活動に入ることでした。しかし、どこからか僕たちの情報がリークされていたらしく一緒に派遣されてきた同僚が何者かに殺されたのです。組織の中に裏切り者がいて、僕たちの情報を某国に売られたのだと思いました。なので、殺される前にヨーロッパの機関との連絡を断ち、情報端末も処分して行方をくらましたのです」
そういうとサトウジュンイチは袖を上げ、腕を見せる。
二の腕に何かをえぐったような後があり、それをこちらに向ける。
映画で観たスパイみたいに情報端末や発信機を体に埋め込まれていたのであろうか?そんな素振りだ。
「それで僕が組織を裏切ったと判断したのでしょう。彼女たちがヨーロッパから処理係として僕を殺しにきたのだと思われます」
なんだ妄想話かよ?おいおい、なんだか映画みたいな話になってきたぞ、そんなに爽やかに言われても現実感まったくわかねえよ。
「あの2人がその処理班なのか?あんな可愛い子と・・・綺麗な大女が?」
「貴方を襲った少女はメリサデスさん。大女の方がマルシアさんです。ああ見えてもヨーロッパではナンバー1のペアです。噂では聞いていましたが、凄いパワーでした。あの二人からよく脱出できたと思いますね」
「あいつら魔法が使えるのか?」
「ですから超能力ですってば。銀髪の少女メリサデスさんは、電子の超能力者。銀色の悪魔。銀の雷光と呼ばれています。―――彼女はシュヴァルツヴァルトの貴族の娘です。貴族出身なので礼儀やお行儀はいいのですが、やることがハードで。片っ端から放電して破壊し尽くす子供の無邪気さと残酷さを持っています」
あ、あの銀髪の天使の少女が?
ちょっとイメージが繋がらない。でも無邪気な子供ほど手が付けられないとも言うしな。
「もう一人のマルシアさんは血まみれの美女。ジャガー属性の獣人で、何年もナンバー1でいる歴戦勇士です」
ああ~、あのエロい大女か。ジャガー女なのか。だから斑紋が浮き出てきたんだな。
「メリサデスさんとコンビを組んで、激戦のギリシャ戦線やチェチェン戦線などで幾度も戦って勝ち残る伝説の2人組です。それが何故かハンターとして、抜擢されて僕らを襲ってきてました。非常に厄介な状況になってしまったと思っています」
「・・・・・」
俺は言葉も出せず固まった。
もうここまでくると、完全にお手上げだな。超能力対戦、獣人、変身。
いくらオタクじゃなくてもわかる内容ではあるが、それを丸ごと信じろなんて無理な相談だぞ。
「あのさ、これって漫画かアニメの話だったりする?」
「ですから、さっきからちゃんと説明しているじゃないですか。空を飛んだのでわかったでしょ?超能力はあるんですよ。僕は風の属性、気圧を変えて空気を動かして風を作る・・・」
手を振ってもう一人のサトウジュンイチの説明を止める。
「オレは素人だ。巻き込まないでくれ」
「じゃあどうしましょ?」
「なんとかしろよ、間違いだと説明してくれよ」
「すみません。たまたま同姓同名だったという不運を嘆いてください」
「そりゃ無いだろ、何とかしてくれよ」
「これがどうにもならないんですよ。彼女たちが帰ってくれるまで、ひっそりと隠れているしかないと思います」
「警察に言ったら?」
「信じてくれると思いますか?」
俺は首を横に振った。
無理だ。あまりに内容がぶっ飛び過ぎて、オレが信じてないもの。
警察に行ったら、もっと話がこんがらがるのは目に見えている。
「じゃあ、なんとか帰っていただく方法はないのか?」
「多分、僕の任務を引き継ぐと思いますので、日本征服阻止、某国の毒虫計画の排除や責任者の抹殺あたりでしょうか。それらが片付けば帰るはずですが」
「またまた電波な発言が増えてきたぞ、おい。超能力の上に、日本征服だと?その上、毒虫計画だとか何だそりゃ?訳の分からないことばっかり、もう本当に勘弁だぜ」
『普通』が口癖の俺は普通が一番。
「・・・ついていけない」
と、言って俺は立ち上がった。
「何処に行くんですか?」
「家に帰ってゆっくり考える」
「あ、それですが、しばらく家には帰らないほうがいいと思いますよ。もう少しほとぼりを覚ます必要があると思うので・・・」
「でも人違いだと分かったんだろ?」
「まあ・・・それはそうなんですけど。今日、僕を見たので向こうも間違いだと気付いているとは思います。貴方は無関係だと・・・でも、色々と知っちゃったから。どうでしょうかね」
「目撃者の抹殺かよ?じゃあ、どうすればいいんだよ?お前のせいでこうなったんだぞ。来い、一緒に来いよ。そんで説明しろ。間違いでしたって。人違いだって言って説明してくれよ」
「嫌ですよ。一緒に行ったら僕が殺されちゃいますよ」
「そんなこと知ったことか。どうしてくれるんだよ?」
もう一人のサトウジュンイチは、ちょっと哀れに思ってくれたのか、考えて
「うーん。確かに僕のせいですもんねー・・・」
そして何かを決心したように、ポケットから2センチぐらいある楕円型の錠剤を出してみせる。
「じゃあ、この薬をあげましょう。飲んでください」
「何だよこれ」
「秘伝の薬です。題して『死なない薬』・・・いいでしょ?」
渡された薬は黒色のラクビーボールのような形状をしている。
「インドで生成された貴重な薬です。この薬を飲んでおけば、死なない身体になれるかも・・・」
「本当かよ」
「インドでは薬品の調合が盛んで薬品で超人を作ることもあります。この薬は心臓が止まっても動き出す。まあAEDみたいなものでしょうかね?殺されても助かる可能性があるといいましょうか・・・」
胡散臭。が、超能力者の言うことだ。まあ、話半分でも、きっと凄い薬なんだろう。
薬を受け取り、テーブルのコップの水で飲む。
「どう?」
「うん?・・・・なんともない」
「ならオッケー。副作用で死ぬ人もいますから」
突然の言葉にむせる。
「おい、なんだよ!なんで、死なない薬飲んで死ぬんだよ!?」
「それだけ強力な薬なんです。だって入っている成分は、虎の睾丸、蛇の生血。鹿の心臓、象の胆のう・・・」
「・・・いや、もういい。もう遅い。そういうのは飲む前に言ってくれ」
「まだ誰も飲んでいないので効果はわからないのですが、まあ気休めと思って」
「なんだよ。俺が最初?実験台かよ。本当にいい加減だな」
そう言うと立ち上がり、出口に向かう。
そんな俺をもう一度、彼が呼び止めた。
「あの、本当にできれば帰らない方がいいかと・・・。友達の家とか行って遊んでいたほうが無難だと思うのですが・・・」
「・・・」
なんて返事をしていいのか困る。
「どうしても帰るのなら、とにかくお気を付けて。・・・お元気で」
そう言われて、もう一人のサトウジュンイチに手を振られながら店を出た。
うーむ。一応ね。駅までの道をゆっくりと歩きながら考えていた。
『帰らないでくれ』と言われても、俺に隠れ家なんてものはない。小学校のときに近所の空き地に秘密基地を作ったこともあったが、今やそんな物が残ってる訳ない。
まあ友達の家っていうのはあるかもしれないが、突然、堀口や石塚の家に行って『襲われるかも知れないから泊めてくれ』なんて、これはちょっとおかしいだろ普通。
他にはマンガ喫茶に行ったり、カラオケに泊まる。しかしそれは金が必要。だか今は、その金が無い。普通の高校生は、普段そんなに金を持ち歩かない。家の貯金箱か机の引き出しにしまってある。
銀行でおろすと言う手もあるが、普通キャッシュカードも家に置きっぱなし。
やっぱり結論としては家に帰るしかないだろう。
とはいえ、まだこの辺りをあの外人の女たちがウロウロとしているはずなので、店から駅に行くまでに、また会いそうな気がして、びくびくしながら歩いた。
不意に、その角から出てきそうな気もするが、でももう人違いと判っているはずだし、俺に用事はないのだからもう町であっても問題はないはずなのだ。
俺はそう考えて家に向かうことにした。
しかし追われた時の恐怖が身に染みついていて、前に会った西葛西駅には行く気にはなれず、避けて隣の葛西駅から電車に乗る。
東陽町につき、自分の家のある団地に向かう。
やっぱり、出会うなんてことは起きず、無事にたどりつくことが出来た。
結構、びびりな方なので、脅かされるのは嫌いなのだ。しかし・・・
「ここまで来たら大丈夫でしょ」
地元にくれば安心感がわき、元気に団地の階段を上がり、自分家の階に来た。
「やっぱし、おれなんか相手にしてないよな。もう大丈夫。オッケーっていう感じかな」
目撃者の抹殺?
ワザワザそんな面倒くさいことするか?
俺が警察に言っても、あんな馬鹿馬鹿しい話を信じてもらえないだろう。そんなこと向こうも判っているはず。
まあ偽サトウジュンイチの取り越し苦労だったのだろう。だって全然関係ないのだから。
ありゃ?なんか陽気になっている?
「あれ?もしかしたらさっき飲まされた錠剤って変な幻覚剤の一種だったのか?」
家に近づけば近づくほど、元気がでてきて、あんな奴ら今度会ったら殴ってやる。・・・なんて笑いながら玄関にたどりついた。
鼻歌なんぞ歌いながら、風呂の換気ファンの上の合鍵を取り、ドアの鍵を開けていると、何か後ろに物凄い圧迫感が来て、大きな影が被さって来る。あれ?・・・まさか
「サトウジュンイチさん?」
「ヒィ」
ヤバイ、やっぱり待ち伏せされていた。
とっさに逃げようとしたが、それより早く後ろの大女に服を掴まれ持ち上げられた。
地面から足が浮き、首の根元をつままれて子猫のように捕まってしまっている。
「やめて、助けて。殴るなんて嘘です。殴りません。殺さないで」
「何が嘘なんだ?」
「もう駄目。私は弱い人間です。お許しください」
そのまま大女に掴まれて4階の手すりの上に乗せられる。
「やめてください。落ちるー。押さないでマルシアさん」
「うん?私の名前を呼ぶか」
横の少女の目が、こちらを見つめているのに気がつく。
「そう貴方は天使のメリサデスさんですね。俺はあなたたちとは関係ないんです。許してください」
「あら私達の名前を聞いたのね?でも私は天使じゃなくて悪魔って言われなかった?」
「いやいやいや、そんなことないです。もうひとりのサトジュンはそんなこと言ってませんでした。やさしいあなた方はメリサデスさんとマルシアさんだって。それで俺は人違いなんですよ。殺さないで」
そこでマルシアがため息をつく。
「そうか私たちの正体を知ってしまったか。だったら、余計放っておけないな」
マルシアが俺をもっと手すりの外へ押しやり、地上4階から空中に宙吊りにする。
「やめて、落っこちちゃう」
「素直に言えば助けてあげる。ダニャは?今、何処にいるの?」
「ダニャって何?名前?」
「サトウジュンイチ。本名、ダニャ・カロ・シェルパ。ネパール人よ。私たちが追っているのは彼なの」
「あいつの名前ってダニャって言うの?知らないよ居場所なんて。俺はダニャじゃないんだから。こんなことしないで、助けて」
「それは無理よ。私達のデータでは貴方がダニャ・カロ・シェルパ。になっているんだから」
「あれ?俺は間違えられたんでしょ?同姓同名だから間違えたって」
「違うな。あいつがお前の名前と写真を使って私達のデータファイルを送ってきたんだよ」
「仕組んだのね。ヨーロッパの組織を裏切り、日本の中に隠れたるために。貴方の顔写真送って誤魔化したのよ。だから私たちはあなたをターゲットにしたの」
「なんだよ。最初から俺を隠れ蓑にしてたのかよ、あいつ」
「襲われないための生け贄だよお前は」
嬉しそうにマルシアが俺を揺する。
「で、でも!もうわかったでしょ。俺は関係なーーい。」
「そうね、関係ないわ。・・・でも今度は違う用事できたの」
「ようじ?」
「昨日、あなたのお腹にナイフを刺したわよね。あのナイフを返してほしいの。あのナイフは大事なものだから」
「ナイフ?あ、あれか」
「あのナイフは自分の能力が出せないようにする能力封じのナイフなの。ダニャは日本に派遣されるくらいの超能力者だったから実力は十分あるはずと思って、能力封じのナイフで仕留めようと思ったんだけど。全然平気だった。だって貴方は一般人だったんだもね。ナイフの力は効かないわ」
「返します。それで全て無かったことに」
落とされそうになりながら必死に交渉する。
「あれは国宝級だって聞きました。大事なものなんですよね?俺を殺したら見つかりませんよ」
「おまえに発言権はないんだよ。このまま落としてやろうか」
服がズルッときた。ヤバい本当に落ちる。
「だめ、揺すらないで。落ちちゃう」
面倒くさそうに揺するマルシアに対し、メリサデスは楽しそうに話しかけてくる。
「そうね。あれはとても大事なものなの。何処にあるの?」
そう。あのナイフは久宝さんちにある。ここで俺を殺したら判らなくなるのだ。
交渉の余地はある・・・はずだ。
「ですから、タダでは駄目です。俺を助けてくれて・・・」
「そうね返してくれたら。お礼はいるかもね」
メリサデスはなんとなく言葉が柔らかくなってきたようだ。
それを感じて、こっちも少し落ち着けることができた。
「そうです。お礼は必要です」
「おいメリサ、遊ぶなよ。こんな奴は早く始末したほうがいい」
「大丈夫よ。なんかあったら、最終始末をサポートに任せればいいんだから」
「いいのか?こちらの姿や能力を見られたぞ。向こう側に掴まれると、対策をうたれる・・・」
「平気よ。こんな小物、相手にしないと思うわ」
「あの~会話が全部聞こえてるんですけど・・・」
俺の言葉を聞いて煩わしそうに、マルシアに揺すられる。
「誰が会話に入っていいって言った?・・・・まあこんな奴はどうでもいいか。勝手にすればいい」
なんとか俺は宙つり状態から、手すりの中に戻してもらえた。
ナイフを預けた久宝さんの家は西葛西にある。電車に乗って西葛西に戻ることになった。
地下鉄の東西線は南砂を超えると地上にでる。あれ?さっきまで地下鉄だったのに、これじゃ普通の電車じゃんと俺はいつも思っていた。
昼は明るさが変わるので、みんなが顔を上げて見回す。夜の場合だと地下の反響音が無くなり音が静かになるので、通常の乗りなれている人でも見回すことが多い。
そんな電車内に、こんなに目立つ銀髪の美少女と2メートル近いナイスバディの大女がいるのに誰も見ようとしない。
目立つ2人を連れて歩いている。どう見ても珍しい状態なのに、回り人が誰も見てこないという不思議な現象が起きている。
なんでなんだ?と疑問に思っていると、メリサデスが笑っているが見えた。
こちらの感じていることが判ったのだろう。
「ミラーよ。自分の横に反射させて、周りの景色が見えているので、あたしたちのことはまったく見えてないの」
「そうなんだ。隠れ蓑か?透明になるマントみたいなもの?」
消えるかどうか、確かめようと動こうとしたら、
「動くなよ。周りに見つかるだろうが」
マルシアに軽くこづかれた。
図書室で書いて貰った住所を手掛かりにして、久宝さんの家へと向かう。
「なんだこりゃ。・・・でっかい家だな」
3~4メートルもあるデッカイ鉄の門。その両側、どっちを見てもどこまでも長く壁が続いている。そういえば葛西には昔、家の敷地を通るだけで隣の駅にいける地主がいたそうだ。それって久宝さんの家のことか?
チャイムを押すと、以外に早く久宝さん本人が玄関まで出てきた。
「何してたの、連絡ぐらい入れなさいよ」
「ごめん。ちょっと時間がかかちゃって、・・・・それで、あの、ですねー。この前、貸したナイフをね。返してもらいたいのだけど・・・」
「イヤ」
「なんだよ。俺のじゃないか。・・・まあ厳密にいうと俺のでもないけど、いいから返してよ」
「あのナイフ、さっきの女たちに関係してるって言ったわよね。どういいいう経緯なの?話してくれなきゃ返してあげない」
「いや、話せば長い話になるから・・・。その前に、ナイフを公園で待ってるあの女たちに返せば、俺は無罪放免、解放されるわけで・・・。だからナイフを・・・・」
「ふざけんじゃないよ。私をあんな場所に放置して。いったいお前はあの屋上からどうやって逃げたんだい。説明もしないでナイフを返せってちゅうのはどういう了見なんだい」
「すみません、ごめんなさい。そんな下町言葉にならないでよ。謝ります、謝りますから。説明でもなんでもしますから。でもね、今までの一件は彼女達の誤解だったそうなので、ナイフを渡せば済むみたいだから、渡して早く帰ってもらいたいんだよ」
「・・・・」
腕を組み斜に構え、ジロリと睨み付けてくる久宝さん。
ヤバい、怖い。久宝さんってやっぱり怖い。
「本当でしょうね?」
「えっ?あっ、はい。渡したらすぐに戻ります。そんで全てお話します」
「約束する?」
「もちろん、もちろん、説明させていただきます」
「その、2回繰り返すところが怪しいんだけどね。まあいいわ。待ってて」
奥に引っ込むと、駆け足で廊下を走っていく音がする。
そしてしばらくすると赤い布に包まれたものを持ってくる久宝さん。
「私にはキツイのよ、このナイフ」
キツイの意味がよくわからんが、とにかくこれを返せば、今、巻き込まれているオタクの妄想世界からは解放される。
「私も行こうか?」
こんな爆弾娘、連れて行った日にゃあ、何が起きるか分かったもんじゃない。
「いやいや危険だから、やめたほうがいいです。戻ったら説明しますから。しばらくお待ちください」
と、丁寧にお断りする。
「3分ね。3分で戻りなさいよ」
召使か俺は?・・・と思ったがそれは言わず、ニコニコと微笑んで
「はい、出来るだけ早く戻ります」
そう言って久宝さんの家から離れ、ナイフを持って公園に急ぐ。
公園に着くと街路灯の下にいるメリサデスにナイフを見せた。
「これでしょ」
こちらが差し出してもメリサデスは受け取らず、見つめている。すると横から手が出てきて、マルシアがそのナイフを掴む。
そしてなにやら紐を出すと、ナイフの台座の枠に紐を通し、それを結んで首にかけた。
「これは私のお守り。パナジウム合金でできている。人間の振動数を止める効果がある。つまり心臓の心拍数と同調させて超能力を封じることができる」
腕を組んでナイフを見つめながらメリサデスが言う。
「私は持つのも辛いの」
そういえば久宝さんもそんなこと言っていた。
「じゃあ、これでおしまい。さようなら」
と、メリサデスとマルシアは歩き出す。
あまりのあっけなさに肩透かしをくった感じ。何かもったいないと思い、つい呼び止めてしまった。
「あの・・・すみません・・・」
「なんだ?まだなんか用か?」
歩き出した二人はこちらを振り返る。
あ・・・どうしようと思っているうちに、さっきのお礼という言葉が不意に頭に浮かび、よせばいいのについつい口から出てしまった。
「さっき『お礼はいるかもね』って言ってたけど、いただけないんですか?」
メリサデスとマルシアが顔を見合わせる。
「おまえ本気で言ってるのか?自分の命だけじゃ満足出来ないのか?」
呆れてマルシアがこちらを見る。ヤバい怒らせたか?
「いや何かくれるというを思い出しまして・・・。いや別にいいです。冗談です・・・」
「・・・何が欲しいの?」
するとメリサデスがイタズラっぽい表情で近づいてくる。
「いや別に何が欲しいわけではないけど、お礼くれるって言ったから、聞いたまでなんですけど・・・」
「どんなお礼がいい?」
「どんなって、・・・そんなの急に思いつかない・・・」
あ、そうだ。・・・・初めて見た時、メリサデスを綺麗な天使だと思った。銀色の髪で驚いたんだ。そう、その銀色の髪を触らせてほしいと思った。それを思い出し・・・
「あたま・・・そう、頭をちょっと触らせて欲しい。・・・髪の毛、いや、頭かな、少しでいいからを触らせて」
と、いうと二人の表情が変わる。
「え?頭は駄目よ」
「え?なんで珍しい銀色の髪を思い出にちょっとだけ触らせてほしいだけなんだけど・・・」
怪訝に曇った表情でマルシアが聞いてくる。
「お前、何を言ってるのか判ってるのか?・・・この国にはないのか?頭を触る意味が・・・」
「いや別に?みんなイイ子イイ子って頭を撫でるけど?」
「いいか頭にはそもそも精霊がやどり、他人に触らせるということは・・・説明するのも面倒だ」
なんかとてもマズい事を言ってしまったようだ。
マルシアが右手を上げるとのその手が大きく膨らんで爪が伸び始める。
「もういい。こんな奴はさっさと殺してしまおう」
拳を握り攻撃体制に入り出すので、ヤバいと思い逃げる体制に入ろうとしらたら、メリサデスは何故が微笑みながら、こちらに近づいてくると、
「いいわ。本当に頭に触りたいの?だったら触らせてあげる。だけど責任は持てないわよ」
変な言い方をして誘ってくる。
「待って?そんな凄いことなの?頭触るって?」
「触れば判るわ。早く触わってごらんなさいよ」
ニコッと笑うメリサデス。
どうしようと・・・と困って、マルシアの方を見ると、攻撃体制は消えて、もう私は関係ないという感じで、そっぽを向いている。
と、ここまで来ると今度は断るに断れなくなり、俺はメリサデスの頭を触る事になった。
130センチぐらいの高さのメリサデスの頭に手を乗せる。
小さい頭は手のひらで全て収まるぐらいの大きさで、フワッとした髪の毛は細く、絹のように滑らか。
髪の毛に沿って右へ左へ撫でるとメリサデスが上目つかいで、こちらを見て笑った。
すると銀色の髪の毛が逆立ってきて、撫でている手を包む。
アレ?なに?凄いタンポポの綿帽子みたいに広がってくる。たしか英語でたんぽぽは、ダンデイライアンだっけ?
そんな事を考えた途端、メリサデスの髪が光った。
そしてスタンガンで襲われたように電撃を食らい、体が痺れる。
「エネルギー帯に触れば、即死だよ」
マルシアが吐き捨てるようにつぶやいた。
そうか、メリサデスが出す電撃の源って、髪の毛だったんだ。そう言われてみれば科学の実験で、エキナイト棒を猫の毛で擦って静電気作ったもんな。髪の毛がそうだったんだ。それを触ったんだ。それじゃこれってーーー
「私に殺されて本望でしょ」
メリサデスが可愛い顔で微笑んでいる。
死んだ。
一瞬で高圧電流が身体中に流れて意識がかすんていく。・・・俺は死んだ。