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【第二章】 学校脱出

~第二章~  学校脱出


 主審のサッカー部の先輩が長い笛を吹き、準決勝の1年D組と2年E組のサッカーの試合を終わらせた。

 3対1で、2年E組に勝利を宣言し、両チームに挨拶させて試合終了。

ラインマンとして審判をやっていた俺も並ばされ、お辞儀をしてみんなと一緒にやっとグラウンドから出る。


 サッカーのルールはオフサイドなど特殊なものが多く、球技大会の試合であっても微妙なジャッジが要求されるので経験のない普通の生徒では出来なかったりする。

勝敗をはっきりさせるためには主審とラインマン2名、計3名のジャッジが必要になり、試合の度にサッカー部員が駆り出され審判をやらされる事になる。

もう3年生は卒業しているので、現在は1年生と2年生しか学校に残ってないから、クラス数は少ない。その上トーナメント方式(負けたら敗退)なので試合数こそ多くはないけれど、サッカー部員だってそんなにたくさん居るわけでは無い。

つまり『1人が何回も駆り出される』ヘビーローテンションで『3試合連続』でラインマンをやらされるという地獄がおきている。


 誠に残念なことに・・・本当に残念だが・・・俺はまだサッカー部に在籍している。

したがって、この審判派遣システムから逃れられる訳もなく、ここぞとばかりにコキ使われてボロボロにされているのだった。

 俺はこの半年「運動らしい運動」を避けてきた。だからラインマンごときの運動でもへとへとになる。例え簡単な旗振り審判だとしても、3試合もぶっ続けでやった日にゃあ無事でいられるはずはない。

「くっそー、ダメだ。殺される・・・やっぱり部活なんかさっさと辞めておけばよかった・・・」

 校舎脇の水飲み場に行こうとしたが、本当に足がだるくて、まるで操り人形の糸が切れたように力が抜けて座り込んでしまう。

「うわー、もうダメだ。一歩もあるけねぇぞ。こりゃあ・・・」


 しかし普通、終業式が終わればすぐに春休みのはずだろ?・・・なのに、なんでうちの学校は翌日に球技大会をガッチリ組んでいるんだよ、と恨めしく思う。

前に先輩から聞いた話だと、このシステムは『新入生の見学会や、在校生の進路指導など新学年の準備をするための期間を確保する』ためで、早めの終業式というのは『充実した学校生活を感じさせる』ためらしい。

そのため春休みはもうしばらく後になるそうだ。

ようは『勉強はしないくていいから、登校しなさい』という配慮らしいのだが

「なんか休みが減らされて、損しているように思うのは俺だけか?」


 いつまでもこんな風にグラウンドの脇でへたり込んでいる訳にもいかないので、みんなの邪魔にならないように鉄棒付近までハイハイで移動して、みっともないけど靴と靴下の脱ぎ裸足になって足を延ばした。

すると、予想した通り、

「あ、あぁ、足・・・足きた。ふくらはぎ・・・」

 懸命に足の親指を引っ張って伸ばし攣らないように対処するがどうにもならない。足が固い棒のようになり激痛が走る。

それも片足だけでなく両足ともピキピキっときて、同時に攣るという酷さ。

あまりの痛みのため、炎天下の道路に出てきてしまったミミズのようにのたうち回ってしまう。

運動不足が丸わかり、自分の事ながらあまりにも情けない醜態に嘆く。


「普通、両足同時に攣るか?・・・もう死んだ。もう審判出来ない。終わりだ、終わり」

などと独り言を言って少しでも気を紛らわそうと、もがいていると、そんな俺を見下ろして声をかけてくる女性がいる。

「はーい、元気にしてた?佐藤君」

「え、その声は?」

 はっとして、顔をあげてみると全校男子生徒の憧れの的の女教師の麻生先生が微笑みながらこちらを見下ろしているではないか。

「久しぶりね。佐藤君、ずっと部活に来ないから心配してたんだぞ」

 思いがけない不意打ちに飛び上がる。しかしまだ両足が攣ったままで、まるで『生まれたての小鹿』みたいにギクシャクと立ち上がりながらなんとか挨拶を返す。・・・なんと、情けない。

「うわー。ご無沙汰してます、麻生先生。いやー、今日も色っぽいですね」

「色っぽいは余計よ。うふふ」

はに噛む麻生先生の笑顔にいつもながらドキドキしてしまう。


 麻生先生は音楽の教師。

年齢は20代後半の綺麗な女教師だが、背が低めで160センチ前後、中学生くらいの身長だ。

雰囲気も若く俺たちと同じくらい、もしくは年下のように感じてしまう。

 みんなから『麻生ちゃん』と陰で呼ばれたりして、可愛がりの対象となっている。ただし、その雰囲気と身体は別もので、ボディがもうモデル並み。噂によるとB90・W60・H88のダイナマイト、エロエロボディ。このギャップが更に萌えを増幅させている。

 全校の男子生徒が一度は『よからぬ妄想の相手』にしたと思われる学校の隠れアイドルだ。

 球技大会という事で、ジャージを肩から羽織ってはいるが下はふわりとしたピンクのブラウスとベージュのフレアーのスカートの組み合わせ。大人の装い。ブラウスの上2つのボタンを外して着ている所がまた大人だ。

 中は、ランジェリー?スポーツブラ?胸の谷間がハッキリと見える。

素晴らしい。グレイト。

「サッカー部員は部室に顔を出さなきゃダメよ。これは決まりごとなの。守りなさいね」

 麻生先生は、向かい合ったこちらに指をさし、指をふりふり説教する。

それがまた可愛らしくてそそる。

『ダメな僕を叱ってください!』的な気持ちにさせてくれる。

 普通、文系の教師は文系の部活顧問になるのだが、何故か麻生先生は音楽教師なのにサッカー部の顧問をしている。

 実際、麻生先生に褒められたり怒られたりしたくてサッカー部に入った部員も結構いるだろう。

・・・う~ん、可愛い。相変わらず麻生先生はエロいな。などと思い、見とれてしまった。


「それで、サッカーの試合状況はどう?」

「だいたいの試合は終わってると思います。そろそろベスト4が決まってくる頃じゃないですかね」

「もうそこまでいったか。だったらもう1年生の審判は要らないわね。もう終わっていいわよ。後は2年生で回せるから。ご苦労さま」

「ありがとうございます」

「他の1年部員に会ったら伝えておいて」

「はい。分かりました」

 と言うと、麻生先生はじっとこちらを見つめてくる。

「・・・・?」

 そして急に思い出したように聞きながら、おもむろに俺の方に近寄ってくる。

「どうなの?」

「はい?」

 いきなりの質問になんのことかわからず困惑する。・・・しかも正面に立つ麻生先生から甘い花のような香りがしてきて鼻孔をくすぐる。・・・ち、近い。

思考がまとまらず、何を答えていいのかわからないでいると、麻生先生が俺の目の前で不意にしゃがみ込み、裸足の脛の辺りを触りだす。

「・・・骨折した足はどうなの?」

な、なんと!柔らかい手が俺の脚をさすってくる。

おーおー。これは気持ちいい~。

 さらに素晴らしいことに屈み込む麻生先生を上から見下ろすことになり、ロングの髪をアップで止めている白く細いうなじが目の前にある。

うおー!エロいぞ、この角度。

 うなじから胸の谷間まで一直線で見える。

くっそー、触ってみたい。

 そして立ち昇ってくる甘い香りでクラクラする。


鼻血出そう。


「足はこれなら大丈夫。別に問題は無さそうね」

 そういって立ち上がると麻生先生の顔が正面に来て、今度はこっちの目をじっと見つめてくる。

目が悪いのか、麻生先生はいつも距離が近い。

天然なのか?わざとなのか?麻生先生は何故かいつも近くに寄って話をしてくるのだ。

距離が近すぎるって。


 俺は距離を取ろうと少し後ずさりしてみるが、麻生先生もまた少しづつ近づいてくる。

「あの・・・まだ治ってないもんで。そのうち部活にも出ますから」

 真っ直ぐに見つめられて恥ずかしくなり、直視出来ず逃げるように目を逸らす。

「足が駄目ならゴールキーパーをやるのもいいかもしれないわよ。待ってるから。来なさいね。約束よ」

 と、なおも近寄ってくる麻生先生に火照った顔を見られて俺はもっと熱くなる。

「わ、わかりました。お疲れです。失礼します!」

 逃げるように振り返り、やっと麻生先生から離れる。

麻生先生から漂う香りや雰囲気は思春期の高校生には毒だ。体が火照って爆発しそう。


 校庭を回り東グラウンドから西校舎の方に逃げるように移動してやっとひと心地つけた。

「なんか・・・疲れた・・・」

 麻生先生との会話は嬉しい反面、緊張してドキドキする場面が多くて結構困る。

「本当にエロいんだよなぁ。・・・しかし助かった。やっと審判の仕事から解放されたー。これで自由に観戦ができる」

 今まで審判をやらされていたから、ろくに試合を観戦できていなかったのだ。


 普段、自分はあまり熱くならない方で自分のクラスが勝とうが負けようがどうでもいいと思っていたのだが、何気なく自分のクラスの善戦状態を見ていたら血がたぎってくるのを抑えきれなくなっていた。

 今日行われているのは単なる球技大会なので、たとえ優勝しても何か商品が貰えるわけでもない。新学年準備で忙しい先生たちの負担にならないための娯楽プログラムだ。

しかし球技大会。これが意外に楽しい。

自分は勿論のこと、自分のクラスが勝つだけで興奮して盛り上がってしまうから不思議だ。

 いつもはクラスの事なんて少しも考えたことのないが、やっぱりなんだかんだ言っても1年間一緒に学んできたクラスメイトが必死に戦う姿を見て感動しているのかも知れない。

 今まで無かった愛国心・・・いや『愛クラス心』というのか?

そんなものが芽生えてきて自分のクラスの戦績が気になる。もしも勝ってたりしてたら嬉しくて周りのみんなとハイタッチしたくなる。

そんな我がクラス1年B組のサッカーの試合が西校舎の前のグラウンドで行われている。


やっと審判から解放されたので自分のクラスを応援しようと来てみたのだが、そんな俺の目に飛び込んできたのは・・・『キーパーをしている堀口が相手にシュートされて派手に横っ飛び、それでもゴールを割られる』という、実に腹立たしい場面だった。

「なんで堀口がキーパーしてんだよ。出来るわけないだろ、あいつに」

 ロボットのような動きの堀口に観客たちは大爆笑。

「なんでサッカーの試合で笑いが起きるんだ?」

 同じくサッカー部員であるクラスメイトの石塚がラインマンをしているのを見つけ、我がクラスの健闘具合を聞きにいくと、ムスッとしながら答えてくれた。

「ヤバい、全然駄目。5対1。堀口の奴はキーパーで派手に飛ぶけどまったく取れない。ヤバい最低」

 と、こちらもロボットような会話になっているが、とてもご立腹な様子。そして言ってるそばから再びシュートされる。

「おっりゃー!!!」

 掛け声だけはいいが、あっさりゴールを決められ6対1。

石塚の言ってる事が判った。

「何がおりゃーだ。バカかあいつは。シュート決まってからジャンプしても遅いっちゅうの。普通、先に飛ぶぜ?普通はよ」

 マリオネットのようにギクシャクした動きで、みんなに笑われる堀口。本人も納得いってない様子。

 そして試合終了の時間となり主審の長い笛が鳴る。

「負けたか・・・」

 ちょっとは期待していた俺の希望が崩れていく。





 バラバラとグラウンドから出てくる1年B組の生徒たち。堀口は俺を見つけて近寄ってきて自慢気に言ってくる。

「チョー頑張ったんだけど、さすがは2年生、シュートが鋭いぜ」

 堀口、本当にこいつだけは・・・

「お前、ビビってんじゃねぇよ。ボールにぶつかりに行くぐらいじゃなきゃ取れるわけないだろ」

「だって俺、メガネじゃん?顔に当たったらチョー危険じゃん?」

「だったらなんでキーパーやってたんだよ?」

「なんか守護神ってチョーカッコいいから、オレにピッタリじゃない?」

 死ね。

「こんなバカほっといて他の試合を見に行こう」

 と、周りを見回すとクラスメイト達が帰っていく。

「なんだよ。どうしたんだ?他の試合を応援しにいかないのかよ?まったく愛クラス心がない奴等だな」

「何言ってんのサトジュン。試合のなくなったクラスから帰っていいんだぜ」

 と、堀口から言われる。

「え、どーゆーこと?」

「別に表彰式が行われる訳じゃないから、閉会の挨拶は無いんだって」

 試合が終わった生徒は順次帰って良いとのこと。

「それで我がクラスの戦績はどうなのよ?」

「今のでうちのクラス全滅。チョーおしまい。終了~」

「まじかよ。。。」


 みると負けて試合の残ってない他のクラスの生徒達もどんどん帰っていく。

俺は審判をやらされてたから、その辺の情報がまったく入ってきてなかったのだ。

 もう着替え終わって観戦していた奴らも『おつかれー』と言って学校から去って行く。

ちぇ、なんだよ。殆ど審判で引きずり回されていて楽しめなかったな。つまんねぇの。

「ほんじゃまあ、お許しが出てるなら帰りますか」

 堀口と2人、とぼとぼと教室に鞄をとりに戻ろうとするとラインマンを終えた石塚が聞いてくる。

「サトジュン。サッカー部の審判はどうすんだよ。まだ全部終わってねえぞ」

「ああ、それね。・・・さっき麻生先生に会ったら、残りチームが少なくなったから2年生だけでやるって。1年生はもう終わっていいってさ」

「え、麻生先生?・・・・俺、聞いてないぞ」

「すまん、忘れてた。サッカー部の1年に会ったら伝えておいてって麻生先生が言ってたんだった」

「・・・俺は聞いてない」

 ムッとしながら、石塚が黙り込む。

 あれ・・・そうか、こいつも麻生先生信者の一人か。怖いね。そうかこんな所にもいたのか。こいつも麻生先生に叱ってほしくてサッカー部に入部した部類の奴だったのか。

「だったら石塚、直接聞いて来たら?」

 と、それとなく促してやると、案の定、機嫌が直り嬉しそうにニッと笑う。

「・・・そうだよな。そうじゃなきゃいけないよな。サッカー部員なんだからちゃんと聞いてこなきゃなヤバいよな」 

 ご機嫌な石塚である。わかりやすい奴だな。

「それで先生はどうだった?」

「なに?先生がどうしたって?」

「決まってんだろ。今日の先生の服装だよ」

「おー、先生のカッコか・・・今日もエロかったぞ。ピンクのブラウスで胸がバーンと開いて・・・」

「胸がバーン、そいつはヤバい。ぜひ聞いてくる。聞きに行かねばならない!」

 と言いながら、走り去っていく石塚。まったく、おそろしいもんだ。

「俺も一緒に聞いてこようかなぁ?」

「堀口。なんでお前が行くの?お前サッカー部じゃないだろ。普通に関係ないっしょ」

「話聞くぐらいいいじゃん。なんかチョー羨ましいから混ぜてもらおうかと思って」

「本当におまえって奴は・・・」

「え?なに?俺も麻生ちゃん好きだよ。チョー好き。だいだい大好き」

 ・・・本当、こいつにはついていけん。



 そんな堀口を引きずるように教室に戻り、ロッカーに入れておいたスポーツバックを持って出る。

堀口はそのまま向かいの階段を降り昇降口に向かう。が、俺はバックを持って西校舎の方へ向かう廊下を進む。

「あれ、何処に行くんだ?サトジュン、帰らないのか?」

「ちょっと調べものしに図書室に行ってくるわ」

「えー、サトジュンが調べものー?チョー似合わねぇー」

「おまえね、もうすぐ進学なんだぞ。普通ちょっとぐらい準備するだろ」

「サトジュンには言われたくないぞ。まあ落ちこぼれは、せいぜい頑張りたまえ。じゃあねー」


 階段を降りていく堀口を見送り、俺は図書室に向かう。

本当は進学に対する調べものではない。俺がそんな真面目なことをするはずがない。

 昨日、手に入ったナイフを調べたいと思ったからだ。

さすがに球技大会の日に図書室になんて来る人も居ないだろうと踏んで『ナイフ』なんて物騒な物を調べてみても大丈夫だろうって思って来てみたのだが・・・・

 図書室にはチラホラと生徒がいる。

すげー、なにもこんな日にまで勉強する必要もないだろうに。

本当に真面目というかバカというか、驚きである。そんなに勉強が好きか。・・・俺には到底真似出来ないな。


「さてと、ナイフってどうやって調べればいいんだ?」

 どんな本を選べばいいのか検討もつかないので、まずは重点的に西洋の美術・歴史の棚を探した。

その中で、とりあえず武器、ナイフなどに関連した書籍を集めてみる。

 集めた書籍を抱えて机に移動し、開いて確認してみるが、どうも求めているものがでてこない。

武器としてナイフの形やら分類になったり、剣の名前や役割の説明ばかりである。

 しかも写真がなく挿絵も白黒で良く判らないものばかりで、このナイフを調べる情報にはなんの役にも立たない。

 ちょっと矛先を変えて、次は宝石や装飾、美術系から攻めてみるがこんな宝剣のようなナイフの情報は全く無い。指輪やネックレスなどのジュエリーばかりで剣の類はまったくでてこない。

 しばらくは西洋・東洋とぶらついてみるが、そもそも図書館にあまり来たことがないのだ。どうやって調べればいいのか、うまく探せない。やっぱり慣れてない作業は簡単に出来る訳がないな。


「失敗だったかー。本はダメだな。こうなるとやっぱりインターネットか?」

 大体の本を棚に戻し、図書委員に申請して部屋の端にあるパソコンを借りる。

学校のパソコンなので、ヤバいものの検索は制御がかかってしまうが、とりあえず『ナイフ』、『豪華』、『宝石』と打ち込みアクセスしてみる。

 やっぱり駄目だ。どうもドンピシャなものが出てこない。

「これは美術品なのか?骨董品なのか?まあどう見ても普通じゃないしなぁ。何か手がかりがありそうだけど・・・どうしよう?貴族?王族?博物館?・・・」


 なんて悩んでいると、突然後ろから女子生徒に声をかけられた。

「あら佐藤くん、めずらしいわね。勉強?」

 今日はよく女の人から声をかけられる日だな。と思いつつ振り返ると、いつの間にか久宝さんが後ろに来て俺を見つめていた。

「あ、ツインテール」

「なぁに?」

「いや、ごめん。こっちの話」

 相手が久宝さんということも含めて突然のことで焦ったが、とにもかくにもナイフなんて学校に持ち込み禁止の代物なので上から本を被せて隠す。

「あれ、久宝さん。今まで一度もしゃべったことないのに俺のこと知ってるの?」

「あら馬鹿にしてるの?クラスメートじゃない。覚えているに決まってるでしょ。それに講堂では雅夜って名前まで呼ばれたしね」

「違う!あれは、俺じゃない!」

 と、思わず大声を上げてしまったが、ここは図書館だと思い出し声をひそめて、気を取り直して質問する。

「そういえば、久宝さんは何の競技だったの?」

「バレーボール。2回戦勝ち進んで、準決は接戦まで行ったんだけど結局負けちゃった」

 そうえいば誰かが言ってたな、うちのクラスで唯一善戦したのが女子バレーボールだって。

この久宝さんが鬼のようにアタックを決めまくって、すべての点数を叩き出していたとたとか、なんとか。

「ふーん、残念だったね。で?さすが優等生はこんな日にまで図書館に来てお勉強ですか?」

「あ、なんか嫌だなその言い方。私は生徒会長に呼び出されて隣の生徒会室に来てたの。図書室にはついでに本の返却に来ただけよ」

「早くもミス銀杏山学園のイベント?」

「違うわ。来年は生徒会長に立候補しろって口説かれてるの。青田刈りってやつ?エリートは大変でしょ?」

「はい、おっしゃる通りで・・・」

 やっぱり口では敵わない。綺麗に皮肉で返してくる。

「それより今なにか隠したでしょう?見せて」

「ん?なんのことかな?わからないな」

「ナイフでしょ?ほら、見せてよ」

 ヤバいと思い、更にもう1冊、本を上に被せ、久宝さんからはまったく見えないように隠した。

「ナイフ?そんな危ないものを。普通、学校にナイフなんて持ってくる訳ないじゃないですか」

「嘘をついてもダメよ。ほら、ここにしっかり出てるじゃない」

 パソコンの画面に、さっきまで検索していた色々なナイフの画像が表示されたままになっていて、それを指さして微笑んでいる。


 ダメか。これ以上は誤魔化せそうにないな。観念して隠していたナイフを渋々出す。

すると久宝さんは躊躇しないでそのナイフを掴みとる。

 あれ?女子にしては珍しいタイプだな。

男子は武器やアイテム好きが多くて、子供の頃からこういう刃物を見たり触ったりしてるから、比較的、触るのが平気な奴が多いけど、女子はこういう尖ったものやギラリと光る刃物は危険を感じて嫌がる子の方が多いのに。

でも久宝さんは男子と同じように、じっくり吟味するように観察している。

「日本のものじゃないわね。珍しい彫刻だわ。ルネッサンス時期の絢爛豪華な彫り物のようね。ヨーロッパのものかしら?重厚な作りで相当な年代物だとわかるわ。付いてる宝石もたぶん本物でしょうね」

「うっそ。これ緑色の・・・」

「エメラルドね」

「まじかよ。こんなでっかいエメラルド?じゃーこっちの赤いのは?」

「ルビーでしょ、たぶん」

 グリップの所に滑り止めの様に付いた宝石が本物なのか。

「まじかよ・・・こんな大きいのが?」

「これは国宝級ね。これに似たイギリスの国宝なら数点知ってるけど、最低でも800万円。高ければ2000万はするわよ」

「すげぇ、家買えるじゃん」

「まぁ、これが本物だったらだけどね」

 久宝さんがナイフを持っているので隣から覗き込んでいたが、思ったよりも近くにいて『なんかいい香り』が漂ってくるのに気付いた。

なんだ?この甘いお菓子のような香り。女子はよくこういう匂いをさせてるよな。

 改めて久宝さんの横顔を覗き見る。

近くでみると久宝さんはやっぱり綺麗だ。みんなが口をそろえて言うだけの事はある。


 なんか初めてだな。こんなに接近して女の子としゃべるのって。なんだかホンワカした気持ちになってくる。

そんな風にぼんやりと幸せ気分に浸っていると、突然

「きゃっ!痛いっ!」

 ナイフの刃の方を掴んだ瞬間、久宝さんが小さく叫んでナイフをテーブルに投げ出す。

「え?どうしたの?何処か切っちゃた?」

「何なの、このナイフ、何か変だわ・・・。体のエネルギーが吸い取られていく・・・」

 と言うと「・・・うぅ」と頭を抱える。

「なに?なに?どうしたの?」

「耳鳴りがするの。きっとこのナイフのせいね。なにか特殊な能力があるナイフなんだわ」


 机に投げ出されたナイフを恐々持ってみるが、何も感じない。

「俺にはわからない・・・な」

「なんなの?これは何かの特注品なの?」

「・・・何も感じないよ?・・・へへへ」

 テレ笑いしながらナイフを振ってみる。

「ねぇ、サトジュン。このナイフ、少し調べたいからしばらく貸してくれないかな。家のおばあちゃまが詳しいの。見せれば何か判るかもしれないわ。お願い」

 おっと、いきなりサトジュンとは、嬉しい?・・・うん、嬉しい。親しくなれるなら、いくらでもオッケー。

「全然オッケー。品定めでも鑑定でも好きなだけどうぞ。ただし、価値の事は気になるから売れるんだったら、売ってこっちにも少し分け前頂戴ねっていうことぐらいかな」

「鑑定団じゃないわよ、うちは。・・・・あ、そうだ、うちの連絡先を教えておくわね」

 パソコンの横にあるメモ用紙を引き抜き、自分の胸ポケットに刺してあるボールペンを取り出してさらさらっと自分のアドレスを書いて渡してくれた。

「これ私のアドレスと電話番号、あと住所ね。あなたの連絡先も頂戴」

「ああ」

 同じようにアドレスを渡すと、ポケットからハンカチを出してナイフを包んで鞄に入れて、

「何か分かったら電話するね。よろしく」

 と、立ち去っていく。


 久宝さんを見送りながら「あら意外なことで仲良くなっちゃったみたい。結構ラッキーだったかも」と思った。

でもまあ向こうは全校生徒の憧れだし、そううまくは行かないよなぁ。

 これ以上の発展は・・・・難しいだろうな、やっぱり。

しかしミス銀杏山学園である久宝さんのアドレスを手に入れたなんて知ったら、堀口や石塚はさぞや悔しがるだろうな。


「なんだかわらしべ長者みたい。これからもっと良くなってく気がする。大事だぞこれは」

 と、久宝さんのアドレスの書いた紙を大事にポケットにしまう。

「ナイフがミス銀杏山学園のアドレスに変わって、次は何に変わるのかな?これはちょっと面白くなって来たかもしれないぞ。次はバイクになったりして・・・ゆくゆくは家が欲しいなぁ」

 なんて馬鹿な妄想をしていたら、3時のチャイムがなった。

 普段ならば授業終わりのチャイムなのだが、球技大会の今日はこれが一日終了のチャイムとなる。

もう用もなくなったので図書館を後にして、ゆっくりと下駄箱に向かう。





 校舎には生徒もほとんど残っておらず、外を見ると帰っていく生徒たちが見える。球技大会もすべて終わったようで、みんな学校から去ろうとしているようだ。

ほとんどの生徒達が着替えるのが面倒くさいのか、制服を詰めたバックを持ち体操着のまま帰っていく。

 俺も今日は家から体操着のまま来たので持っているのはバッグのみ。バッグにはナイフを入れてきただけだった。そのナイフも久宝さんに渡してしまったから中身はカラだ。

そんなカラのバックを持って帰っても邪魔なので、俺はバックを下駄箱に突っ込んで手ぶらで帰ることにする。


 昇降口から校舎を出て校門に向かってみたが、帰宅の生徒がたくさん通学路に向かって行くのが見える。

「混んでるか。ダラダラ歩くのはこっちも同じだけど、人混みはなんだかうっとおしいな」

人混みを避るため校庭の方に出て、グラウンドを抜けた裏門から帰ることにする。


 裏門からだと駅までちょっと遠回りになるので比較的、道が空いている。

駅までは直線ルートではなく川沿いのルートになるため、一度、東側の葛西駅方面に向かい大通りを出て、それを・・・と、考えながら道を歩いていると、前から来る2人組が目に入った。

 1人は130センチぐらいの背の低い銀髪の少女。もう1人は2メートル近い褐色のはちきれんばかりのナイスボディの大女。

「あれ?あの2人は・・・」

 忘れもしない昨日の2人組だ。こちらに向かって歩いてくる。

「まさか俺を追って?ここまで来たのか?・・・ヤバい」

 馬鹿な石塚の口癖がうつってきたか?とにかく今来た道を戻り学校に向かう。

2人組も俺を捕捉したようで、学校に向かって歩いてくる。

 急いで校庭を突っ切って校舎に向かうと、2人も俺の後を追って裏門から堂々と校庭に入ってくるではないか。

「なんだよ!平気で学校に入ってきたぞ。普通じゃない・・・」

 校庭にはまだ片付けをしている生徒がちらほら居るが、おかしなことに誰も2人の部外者の侵入に反応しない。こんなに目立つ外人の2人組が陸上トラックを横切り、バレーボールのコート内を歩いてくるのに誰1人見ようとしない。

おかしい。誰も気がついてない・・・?

「なんで?」

 そういえば昨日もあんだけ車にぶつかったり、跳ね飛ばしたりしていたのに誰も気がついてなかったように見えたしな。どういうことだ?


 足早に校舎に向かって逃げていると、なんだか空が暗くなり始めた。

 そして異変が起こる。校庭の地面からいきなり成熟した木が生え始める。

それは亜熱帯で生息する幹の太いヤシの木とかマングローブとか、とにかくそういうジャングルの木。

それが一本ではなく次々と何本も地面から生えてくる・・・いや成熟した木が突き出てくるという感じだ。


「どういうこと?何が起きているんだ?」


 なおも木々は増えていき校庭がジャングルになろうとしている。

何かとてつもなく異常なことが目の前で起こっているのは確かだ。とにかく校庭がジャングルになる前に校舎に逃げ込むしかない。

 すると木々の奥から大女が早足でこちらに向かってくるが見えた。

昨日の大女の俊足を思い出し、ヤバいと思って全速力で校舎に向かって走り出す。

 建物の中に逃げこめば何とかなるのではないかと思い懸命に走る。もし途中で捕まれば、昨日のあの怪力で吹き飛ばされて殺されるに違いない。


大丈夫だ。距離はあったから断然こっちの方が早く着くはず・・・だが、次第に大女の足音が聞こえ始め、後ろから物凄い勢いで迫ってくるのを感じる。昔サッカーでドリブルしている時に感じた敵のプレッシャーと同じだ。

振り返って確認したいけど、その途端に掴まれそうな気がして怖い。

 そんな恐怖心と戦いながら必死に校舎に逃げ込み、昇降口の重い強化ガラスの扉を閉める。すると今、追いつかれたのを知った。


 閉まりかけたガラス扉が途中で止まり、大女が扉を掴み無造作に手前に引き、金具もろとも毟り取ったからだ。

「うっそー!扉が、もげた・・・」

 そして大女は毟り取った扉を後ろに放り投げ、校舎内に一歩入ると今度は下駄箱を鷲掴みにして逃げている俺に向かって軽く投げて寄こす。

玄関の中を、縦1.8メートルx横3メートルの大きな下駄箱が軽々と俺に向かって飛んできた。

 いや軽く飛んでくるように見えるけど本当に軽いわけじゃない。

なんせ靴が満杯に入った木の塊だ。重さはゆうに200キロはあるはずだ。

 木の塊がぐんぐんと俺に近づいてくる。

ヤバい、逃げきれない、潰されるっ!思わず頭を抱えて倒れこむ。

まるでスローモーションの様に200キロの下駄箱が俺を下敷きにしようと覆いかぶさってくる。


「・・・・あれ?ならない?・・・つぶれてない。なんで?」

 何故か下駄箱が倒れこんだ俺のすぐ後ろの空間に浮かんでいるではないか。

「時間が・・・止まった?」

 いや違う、俺と下駄箱の間に何か空気の壁というかクッションのようなものが置かれ、潰されるのを免れているようだ。

「なに、ぼーっとしてるのよ。早く逃げなさい!」

 横から久宝さんの声がして、はっと我に返る。

何故か久宝さんが廊下にいて、自分のほうに逃げるよう指さしてくれている。

何がなんだか解らないけれど、俺が下駄箱に潰されずにいるこの状況を作り出してくれているのは久宝さんのようだ。そして大女がこちらに来ようとしてるのも止めてくれているようだった。


「あ、ありがとう」

「お礼なんか言ってる場合じゃないわ。早く逃げて!」

 急いで立ち上がり、玄関口から校舎の廊下へと逃げる。そこに久宝さんが並走してきて質問してくる。

「どうしたの?これはどういう事なの?」

「すみません。わからないんです。なんでか昨日から俺を殺そうと襲ってくるんです」

「なにかが学校に侵入してくるのを感じて、校庭を見たらサトジュンが彼女たちに追われているのが見えたのよ。・・・それで今、襲ってきてる2人は何物なの?」

「あいつらがさっき渡したナイフの持ち主で、昨日、あのナイフで俺の腹を刺して俺を殺そうと・・・」

「伏せて・・・!」

 久宝さんに言われるがまま廊下に伏せると、バチバチっという音が聞こえて、廊下の天井からガラスが降ってくる。廊下を電気が走って、あまりの電圧に耐え切れず蛍光灯が破裂したようだ。

 立ち上がって振り返ると、廊下の中央に人形のような銀髪の少女が立っている。

「女の子?電気?超能力ってことかしら?」

 久宝さんは立ちはだかるように少女を睨み付ける。すると少女は昨日と同じようになまりのないアクセントもしっかりした日本語で喋り出す。

「風の能力者と聞いていたから警戒していたけれど大気を使うだけのようね。大したことなさそう」

 少女は俺の方を指さすとニッコリと微笑み

「今日は逃がさないわ。死んでね」

 と、顔に似合わず物騒なことを言いだす。


 次の瞬間、少女の指先が一瞬光った。

 久宝さんが手を広げ、何かを向こう側に張ると少女が放った光がはじけて飛び、側面の窓ガラスが数枚割れて外に向かってすっ飛んでいく。

「凄いパワーだわ、軌道をそらすので精一杯。壁を、軽く貫通したわ・・・」


「一応は抵抗するようね。じゃあ次はこれね」

 銀髪の少女が今度は手を広げる。広げた手の間に光る電子の粒のような物がいくつも生まれる。

 少女は微笑むとこちらに向かって放ち、電子の粒がマシンガンの弾のように俺たちに襲いかかってくる。

久宝さんの眉間に筋が入り、真剣な表情になる。

 深く息を吐きながら手をかざすと風の音が聞こえ始める。そして手を振るとシャボン玉が張られたように一瞬、目の前が揺れた。

すると透明な何かが張られ、俺たちに向かってきていた電子の粒が途中の空間でせき止められ空中で花火のように破裂して消えていく。


「すごい。せき止めてる」

 どうやら少女と俺たちの間に透明な壁を作ったみたいだ。

「防御層、空気の壁。地味だけど強力よ」

「すげー、久宝さんって超能力者?」

「違うわよ。私のは気功のようなもの。空気の波動や壁を作り出すぐらいしかできないわ。彼女たちの力こそ超能力よ」


 銀髪の少女がきょとんと防御層を見つめ、

「なにこれ?初めて見たわ。空気の密度ということ?変なの」

 少女は中間にある空気の壁に触り、何かわかったようにひとつうなずくと両手の平を合わせてから40センチぐらい開く。

すると、丸い黒い雲の塊のようなものが出来てくる。

その塊は丸く固い球のようになり、その中や外に電磁がチリチリと走り回るハンドボールくらいの球体へと形を変えていく。

 今度はマシンガンのような小さな弾ではなく、でかい弾に変えて飛ばそうとしているようだ。

「あれはまずい感じね。さすがに破られそうだわ。逃げて!」

 言われなくても逃げます。はい。


 音が変わりバリバリと周りを振動させながらそのハンドボール状の球が少女の手を離れて飛んでくる。

 そして久宝さんが作った空気の壁に当たり炸裂したかと思うと、今度は球体の中から小さい野球のボールぐらいの弾が飛び出してきて空気の壁を突き抜け俺たちに向かって真っ直ぐ飛んでくる。

「うっひょー。2段ロケットかよ?」

 俺たちのいる場所は一直線の廊下なので曲がって避ける事もできず、2人でしゃがんでなんとかやり過ごす。すると弾はそのまま真っ直ぐ突き進み廊下の一番奥の壁に当たり爆発した。

 壁が吹き飛び、外の景色、塀の脇に並ぶ銀杏並木が見える。


「すっげぇー強烈。爆弾並の破壊力だぜ。普通じゃない」

 再び久宝さんが先程と同じ空気の壁を作っていくが、今度は念入りに2枚重ねにしたようだ。

「今度はそう簡単に通さないわよ」

 と、向こうを見るとはいつの間にか少女の後ろに大女が立っていた。

そして選手交代といった感じで大女がゆっくりと前に出てこちらに向かってくる。


「きたー!あいつは怪力の化け物です。昨日、車に生身で当たっても平気でした。さっき下駄箱を投げたのもあいつです!」

「見てたわよ。軽々と投げたところをね」

 銀髪の少女は微笑み、大女に触れると分かったとうい感じに大女の身体が変化を始める。

 大女の身体が次第に膨らんでいき、腕が伸び足の太さが倍になり、首や肩も筋肉が膨らみ出し、肢体が一回り大きくなってボディビルダーのように身体になっていく。

「凄い・・・。変身してる」

 手が大きくなり、鋭い爪が出てくる。耳が大きく尖り、目も口も上に引きつられて凄みのある顔に変化していく。

身体に斑点模様が浮かび上がり、左の頬に特徴的な大きな斑点が現れる。ジャガーの斑紋のようだ。


「狼女?いいえ、豹女ということかしら?・・・獣人という事なのね?」

 大女は久宝さんが作った空気の壁を手で触って確認するが、玄関口の時と同じ様に前に進めないようだ。しかし次の瞬間、隣の教室の壁をぶち破り中へ消えていった。

「なるほど、前に進むだけが作戦じゃないようね」

「感心してる場合かよ」

「これじゃどこから来るか判らないから壁が張り切れない。逃げて」

「・・・了解っ!」

 そして教室を突き抜けて、空気の壁を越えたあたりで廊下に戻ってきた大女はすぐさま俺たちに襲いかかってくる。

「掌底波っ!」

 まるでヒーローものの戦闘アクションの様に声に出して手のひらを突出し、空気の衝撃波撃つ。

衝撃波が直撃して大女が数メートルふっ飛ばされた。

「サトジュン。今のうちに!」

 その声に反応して俺は唯一の逃げ場である目の前の階段を駆け上がった。


 階段を上がり2階へと出る。

このまま2階の廊下を駆け抜け西校舎から南校舎に出れば、1階で戦う彼女たちの上を通り抜けられるはず・・・・と走りだそうとしたら、前方の廊下の中間辺りの窓ガラスが突然派手な音を立てて砕け散った。

 廊下に入りかかっていた俺は、慌てて立ち止まって一歩下がる。

すると割れたガラス窓から鋭い爪の大きな手が出てくる。呆然と見ていると大女の顔が現れてこっちを見てニヤリと笑った。

 なんと大女は校舎の外を伝って窓から2階の廊下に上がってきたのだ。


「うわー、もうダメだ。通り抜けられない・・・」

 大女に廊下に入られてしまうとダッシュでは絶対に勝てっこない。廊下を渡って南校舎に行く案は中止である。

 俺は慌てて階段に戻ってみるが、階下では久宝さんが追い込まれてジリジリと2階に上がって来ている。

「下は私が食い止めるから。上にあがって」

「でもこっちには・・・」

 2階の廊下を振り返ると大女が窓を破って体を入れてくるのが見える。

下の階からはバチバチッと音が聞こえてきて、久宝さんが応戦しているようだ。

行き場がない。仕方なく押し上げられるように階段を上に登って行くしかなかった。





 とうとう屋上に上がって来てしまったのだが、俺はどうすればいいのだろう。

「これって、もしかしたら逃げ場なしってことじゃ・・・?」

 と考えていると、案の定、屋上の手すりに大きな手が付き大女も屋上に上がってくる。校舎の外壁をボルダリングのように登ってきたようだ。

 凄い、完全に化け物だ。建物の壁を伝って上がってくるキングコングみたい。

よく見ると化け物女はまた一回り大きくなっている。

 腕や足、身体が伸びて、数倍に膨らみ(身長2メートル超)、牙が生え、首が伸び、目が光り、さらに獣の豹に似た顔つきになっている。

 化け物女は俺の方を向いてニヤリと笑う。顔は綺麗だけど笑うと牙が見えて怖い。

「あんた面白いよ。サッカーのフェイントだったね。だけどもう無理だよ。同じ技は通用しないからそのつもりで。それともこんな狭い屋上でまだ逃げられる技を持っているなら別だけどね」


 化け物女はゆっくりと右腕を上にあげてから後ろに引き、

「さあ行くよ。うまく逃げるんだよ」

 と言うと、俺に近づき勢いよく振り下ろすつもりようだ。

 この化け物女も綺麗な日本語を使う。日本語はいつから世界共通語になったんだ?

もしかしたらアニメオタクで日本語覚えたとか?なんてくだらないことを考えていたら、突然、何処からか少年の声がした。


「右に逃げろ!」

 と、化け物女の攻撃から逃げるように指示をしてくれた。が、動転して体が動かない。

「駄目。無理・・・」と思っていると突風が吹き、なんだかわからないうちに10メートルくらい横に飛んで空中を浮遊、化け物女の攻撃から逃れていた。

「何?何?どうなってんの?」

 空中を飛びながら辺りを見渡すと、俺と同じ学校の制服を来た男子生徒が俺の首根っこを掴かみ、ジャンプしてくれたのだと判った。


 化け物女が振りかぶって下ろしたパンチは行き場を失い屋上の床を砕く。

まるで爆発したみたいに床が砕け散り破片が飛び散る。

その破片の一部、コンクリート片が偶然にも離れて逃げている俺の頬に「ボコ!」と、ジャストミート。

 痛い、もろに食らった。まるでパンチで殴られたような衝撃。うわー、すげぇ痛い。

「凄いパワーだなぁ」

 淡々と俺の隣の男子生徒が言うので、頬を抑えながら化け物女の殴った跡を見た。すると、そこには50センチ四方の穴が開いている・・・・。

 おい冗談じゃねぇぞ。あんなパンチくらったら俺もこのコンクリートみたいに粉々にされるぞ。


「仲間を呼んだのかい?ならば一緒に死んでもらおうか」

 化け物女は俺たちを見つめて、再びダッシュをしてくる。今日は昨日より数段早い。

あまりの早さに一瞬で間をつめられ、腕が振り下ろされる。

「ヤバい!殴られる!死ぬ!」と思った瞬間、今度は腕を掴まれてまた10メートル、いや20メートルほど男子生徒に引きずられる様にして後方に飛んだ。

「へ?飛んだ?」

 俺たちは飛んで、化け物女から少し離れた貯水タンクの上に立っていた。

すると化け物女は再び目標を失い、さっきまで俺たちの後ろにあったエアコンの冷却器に激突する。冷却ラジエーター部分がまるでブルドーザーでも使ったかのように壁までゴッソリと押しやられる。凄まじい破壊力。


 化け物女が見上げて、タンクの上に立つ俺たちに言う。

「風使いか」

 俺を助けた男子生徒はぺこりとお辞儀をするとにこりと笑った。そして、親指と人差し指を擦って弾く。

すると指先に小さな竜巻がいくつも生まれて手裏剣のように化け物女へと向かって飛んでいく。

 化け物女は素早く反応して1発目は顔を横にずらして避け、2発目以降はまとめて左手で防御して弾き飛ばす。

「そうかおまえか。・・・・おまえがサトウジュンイチだということか」

 化け物女が謎の男子生徒を指さすと彼は無言で頷いた。

へ?佐藤準一?・・・それは俺の名前だけど。

「ヘイ!どうしたんだい?怖くて喋れなくなっちまったのかい、坊や?」

 彼はにっこり微笑むとボーイソプラノの可愛い声で答えた。

「そうです。僕がサトウジュンイチです」

「え、サトウジュンイチ?佐藤準一っておれ!」

 それは間違いなく俺の名前。しかし謎の男子生徒は

「僕もサトウジュンイチ、隣のクラスのサトウジュンイチです」

 と自分を指差す。

「ああ!そういえば2学期に字が違うけど同じ名前の奴が転校してきたとか噂になってたな、正月休みですっかり忘れてた。それが君か?」

「そう、それが僕です。どうも初めまして」

 身長が165センチぐらい、俺よりも一回り小柄な彼は丸いメガネをかけているせいか、幼く見えてどうも同級生とは思えない、少年のあどけなさを残している。

笑うと八重歯見えて、引き込まれるような可愛さを感じさせる。

「え、じゃあ何?俺はお前と間違われて襲われたってこと?そういうこと?」

「まぁ、そうなりますね」

 申し訳なさそうにそう言うと腕を振り、空間から透明なソフトボール状の塊を投げて改めて攻撃を仕掛ける。


化け物女は攻撃を素手で弾く、すると怒りのためか体の斑紋が更に強く濃く浮き上がってきた。

「どうやらそれはジャガーの紋章のようですね。では、貴方はマルシアさんですね?」

「オッケー。よくわかったね。私の名前が」

「美人で凶暴なジャガー女といえば、知らない人はいませんよ。ということは下にいるのはメリサデスさんですか。・・・これは非常にまずいですね。すみません、ここは逃げますよ」

 そう言うと腕を振りストレートに5発、右に3発、左に3発。大量に竜巻の手裏剣を撃ちまくる。

竜巻は弧を描くように化け物女の元に向かって飛んでいく。

 化け物女は避けたり手で弾いたり防戦していたが数発避けきれずに体を掠めている。その内一つが頬を掠り血がダラダラっと流れだした。


おお~美女の顔から血が滴るって、なかなか迫力あるな。なんて思っていると

「じゃあ、逃げさせてもらいますね」

 謎の男子学生であるもう1人のサトウジュンイチに引きずられ貯水タンクから校舎の無い空間に向かって

「飛びますよ」

 と、俺も一緒に引っ張って連れて行かれる。


「え?待って。ここ5階だよ!落ちたら死ぬって!」

 そう言って抵抗してみるが、引きずられたまま屋上の貯水タンクからダイブ。

「うわー!5階の屋上から飛び降りるんなんて・・・駄目だ!死ぬっ!」

 屋上からーーーそんなの無理だってーーー。

「無理ーーー!!・・・・って、あれ?」

 なんと空を飛んでいる?

いや、緩やかに落下しているようだ。ゆるやかに。非常にゆるやかに。

まるでハングライダーのように滑るようにゆっくりと落ちていく。眼下の町並みを見降ろしながらゆっくりと落下していく。

「なんだこれ?夢か?俺は夢を見ているのか?」

 高所恐怖症ではないが、こんな急展開に気持ちもついていけず、楽しく空中浮遊を味わうなんて事は出来ない。体に震えがくる。

彼が引っ張ってくれている力と俺がしがみ付く力で、自分の体重を保持しなければならないのだから結構な力が必要になる。

地面に到達するまで、まだまだ時間がかかりそうなので気が抜けない。

 しがみ付く手に汗が滲み、ずるっと滑るたびにジェットコースターで急降下する時のようにきゅっとお尻の穴が閉まる。


 その間、マルシアと呼ばれた化け物女がこちらを見ている。

こちらの動向次第では同じようにダイブしようかと考えているようだ。

向こうも屋上から飛ぶつもりか?無理だろ。いや化け物だからできるのか?

彼は見られていることを察してか、ドンドン学校から離れていってくれている。


 通りを越え、道路を超えて、もう1人のサトウジュンイチにつかまったまま、今は車が出払っている運送会社の広い駐車場に下りる。

そして地面間際で逆噴射をするように、更にスピードが落ちて柔らかく着地する。


 俺は地面に着いた拍子にふらふらと歩き出しそうになったが、再び襟首を引っ張られ、

「駄目ですよ、まだ離れちゃ。もう一度飛びます。つかまっていてください」

言われるがまま、今度はサトウジュンイチの肩につかまり再び離陸。また空中に上がっていく。


 再び20メートルほど飛んで着地、するとまた20メートルくらい飛ぶ。バッタの様に跳ねる感じだが走っても簡単には稼げないほどの距離を瞬く間に移動している。

 川を跳び越し、民家を飛び越え、学校から遠く離れ、完全に陸路からの追跡が不可能になっただろう。


そして他人の目が増える駅の近くまでくると完全に着地した。

もう駅まで目と鼻の先。ここまで来れば逃げ切れたのだろう。

とりあえず、昨日から襲われ続けた外人の超能力少女と化け物女から殺されずに逃げ切れたことで、どっと安心して身体から力が抜けていく。


「大丈夫ですか?」

 と彼に言われて、何かを返そうとしても言葉にならず、荒い息でただ頷く事しか出来なかった。

 その瞬間、今更ながらにとても大事なことを思い出した。

「あっ!久宝さんはどうなったかな?」

 しかし今更、戻れない。・・・いや、あんな奴らの居る所に戻りたくもない。

どうか久宝さんご無事で、と祈るしかなかった。


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