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芝居

多田野以外の乗組員の不安を乗せたまま、第13艦隊は、悠然と敵に近づいていた。

「司令。まさか、本当に敵艦隊とやり合うつもりですか?自殺行為です。至急退避命令を。」

 痺れを切らした日野が大声で懇願する。

「アヤセ、ミズホの両艦及び他の艦長からも『命令ノ意図ヲ問フ』との通信。」

 楢橋もまた不安そうな声で、僚艦の声を伝える。

「司令。御説明を。」

 彰子が多田野の真意を汲み取ろうとまっすぐに見つめた。その黒い瞳に見つめられ、少したじろいだ多田野はゆっくりと前を向いて、全員に聞こえるように話し始めた。

「今、この艦隊が反転すれば、敵の別働隊に一当てして離脱することは容易い。まるで、こちらに逃げろと言っているようなものだ。」

「つまり、敵の目的は撃破ではなく、当海域から我が艦隊を撤退させる事。司令は基地に何かあると考えている。」

「そう。しかし、ここからでは偵察機は基地まで届かないし、敵制海権内で偵察機を収容することは避けたい。」

「我々の目で直に確認する必要があると。軍令部はこの動きを見越して、我が艦隊に命令を出したということでしょうか。しかし、敵戦力は想定を超えています。撤退もやむなしかと。」

「観測所にしか過ぎない敵基地にここまでの艦隊がいた。敵が逃すと思うか。」

耐えかねた日野が前方に迫る敵艦を凝視しながら、話に割り込んだ。

「お言葉ですが、司令、後方の艦隊は小規模です。当艦隊の速力をもって反転し突破すれば…。」

それはダメねと言ったのは彰子だった。彰子の思考は完全に多田野に追いついていた。

「我々は後方の艦隊に気付かなかった。それから、本隊と別働隊の不自然な戦力差。敵は、この辺りの小島を拠点に別働隊を何層にもおいてる可能性がある。」

「艦長。証拠を残さず、敵を葬るにはどうする。」

「ある程度、敵の戦力が弱まったのを見て、雷撃させますかね。確実に沈める必要がありますし、沈没した艦の生き残りを捕虜にする必要もあります。」

「砲戦が始まったら、頃合いを見て、煙幕を張り、深度最浅、信管を目一杯敏感にした魚雷を撃つ。確認しに来た敵駆逐艦を一気に撃破しようと思う。」

「煙幕を張ったが、運悪く砲撃が命中したと誤認させる…。」

ようやく艦橋に生気が戻り、楢橋がすぐに各艦に打電を完了した旨を伝える。

「距離20000。敵艦発砲。」

 遠雷のような音が聞こえ、艦橋に楢橋の冷静な声が響く。

 敵の初弾は艦のはるか手前に落ちたが、南郷はジグザグ航行を開始。多田野は椅子の肘掛けを少し強めに掴んだ。

「各艦、射程に入り次第、任意の照準を許可。撃て。」

 多田野の命令にアサマの20.3㎝連装砲が火を吹く。

 網を絞るかのように徐々に敵の砲撃が近くなる。

 敵との距離が15000になったところで、アヤセともう一隻の軽巡が砲撃に参加。敵方も軽巡2隻が砲戦に参加した。

「距離、10000切ります。」

 多田野は頃合いだと思った。

「煙幕散布。全艦、射撃中止。魚雷発射。発射後、再装填急げ。」

 砲雷長が懐中時計で魚雷の到達地点を計る。

 程なくして、煙幕の中に多数の爆発を伴う水柱が立った。

「魚雷多数爆発。距離900~1100。」

「偵察機より『敵、駆逐艦分離。突入する模様』との事。」

 どうやら、うまく誤認させられたようだった。

 多田野の思惑通り、敵は今の間に距離を詰め、煙幕の晴れ間を狙って、止めの雷撃をするつもりらしい。

「煙幕散布止め。回頭。敵艦に丁字を描く。砲撃開始。盲撃ちで構わないので、弾幕を張れ。各艦、煙幕の切れ間を狙って任意に魚雷発射。」

 多田野の号令に艦橋は歓喜の声に包まれる。流れが変わったのを多田野は感じた。

 一方、完全に作戦が終了したと思い込み、のうのうとやってきた敵の駆逐艦隊は、突然、濃厚になった至近距離での重巡と軽巡を中心とした弾幕になすすべも無く討ち取られていったが、残りの敵艦がさっと引いていくのを見て、多田野は大したものだと思った。

「敵艦隊、撤退していきます。」

楢橋のホッとしたような声に艦橋が沸いた。

 とりあえず、危機は脱したと多田野は肩の力を抜くと、肘掛けを掴んでいた手がじんじんと痺れていた。

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