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初陣

 彰子とともに急いで、艦橋に上がると、副長を務める日野洋一中佐以下艦橋要員が敬礼し多田野を迎えた。

 多田野は少し緊張した面持ちで答礼すると、訓練航海でまだ、数回しか座ったことのない艦橋最後部の司令官席に腰掛けた。

「司令。全艦出港準備完了しています。」

 彰子が多田野の右隣に立って準備完了を告げ、ようやく、名前を覚えたばかりの艦橋要員達が、一斉に振り返り、いつでもという顔で多田野を見た。

「これより、第13艦隊、出撃する。」

 多田野の号令一下、アサマ以下第13艦隊は初めての戦場へと出港した。

 戦争など嘘のように海は穏やかに太陽の暖かな光を浴びてきらめいている。

「にしても、何でこんな海域に出撃なんですかね。艦長。」

 日野が前方の監視をしながら、彰子に声を掛けた。

 日野は、多田野と彰子の二人とは親子ほど年が離れており、階級では下であるものの、少し砕けた口調で接している。

 年齢差を考えれば、自然な事もあり、艦に溶け込む為に多田野があえてお願いしていた。他の艦隊と大きく異なって、かなり打ち解けたものになっていた。

「日野さん。あえて、主戦場から遠い、ここの海域にプレッシャーをかけることでアメリアの戦力を輸送船団にも分散させようという作戦じゃないかしら。」

「こんな所、偵察しても大したプレッシャーにはならないと思うんですけどねぇ。もし、プレッシャーをかけるなら、ウィール島の資源集積港とか、モロ島の軍港とか、いろいろありますよ。」

「間もなく作戦海域です。」

 艦隊勤務一筋のベテラン航海士である航海長の南郷一郎大尉がそう声をかける。親方気質の無口な男であった。

「それでは、総員第一戦闘配備。」

 多田野の号令に艦橋が一気に静かになり、空気が緊張する。

 多田野は海戦の手順を頭の中で復習した。遭遇する敵性艦は少数の護衛を連れた輸送船団ぐらいと見ていた多田野は、僚艦の練度の確認とばかり特に複雑な作戦を指示していない。

 彰子が多田野の命令を復唱し、必要な号令をかける。

 程なく、偵察機が敵艦隊を補足したとの通信が入り、彰子以外で唯一の女性艦橋要員である楢橋沙都子通信長が読み上げる。

「偵察機より、本艦前方、距離35000に敵艦隊。重巡3、軽巡4、駆逐艦、その他補助艦艇多数。間もなく視認できます。」

 艦橋が少しだけどよめく。補足された艦隊は多田野の予想を大きく越えた完全な攻撃艦隊だった。

「司令。予想外の敵戦力です。」

 多田野の耳元で声を落としてそう言った彰子の顔も少しだけひきつっていた。

 待ちぶせされたのは、こちらのほうかと多田野は思ったが、と同時に初めての実戦で予想外の敵戦力と遭遇したというのに、自分があまり恐怖もなく落ち着いていられることに驚いていた。

 多田野は作戦前に彰子が淹れてくれたコーヒーを一口啜った。

「駆逐艦ミナセより入電。艦隊後方に重巡1軽巡1駆逐艦2の小規模艦隊。別働隊と思われます。距離25000。挟まれました。」

 楢橋が裏返りそうになりながら、報告する。

 どうするのかと艦橋の全員が多田野と彰子を交互に見ていた。

「ミズホより入電。『命令乞フ。煙幕ノ使用許可願フ。』です。」

 歴戦の猿渡は、突然の敵艦隊の出現で、混乱していると考え、多田野に命令を仰ぐとともに、暗に煙幕を使用しての戦場からの離脱を指示していた。

 しかし、多田野はその猿渡の考えが読めるほど落ち着いていた。

「司令。挟撃されます。猿渡艦長の言うとおり煙幕を張って退避すべきです。」

 彰子はまた、耳元でそう進言した。その声は先ほどより、緊迫したものだったが、多田野は敵の意図は何かという一点を考えていた。

 セオリー的には、彰子や猿渡の言う通り、戦力の薄い後方の艦隊を抜け、離脱を考えるべきである。

 しかし、多田野はいままで、別働隊に気が付かなかった事とまるで後方に誘っているかのような敵の動きが気になっていた。

 いくら挟撃出来る様に別働隊を配置してたとしても、今、第13艦隊が反転すれば、別働隊の運命は決まっている。敵が彰子の言うとおりに挟撃したいなら、本隊からもう少し別働隊に回した方が成功率は格段に高まる。

「何を迷っていられるのですか。このままでは、敵の思う壺です。」

 と、彰子の声が少しだけ大きくなる。

 思う壺。

 多田野は敵の意図が分かった気がした。多田野は、確認のために砲雷長を務める金沢茂大尉に話しかける。

「金沢砲雷長。魚雷の信管を目一杯敏感にしたら、どうなる。」

「はっ。敵に当たるどころが、本艦のすぐ近く1000くらいで爆発してしまうかと思いますが。」

 急に話しかけられた金沢は驚きながらもはっきりとそう答えた。

 多田野は自らの策に確かな自信をもって、彰子を通さなくても伝わるように声を張り上げた。

「全艦に打電。目標前方艦隊、砲戦用意。我に続け。」

 命令を復唱し、戦闘準備に入る乗組員達が僅かに震えるのが見えた。

 この馬鹿な司令を止めろとばかり、艦橋要員の視線を集めた彰子は、ただ静かに多田野を見ていた。



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