基地
停泊中とはいえ、練習艦以来の船の揺れに慣れない多田野は案内の者がついた手前、転ばぬようにかなりゆっくりと歩いて、第13艦隊の旗艦となる重巡アサマの司令私室と二間続きになっている執務室に入った。
司令とはいえ、遠藤のように陸上に基地を持たない多田野にとって、今日から、この艦が基地となる。
多田野は自らの居城となる部屋を見回し、小さい書き物机、洗面台まであり、私室となる奥の部屋には、簡素だが寝心地の良さそうなベットにクローゼット、簡単なキッチンにシャワールームまでついて居住性は案外良さそうだと少し安心した。
ドアがノックされ、彰子の声がした。
「失礼いたします。司令。神城です。」
司令という呼称にまだ、こそばゆさを感じながら、多田野はドアをあけた。
彰子の左脇にツインテールの可愛らしい少女が隠れるよう立っている。ツインテールの少女は軍服を着ているということは18才にはなっているはずだったが、まだ、学生だといっても通じるような幼い顔立ちをしていた。
「申し訳ありません。こちらは井上麻里奈伍長です。司令の従卒としてお使いください。」
彰子は申し訳無さそうに頭を下げた。扶桑帝国海軍において、副官や従卒は同性が務めるのが慣例となっていた。
「人員配置で、なにか問題が。」
「遠藤司令の仰ったように人員不足により、副官を務められる階級の者は皆、各部署の責任者を務めておりまして、艦の運営ギリギリの人数しか…。僅かな補充兵も昨今の女性進出運動の高まりで女性ばかりでして…。作戦参謀も軽巡と当艦隊最先任の駆逐艦の艦長二人が兼任。規定上、参謀長は空位となり、議事の作成などは旗艦艦長である私に一任されました。」
「そうか。しかし、旗艦艦長の神城大佐はわかるが、他の参謀が兼任というのは…。それで、軍令部は納得してるのか。」
通常、旗艦艦長や戦隊指揮官などの重要な役職にある艦長は参謀を兼任するが、専任参謀が置かれないということはなかった。
「はい。この人事はすでに軍令部に報告されています。また、二人の艦長の話だと遠藤司令は何度か軍令部に参謀クラスの派遣を求めたようですが、断られたと。」
「異例中の異例ではあるが、軍令部が黙認している以上、状況は変わらないだろうな。」
「アメリアとの緊張の高まりを受け、どの艦隊でも我々ほどではありませんが、人員不足かと。元々、このところ、軍の定数は削減傾向にありましたから。」
多田野は井上が不安そうにこちらを見て、話の行方を見守っているのに気がついた。
「自分は気にしないが、井上伍長は構わないか。」
「はい。司令のお役に立てるよう努力します。」
彰子が、ほっとしたように井上に向かい頷き、顔が明るくなった井上のツインテールが少し揺れた。
「司令。甲板上に当艦の全乗組員と他の艦長以下主だったものを集めました。着任の挨拶をお願いいたします。」
「もう集めたのか。」
多田野は仕事が出来る部下を持ったことを嬉しく思いながらも、早速、司令という仕事に面倒臭さを感じ始めていた。