雑談
予想外の戦闘を経てレブ島に戻った第13艦隊は、戦闘に関する一切の緘口令とともに2日間の休暇を許された。
軍全体が戦時体制となった今、最後の休暇である事は明らかで、乗組員達は束の間の平穏な日々を謳歌しようと足早に街に消えていった。
一方、レブ島に家族も知り合いもなく、平生から休日は家で過ごす派の多田野は楽しげに出かけていった井上を見送ると、特にすることもないまま、艦に残り、のんびりと新聞を読んでいた。多田野はまだ第13艦隊司令となって2週間と経ってはいない。しかし、新聞特有の薄い紙の擦れる音にインクの匂いがひどく懐かしい気がした。
『扶桑海にて大海戦、第六艦隊勇戦。ーさるべにあ号、非業の沈没。帝国政府、アメリアに宣戦を布告す―』
新聞は、アメリアに宣戦布告し戦争状態になったことを一面で報じ、第六艦隊の艦船が沈没したさるべにあ号の乗客を救助している挿絵までつけて、大義ある戦争に勝利をと勇ましく書き立てていた。
世界大戦を経験してなお国民は戦争に向かっているんだなと多田野はどこか他人事のように考えた。
ふと、ドアがノックされる音が多田野を止めた。彰子だった。
「司令。メリルさんたちの処理は終わりました。軍属としてではありますが、晴れて当艦隊に配属されます。アメリアの軍人は本土の捕虜収容所へ移送されるべく、憲兵に引き渡しました。」
「休暇前に悪かったね。配属先に希望は。」
「いえ、問題ありません。配属先についてですが、海軍情報局から各艦隊に従軍記者を作るようにとの通達が来まして、それに便乗する形が良いかと。本人達の意志も確認済みです。」
と彰子は詳細に造られた経歴書と辞令を差し出した。
必要な物は多田野の署名だけだった。
「そうか。助かったよ。今日から2日は休息だ。大佐も遠慮せず、休暇をとってくれて構わないよ。」
彰子は少し照れたように笑った。
「ありがとうございます。しかし、司令が残っていらっしゃるのは艦に指揮を執れる者を残すというお考えなのではありませんか。幸いにも他の乗組員と違い、私は島に家族や友人はおりませんので。どうぞ司令は陸に。」
彰子の答えは、高位の軍人としては理想的な考えからなるものだった。
多田野は自分の引きこもり根性を反省した。
彰子の長い髪が誇らしげに揺れる。
「僕も島のこと知らないし。あまり、出歩く質でもないから。」
彰子は、私と同じですねと口元を押えて笑った。
「私も基本、休みは家でゴロゴロとしてました。今回も本でも読む程度でしょう。だからお気になさらずに。」
多田野は初めて彰子の笑った顔を見た気がした。
「大佐がゴロゴロというのは思いもよらないな。」
多田野は椅子を勧めた。嫌がるかとも思ったが、彰子は笑みを浮かべてそれではと腰掛けた。多田野は私がやると言う彰子を制して、二人分の紅茶を淹れた。
「ありがとうございます。司令と任務以外の話をするのは初めてですね。」
彰子は箝口令に関わる内容には一切触れないと暗に言った。
多田野もまた、当たり障りない話題を選ぶ。
「艦隊はどうかな。」
「はい。おかげ様で。新設艦隊ですから、いろいろ忙しいですが、雰囲気も良いですし。」
訓練計画や人事案など艦隊の実質上の運営はすべて彰子と猿渡に任せていた。
「訓練計画とか今回の亡命事件とか僕が大佐や猿渡大佐に丸投げしてるからだよね。」
「いえ、参謀としては当然の職務ですから。それに裁可が早くて助かります。」
「事務処理ぐらいは頑張らないと。」
「艦橋での自由な発言もお許しになり、乗組員達には親しみやすいと評判も良いようです。」
多田野の頭には真っ先に日野の顔が浮かんだ。
確かに緊張感がないと怒られるのだろうが、多田野にとっては、逆に緊張がほぐれて良いと思うほどだった。
「あのくらいは、息抜きでしょ。それに若輩の余所者がえばってもね。」
「副長の発言は私には少し自由すぎるような気もしますが。それでも、そういうのがわかる司令は多くないので、貴重だと思います。」
「そんなもんかな。他の艦隊を知らないからよくわからないんだけど。」
艦隊経験のない多田野には、全く実感が沸かなかった。
彰子は誉めていたのだが、司令の仕事も知らず来たのかと自嘲する程だった。
それでも、そんなもんですとコクコクと頷いている彰子を見て、そんなもんかなと思った。
「この戦争をどう思う。勝てるかな。」
多田野はふとつぶやいた。
艦隊の皆も遠藤も多田野の指揮を賞賛したが、多田野にしてみれば、自分はあくまで事務方であると認識しており、今後の戦いで奇抜な作戦を思いつくとも限らず、不安な気持ちはどうしても拭えなかった。
「帝国軍人としては必ずや勝ち、陛下と国民の信に応えなければなりません。司令として弱気になるべきではないかと。ご安心下さい。休暇明けには訓練を計画しております。各員の練度向上こそ、勝利への一歩となりましょう。」
彰子は当然のようにしゃきっと背筋を伸ばして、模範のような答えをしたが、ふと覗き込むように多田野を見た。軍人としての目ではない優しげな目だった。
「不安ですか。」
彰子は問いかけた。多田野は自分でも驚くほど素直に頷いていた。
一瞬、怒られるのだろうと思ったが、彰子は怒らなかった。
「司令。私がこういうことをいうのは、どうかと思いますが、司令はご自分がお思いより、指揮の素質があると思います。」
「素質なんて。僕は事務屋だよ。それとも、僕が伊戸の孫だから。」
「いえ、司令は司令です。」
予想外に彰子に褒められ、照れた多田野が少し茶化すようにそう答えた時、慌てた足音が聞こえると扉が少し乱暴に叩かれた。




