第8話
夢を見た。
前世の高校生の私。
エアコンの効いた部屋で胡座してソーダアイスをかじる。口のなかに残る冷たさも心地よくて、気分は最高にいい。
傍らには漫画か積み重ねられて、課題は鞄の奥底に。何より目の前に置かれたパソコン、これが大切だった。
お気に入りの動画、ゲーム。何回も見返して、ネットサーフィン。素晴らしい夏休み。
パソコンのディスプレイには最近始めたゲームのスチルがずらり。
「コンプまで5枚、6枚?近いようで遠いなぁ」
仕方なく新しく開いたウィンドウで攻略サイトを検索しようとする。後は隠しキャラだけなんだけどなぁ。
「…やっぱやめ」
ここまで来たら自分の力でやりたい。
「よしっ!」
気合いを入れ直して、ゲームを開く。その時丁度携帯が鳴る。
「もしもし…え、バーベキューって今から?!」
電話口の友人は相変わらず気まぐれに物事を決めてしまう。今年はそれでも予定立てさせてしおりまで作ったのに。
「材料、場所は?…はぁ今から買いにいくの?!」
そのまま軽口を叩く。
夢の中の私はいそいそと出かける準備を進めている。なんだかんだ言いつつもその顔は楽しそうに綻んでいた。
少しずつ日常は遠ざかって全てに霧がかかったようにぼやけていく。
「あぁ、忘れてた。これも帰ってきてから頑張るか」
私はパソコンをパタリと閉じた。
これが本当に、
いや…こっちが夢だったら良かったのに。
重い瞼を震わせながらゆっくりと目を開ける。
「…あぁ」
そうか、ここは。
記憶と今が繋がった。
私は白く柔らかいベッドに寝かせられていて、少し湿った髪が頬に張り付いていた。
少し重たい体をそっと起こす。
その重みは隣で私の手を握りながら眠る少女。
リノリア・ベス・ツェルベール。
よくよく考えてみたら、とっても簡単なことだ。“設定”と名前は相違ないし、少しあどけないけど将来は用意に想像できる顔立ち。
ここは、きっとあのクリアしきれなかったゲームの世界。
そしてもしあのゲームと全く変わらないのなら、私はあと10年ちょっとでこの娘と共にこの世界から退場することになる。
ベッドの脇のサイドテーブルの上に置かれた白い花は、しっとりと濡れていて微かに光を弾いていた。
こんな綺麗な花をくれるこの娘は、これからを知るわけもない。
私の手を引いて走ったこの娘を守りたいと何故か自然と思えた。
この“乙女ゲームの世界”から。