第7話
リノリア様は私をぎゅーっと抱き締めて、パッと離したかと思うと
「こっち!」
ぐいぐいと私の腕を引っ張って部屋の外へと連れ出された。
「うわっ!」
勢いの余り転びそうになるが、そんな私を気にせずリノリア様は腕を引く。なんとかこらえるも、リノリア様の勢いはまるで変わらず、何処かを目指して猪突猛進と言ったところだった。
「はやく、急いで!」
「は、はい」
その勢いに押されて返事を返せば、満足そうに笑って私を連れて走り出す。
不思議なことに、廊下を大きな音を立てて走る私たちを咎める人には会わなかった。
ようやくリノリア様が足を止めたのは、綺麗な庭に出たときだった。
「ねぇ、レイナは側使えの話しは聞いた?」
「え、あ」
いきなりすぎてびっくりして上手く言葉が出てこない。
「そう、なのね」
何を思ったのか、リノリア様はしゅんっと悲しそうな顔をしてうつむいてしまった。
「聞いてます!もちろん聞いてますよ!」
大変だ、勘違いされてしまったかもしれない!
「リノリア様のことはツェルベール様、えぇとリノリア様のお祖父様によく聞いてます!」
後はなんと言えばいいのやら、前世でも現世でも子供と接する機会が乏しい私には何と言ったらいいのかわからない。その、あのの言葉を繰り返すことしか出来ない私を、ようやく少し顔をあげてくれたリノリア様がそーっと見た。
「私と仲良くしてくれる?」
潤んだ瞳と、走ったことで少し火照った頬。不安そうに見つめてくるリノリア様はとても可愛らしいかった。
なんだ、この気持ち。
前世で近所のちびっこを見たときには芽生えることのなかった感情が私の中に渦巻く。
「は、はい」
「…やった!」
嬉しそうにはしゃぐリノリア様はまるで天使のよう。いや、これはもう天使だろ。
リノリア様はとても子供らしくて可愛らしい方だった。まだ四歳の子供だから当たり前といったらそうだけど。私にも妹がいたらこんな感じだったのかな、なんて前世に思いを馳せていると
「どうしたの?」
と首をかしげる姿なんてもう!なんて可愛いんだ。
「ううん、なんでもないよ」
あの後すぐに、リノリア様と二人きりのときの敬語は禁止され、それを渋ると「あなたは私のものなのだから、言うことを聞きなさい!」と可愛く頬を膨らませて言うものだから逆らえなかった。敬称だけは、譲れなかったけど!
「そう?あ、そうだ」
リノリア様が近寄ってきて、じーっと私の顔を見つめてくる。
「え、えーリノリア様?」
「…よし、しゃがんで!」
なんで?と聞く間もなく、早く早くと急かすリノリア様。不思議に思いながらもそっとしゃがむ。頭も下げて!と頼まれてうつむく。
すっと、リノリア様の手が私の頭に伸びて、ごそごそと何かをしている。髪でも崩れてしまっていたのだろうか。
「いいよ」
許しを得て顔をあげると、リノリア様の髪に淡いピンク色の花がさされている。超可愛い。ふふん、と得意気な顔して笑うリノリア様によく似合ってる旨を伝えようとした。
「リノリア様、そのお花よくにあ」
「…いなの」
遮るように言われた言葉がよく聞こえなくて聞き返すと、リノリア様はさらに笑みを深くした。
「お揃いなのよ!」
「え?」
そう言うと、リノリア様は私の手を引いて庭にある噴水まで連れて行くと、のぞきこむように指示してくる。
戸惑いながらも、そっとのぞきこむと揺れる水面に私が映る。じーっと見つめると、結った髪に白いなにかがついている。星のような、白い…
「これって?」
もしかして。
隣を見るとリノリア様がにこにこと笑う。
「似合ってるよ、レイナ」
そう言った瞬間に、噴水から高く水が上がる。
私たちの間に水飛沫が舞って、きらきらと輝いて見えた。
ずぶ濡れになる前に離れなきゃと、思う反面何故か目の前の光景が切り取られたように遠く感じた。
何処かでこの笑顔を見たことがある気がする。
そう、もっと前から知ってる。
リノリア様も水飛沫のきらめきも何処かを止まったように見えた。それは写真のようで、私はそれを眺めているようだった。
写真って、一体何が…。
あぁ、そうかこれはきっと夢、なんだ。
バシャッと体に水がかかる感覚と歪んでいく視界、慌てたリノリア様の声を遠く感じながら、私はそっと目を閉じた。
次に目を開けたときに、夢から覚めるように祈りながら。