プロローグ
【プロローグ】
「くそ……」
廃ビルの中に、青年の声が小さくこだました。左肩を押さえながら、打放しコンクリートの壁に背中を預け、その場に座り込んだ。壁にはスプレーの落書きがびっしりと描かれている。
ガラスがはめ込まれていない窓から差し込む月の光を頼りに、左肩の傷を確認する。かなり深く斬られてしまったようだ。出血が止まらない。先ほどまでは逃げるのに精一杯で気が付かなかったが、血が地面に点々と落ちている。血に気がつかれたら、きっとすぐに奴は追い付いてくるだろう。
このまま逃げてしまおうか、と青年は考えた。だが、逃げたところで結末は変わらない。なら、少しでも可能性がある方を選ぶべきだ。
男は左肩を押さえながら立ち上がる。隠れていた部屋から出ると、階段を目指して歩き出す。
赤いスプレーで書かれている『死ネ』という壁の落書きを見ながら、階段を下る。一歩一歩、ゆっくりと。コツコツと響く足音は、まるで死んでしまったこの廃ビルが蘇り、心音を鳴らしているようだと、青年はくだらない事を考えた。
二階のフロアへと到着すると、男はフロアの中央へと歩いて行く。このフロアは壁がまだ作られていない。打放しの柱があるだけで、あとは視界を遮る物はなにもない。
「いるんだろ? 出てこいよ!!」
青年が叫ぶ。すると、柱の後ろから、メガネを掛けたスーツ姿の男が現れた。
「逃げないんですね。てっきり逃げたものだと思っていました」
スーツ姿の男はメガネをのズレを直しながら睨み付ける。
「さっきまで逃げる事を考えていたさ。だけど、逃げても意味ないもんな」
「そうですね。逃げたところで、待っているのは、死だけです」
「ああ、そうだな。なら……」
青年が右手を前へと突き出す。すると、その右手が怪しく光りだす。
「お前を倒して、俺が生き残る!」
青年が右手を掲げる。すると、青年の背後に三本のナイフが出現した。三本のナイフはまるで意志を持っているかのように青年の周りを飛び回ると、切っ先をメガネの男へと向け、止まった。
メガネの男はその様子を見て、青年と同じように右手を前へと突き出した。すると、男の右手の前に一本の剣が現れた。その剣を手に取ると、男は切っ先を青年へと向けた。
「生き残るのは……私だ」
お互いに睨み合う。
「行くぞ、王国の騎士!」
「ああ、かかってこい。ダンシングエッジ!」