罪使い
「今度こそ、間違えねえんだろうな、マルコフ。次もまた間違いだったら、ただじゃおかねえぞ」
「次は間違いないよ。というか今までも間違いではなかったんだけどね、毎回トールが騒ぐから取り逃がしてたんだよ、多分」
「はあっ? てめえのミスを俺に押し付けるんじゃねえ」
恵美が絵里と出会っている時、件の二人は住宅街の屋根の上を凄いスピードで飛んでいた。脚は確かに屋根についているのだが、スピードは殆んど空を飛んでいるといって差し支えない。野次を飛ばしあっていて、住民に聞こえてしまわないかと思うが、それには一応の対策が練られているのだった。
「もう、煩いな。トールは普段の声のボリュームからしておかしいんだ。必要以上に大きいの。
もしも、この“カルス”がなかったら一般人にバレてるよ」
マルコフが指差すのは二人がさしている傘だった。高速で移動しているにも関わらず、変形しない傘はどのような構造になっているのか、二人の移動の邪魔になっているようでもない。
その傘には、彼らの属する組織の象徴が、模様されている。
そして、そこには魔術的な意味が込められていて、カルスを使うものを回りに溶け込ませる迷彩服的な効果と防音性を兼ね備えていた。
よって、彼ら以外の人間には彼らの姿も見えなければ、声も聞こえはしなかった。
緑色の髪の優男マルコフはため息をついて、トールに言った。
「トールは本当に自覚があるのかな? ボクらは、バベルの一員なんだよ。もっと注意深く動いてもらわないと、命がいくつあっても足りない」
「…ふん、もう命なんて捨てた、バベルに入った時にな。俺は魔女さえ倒せれば、命なんて惜しくもない」
「…そういうの、危ういよね」
「…あと、どれぐらいで着く?」
「ん、後、一キロ位だ。真っ正面に工場が見えるから。そこに魔女はいる」
「よし。絶対逃がさねえぞッ!」
二人の罪使いは魔女の目前に迫っていた。
トールとマルコフが入り込んでいったのは、随分昔に閉鎖された工場だった。
以前は、恐らく自動車の部品関連の工場だったのだろう、廃車が幾つか敷地内に転がっている。
「誰かいませんか~?」
「魔女以外誰がいるんだよ?」
「一応だよ、一応!誰かいたら助けてあげたいじゃないか」
「こんな所に入り込んだやつは、自業自得な気がするけどな」
「トールは冷たすぎだよ。全く、バベルたるもの何時でも人民の命を助ける事を一番に考えないと…」
二人が進んでいくと、いつのまにか後ろの方は白い霧に包まれ見えなくなってしまった。
「トールっ! 後ろが…」
「これは、誘い込まれたな。ふん、俺らを潰そうってか」
すると、トールの言葉を嘲笑うように従業員のいない筈の工場内のベルトコンベアが起動し、辺りの機械が生き物の様に動き始めるのだった。
ギー、ギー、ギー。
二人を惑わすように至るところから音なのか――声なのか―――機械が軋んで笑っているようだった。
ばっと、二人の足下が光り、前に進め、の矢印が出る。
「わざわざ招待してくれるたあ、ありがてえな。首洗って待ってろ…」
「っおい! トール! ったく…一人で勝手に進めちゃうんだから」
二人は指示通り工場内を進む。数メートルおきに矢印が表示されて案内をしてくれるからだった。彼らの進む先に何が待ち受けているのか。それは神のみぞ知る、といった所か。否、一人だけいた。
そう、トール、マルコフの二人をモニターで見つめる魔女が一人いた。
「ふふふふ♪ いらっしゃい! バベルの魔術師方?私の城にようこそ…。久し振りのお客様ですもの、じっくりとおもてなしして差し上げないと…」
その言葉に応えるように、工場全体が目をさまし、起動するのだった。
「嫌な雰囲気だなー、全く」
矢印の示す通りに工場内を進んでいるトール、マルコフは暗い廊下にさしあたっていた。天井灯がまばらに点滅を繰り返しているので、光がない訳ではないのだが…
「気分は良くないよねー」
「さっきからブツブツブツブツうるせえな。怖かったら本部に帰ってろ! 殺すぞッ!」
「うん、やっぱトールのが怖いよ…」
マルコフがトールの恫喝で震えている合間に、廊下を抜け、大きな部屋に出た。そこはベルトコンベアが幾つも置いてあり、全自動の組み立てを行う場所だった。何かを造っている訳でもないのにくるくるとベルトコンベアは回り、マジックハンドの様な手を型どった機械がせわしなく右から左へ宙をつかんでは離す、と意味のない事が行われている。
隣の部屋からベルトコンベアは繋がっている様で正面に立てば、隣の部屋の中も確認できそうだった。
「ホント気味悪い…」
「隣、見えそうだな」
トールはベルトコンベアの正面に立った。マルコフは息を飲む。
「トール、何か見える…?」
「…………………」
「トール?」
「………何も見えない。あっちの部屋は真っ暗の様だな」
「なーんだ! 早く言ってよ、何か別のものが見えてるのかと…」
「別のものってなんだよ」
「いいんだよ、そうじゃないなら…幽霊でもいるのかと思ったよ…」
「何か言ったか?」
「いや、何も―――」
―――ギー、ギー、ギー…
「あれ? 今、何か聞こえなかった?」
「あ? 機械の動く音だろ」
「いや、少し違ったよ」
すると、また音がする。ギー、ギー、ギー。
「ほら、その音、隣の部屋からだ…」
「隣?」
トールはもう一度ベルトコンベアの向こうを凝視した。ると、またあ音がして、向こうで何かが動いた。
「何か…いるぞッ!」
その時だった。ベルトコンベアが猛スピードで回転し始め、隣の部屋から何かが運ばれてくる。
それは、配線剥き出しで赤い光を放つ機械人形。手足もちんちくりんながらあり、手には鋭く尖った鉄棒が握られていた。
「っち! 魔機かッ!」
続々と機械は運ばれてくる。そして、一斉に魔機は飛び掛かってきた。
ザクザクザクッ!
大量の鉄棒でトール達の立っていた所は埋められてしまった。
一機の魔機がトール達の死体を確認しようと近づいた時、まばゆい青白い光が一面を明るくした。余りの閃光に魔機の目がくらんだ。
「だぁぁらぁぁぁぁぁぁあーーーー!!!」
一閃。
雷の剣が魔機達の半数を切り裂いた。
なすすべもなく魔機達は真っ二つに切られていく。
「ひゅー! やるね」
魔機達が次に反応したのはマルコフの声だった。何処にいるのかと、周りを見渡す。だが、どこにもマルコフの姿は無かった。
「下だよ、下!」
魔機達が下を向いた時には、彼らは地面に沈み始めていた。身動きをすればするほど、どぶどぶと地面に飲み込まれていく。
焦る魔機達を尻目にマルコフは地面から現れた。
「哀れな悪魔の使徒達よ、大地と共にあれ」
完全に地面の中に飲み込まれた所で、マルコフが――――クローズ、と呟くと地面が一瞬大きく揺れて、何かが圧縮されて潰れる破壊音だけが工場内に響いた。
また、雷の鳴る音がして黒焦げになった魔機達が身動きを止めた。
そして、動ける者は、トール、マルコフの二人だけに戻るのだった。
「もう終わり?」
「…の、ようだな」
完全に破壊された魔機達を眺めながらトールとマルコフは話す。マルコフなんかは壊れた魔機を足で蹴ったりしていた。
「ちょっとびっくりしたけどさ、大した事なかったね」
「…油断するなよ。今のはどうせ小手調べだ」
「分かってる。それじゃ、進もうか」
「嫌に積極的だな、どうした?」
「ふふん、ちょっと戦ったせいかな。気分がハイになってるんだよ」
「面倒なヤツだ…」
「何か云った?」
「何も言ってねえ。殺すぞ!」
「はは、意味分かんない」
でこぼこコンビはまた矢印通りに進んでいく。
「―――――おらあああああ!」
「―――クローズッ!」
バリバリ、という音と、バキバキ、とひしゃげる音が交互に鳴り合う。これでもう、何度目になるだろうか。もはや数えるのも面倒な程、魔機達の襲撃は繰り返され、その度に二人はなんなく倒しきる。
一度、一度の戦いでの魔力の消費は大した事はなかったが、繰り返される戦いの中で確かにトールとマルコフは疲労してきていた。
また、雷の剣がトールの腕から放出されて、魔機達をなぎ払う。
ズガッ! と耳心地のいい音と、衝撃が工場を揺らして、その後辺りは静寂に包まれた。
「はー、はー。流石にきついね。
―――敵はボク等の疲労を狙ってるのかな?」
「違う、と思いたいがな。この程度の敵がどれだけ出てきた所で俺たちの魔力はそうは変わらん。表面上の疲れは避けられなくとも、魔女との戦いに際して支障がでるレベルではないし…。
あまり侮られているとは思いたくない」
「何で? その方が有利じゃん?」
「…本気で向かってきた魔女共を捻り潰してやりたいからだ」
「ひえー。こわ、こわ」
また無駄事を話しながら通路を進むと、トール達の目の前に大きなホールに出た。今までの部屋よりも随分と明るかった。ここは元々来客用に造られたスペースの様で機械らしきものはどこにも無かった。
「ん? ここで矢印がとぎれちゃったよ」
「ここが、ゴール…って事だろうな」
さっきまで二人を案内していた床の矢印は消えて、辺りが一瞬暗くなった。二人は戦闘態勢をとって身構える。
「そんなに、肩に力をいれないで。貴方方は上客なのですからね」
電気がつくと、彼らの目の前に現れたのは玉座。王様とか王女様とか、はたまたサウザーなどが使う玉座に小さなお姫様が座っていた。
姫様は二コリと笑われて、二人を見る。
その視線に、マルコフは可愛い、とテンションを上げ、トールは睨みかえしていた。
「よお…! 初めましてだな、戦乱の魔女キルケ・ミル・デッドラインさんよ!」
「―――めちゃくちゃ、可愛いな。もう少し歳があったらモロ好みだったわー」
「マルコフ…。次余計な事言ったら…殺すぞ?」
「あっ、ごめん。もう黙っとく」
「ふふ、愉快なお客さんね?」
「言っとくが、魔女! その愉快な客にてめえは捻り潰されるんだからな。覚悟しとけ」
「面白い、やってごらんなさい?」
玉座がふわりと浮かんで宙を舞う。魔女キルケは姫の格好を崩さないまま、余裕の笑みを浮かべていた。
「っち! なめられてんな。目にもん、みせてやるよ」
「あんな美しい可憐な女の子に手を出すのは気が引けるけれど、仕事だからね。それにトールに殺されたくないから」
トールは空へ、マルコフは地面に沈みこんでいった。
「だーめだ。全然当たらない」
「諦めんじゃねえ、殺すぞッ!」
トールとマルコフは疲れ切っていた。もう戦いが始まって一時間は経っているが、キルケは全くの無傷だった。
それどころか、玉座から下りようともしないで、ふわふわと浮かんでいる。
「もう諦めるの? …拍子抜けねえ。バベルの魔術師っていってもこんなもんかしら」
「黙れ…、その薄汚ねえ口を今閉ざしてやらあ」
トールは地面から大きくジャンプして、キルケに飛びかかった。キルケは不敵な笑みを浮かべたまま戦闘態勢をとろうともしない。
「イカズチィーーーッ!」
トールの両腕から雷の剣が出現して五メーター程の長さになる。トールはその剣を交差に構えると、キルケに向かって切り出した。
「おらああああああ!」
「ちょろいわねえ」
キルケは目前に迫る雷を見て、笑いながら言った。剣が彼女を切り裂く。
「くそったれ…ッ」
しかし、キルケはいつの間にかトールをするりとすり抜け、背中でクスクスと笑っている。トールが振りむいて、腕を振りぬくもまた避けられる。
「おいたはダ~メ! 私はお姫様なんだから。一般ピーポーが気軽にさわれる様な存在じゃないのよ。雲の上よ、雲の上の存在…ってか今私空に浮かんじゃってるけどね、なんちって。アハハハハハハ」
「駄目だ。攻撃が当たらない上に、クソつまらないギャグを言われて黙ってるしかないなんて…。色んな意味で勝てない…」
キルケは笑いを止めると言った。
「そろそろさあ、終わらせない? つまんないの。無駄じゃない、今の時間。一時間もあったらもっと色んな事出来るじゃない、時は金なり、よ。この情報社会において一秒の情報の遅れは致命的なの、すぐに置いてかれるの。ネットサーフィンだって欠かさずやらないとついていけなくなるのよ、時代に。ついさっき結婚したかと思ったらもう離婚してる時代なんだから」
「何、その現実的なお話は…? ねえ、君魔女だよね、一応架空の存在の筈だよね?」
「煩いわ、魔女だってインターネットぐらいするわよ、え? して悪いんですか? そんな権利が貴方達人間にあるんですか? あーあ、人間様も偉くなったもんねえ、ホンットのさばらせておくんじゃなかった…」
キルケは突然、玉座から飛び立つと、マルコフに襲いかかった。突然の急動にマルコフは呆然とたちつくすばかり。
「姫の前であるぞッ! 頭が高い」
キルケは叫ぶとマルコフの頭を掴んで地面にたたきつけた。地面に逃げ込む暇もなく、マルコフの意識は途切れる。
「てめえ…」
「なーに? この優男の顔が傷ついたのが嫌なの? まさかとは思うけど…っきゃ、まさか男の身で好き合っているというの。そんなハレンチな…」
キルケは自分の腕で体を抱いて恥じらう様に云う。
「違え…。そいつはいずれ俺が殺すつもりだった」
「それじゃいいじゃない。手間が省けたわね。感謝してくれてもよくってよ?」
「…だがなあ、俺は自分の予定が邪魔されるのがいっちばん気に障るんだよ…、てめえ、殺すぞ?」
トールの言葉には怒りが滲み出ていた。
「あらやだ。もしかしてべジータタイプかしら、彼。もしくは海馬様? 俺が殺すまで死ぬんじゃねえ的な? あいつを倒せるのは俺だけみたいな…。随分とフォーマルな性格をなさってるのね貴方。でも、私は嫌いじゃなくってよ? やっぱり古典的な存在には古典になる所以があるものね」
「…ッ!」
プチッ
その時だった。血管の切れた音がした。
トールは額に青筋を浮かべ、頭には角が生えてきそうだった…否、角が生えてきていた。魔王、ちょうど、ひげ面の配管工から度々ピー●姫をさらう巨大な亀のごとく。赤い髪から真っ黒の角を生やして鬼の形相をしていた。
見て分かるほどにオーラを増やさせて、雷を全身にまとっている。キルケも流石に冷や汗をかいていた。
《あれ? あいつあんなに強そうだったけ? 魔機達にとらせたデータと全く照合できてないんだけど…。てか私に戦闘能力がそんなにないの知ってる? 戦乱の魔女とか言われちゃってるけど、あんなのほとんど他の魔女から云われた皮肉だからね? イジメだからね? さっきのもデータにデータを重ねて彼らの動きを完全に把握した上での戦いだったから…。私、知性派なの! 殴り合うのも趣味じゃないのよ、本当に。だから、帰ってもらいたいだけだったのに。どうして、地雷踏んだの私ッ! どこで間違えたんだ、ちきショー。あー、家帰りたい》
「でめえ…ごろずぞ?」
《ひー、睨んでらっしゃる! 確実に殺す気だー。だみだ、助からねー。どーにもならねー》
トールは足にぐっと力を込めて、体を沈みこませるとズガッと飛び出した。さながらミサイルの如く、雷をまとわせて飛ぶ姿は神ゼウスの写し見だった。
「貴方ッ! その力はもしかして罪使い…? 噂には聞いてたけど、実在するなんて!」
「ぎえろ」
一瞬でキルケの前に現れたトールは魔人の力でキルケを殴り飛ばす。その時、とてつもない衝撃が工場を貫いて、工場は爆発するのだった。