任務
気付いたら朝だった。なんだか随分と長い夢を見てた気がする。起き上がろうとして気付いた。むむ。いてて、ここ家じゃない。なんか固いし、枕もない。お尻もなんか痛いし、髪の毛なんか木と木の間に挟まって抜けない。
っと、ここは公園のベンチの上の様だった。通りで寝心地が悪い。どんなに無料だろうが、こんなベッドじゃ眠れないよ。よくベンチで眠ってるホームレスさんとか見るけど、やっぱり皆段ボール引いてるもんな。そうじゃないと痛いんだよ。見習うべきは生活の知恵、ならぬホームレスさんの知恵ってね。
こうして、全然上手くも言えてないことを一人で考えつつ、私はどうしてこんなところで眠っていたかを思い出していた。昨日、というか眠ってしまうまでの道のりを一つずつ。 アレやって、これやって…。
ふーーー。
取り敢えず、起き上がるか。
何にも思い出せなかった私は凝り固まった自分の体を奮い立たせるように無理やり起き上がった。
その時、髪の毛2、3本挟まってたのが抜けて、痛かったけどいい眠気覚ましになった。さっきよりは思考がクリアになった気がする。元々鋭い思考能力があるわけでもない私に眠気が加わっていたら思い出せるものも思い出せまい。
だから、結果的にはそれがきっかけとなって私は自らの記憶を思い出せる様になった。というか本当のきっかけはベンチの真っ正面にある噴水が起き上がってすぐ目にはいったからなんだけど。
そうだ! 私は此方の世界、つまりは自分の世界に帰ってきたんだ。日時は正確には分からないけど、空を見るに今は朝か。これが昼間だったら公園には僅かながら親子ずれがやってきてたはずだ。そしたら私は通報されていたかもしれない。
普通、一般常識のある大人ならそうすべきだと思うけど。起きたら警察ってギャグにもならない。嫌すぎる。どんなコメディだ。
取り敢えず、此方にこれた事と起きた時間に感謝しつつ私はベンチを立って公園を出ることにした。こんなところに何時までもいたら、本気で通報されかれないからだ。ま、朝だからそんな極端な事するのも珍しいだろうけど、誰かに私の姿を確認されても困る。
どんな形の時間遡行をしたのか分からないけど(というか本当に時間遡行したかどうかも分からない)それでも何らかのリスクは今背負いたくないのだ。自分の為にも、キルケちゃんの為にも。
公園を出たら家に向かうことにした。あることを確認するためだ。私の予想、というかタイムスリップものを読み込んだ経験では時間遡行には二種類あって、世界ごと時間が巻き戻るのと、誰か特定の人物だけ時を遡るものがある。
私は今のところ後者じゃないかと睨んでいるのだけど、その場合、この時間にはこの時間の私がいるはずなのだ。だから、もし私が、正しくはこの時間の私が家から出てきて学校へ向かったら後者の時間遡行。出てこなかったら、可能性は低そうだけど前者or私が夢を見てただけということになる。前者ならまだしも、私の只の夢だったら嫌だな。ってかサイアクだ。
いくら私が残念メルヘン女だったとしても…。遂に幻覚とか妄想と現実の判断がつかなくなったとか…終わりだな。
私は家からもう一人の私が出てくるのを祈りつつ、家の近所の物陰に隠れた。私はいつも時間ギリギリで家を出ていたからもう少しかかるはずだ。
眼鏡を拭いたりして時間を潰していた。なかなか取れない汚れがあって一生懸命とろうとする。すると、近くを通りかかったジョギング中のおじさんがこちらを見ているのに気付いた。怪しんでるのだろうか。ま、朝から物陰に隠れている高校生なんていないし。私は曖昧に笑ってお辞儀する。あっちもおはよう、と挨拶を返してきて、首を傾げていたが走り去っていった。危なかった。あんまり人に見られないようにしないと。後で矛盾が生まれても面倒臭い。
そんなことを考えていると、私の家の扉がゆっくりと開いた。憂鬱そうな顔で、行ってきますとも言わない貧相な女の子が出てくる。 いかにも人生に絶望してますって顔だ。…まあ、私なんだけど。
これによって私の予想は正解と分かった。そして、それと同時に自分の容姿の残念さを思い知らされてしまった訳だ。第三者視点から見てみるとよく分かった。高校生らしい若々しさもないし、色気も何にもない。髪の毛もボサボサだし…。もう少しどうにかならないものかな。こんなんじゃ友達もいない訳だよ。
――などと自分の事についてもう反省している未来の自分が見ているとも知らず、もう一人の私は処刑台に上がる受刑者さながらの足どりで学校へ向かっていった。
さて、と。自分のタイムスリップ論が実証された所で私はキルケちゃんを助けるためにしなくちゃいけない事を思い出した。
それは魔術を何処かに設置しておくとか、過去の自分にこれから起こることを知らせるとか、キルケちゃん自身に会うとか言ったものではない。
そういう風な事をした方がなんだかタイムスリップものっぽいんだけど、私なんかがやったらミスをやらかしそうだし、魔術なんて出来ない。というか一度魔法を見たからといって魔法を使えるようになる訳がない。特別な能力が目覚めた訳でもない。
つまり、キルケちゃんは私に何か特殊な事を期待して頼んできた、という話ではないって事だ。
誰にでも出来る普通の事。私でなくてもやれる事。言ってしまえばあの時近くにいたのが、たまたま私だけだったので私に頼んだ、それだけの事なのだ。
む、でも今のは言い過ぎだったかも。
誰でもっていうのはちょっと違うかもしれない。例えば私がさっき会ったジョギングのおじさんだったら難しいだろうし、彼女の性格を考えると男の子でも難しいだろう。
それでも、私じゃなくちゃダメってことはないし、寧ろもっと適役がいる気もする。案外、誰でも出来たのかもしれない。
とにかくまあ、随分と遠回しに話してきたが、とどのつまり、私に課せられた任務はたった一つ。
宗田さん――― 宗田愛理をあの公園に連れてくる事、それだけだった。
今回は短いですが…。