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水沢恵美

―――人生なんてそんなものだ。


いきなりで申し訳なく思うけれど、私はいつもこう考えていた。


生きてれば楽しい事がいっぱいある、なんて言うけれど人生の大半は辛いことで満ちている。

テストの結果で親に叱られたり、ちょっとした事で先生に呼び出しを食らう。

それが終わって社会に出てもおんなじだ。

うまくやっていけない――そう、例えば私みたいな――人間には厳しい世の中だ。


どうしてそんなに悲観的になるの?って?


それは今、私が学校生活に失敗して楽しみを見出だせないらなのかもしれない。


今はこんな私だって最初からこうだった訳じゃない。

いたって普通の女子高生だった。

普通に学園生活とやらに夢と希望をもち、普通に友達もそれなりにいて、普通の学校生活に勤しむ。

そこに色恋事も加えてもいい。

とにかく言いたいのは一般的な女子高生だった、って事だけだ。


ある点を除いて。


私はあることに興味がとてもあった。

それは、魔法とか魔術とか冒険とかいうもの。

実際にあるとまでは思ってなかったけど、もしかしたらそんなあり得ない事も私の知らない世界では起こったりしているのかな、とは妄想していた。



というか自分も使えるかも、なんて考えていた。

今は平和だから何も起こらないけど、絶体絶命のピンチになった時能力に目覚める…みたいな?



イタイ?

それは確かすぎるけど。



それで、私の熱意が何処へ行っていたかというと、それは本の世界だった。


ファンタジーものは見つけたら片っ端から読んでたし、ラノベとかにも手を出した。

読んでみればどれもこれも面白くて夢中になった。

寝る間も惜しんで読んだほどだ。


それが原因で視力を落としてしまったけれど。


他の友達がお洒落やら恋人との一時に時間を費やす中、私は読書に勤しんだ。

でも、女子の世界ってのは考えていたよりも大分シビアなもので付き合いの悪い私とつるんでくれる人は減っていった。

私自身もハブられていっている事に気付いていた。

それでも当時の私は、趣味の合わない子と無理して付き合う事もないとあんまり気にしてなかった。



それで、気付いたら独りぼっちだった。



独りぼっちになって初めて駄目だって分かった。

皆言いたいこと、したいことを我慢して友達と付き合っていたんだ。

誰にだって自分だけの趣味がある。

誰にも邪魔されたくない時間が欲しい。

だけど、皆それを堪えてやってる。


何故なら一人になる事の恐ろしさを肌で感じ取っていたからなんだ。


でも、それに気づいたときにはすでに遅し。


後悔先に立たず。


私は独りぼっちだった。



一生懸命友達を増やそうとした。

けれど、駄目だった。

私は他の子の話についていけなかった。

それはクラスのオタクっぽい子ともで私は彼女らの話もちんぷんかんぷんだった。

必死に相づちをうっていたけど、結局ハブられた。

私が無理してること、わかっちゃったんだと思う。



家に帰って鏡を見て愕然とした。

私は大きすぎる眼鏡に肌はそばかすだらけ。

髪も触ってなかったからなおざり。

体も痩せぎすでとても貧相だった。

服装も何となくダサい気がして実際ダサかった。


見た目なんか気にしない。なんて言ったってこれはキツかった。


どうにかしようとあたふたするけど結局何も出来ない。

急にイメチェンしても良いことはないのだ。


クラスの上位メンバーには睨まれるし、今の知り合い(友達とも言えなくもないオタク仲間)にも嫌われちゃう。


どうにもならない、それが人生だって思った。

人生、そんなもんだって。



そんな私――水沢恵美の高校二年の六月の事だった。









キーンコーンカーンコーン。

終業のチャイムと共に生徒が立ち上がって荷物を片付け始める。

中には前に机と椅子を運ぶのをほったらかしにして友達と喋りに行っている人もいる。

私の席は一番後ろの右端。

教室の隅だった。

私の列にはクラスの中心メンバーが集まっていてチャイムがなった途端ぺちゃくちゃと喋りながらトイレへ歩いていってしまった。

私はどうしようかと悩んだ。

早く家に帰りたいし、掃除の子にも迷惑かけたくないけど彼女らの机を勝手に運んでもいいものだろうか?

下手にあの子達を敵に回したくない。


そんなことをあれこれと考えているうちに他の子が机をとっとと運んでいってしまった。

その子はそれらの机を運んでしまうと私をきっと睨んできた。

早く運びなさいよ、と命令しているみたいだ。

私は慌てて机を運んだ。

彼女は宗田さんといってクラスでいつも一人の子だった。

でも、私とは違って敢えて一人を選んでいる感じ。

休み時間は話しかけるなオーラを散々撒き散らしながら机に突っ伏して寝ている。

それに宗田さんは綺麗だ。

日本人のはずなのに日本人じゃないみたいな。

まるで西洋のお人形さんみたいな綺麗さがある。

私とはまるで違う。

私はこんなに情けない。

机を運ぶ如きの事で悩んじゃうような弱い人間だ。


宗田さんは私が運び終えるのをじーっと見ていて、急いで運ぶとふんと鼻を鳴らして立ち去った。

ロッカーに箒を取りに行ったのだ。

そっか。宗田さんは掃除当番だったんだ。

だから急いでたんだ。


宗田さんは真面目とも不真面目とも言えない態度で掃除をしていた。

箒で床を掃いてはいるんだけど表面をなぞってるだけみたいな。

他の子は掃除道具も持たないでブラブラしてるから其よりは随分とましだけれど。

やるなら真剣にやればいいのに。


「なに?」


いきなり声がしてビックリした。困惑した様な、怒ってるような宗田さんの顔を見て漸く自分に話し掛けてきてるんだと気付く。

でも、声は出てこなかった。


「さっきから睨んできて。何なの?」


しまった。

睨んでると思われてる。

違うとすぐに弁明したかったけど何を言えばいいか分からなかった。

だから、私の口から出てきたのは思いもしない一言だった。


「…どうして掃除を真剣にやらないの?」


宗田さんはいよいよ眉をひそませた。

当然だ。

いきなり宗田さんの事を責める様な事を言ったんだから。


「あいつらよりはマシだろ」


親指で後ろで喋り続ける他の女子を指差しながら宗田さんは言った。

そうだよ。

宗田さんはむしろやってる方だよ。


でも…私は宗田さんには適当にやってほしくないんだ。

宗田さんにだけは。


「…でも…誰かがやんないと…」


違う。

こんなこと言いたかったんじゃない。

だけど、私がまた喋ろうとする前に宗田さんは箒を床に叩きつけた。


バシン。


「だったら、あんたがやれば?」


そう言うと、宗田さんは鞄をひっつかみとると教室を出ていってしまった。

何処からか、「あーあ。ヒステリック女王を怒らせちゃった」って声がして私は涙が出てきそうになった。















あの後、 私は結局誰も居なくなるまで教室を掃除していた。

一時間が過ぎて先生が流石にもういいぞと話し掛けてくれたけど、いいんです、と言って聞かなかった。

いずれ先生も諦めて六時までには帰れとだけ言って職員室に帰っていった。


誰も居なくなった学校は思ってたよりも静かで寂しかった。

ときどき、野球部の威勢のいい声が聞こえてきたから堪えられたけれど。


ゆっくり帰り道を歩く。

日は大分傾いてきていて空の半分は赤色、半分は夜だった。

私の家は高校に徒歩で帰れる距離にあってゆっくり歩いても20分も掛からない。

それでもいつもは何か不思議な事はないかと寄り道しながら帰るものだから30分は掛かっていた。


けれど、今夜はもう家の前に着いていた。

何にも考えないで歩いていたらこんなに家って近かったんだ。

随分とゆっくり歩いたつもりだったけど。


家に入るのは何でか憂鬱だった。

いつもだったら家に帰ったらすぐに新しく週末に買った本を読む。

でも、今日はそんな気分になれなかった。


私の足は自然と近くの公園に向かっていた。

その公園は私の家よりも一つ土地が高いところにあってちょっとした小高い丘みたいになってる。

小さい頃はよくここで遊んだものだ。

公園までの道が塀と塀に挟まれた細い一本道を上がってく風になっているので、なんだか不思議な事が始まりそうな雰囲気があって大好きだった。

最近はあんまり行ってなかったけれど。


細い坂道を登る。

最後の所だけ急になっていてその先が見えない様になっていた。

これも私が此処が好きな理由の一つなんだけど。

少し足に力を込めて坂を一気に登りきる。


カーっと音をたてて車が坂を登りきった所の前の道を通ってきた。

私は飛び出しそうになってなんとか足を止める。

車はビーっとウィンカー音だけ鳴らして道を下っていった。


右左を見定めて道路を渡りきる。

そして、公園に歩みよると入り口の街灯がちかちかと点滅していた。

一昔前のタイプのもので、なんかモダン。

ピカピカ。

ピカピカ。


パッと私の前で光が消えて辺りは真っ暗になった。


私は街灯の足元のタイルに座り込んだ。

灯りがなくて本当に真っ暗だった。

ときどき車がやってきて視界を明るくしてはまた去っていく。

私はそれを何にも考えないで眺めていた。


『だったら、あんたがやれば?』


昼の宗田さんの言葉が頭の中で反復した。

その時の怒った顔も一緒に。

ついでに宗田さんをヒステリック女王などと呼んだクラスメイトの笑い声も。


私に出来ないことを簡単にやってのける宗田さん。

私もあんな風に振る舞えたら。


でも、そんな彼女が適当にするのが嫌で。

そんな風に思う勝手な自分が嫌で。

ヒステリックなんて言われてバカにされてるのが悔しくて。

何より結局何にも変われない自分が情けなくて。


『だったら、あんたがやれば?』


宗田さんに嫌われちゃったかな…?



「どーして駄目なんだろ…?」


私って。


気付いたら涙が零れていた。

意識したらもっと溢れた。

止めかたが分からなかった。


それでも、こんな情けない涙は嫌で。

私は必死に目を擦った。



その時だった。


パッ。


街灯が急に光を灯した。

同時にトントンと足音が。

ぼやけた私の視界に誰かが入り込む。

女性だろうか?

まだ暗いところにいて男女の区別さえつかなかった。

その誰か(・・)が声を出す。


「―――あなた、人間?」


光に照らされて白黒のシルエットが本当の姿を現した。


「――あなたは…?」


「私? ――魔女(・・)だけど?」


そう言ってニヤリと笑った魔女の笑みはひどく凄惨で魔物めいていた。

ゆっくり続きます。

よろしくお願いいたします。

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