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scent  作者: 香月 圭
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『もう会えない。私はそれだけの罪を犯してしまった』

舞台にスポットライトが一つ。彼女は横にいる誰かと話しているようだ。でも暗くて誰かわからない。

『ごめんなさい。私は行かなければいけない。もう二度と会えないでしょう。でも私は忘れない』

横にいる「誰か」は何も語らない。身動き一つせず、ただ彼女の言葉をじっと聞いている。

『・・・ありがとう。さようなら』

そう言った彼女の声はとても寂しそうだった。しばらく「誰か」の言葉を待っていたようだったが、勢いよく走り出してしまった。そして一緒に動き出したスポットライトと共に舞台端で止まる。

『最後まで何も語ってくれないのね。・・・それを待つ私もわがままだけど』

--暗転--

「そこまで!」

パーンと台本の鳴る音がして明かりがぱあっと広がった。


あれから3ヶ月。私、安藤香織は「劇団カメレオン」の劇団員となっていた。

しかもいきなりの主役。図書館で気になっていた彼は、なんと「図書館でみつけた不思議な目をする彼女」つまり私をイメージして、台本まで作っていた。

驚いたのはそれだけではなかった。しかもこの台本の人物は私の本質そのものだった。彼、佐々木祐介の目はとても鋭く、静かな目で全てを感じ、全てを語った。

私のイメージは「女神エリス」ギリシャ神話に出てくる、「争いの女神」らしい。

私を「ナンパ」した佐藤亜紀さんも、図書館で私を見ていたみたいだけど、私の参加には反対していたメンバーの一人だったらしい。それがあの「現場」に遭遇し、私を見て、佐々木祐介の眼力を認め、他の反対メンバーを説得したのだという。

そこまでされる魅力のようなものが私の一体どこにあったのだろうかと思ったけど、その話しを断ろうとは思わなかった。

なぜなら私はこの地下二階の雰囲気やにおいがとても心地よかった。練習だというのに、ピンと張りつめた状態のみんなの姿勢がとても惹かれた。

劇団に入るということに両親に反対されるかと思ったら母がとても喜んだ。

少ししぶった顔をした父も、なぜか劇団の名前を言うと許可した。理由を聞いても教えてはくれなかったが、その後の両親はなにか態度がおかしかったような気がした。


「佐々木君、そろそろ香織ちゃん時間よ」

時間を気にせず夢中になって皆と舞台について語る祐介さんに時間を教えるのはいつも亜紀さんだった。

「ああ、もうそんな時間か。じゃ皆とりあえずミーティング。集まって」

ここに入る時の両親の条件は一つだけ。

「門限は9時半」

勉強しろだのなんだの言われるかと思ったら、勉強のことは何一つ言わず、ただ門限のみの条件に少し面食らった。

高校二年、しかも一学期の成績は赤点4つ。大学進学を一応希望している。

しかしそれが私や劇団員、特に祐介さんと亜紀さんのプレッシャーとなったのか、門限にはきっちり帰してくれた。それと共に、勉強の時間もしっかり作られ、教えられる事もあった。

私が帰った後も皆の練習は続く。次の日には演技が全く違う事もひどい時には台詞すら変わっている時もあった。

内心あせった時もあったが、亜紀さんの教えで私はマイペースでいることにしている。

「それでは、お先に失礼します。お疲れさまです」

そう言って私は祐介さんと共にあのにおいのする地下二階を後にした。


「だんだん香織ちゃんが役にはまってきてるのがわかるよ」

「そうですか?・・・でもなんだかまだ違うような気がするんです」

夜9時の街は見慣れた昼とは違う顔をしている。街頭がそっと足下を照らし、なま暖かい風が頬をなでる。

今日はやけに足音が響いた。

「・・・なまいきですか?」

何も語らない祐介さんに少し心配になって聞いてしまった。でも何か違うような気がする。何かはわからないのだけど。

「いや、嬉しくて。少し驚いたな。普通初めての役でそこまで掴める人っていないから」

「え?」

街頭の光が遮断されて祐介さんの表情が見えない。

「脚本を作った者としてはこんなに嬉しい事はないよ。香織ちゃんが参加してくれて本当によかった」

どうしてこの人はそんな事をさらりと語るんだろう。私のほうが恥ずかしくなってうつむいてしまった。

そのまましばらく二人とも何も語らず、歩いていた。私の家は歩いて10分ほどの所だった。家が見えてしまうと、いつもなんだか寂しかった。でも今日もまた家が見えてきた。

「家、見えてきちゃったなあ」

ぼそっとつぶやいただけなのだけど、これだけ静かな道なのだから祐介さんに聞こえないはずがなかった。

でも彼の反応はなかった。言わなきゃよかったと少し後悔しながら祐介さんの顔を見た。

「祐介さん!?」

街頭に照らされた彼の顔はとても白く、目もうつろになっていた。今にも倒れそうだ。

「だいじょ・・うぶ・・」

そう言って彼はひざをくずして倒れていった。


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